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死神のオフィスへようこそ(後)

「ここ、ですか?」

「ああ」

「ふあー……大きな家ですね」

「100年以上続く銘家らしいぞ。と、ちょうど時間だ」


 外からでは中を窺い知ることは出来ないが、きっと今頃彼女を囲んで家族が涙に暮れているのだろう。

 2人が心なししんみりとしながら家を眺めていると、家の玄関辺りから突然老婆が現れチトセは思わず肩を跳ねさせた。

 老婆はそのまま家の外に出てきてきょろきょろと周りを見渡した後、自分を見つめる2人の存在に気づきにこりと微笑んだ。


「あらこんにちは。お兄ちゃんたちも亡くなったのかしら?」

「ズバッと言いますね柳沢梅子さん。そういうの嫌いじゃないです」

「あら? 私の名前……もしかしてどこかに書いてあるのかしら?」


 驚いた顔をして、梅子は自分の服や頭上を確認したが、当然ながらどこにも名前など書いていない。


「いえ、そんなことはありませんよ。プライバシーって大事ですからね」

「いや、そういう話じゃないですよね?」

「え? そういう話だろ?」


 緊張で固まっていたチトセが条件反射でツッコミを入れた。


「んんっ! 驚かせてしまってすみません。僕たちは天使です。貴方の魂を迎えに来ました」

「まあまあ天使さま! わざわざ遠いところからありがとうねぇ」

「いえいえ、そんなに遠くではありませんから。じゃあ行きましょうか」

「まあまあ。こんなかっこいいお兄さんにエスコートしてもらえるなんて照れちゃうわねぇ」


 サキが梅子の手を取ると、梅子は嬉しそうに微笑んだ。

 2人は梅子の歩調に合わせてゆっくりと歩き出した。



 梅子の家から2人が使ったエレベーターは歩いて5分もかからない距離だったが、梅子のペースに合わせているため10分歩いて進んだのは来た道の半分程だった。


「へー、梅子さんはお見合い結婚だったんですね」

「そうなのよ。叔母が仲人をするって張り切ってねぇ。でもちゃんと好きになって結婚したのよ。私が14歳の時だったわ」

「はー、14歳で結婚……」

「ふふ、今の若い子には考えられないわよね」

「そういえばチトセは彼女いたのか?」

「分かってて聞いてますよね?」

「ははは」

「そういうサキさんは……あ、やっぱいいです。無駄にオレがダメージ受けそう」

「ははは」


 梅子とサキ、時々チトセも会話に混ざりながら梅子の自伝を聞いているのだが、未だ14歳の話をしている時点で目的地に着くまででは話は終わらないだろう。

 チトセがそんなことを考えながら歩いていると、ふとサキが梅子に気づかれないように小声で話しかけてきた。


「今のわかったか?」

「え? 何かありました?」

「まぁそうだよな」


 チトセが意味が分からず首を傾げると、サキは1人で納得したように頷いた。


「えーっと?」

「ああ、気にしなくていいぞ。ちょっと悪魔の気配がしたから、お前は気づく方かなって確認しただけだ」

「えっ!? 大丈夫なんですか?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。いざとなったらオレがなんとかするから」


 サキの限りなく軽い返事にチトセは不安を感じずにはいられなかった。害される不安ではない。サキがまたハナを怒らせるようなことをするのではないかという不安である。



「見ーっけ」

「あ」


 あともう少しでエレベーターに辿り着くというところでサキが楽しそうな声をあげた。

 チトセも思わず声をあげてしまったのは、エレベーターへの道を塞ぐように立つ真っ白い羽根を持つ少年の姿を見つけたからだ。

 少年は慈愛に満ちた表情でこちらに近づいてきた。


「あらあら、綺麗な子ねぇ。迷子かしら?」

「明らかに違いますよね!?」

「梅子さんのその細かいことに囚われないところ、いいと思います」


 少年は梅子の目の前まで来ると足を止め、彼女に向かって手を伸ばした。


「おばあちゃん、迎えに来たよ。僕と一緒に行こう?」

「あらあら? お迎えならこのお兄さんたちが来てくれたのだけれど」


 梅子が戸惑いながらそう言うと、少年はちらりとチトセとサキを見た後、もう一度梅子に視線を戻して悲しそうな顔をした。


「このお兄さんたちについて行ったら大変なことになっちゃうよ。ついて行っちゃダメ。ごめんね、僕が迎えに来るのが遅くなっちゃったから……」

「まあまあ、どうしましょう」


 梅子はどちらを信じていいか分からず、きょろきょろと2人と少年の間に視線を彷徨わせて困っている。

 チトセもどうするべきか分からず困り顔でサキを見ると、サキはそんなチトセを見てニヤリと笑った。


「梅子さん、心配しないで。僕たちが本物の天使です。よく見てて」


 サキは梅子に向かって笑顔でそう言うと、両手を組んで祈りのポーズを取った。するとサキの身体が光り輝いて、一際眩しく輝いた後、その姿は真っ白な修道士服を着た5歳くらいの少年に変わっていた。


