5・南方作戦・2
1942(昭和17)年2月20日、シンガポール
「これがイギリス軍のレーダーというやつか」
一人の男が移動式レーダーを眺めながら口を開いた。
「電探より大型だな」
もう1人がそう感想を述べる。
「移動手段が我が国より強力だから出来るんだろう。下手したら人力だぞ、わが軍は」
冗談を交えてそう口にするが、嘘ではなく事実だった。
「これほど場所も取らずに設置できるのも良いな」
「ああ、それが利点でもある」
男たちはそう話し合い、レーダーの前を後にした。
「コイツはポンポン砲か?いや、それにしては銃身が長いな」
1人がそう言うが、もう1人は首をかしげる。
「何だ?それは」
「ん?ああ、海軍が昔導入した毘式40ミリ機銃だ。コイツも口径は同じくらいだが、銃身が長い」
「なるほどな。まるで対戦車砲だな。わが軍の九四式よりデカいぞ」
「これは優秀な機銃と言う話を聞いている」
「ああ、それは聞いた。と言っても今更弾薬の共通性もないモノを採用する訳にもいかんだろう。歩兵銃や機関銃の弾ですら難渋してるんだ。その上高射機関砲まで今更変更なんて話は受け入れられんな」
陸軍の男はまじまじと目の前にあるボフォース40ミリ機関砲を眺めながらそう口にした。
「海軍もそうだ。すでに話には聞いているが、慌てて採用する準備など出来ていない」
2人はシンガポール陥落直後に鹵獲した兵器や機材を検分して回ったが、特に目新しいモノを発見することなく、作業を終えるのだった。
1941(昭和17)年2月27日、スラバヤ沖
「敵艦隊の反応あり!」
電測からの声に高木はニヤリと口元を緩める。
「さて、無理やり取り付けられたカンザシだが、見せてもらおうか、その精度とやらを」
「電測射撃でやってみろ」
高木の発言で慌ただしくなる艦橋、
「羽黒にも伝えますか?」
そう問われた高木が頷く。
「電測射撃準備、羽黒にも伝えろ!」
艦橋をこだまする指令を聞きながら、敵艦隊の方を睨む高木だった。
スラバヤ沖において連合軍艦隊を発見した日本艦隊はまず丁字に頭を抑えに掛かるが、連合軍は同航戦に持ち込んできた。
「2万6000!」
敵との距離を告げる声が聞こえる。
「電測!どうだ?」
「敵先頭を捉えましたが、方位角を得るにはもう少し詰める必要があります」
那智、羽黒が出師準備のために入渠した時、通常の整備とは別に改装が行われた。
他艦は対空、対水上見張り用電探しか積み込まれなかったが、たまたま、妙高を含む3隻には試験目的で射撃用電探が積み込まれていた。
これまで幾度か射撃試験は行っているが、光学測距に比べ詰めが甘く、カンザシと揶揄されていたのだが、今回、泊地で乗り組み調整に取り組んだ技官が並々ならぬ自信を持って精度向上を主張して来たので、高木はその熱に押されていた。
「まだか?」
高木がそんな不満を口にしたころ、水雷戦隊が発砲を始める。
「神通、発砲しています!」
「電測、まだか?」
「2万、いけます!」
「では、撃ち方はじめ」
高木の号令と共に那智が射撃をはじめ、羽黒もそれに続いた。
「先頭艦、遠弾」
電測は水柱の位置をしらせ、方位盤へと修正値を伝える。
「二斉射、近弾2」
しばらく電測による修正値の報告が続いた後
「命中、1!」
高木からもそれは見えた。しかし、被弾したのは先頭艦ではない事に首をかしげるが、命中したのは確かで、敵巡洋艦の中央部が発光していた。
「やった!」
どこからともなく歓声が上がるが、電測は淡々とさらに修正値を読み上げていく。
さらに数斉射後
「敵、煙幕展開しました!」
悔しそうな声でそう報告が行われた。
「電測!」
