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少女の心にあるものは?(後)

「ここが天国?」

「たぶん違います」


 天国と言えば天国なのかもしれないが、恐らく沙織の言う天国とは違う。

 チトセと沙織はいつかの会議室の真ん中に2人だけで立っていた。


「悪魔、会ってみたかったなぁ」


 思わずと言った感じでポツリと呟かれた声は小さかったが、静かな会議室にはよく響いた。

 沙織は「あっ」と口を塞いだが、目を丸くしたチトセに見つめられていることに気づき観念したようにため息をついて言い訳をするように話を始めた。


「別に食べられたかったわけじゃないよ。私がオタクだって、あの部屋見たらわかるよね?」

「あ、はい」

「それで、オタクとしては悪魔って一度は会ってみたいじゃない?」

「まあ言いたいことはわかりますけど……」


 チトセが何と言って良いか分からず言葉に詰まったところで会議室の扉が開いた。



「荒っぽくなっちゃって悪かったな」

「あ、いえ。というかどういう状況?」

「状況を説明する前に確認だが、あのパソコンを破壊したのは君だってこと分かってるか?」

「「……え?」」

「やっぱり無意識かー」


 ポカンとする2人を見てサキはため息をつきながらガシガシと頭をかいた。


「えっ? 月村さん超能力使えるんですか??」

「私実は超能力者だった!?」


 同時にそんなことを言う2人にサキは笑顔で否定した。


「ポルターガイストって聞いたことあるだろ? さっきのがソレ」

「ポルターガイストって幽霊が起こす心霊現象ですよね?」

「いや、あれは死んだ魂が感情を暴走させて起こす迷惑行為だ」

「迷惑行為」


 不思議とロマンが詰まった現象が急に俗っぽくなって、沙織はしょっぱい気分になった。


「それにしても、なんであんなに慌ててたんですか?」

「ああ、ポルターガイストが起こると悪魔は気づくんだよ」

「えっ、じゃああのままあそこで待ってたら悪魔に会えたんですか!?」


 もうちょっとで会えていたという事実にショックを受けている沙織を先ほど話を聞いているチトセが微妙な顔で見た。

 サキは一瞬キョトンとした後、すぐに理解してケラケラと笑った。


「そんなにガッカリしなくても、そのうち絶対に会えるから安心しな」

「ほんとですか!? ……あ」


 勢いで返事をしてからようやく自分が思いっきり癖を暴露してしまったことに気づき、「あ゛あ゛あ゛」と苦しそうに呻きながら真っ赤な顔を両手で覆った。


「気にしなくても月村さん面白れーから大丈夫」

「おもしれー女にはなりたくないんです!」

「ははは」


 顔を覆ったまま叫ぶ沙織の訴えは全くサキの心には響かなかったようだ。楽しそうに笑っている。

 そんなやり取りの横で、チトセは腑に落ちないといった顔だ。


「悪魔に気づかれてもいつもみたいにサキさんが追い払えば良かったんじゃないですか?」


 チトセの当然というように言われた言葉にサキは苦笑した。


「信用してくれるのはありがたいが、オレも全ての悪魔に対処できるわけじゃないからな。悪魔の格の話って聞いてるか?」

「悪魔に格なんてあるんですか?」

「ハナさん、職務怠慢じゃねーか」

「本来オレの教育係はサキさんの筈ですが」

「ハナさんが『是非やらせてほしい』って言ったからオレは権利を移譲したんだぞ?」


 それはきっと自分のことを思って言ってくれたんだろうとチトセは思い、ハナに改めて感謝した。


「それで、悪魔の格がどうしたんですか?」

「ああ、悪魔は格が高いほど知能や能力が高いんだよ。例えば式場で会った悪魔とこの前エレベーターの前で会った悪魔だったら、エレベーターの前で会った方がまだ賢そうだっただろ? まあ格としてはどっちも底辺だったからどっちもどっちなんだが。んで、こっからが本題。ポルターガイストって使ったら結構な範囲の悪魔にバレるんだよ。だから大体格の高い悪魔が釣れる。まあ悪魔は悪魔同士の格の差には敏感だから、大挙して押し寄せてくることがないのはいいんだけど」


