8・セイロン島沖海戦
架空戦記創作大会2025春
誘導兵器を早期に実用化した日本軍を描いています。
1942(昭和17)年4月6日、ロンドン
「すまん、もう一度頼む」
チャーチルは我が耳を疑った。
あまりにも衝撃的な報告に頭が理解を拒絶する。
日本と開戦した場合、シンガポールの防衛は不可能だと考えられ、アンダマン海への日本軍侵攻も織り込んでいた。
そうなった場合にはセイロン島にあるコロンボやトリンコマリーへも被害が出る事は避けられず、その時のためにモルディブの南方アッズ環礁に新たな基地が建設されていた。
緒戦で英国の誇るプリンス・オブ・ウェールズは撃沈され、僅か2ヶ月という早さでシンガポールまで陥落してしまった。
しかし、これは何が起こるか分からない戦争では受け容れるしかない損害である。そう自分に言い聞かせていた。
だが、今日の報告は何ら心構えが出来ていなかった。
いや、セイロンが空襲を受けたことは理解出来た。そこに在った艦艇の損失も今の日本の勢いからすれば諦めもついた。
大幅に譲歩してサマーヴィルが東洋艦隊を率いてセイロン沖で大海戦に挑んでいたのなら、結果に絶望こそすれ、まだ立ち直る余地もあっただろう。
「はい、インド洋において東洋艦隊は文字通り全滅いたしました。サマーヴィル提督率いる空母艦隊はモルディブ沖にて提督と共に全滅し、アッズ環礁に残存したリヴェンジ以下4隻の戦艦も退避が間に合わず、環礁内あるいは近海にて沈没いたしました。同日、コロンボへも空襲が行われ・・・・・・」
これがセイロン沖での海戦と、コロンボやトリンコマリーでの空襲被害ならば・・・
「なぜ、アッズ環礁が日本に割れていた?状況からすれば、サマーヴィルはアッズ環礁へ向かう艦隊に遭遇したという事になるのではないか?」
「我々も調査は行っておりますが、こうも容易くアッズ環礁が知られた原因に見当がつきません」
チャーチルならずとも理解の及ばない話である。
「ルートは日本、ドイツだけと考えるな。ソ連、は・・・自分の首を絞めるだけか。しかし、アメリカという線もある。パールハーバーの再建にかなり時間が掛かるそうじゃないか、時間稼ぎに使われたのかも知れん」
大方皮肉と八つ当たりだったが、チャーチルは対象にアメリカを含めない訳にはいかなかった。
「しかし、アメリカがそんな事をしますか?」
「ふん!ほんの冗談だ。しかし、あの連中ならそのくらいやりかねんだろう?騙し撃ちだって?スペインとの戦争はどうだった?ナチに対しての挑発も露骨だった。やっていないと断言出来るかね?」
そう問われては、断言するのを躊躇うしかない。
「まあ、終わった事は仕方がない。それで、どうする?」
「マダガスカル攻略を早期に開始します。日本はしばらくインドに掛り切りになるでしょうからその間に済ませます」
それを聞いて葉巻を取り出し火をつけ味わうチャーチルだった。
「大した戦力も居ない植民地だ。手早く済ませ、エジプトへの補給だけは絶やさないように」
煙を吐き出したチャーチルはそう念押しした。
1942(昭和17)年4月8日、セイロン近海
南雲と分離してセイロン攻撃に向かったのは山口率いる第二航空戦隊蒼龍、飛龍。そして、真珠湾へ引っ張っていった隼鷹と今年に入って完成した飛鷹で再編された第四航空戦隊だった。
第四航空戦隊は本来第三艦隊麾下にあったのだが、今回の作戦では空母が不足するからと引き抜かれていた。
「南方での作戦は見事に成功したか」
先輩にあたる角田を従えてのやりにくい作戦を何とかこなしている山口は、アッズ環礁攻撃が成功したとの知らせに胸をなでおろしながら、自らに課せられたセイロン攻撃を行っていた。
コロンボ空襲では空母を発見できず、港湾破壊と駆逐艦、巡洋艦を撃沈していた。そして、英海軍の反撃を躱しながら空母を探したが見つからず、トリンコマリーへと接近し、攻撃隊を送り出したところだった。
南雲艦隊が叩いた空母は2隻、情報が確かなら、東洋艦隊にはもう1隻居るはずである。
山口は巡洋艦から放った水偵からの情報を待っていた。
昼前になってようやく知らせが入る。
「敵空母を南方海域に発見との報告!」
「よし、攻撃隊を出せ。目標は敵空母!」
次々と発艦していく攻撃隊。
隼鷹、飛鷹からも攻撃隊が飛び立っていったが、その攻撃隊の一部には見慣れない爆弾が搭載されていた。
昼過ぎに攻撃隊はハーミーズを発見して攻撃を開始する。
蒼龍、飛龍の艦爆隊は高い命中率で爆弾を命中させたが、編成から日の浅い隼鷹、飛鷹の艦爆隊の命中率はかなり低い。
平均的な命中率から言えば隼鷹、飛鷹の部隊でも十分優秀なのだが、相手が悪かった。
そんな中でまったく形の違う十字の羽根をつけた不思議な爆弾をハーミーズへと投じた飛鷹艦爆隊の命中率は蒼龍隊に引けを取らなかった。
また、隼鷹隊は大型タンカーを狙い、こちらも7割と言う命中率を出したが、どちらの部隊もこれまでその様な練度は持ち合わせていなかった。
母艦へ帰った後も、なぜああも簡単に命中したのか、本人たちもよく分かっていなかったほどだった。
彼らが運用していたのは、なんとか実用に達した赤外線シーカーを用いた赤外線誘導爆弾だったのだが、その制御範囲は狭く、そう大きな修正は出来なかったのだが、急降下爆撃と併用しての微修正程度ならなんとか実用に耐えた。
彼らが蒼龍隊の様なベテランではなく、降下速度が遅かったことも幸いしていたという。
しかし、この時本当に誘導装置が作動していたのかどうかはよく分かっていないが、彼らがそれ以前の訓練で示した実績をはるかに超える7割命中という成果は、赤外線誘導装置の効果であったという以外に説明がつかないのだが、世界初の誘導弾の実戦使用としてカウントされることはほとんど存在しない。
しかし、第四航空戦隊の戦闘詳報ではその効果を絶賛し、以後も継続的に使用されたことが記録されており、評価の見直しが進んでいる。