砲術長が電測へ叫ぶ
「いけます!電測感度変わらず!」
電測からの返答に艦橋が沸いた。
「さらに命中!」
煙幕近傍で味方駆逐隊が突撃したとの報告があってすぐ、電測からの命中の声。
「これはイケる。イケるぞ」
高木は味方駆逐隊を避ける様に射撃継続を指示する。
「敵、後退をはじめた模様。射撃目標に動きはありません!」
見張り電探を担当する電測員からの報告に一瞬悩んだ高木だったが
「行足が止まっているなら駆逐艦に任せよう。後退する大型目標へ射撃を変更せよ」
高木はそう指示を出し、追撃態勢に入った。
しかし
「待ってください。敵艦隊の方角に機雷原の可能性があります!」
実際には日本側が発射した酸素魚雷の自爆だったが、その水柱を機雷原と錯覚してその様な報告がなされ、高木もそれに従い追撃を中止し、残された停止目標に専念するよう命じた。
「巡洋艦は射撃を止め、駆逐艦のみで対処せよ」
あまりに密集しては誤射の可能性が高い事からそう宣言し、駆逐艦に停止した巡洋艦への対処をさせた。
しばらくすると巡洋艦は甲板まで水没し、戦闘力を失った。
「見事な殿である!」
高木は艦隊が去る最後まで抵抗を続けた巡洋艦に感銘を受けて敵兵救助を指示。
その間に上空にある偵察機の収容を行う事になったが、敵駆逐艦隊の急接近を電探が探知し、警戒態勢を敷こうとした指示が錯綜して混乱してしまう。
さらに敵艦隊を追跡していた偵察機からは反転接近中との報がもたらされ、場が混乱を増してしまった。
そうこうするうちに那智の電探が敵艦隊らしき反応を示し、水偵の収容もそこそこに行動を開始する羽目となってしまった。
「羽黒より水偵放棄との報告」
「仕方がない。戦闘配置につけ」
ただ、連合軍側は日本軍が居る事を想定していなかったために混乱が残りつつも待ち伏せが成立し、前方で警戒にあたっていた神通が魚雷を発射した。
ただ、この雷撃は連合軍艦隊にかわされ、逆に那智や羽黒を発見した連合軍側が照明弾を打ち上げた。
「よし、撃ち方はじめ!」
それを待ってましたとばかりに高木は射撃を指示し、連合軍艦隊へと20センチ砲弾が次々と振り注ぐ。
「くははは、圧倒的ではないか、わが軍は」
高木はそう豪語したが、連合軍は不利を悟ってすぐさま撤退に移り、日本軍も態勢を立て直す事を優先したため、連合軍艦隊はそのまま南下していった。
しばらくは連合軍の動きを偵察機で追っていたのだが
「那珂より偵察機が敵を見失ったとの報告」
とうとう敵を見失ってしまった日本側も動かざるを得なくなる。
「捕虜を乗せた駆逐艦は分離する」
高木は捕虜を乗せた駆逐艦を分離すると捜索のための南下を指示した。
日付が変わってすぐ、那智と羽黒の電探は相次いで敵艦隊らしき反応を捉える。
「現れたな。もう一度罠にかける。砲撃しつつ魚雷を準備だ」
高木は気分が高揚し、水雷戦隊を差し置いて重巡による突撃を指示した。
これが見事に嵌って連合軍旗艦デ・ロイヤル、そののちジャワにも命中し、デ・ロイヤルが炎上、ジャワが沈没をはじめた。
「敵、残り2艦、反転していきます」
「四水戦に追撃させろ、電測射撃!」
高木は残り少ない砲弾をありったけ2艦へと撃ち込むように命じる。
砲弾の一発がヒューストンに命中し缶を破壊、パースはヒューストンを置いて逃走していった。
ヒューストンに追いついた第四水雷戦隊は12ノットで進むヒューストンに対して雷撃を加え、これを撃沈した。
「使える。使えるぞこのカンザシは!」
ヒューストン撃沈の報を聞いた那智艦橋では万歳三唱が沸き起こっていた。
なお、バタビア沖海戦は連合軍の勢力が縮小したものの生起し、同士討ちは起きた模様