 サキの話を聞いてチトセは蒼褪めた。本当にサキが来る前に悪魔が来なくて良かったと思うと同時に、底辺の悪魔ですら対処出来ない自分はせめて悪魔の気配だけでも感じ取れるようになろうと決意した。どうやったら出来るようになるかは不明だが。


「ちなみに、サキさんが対処出来るのはどのくらいの格までなんですか?」

「オレ? んー、上位5位までは会いたくねーな」

「それって多いんですか?」

「いや、全体の1%くらいだ。まあ安心しな。手段を問わなければ上位1位だろうが対処出来るから」


 そう言ってニヤリと笑うサキに、チトセは安心すべきか、問われない手段に怯えるべきか判断がつかずただ微妙な顔で頷いた。


「あの、そろそろ状況を説明してもらってもいいでしょうか?」

「あ、復活した?」

「やっちまったもんはしょうがねーです。以降これを戒めとします」

「そうだな。切り替えは大事だぞ。じゃあ行くか」

「行く? どこに?」


 沙織は首を傾げたが、チトセはサキの意図にすぐに気付き呆れた顔をした。


ハナさん(説明担当)のとこ」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「げ。ハナさんいねーじゃん」


 サキの先導で3人はハナのデスクに向かったが、タイミングが悪かったようでそこにハナの姿はなかった。一応隣のデスクの人にも確認したが、今出たので当分帰って来ないだろうと言われてしまった。


「あら! お兄ちゃんたち!」


 サキがどうしようかと考えていると、後ろから若い女性の声がした。振り返ると20代くらいの黒いロングヘアーの可愛らしい女性がにこにこと手を振っていた。


「元気かしら? ちゃんとご飯食べてる?」


 親しげに話しかけてくる女性に見覚えはなく、チトセは戸惑った。サキの知り合いかとも思ったが、彼女はお兄ちゃん()()と言っていたし、何より楽しそうに話すその視線の先にサキだけでなくチトセも含まれている。

 チトセが戸惑う横でサキも最初誰かわからなかったようだが、話を聞いている内に誰かわかったらしくにっこりと笑って口を開いた。


「そちらもお元気そうで何よりです、梅子さん」

「梅子さん!?」


 チトセが思わず大声を出してしまったのを、サキに梅子と呼ばれた女性はイタズラが成功した子供のような笑みを浮かべた。


「梅子さん103歳でしたよね?」

「何言ってるんだ? 見た目年齢なんてここじゃ変え放題だろ?」

「聞いてませんけど??」


 チトセは見た目年齢を変える方法なんて知らないし、変えられるとしてもそれは能力を使って短時間のことで、普段は死んだ時の見た目年齢で過ごすものだと思っていた。確かに若い人が多いとは思っていたけれども。


「ってことはサキさんも実はおじいちゃんだったり……」

「ははは。どうだろうな?」


 チトセはおじいちゃんのサキを想像したが、こんなおじいちゃん嫌だとその考えを捨てた。逆に自分とそう変わらない歳なのかもとも思ったが、どちらにしても答えてくれない気がして気にはなったが聞くのは止めておいた。


「けど最後にお兄ちゃんたちに会えて良かったわ。死んだ時はここまで連れて来てくれてありがとうね」

「最後?」

「ウメコは清算が終わったからな。めでたく転生退社だ」


 チトセの質問に、梅子の隣に立っていた男性が答えた。見た目は30歳手前くらいだろうか。緑がかった茶髪にピアスと少しチャラそうな印象だ。恐らく梅子の相棒なのだろう。


「え!? 早くないですか!?」

「そうなの?」

「ウメコの星はびっくりするほど白かったからなぁ」

「おめでとうございます」

「ありがとう」


 梅子との会話が一段落ついて、チトセは男性の方に視線を向けた。梅子の相棒ということは、少なくとも自分より先輩だろう。

 ということは後輩である自分から名乗るのがマナーだと思ったが、バイト経験もないチトセは社会人の挨拶というものが分からず悩んでいるうちに、先に相手が口を開いた。


「こっちがサキの相棒?」

「そー。チトセ、コイツはダイキ。あー、悪い奴じゃないがお前はカモにされそうだからあんまり近づかない方がいいぞ」

「お前に言われたかねーな」

「あ、よ、よろしくお願いします」

「おう。それで? 後ろの子は?」


 ダイキはチトセの挨拶に軽く手を上げて返したが、大して興味はなかったようですぐにその視線は沙織の方へ移動した。


「あ、あー。梅子さん、今日までなんだっけ? じゃあそういうことになるのか」


 サキが眉間にシワをよせて微妙な声を出した。チトセはとても聞いたことのあるセリフだなと思い、サキの言わんとすることを察した。どうやら沙織も何も分からないながらこれまでの目の前のやり取りと文脈で察したらしい。サッと顔色を変えた。