「これが僕の本当の姿。そして彼の正体は……」


 そう言ってサキが少年に向けて両手を突き出すと、そこからキラキラとした光が溢れ出し、その光が少年を覆った途端に少年は呻き声をあげながら苦しみだした。その身体からはしゅうしゅうと煙が出ている。

 梅子とチトセが唖然としながら見守っていると、がぁぁっと少年が叫び声を上げると同時に倒れた。

 その姿は先ほどまでの天使のようなものではなく、真っ黒な服に真っ黒な髪、閉ざされる前に見えた瞳は血のように赤く、美しかった白い羽根も悪魔のような黒い羽根に変わっていた。


「真っ黒になっちゃったわねぇ」

「彼らはさっきみたいに偽りの姿で人々を騙してるんです。浄化したので、元の姿に戻ったんです」

「死んじゃったのかしら?」

「いいえ、ただ気絶しているだけです。目を覚ます前に行きましょう」

「……そうね。貴方たちを信じるわ」


 梅子は一瞬だけ躊躇したが、すぐに笑顔になって差し出されたサキの手を握り返した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 2人は無事に梅子を送り届けた後、自分のデスクに戻って来た。


「初仕事無事終了、お疲れ」

「き、緊張しました……」


 ぐったりと机に突っ伏すチトセを、サキはニヤニヤと楽しそうに眺めている。その姿は先ほどまでの少年の姿ではなく、いつものサラリーマンの姿だ。


「それにしても悪魔ってホントに悪魔みたいな姿だったんですね。すっかり騙されてました」

「ははは。騙されてる騙されてる」

「え?」

「アイツらに姿を偽る能力なんてねーよ?」

「ええ?? だって……えええ????」

「ははは」


 頭の上に大量のハテナを浮かべるチトセを見てサキは楽しそうだ。


「つまり、悪魔に出会ったら如何に自分たちの方を信用してもらうかが勝負ってことだ」

「……まさか」


 サキの言葉の意味をしばし考えていたチトセは、とある可能性に気づいて微妙な顔をした。


「サキさんがあの悪魔の姿を変えたってことですか?」

「ぴんぽーん大正解。それっぽかっただろ?」


 にこにこと悪びれもせずそんなことを言うサキに、チトセは素直な感想を口にした。


「詐欺に遭った気分です」

「上手くいきゃいーんだよ。それに嘘はついてないし」

「どこがですか」

「ははは」


 チトセのジトリとした視線など全く気にした様子もなく、サキは相変わらず楽しそうに笑っている。


「あ、そういや報告に行かないといけないんだった。ここ最近ずっとジローがやってたから忘れるとこだったわ」


 サキの言葉にチトセは嫌な予感がした。


「チトセ、オレは今からキティのとこに行かなきゃうるさいから、お前はハナさんのところに行って報告のやり方教えてもらって。んでそのまま報告上げてきて」

「そうだろうと思いました」


 チトセは会ったことのないジローに同情しながら、今後は自分がその立場になるんだと思い深くため息をついてからハナの元へ向かった。



「ハナさん」

「あら、ちーくん。初仕事はどうだった?」

「今後やっていけるか不安になりました」

「あの男はまた何をやらかしたのかしら?」


 ハナの呆れたような言葉にチトセは苦笑で返した。


「とりあえず報告の仕方教えてもらっていいですか?」

「あーーー、そうね、そうよね、そうなるわよね。いいわ。行きましょう」

「お手数おかけしてすみません」

「ちーくんはどちらかと言えば被害者でしょう? 悪いのは全部サキだから気にしないでいいわよ」


 ふふふ、と黒い笑顔を浮かべるハナに怯えながら、チトセは報告をするため歩き出した彼女の後に続いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「サキ!!」


 サキがキティのところに向かっていると、途中でキティに遭遇した。


「帰って来たって聞いたのにいつまでも来てくれないから迎えに行くところだったのよ」

「十分早かっただろ?」


 今度は弾丸のように飛びついてくることはなかったが、逃がすまいというように正面からぎゅうぎゅうとサキの腰にしがみついている。

 サキが歩きにくいと苦情を言うと、キティはそのまま飛び上がりサキに抱っこされる形に収まった。

 サキは歩けるようになったことで満足したらしく、キティを抱いたまま気にすることなく歩き出した。


「リーン様いる?」

「もちろん!」


 少し歩くと、小さいが協会に似た神々しい雰囲気を持つ家に辿り着いた。扉の前まで来るとキティはサキの腕の中から抜けて扉を開く。

 中にはサラサラの黒い髪を腰のあたりまで伸ばした小柄な女性が入り口に背を向ける形で奥に立っていた。


「リーン!!」

「! サキ!」


 声に反応し嬉しそうに振り向いた女性にサキが飛びつく。その姿はいつものサラリーマンではなく先ほど悪魔の前にいた5歳の子供だった。ただその服装は修道士服などではなく、どこにでもいる普通の少年のものだ。


