7・インド洋海戦
1942(昭和17)年4月5日、モルディブ近海
「本当にこんな海域に居るんですか?」
源田は作戦にまったく乗り気ではなかった。
「モルディブの南端、アッズ環礁にイギリスの秘密基地があるそうだ。我々はそこを叩く」
何度も説明した作戦内容ではあったが、南雲自身、俄には信じがたい内容であった。
さらに源田は不満な事を口にする。
「しかも、艦隊の前方にあんな電波提灯を飛ばすなど、『ここに居ます』と敵にワザワザ教えてやるようなものです」
南雲達が真珠湾攻撃から帰還した後、艦艇は改修を受け、電探が複数追加された。
既に取り付けられていた対空見張り電探に加え、対空火器の管制用に距離を測る小さなパラボラアンテナが九四式高射装置に追加され、さらに改良型対水上電探だという四角いパラボラアンテナ装置が追加され、夜間に潜望鏡も発見可能と説明されていた。
さらに、艦攻の一部が電探搭載機と入れ替えとなり、トラックまでの間に何度か訓練飛行も行われている。
「源田も見ただろう?提灯の様には目立っていない。それ以上の効果を発揮しているではないか」
未だ不満顔の源田を草鹿が宥める横で、南雲は南の空を見つめていた。
本当にモルディブの環礁にイギリス軍基地などあるのか、半信半疑だったのである。
「偵察機より敵艦隊発見の報です。戦艦1、空母2、巡洋艦2、駆逐艦他6から8。以上です」
その報に赤城艦橋は色めき立った。
「本当に居たか」
南雲はふいにそう口にしていた。
ここに居る誰もが同じ心境であったため、誰ひとりそれを非難したりはしなかったが。
「攻撃隊を出せ。電探作動せよ」
慌ただしく発艦作業が行われる赤城の飛行甲板。従うのは翔鶴、瑞鶴である。加賀はパラオで座礁したのでインド洋には来ていない。
しばらくすると瑞鶴から通信が入る
「瑞鶴より艦隊に接近する航空機ありとの報告です」
赤城艦橋では電測に確認させたが不明との回答である。
「どう思います?」
草鹿が南雲に尋ねる。
「瑞鶴の電探は最新の試験機だったな。見え方が違うのだろう。さらに注意深く監視するように伝えよ」
瑞鶴は凱旋後の整備の際、最新型電探に換装されている。
アンテナは旧来型と大きく変わらないが、艦内に設置される受像装置がこれまでの波形を読み取るAスコープ型から、ドイツより導入した反応光点が距離や方位に応じて個別に光るPPIスコープへと変更されている。
その為、飛行機の反応が個別に表示されるのでこれまでより読み取り易く、相互の移動状態も把握しやすくなっていた。
さらに少しすると接近する機とこちらの編隊が交差するという報告を受ける。
「攻撃隊より報告、『我、敵機を撃墜セリ。偵察機と認ム』です」
それを聞いて最新型電探の優秀さを実感する南雲であった。
「電探など作動させているからではありませんか」
源田はその様な反応をしているが、3月に日本を発って幾度かの電探訓練に際し、その作動有無を偵察機で把握したからと、位置まで露見した事はなかった。イギリスに無いとは断言出来ないまでも、彼我の戦力を考えれば、それは負ける理由にはならず、開戦前の演習において、電探作動と無線封止によって互いの空母を攻撃しあった際、無線封止側の防御対応が遅れた事が頭によぎる南雲であった。その時無線封止側に居たのが源田である。
「だが、こちらの勢力や位置までは判明しておらんだろう。こんな陸から離れた場所での交戦は我々以外に考えようが無いだろう」
南雲は不満を口にする源田へとそう言うのだった。
同時刻、英東洋艦隊A部隊
「偵察機が敵と交戦、撃墜された模様です」
サマーヴィルはその報告に眉根を寄せる。
「こんな南方に日本機?セイロン近海で敵艦隊を発見したのではなかったのかね?」
彼からすればあり得ない出来事だった。
アッズ環礁はモルディブの最南端にあり、そう容易に発見されるはずが無い。何より、建設自体がごく最近のため、過去の情報をいくら探ろうと辿り着きようが無いはずなのだから。
「ドイツのスパイが居るのだろうか?いや、そうだとしても、こんな辺境の基地より本国やエジプトの情報が優先のはず」
どんなに頭を捻ろうと、基地が割れた原因が理解出来なかった。
「レーダーに編隊の反応!」
その報告に無意味な思考を中断し、迎撃指示を出す。
「攻撃隊が来たからには、近くに日本艦隊が居る。探し出しなさい」
もしその命令が忠実に実行されたとしても、英艦隊の索敵範囲は南雲艦隊を発見出来るかどうかギリギリ、その全容を知るには至らなかっただろう。
既に空母インドミタブル、フォーミダブルからは次々と飛び上がる機体が見える。
しばらくすると敵編隊が見える様になった。
「ジャップの奴ら、空母を先に叩くつもりか!」
攻撃隊は空母2隻に群がる様に爆弾を投下している様がサマーヴィルからも見えていた。
そして、その頃低空に舞い降りた雷撃隊が放った魚雷が命中して水柱を上げる。
「戦闘機は何を遊んでいるんだ!」
誰からともなくそんな非難の声が上がったが、戦闘機隊は遊んでなどいない。ただ弄ばれる機が多かったのは事実だが。
「インドミタブルより報告です。缶室への浸水により出力三分の一だそう・・・」
その時また大きな音が響き、インドミタブルに3本の水柱が見えていた。
「どうやらダメみたいだな」
「インドミタブルより総員退艦との報告です」
さらにフォーミダブルにも水柱が上がるのを目撃したサマーヴィルは反転の指示を出す。
「さすがに追撃する艦載機はないはずだ」
サマーヴィルはこちらに向かっている艦隊は中型空母2隻程度、主力はセイロンだと考えていた。
しかしその30分後、新たに100機近い編隊が空母を失ったA部隊を襲った。
「まさか、こんな筈では・・・」
サマーヴィルは零式艦爆が投下した五〇番爆弾が艦橋に直撃した事でウォースパイトと共にインド洋で永遠の眠りにつく事になった。
夕方にはアッズ環礁から逃げ出そうとするB部隊やタンカーでごった返す最中に日本軍による空襲を受け、残るR級戦艦は1隻残らず沈められてしまうのだった。