「あー、じゃあとりあえず一旦さっきの部屋に戻るぞ」


 サキはそう言うとチトセと沙織に手招きして会議室へと歩き出した。てっきり相棒となるダイキに沙織への説明を丸投げするかと思っていたチトセは意外に思いながらも、未だ蒼い顔をしている沙織と共にサキの後へ続いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「じゃあまず君の今後についてだけど」

「え。ホントにサキさんが説明するんですか?」


 チトセは思わず口から漏れてしまった言葉にハッとしてサキを伺うが、サキはチトセの失礼な態度を気にするでもなく、本当に面倒くさそうにため息をついた。


「仕方ないだろ? ハナさんいねーし、ダイキに頼むのは後が面倒だ」

「え? 説明は相棒の仕事なんじゃないんですか?」

「最初の概要説明は案内人の仕事だぞ?」

「え!?」


 サキの言葉にチトセはサッと蒼褪めた。チトセへの説明はハナが行ってくれたし、梅子の時もサキがハナに任せていたのでてっきりハナさんもしくは相棒の仕事だと思っていた。

 しかしよく思い出してみれば、自分の時はサキが用事があるから頼むと言っていたし、梅子の時も約束があるからと言ってハナさんが何か言う前に逃げていた気がする。

 ハナさんには今度何かお詫びの品を用意するべきかもしれない、とチトセは頭の片隅にメモをした。


 サキは意外にも丁寧に沙織へ説明を行った。

 チトセはハナから受けた説明と大体同じ流れだったので、もしかしたらマニュアルのようなものがあるのかもしれないと思い、後で絶対確認しておこうと心に誓った。


「と、こんな感じだが、大体分かったか?」

「大体は分かりました」


 沙織はサキの確認に素直に頷くが、明らかに元気がない。


「あの、聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

「その、私の相棒? になるのって、さっきの……」

「ああ、そうそう。たぶんダイキになると」

「ムリです!!」


 サキが言い終わる前に沙織が叫んだため2人は目を丸くした。


「ムリって言っても決定事項だし諦めような? 悪い奴じゃないから」

「そういう問題じゃないんです! ああいうチャラそうな男の人って生理的に受け付けないんです!」

「心配しなくても女の子には優しいぞ?」

「それはフェミニストという意味ですか? それとも女好きと言う意味ですか?」

「ははは」

「絶対後者!! ますますムリー!!」

「まあまあ。組んでみたら案外平気かもよ」

「ムリー!!!!」

「ははは。じゃあ次はオフィス内案内してくぞー」


 本人的には死活問題の必死の訴えもサキには全てスルーされ、沙織は死んでもなお続くこの世の無情を呪った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「なぁキティ、インフェルノって今どの辺にいるんだ?」


