6・秋丸機関
1939(昭和14)年2月、東京
「ふん、よく出来た小説だ」
男は陸軍からもたらされた怪文書を読んでいた。
そこには年号、人名、地名が時折伏せられながら、今後数年から10年に渡ると思われる歴史の流れと称する資料が置かれていた。
「はっきり断言はしなかったが、この戦艦に関する記述は概ね正しいそうだ」
「それに関しては陸軍でも機密として扱う。何よりコレを世間に、いや、軍内部に広める事は憚られれる」
陸軍が渡した技術資料はあまりにも適切で、海軍でも舌を巻く技官が続出していた。
だが、それはそれとして、歴史に関する資料には、受け入れ難い話も存在していた。
「このれえだぁが活躍するのは本当なのか?来年にはイギリスで大活躍するそうじゃないか」
先年、電波探知装置の開発を蹴った海軍には何とも胸糞悪い話である。
さらに、開発が遅れた事で日本はこの後に起こる対米戦争で常に後手に回るなどと言われては、文句を言いたくなるのは仕方がない。
「真偽はともかく、開発の遅れからイギリス並みの防空指揮所はアメリカに負ける直前に何とか稼働する状態として創作されているのは確かだ」
海軍には受け入れ難い話だが、一般に知られていない経緯まで記述されているのだから、無闇な事は言えない。
「使えるのか?」
「既にイギリスに限らずドイツでも開発中との情報は入っている。このウルツブルグというヤツの事だろう」
もはやイギリスの情報には簡単にアクセス出来ないが、公開情報や簡単な諜報からでもイギリス、ドイツ、アメリカで一定の成果を出している事は確からしい。
「ここに解答がある訳だが、ヤギというのは東北帝大の八木教授で間違いない。論文も技官が精査したが、技術資料の内容は実現可能との話だ」
そこに完成予想図や出力値があるから、それを基に開発すれば数年内にモノになる代物と聞いて、さらに不機嫌にならざるを得ない男だった。
「海軍はやらないのかね?」
海軍抜きでもやろうという姿勢を見せる陸軍側に、さすがに拒否を伝える訳にはいかない男。
そんな事をして、後年小説じみた怪文書が現実になっては笑い者になる。
「いや、帝都や鎮守府防空には必要だろう。海軍としても開発に参加させてもらう」
陸軍側のしてやったりと言わんばかりの表情が気に食わなかった男だが、将来を見据えて我慢する事にした。
他にも課題があった。
「戦車を数万、四発爆撃機を数千というバカバカしい数を生産するらしいアメリカは、陸海軍が同じ13ミリ航空機銃を備え、対する我が国は陸海軍が機種も口径も違う機銃を使うのか。負けるのも頷ける内容だな。この小説は」
「何?それが帝国軍人の態度か、貴様!」
海軍軍人が文書を小馬鹿にしていると、陸軍軍人がキレた。
「たかが作り話ではないか。何を怒鳴っているんだ」
海軍軍人は呆れた様に言い返すが、相手は収まらない。
「もう一度読め!陸軍の機関砲が先に採用されている!海軍がホ103を採用すればこんな問題は起きん!」
確かに一面として間違いではない。
「海軍としては、陸軍の機銃を採用するのは反対である!」
海軍軍人も文書を叩きながら反論する
「海軍がそんなだから、この小説の帝国は負けたんだろうが!」
「なにおぅ」
ヒートアップする口論であったが、その内容がまるで文書にある陸海軍の対立と瓜二つな事に気付く者が居た。
「まるで文書の内容と変わらんではないか」
やれやれと口を開いた人物は妥協案を出す。
「ならば、13ミリは陸軍の一式、20ミリは先に採用された海軍の九九式を、それぞれが使えばうまく収まるんじゃ無いかね?」
その人物としてはたかが創作物への感想のつもりで出した妥協案であった。
「ふん!陸軍としては文句が山ほどあるが、言い出したのはこちら、陸軍が海軍の20ミリ機関砲を採用すれば文句はあるまい!」
そうドヤる陸軍軍人だったが、後にそれが原因でドイツからMG151の購入話を海軍に反対されるとは思いもしなかった。
1939(昭和14)年9月、東京
「何?本当に英仏が宣戦布告しただと!」
9月1日、ドイツがポーランドへと侵攻した事で怪文書の信憑性が高まった。そして、3日に英仏が対独宣戦布告した事で俄にその価値が変わってしまった。
さらに、17日にはソ連の侵攻も始まった事が伝わると、もはや怪文書などと嘲笑う訳には行かなくなってきた。
「これは笑い飛ばす訳にはいかん!」
すでに技術資料の信憑性は確かであり、なおかつ戦艦大和に関しても濁してはいるが間違いないことが確かめられており、さらにこのように欧州での事態が記述通りになっては疑う余地がない。
陸軍では既にこの文書の信憑性を経済面から検証する取組みが軍務局により始められていたが、ポーランド侵攻が発生した事で本格化した。
「秋丸くん、後は頼んだよ」
満州から呼び戻された秋丸次郎主計中佐に丸なg・・・任される事となった。
こうして、誰に悪意がある訳でも無いのだが、彼の報告を基に行った机上演習の結果として怪文書の大まかなストーリーが流用され、秋丸文書として陸海軍へと広まる事になるのだった。