15・大惨事ソロモン海戦 後
1942(昭和17)年11月14日、ソロモン諸島
月も沈み、辺りを闇が支配するソロモン諸島を進んでいた大和以下3隻の戦艦。小破した陸奥は大事をとっておいて来ていた。
「前方に敵らしき反応!!」
山本は舞い戻った先で大和の電探が敵を探知した事に心の中で舌打ちした。
「これが終わったら撤退を決断しよう。司令部の連中が煩いだろうが、大本営の計画にない事をやったのはこっちだ。俺のクビと幾人か道連れにすれば何とかなるだろう」
そんな事を思いながら電測員が報告した方角を見た。
敵が発砲しない事に疑問を抱いたが、射程内なので砲撃を命じ、戦闘が始まった。
「敵、スコールに突入しますが、電探で追えます!」
頼もしい報告に攻撃続行を命じる山本。
慌てたアメリカ艦隊も撃ち返してくるが照準が定まっていなかった。
そうするうちに先頭艦に爆炎が走るのを確認した大和艦橋では撃沈宣言が出る。しばらくして二番艦も火災を生じた。
この時アメリカ側は日本艦隊を探知できていなかった。
その上、日本側に自分達と同等の性能を持ったレーダーがある事など全く把握していない。
すでに日本軍がレーダーらしきものを備えているのは確認していたものの、性能はアメリカ以下と評していた。
実際の性能はほぼ同等、場合によっては日本が上回っており、アメリカが勝っていたのは信頼性だけと言えた。
だが、そんな事は知らないリーの艦隊は砲撃して来た艦隊が味方ではないかとまずは考え、通信を試み時間を浪費した。
そうしているうちにノースカロライナが被弾し、あろうことか前部缶室を撃ち抜かれてしまい火災が生じ、15ノット以上出なくなり、戦線離脱していった。
旗艦を失ったワシントンとサウスダコダは相手の発砲炎を頼りに敵を探り反撃に転じようとしたが、立て続けに砲撃を受けてそれどころではなくなり、サウスダコダは電源喪失によってただ動くだけの棺桶と化してしまった。
そんな事とは知らないワシントンは退避行動をとるが、先に狙われていたのはワシントンであり、攻撃が集中。本来共に戦うはずのサウスダコダが沈黙している事もあって多勢に無勢な状況で6発の命中弾を受けて激しく燃えだす。
アメリカ艦隊はハルゼーによる思い付きの出撃であり、随伴したのは僅か3隻の駆逐艦だけ、燃え盛るノースカロライナは護衛する駆逐艦もない状態で日本側の水雷戦隊の襲撃を受け、魚雷4本が命中し、対処する暇なく波間に消えていった。
さらにワシントンもそれを追うように水雷戦隊の襲撃を受け5本の魚雷が命中、瞬く間に沈んでいった。
ただ一隻、電源喪失で戦闘にも参加せず静かに直進していたサウスダコダは、駆逐艦に守られる形となっていたが、大和以下3隻が見逃すはずもなく、ただでさえスペースの無い艦容に何もかも詰め込み過ぎた事が祟り、46センチ砲弾3発を受けてあえなく爆沈してしまった。
逃げ帰れたのは駆逐艦1隻に過ぎないという、まさに日本側のパーフェクトゲームであった。
山本はさしたる損害もなく敵を沈めた事にホッと胸をなでおろす。
「どうやらツイているらしい」
そう思い、飛行場を砲撃しようとしたのだが、黒島含む幕僚多数に反対される。
「待ってください。戦艦が居たという事は、これ以上進めば更なる敵艦隊が居るという事です。こちらの水雷戦隊は先日の被害もあって僅か二戦隊、これでは突入など無謀です!」
敵が待ち構えているという幕僚たち。山本はそれはないだろうと考えたが、それを示す術もなく、言われるがままに撤退を命じる事になった。
だが、この行動はハルゼーの思う壺であり、リーの率いる戦艦部隊を失った損失も、このまま待ち構える護衛空母群で沈めてしまえば帳消しになる。