 ふらりとやって来たサキが突然そんなことを言うものだから、キティは嫌な名前を聞いたと顔を顰めた。

 インフェルノは先ほどチトセと話していた上位1位の悪魔の名前だ。


「とりあえずサキたちの国にはいないから心配しなくても大丈夫よ」

「そっか」


 嫌な顔をしながらも律儀に答えてくれるキティの返事に、サキは安心した顔で笑った。


「で? 何で突然そんなこと聞いてきたわけ?」

「や、何かあったわけじゃないんだが……さっきチトセに悪魔の格の話をしてさ。ちょっと気になったから聞いてみた」


 サキの返答に納得した顔をした後、キティはその顔に意地悪そうな笑みをのせた。


「心配しなくても『助けてくださいキティ様』って言ったらちゃーんと助けに行ってあげるわ」

「それがしたくねーから聞いてるんだよなぁ」

「いいえ。そもそもサキがアイツに目をつけられてるのは私のせいなんだから、その責任くらい取るつもりよ」


 先程までの笑みを消して真剣な顔で続けたキティの言葉に、サキは一度パチリと瞬いた後苦笑した。


「そんなの、頼んだのはオレだろ? 責任があるとしたらそれはオレ自身だ」


 キティは何も言い返さなかったが、その顔は納得いかないと雄弁に語っており、サキは思わず吹き出した。


「分かった分かった。ならオレたちは『共犯者』だ。オレが指示役で、キティが実行犯」

「……それならいいわ。つまり運命共同体ってことでしょう?」

「まぁそうだな。だからキティも何かあったら呼べよ?」

「良く言うわ。仕事があればそっちを優先するくせに」

「普段はそりゃあな。けど本当に必要な時は仕事なんて他に任せればいい」

「悪い子になっちゃってまあ。リーンにはとても聞かせられないね」

「全くだ。運命共同体とやらが悪影響を与えるから」

「あら? 私の運命共同体の方がよっぽど悪い子だと思うのだけれど?」


 お互いにニヤリと笑い合い、自然に二人の足はリーンの家へと向かう。

 サキの顔にはキティに会いに来たときのような不安な色はもう無かったし、キティの顔にもサキに向ける懺悔のようなものはもう無かった。

 その事にお互いホッとしつつも決してそれは表に出さずに、何事もなかったかのようにリーンの家の扉を開けた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 チトセは報告書を提出するため、トモハルの元を訪れていた。当然のように今回もそこにサキの姿はない。

 本人は急用があると言っていたが、チトセは9割方嘘だと思っている。


「トモハルさーん」

「お、よう。報告書か? ご苦労さん」


 チトセが長机の奥へと声をかけると、トモハルはすぐにやってきて作ったばかりの報告書のチェックを始めた。


「あの、まだ慣れてなくて。不備があったらすみません」

「まだ2回目だからな、すぐに慣れるさ。ってか字もキレイだし、サキの報告書よりよっぽど読みやすい」

「サキさんって報告書書くことあるんですか?」

「基本的には書かないが、それでもどうしても書かなきゃならん時には仕方なくって感じだな。って、オイオイ、今回はポルターガイストかよ。大丈夫だったのか?」

「あ、悪魔ですか? 来る前にサキさんがすぐに移動してくれたので会わないですみました」

「そうか、サキはアレが使えるんだったな。原因は……ああ、よくあるやつか」


 それからしばらくふんふんと報告書を最後まで確認したトモハルが、報告書から顔を上げて緊張した面持ちで見守っていたチトセを見た。


「内容に不備はなし。良く書けてる」

「あ、ありがとうございます」


 その言葉にチトセはホッとしたのだが、良く書けていると褒めた筈のトモハルはどこか哀れみの顔でチトセを見ていた。


「え、あの、何か?」

「あー……今言ったように報告書は良く書けてるんだがな? ポルターガイストは違反対象だ。それも結構上位の」

「えぇ!? 何でですか!?」

「そりゃあ魂を危険にさらすことになるからだよ」

「けどあれって防ぎようがなくないですか?」

「いや、ポルターガイストを使える状態の魂はそれなりにシグナルを出す。だからサキは確実に気づいてた筈だぞ」

「えっ」


 つまりサキは沙織のシグナルに気づいた上で放置し、彼女にポルターガイストを起こさせたということになる。何のために、と考えたところでチトセはその直前にサキと話していた会話を思い出した。

 サキはデータを消したがる対象がたまにいると言った後、意味深に笑っていた。


「……もしかして、サキさんってよくポルターガイストに遭遇してます?」

「あー、ポルターガイスト自体そう頻発するものじゃないから『よく』という程ではないが、まああるな」


 トモハルの言葉を聞いて、チトセは確信した。

 あの能力だけは無駄に高いサキがシグナルをそう何度も見落とすとは考えにくい。

 つまりあの時の「消したなんて言ってない」というのは、「消してはいないが、本人に消させた」ということだったのだろう。


「まあその後の対応が迅速だったお陰で悪魔にも会ってないってことだし、まあこれもいい経験と思っときな」

「そうします。ちなみに上位の違反って言ってましたけど、それってどのくらいのペナルティがあるんですか?」


 チトセの恐る恐る聞いた質問に、トモハルがにこりと優しく笑った。


「心配しなくても評価がマイナスになりはしない。今回の仕事がタダ働きになる程度だ」


 どこが心配しなくても良いのか。

 厳しい現実に、チトセは一刻も早くいろんなことが出来るようになろうと思いながら部屋を後にした。



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