そうとは思いもよらない山本はハルゼーが仕掛けた罠へと針路を指示していた。
翌15日の夜明け頃、まだ不安の残る海域ではあったが、山本はホッと安堵しながら艦隊の速力を緩めて良いのではないかと考えを巡らせていた。
「前方スコール内に反応多数!!」
そんな気を抜いたところに電測の叫び声が響いて来た。
「まさか、こんな所に敵か!」
黒島が興奮してそう叫ぶ。
そこに居たのはハルゼーが配した護衛空母群だった。
ただ、何とも間が悪いことにスコールに捕まり、まだ偵察機すらあげられていない状態だった。もちろん、日本艦隊など把握していない。
「有効射程に入り次第、砲撃開始。敵は乙巡以下の船ばかりだ、通常弾の方が有効だろう」
山本がそう指示を出したのは、怪文書にあったサマール沖海戦の内容からの判断であった。徹甲弾を輸送船などに撃ち込んでも船体を突き抜けてしまう事を危惧しての事だった。
こうしてまたも一方的な砲撃戦が開始されたのだが、しばらくして敵がスコールを抜け、その正体が空母であることが判明し、大和の艦橋は騒然となった。
「空母・・・、だと?」
しかし、すでに攻撃を開始している。そうそう発艦は出来ないだろうと自らに言い聞かせていたところに発艦する艦載機ありとの報告を聞いて震撼する。
「ここまで来れば先に沈めてしまうまでだ!!」
そう言っては見たものの、山本には「予言」が頭を過ぎる。飛行機に乗っている時に撃墜されるのではないのか?たしかに敵は飛行機だが、こちらは戦艦の上だぞ!と。
護衛空母群は煙幕を展開して遁走しようとするが、日本側は電探で捉えているので逃すはずなく、急ぎ空へと舞い上がったのは戦闘機だけであった。
それでも果敢に機銃掃射を敢行してくる。
「敵機直上!!」
大和艦橋でそう叫び声が聞こえた後、機銃弾が飛び込んで来たのを見た瞬間、山本は体に熱を感じて
気を失ってしまった。
その頃、ハルゼーはリーの戦艦部隊がすべて海に沈んだとの報を受けて呆然としていた。さらに暫く後、護衛空母群からも日本艦隊と鉢合わせして6隻が沈められ、這う這うの体で遁走したとの知らせが入り、その場に倒れ込んでしまう。
これまで連敗続きだったソロモンでの海戦はとうとう戦艦まで沈められ、あろうことかエアカバーの無い戦艦部隊が空母部隊を襲撃して撃退するという予想外の結末を迎えてしまった。
空母の大量喪失でモンタナ級戦艦の優先建造に疑問符が付きかけた矢先であったが、空母と言えど戦艦に襲撃されれば逃げるしかないという、後世から見ればレア中のレアケースによって、モンタナ級こそ最優先すべしという方針が確固としたものとなるのだった。
こうしてエセックス級は初期に起工した5隻と船台の空きがあった数隻を除き、建造延期措置を受け、2年以内の就役が絶望的となってしまう。
一方、艦載機の襲撃を受けた山本は一命をとりとめていた。しかし、黒島をはじめとする幕僚含め、誰一人五体満足とはいかなかった。
「所詮、怪文書は現実とは違ったんだ。そうに違いない。私はまだ生きている」
山本はそう言いながらも、右半身に深い傷を負い、もはや長官の任を果たせそうにない事も理解していた。
第三次ソロモン海戦と名付けられることになる海戦は、日本海軍にとって連合艦隊司令部が突如主要幕僚を失う大惨事に見舞われ、海軍甲事件として記録される事に繋がった。
アメリカ側では11月の惨劇という通称で伝わることになった。
5月に空母を失い、ようやく就役が始まった戦艦がこの海戦で一挙に3隻も失われ、年明けまで有力な戦力が太平洋から払底してしまった事から、そう名付けられている。
お互いにとって大惨事と言う他ない11月なのであった。