「相変わらずおこちゃまねー」

「おこちゃまだから良いんだよ」

「私はサキが甘えてくれるととっても嬉しいわ」


 呆れたようなキティの言葉にサキは気にする様子もなく返し、リーンはそんなサキを本当に幸せそうに抱きしめた。


 サキは5歳の時に自殺している。

 母子家庭で、虐待を繰り返す母親から逃げるようにその小さな命を絶った。

 そんなサキを迎えに行ったのが、まだ一社員だったリーンだ。

 それからリーンは愛情を知らないサキに時間をかけてゆっくりと愛情を与えていった。


 知識や経験は増えても、死後に成長することはない。そのためサキは肉体的にも精神的にも実際は5歳のままだ。

 しかし当時から精神的に大人びていたサキは、肉体年齢を自由に変えられることを知ってからはリーンやキティの前以外では大人の姿で過ごすようになった。それは周りの憐憫の眼差しを避けるためであり、仕事をするのに都合がいいためであった。


 そんなサキをリーンとキティは心配しており、忙しくてなかなか会えないリーンに変わってキティがサキを構い倒しているわけだが、その事実を知っている人は既にほとんどいない。

 そのせいでサキはロリコンであるだとか、実はリーンの愛人であるとか様々な疑惑がかけられていたりするのだが、それは当人たちのあずかり知らぬことである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「それは何と言うか、運が悪かったわね」


 廊下を歩きながらチトセが今日の初仕事について話すと、ハナが同情的な顔で相槌を打った。


「そうなんですか?」

「寿命で亡くなった方を迎えに行く時って時間と場所が分かってるから、大抵あっちに気づかれる前に連れてこれるの。だからいつもはほとんど悪魔に遭わないのよ」


 ハナの説明にチトセは運が悪いのは自分とサキのどちらだろうと考えたが、サキは別に悪魔がいようがいまいが気にしなさそうなため恐らく自分なのだろうなと軽く落ち込んだ。

 

「それにしても、仕方なかったとはいえやりたい放題ね。まるで詐欺師じゃない」


 自分と同じ感想のハナに「やっぱりそう思うよなぁ」と乾いた笑いを浮かべながら、ふと気になったことを聞いてみた。


「そういえば、サキさんみたいな力ってオレも使えるんですか?」

「うーん、どうかしら? 簡単なものは使えるでしょうけど……」

「ハナさんも使えるんですか?」

「移動とか変姿とか簡単なものならね。サキほどは使えないわ」

「へー、サキさんってすごいんですね」

「そこだけは私も素直に尊敬してるわ。まあサキはリーン様に直接教えてもらったおかげもあるのかもしれないけど……っと危うく通り過ぎるところだったわ。報告はここね」


 話に夢中になっているうちに目的地についたらしい。顔をあげるとそこには『監査室』と書かれた扉があった。

 ハナはノックをした後返事を待たずに扉を開けた。中に入ると、正面に長机が部屋を区切るように並べて置かれており、その向こうで数人の人が作業をしている。

 ハナは長机の前まで歩いていき中にいた1人に声をかけた。


「トモくーん! 報告!」


 ハナに呼ばれてやってきた人物を見てチトセはぎょっとした。顔も雰囲気もどう見ても堅気じゃない。


「トモくん、この子サキの新しい相棒のチトセくん。ちーくん、こちらトモハルくん。報告は彼にしてね」

「さ、サキさんと一緒に仕事をすることになりましたチトセです! よよよよろしくおねがいします!」

「おー、お前が新しいスケープゴートか」

「スケープゴートって……」

「サキの相手は大変ってことだ。まあがんばれよ。愚痴くらいならいつでも聞いてやるから」

「あ、ありがとうございます」


 普通に会話が出来た上、予想外に優しい言葉をかけられてチトセは肩の力を抜いた。

 その様子を見てハナは堪えきれないといった風に笑い声を漏らし、トモハルは仏頂面になった。


「ふっ、ふふっ、ちーくん、トモくんはちょっと顔が怖いだけでフツーに良い人だから大丈夫よ」

「え!? あ、すいません!!」

「いや、まあ気にするな。大抵みんなそんな反応だし、怖がらせるからお迎えの仕事はさせられないって言われたし」


 はははと自嘲気味に笑うトモハルにチトセは申し訳なく思い、再度頭を深く下げて謝った。



「報告だが、この紙の必要項目を埋めてくれ。そこの椅子使っていいぞ」

「わかりました」


 サキが押し付けてきたことからどんな大変なことをしなければいけないのかと身構えていたチトセだったが、渡された紙は死者の名前や所要時間などの記載と、いくつかのチェック項目に答えるだけの簡単なものだった。

 ところどころハナに聞きながらチトセは数分で報告書を完成させ、これなら次回からは問題なく1人で出来そうだとほっとした。


「トモハルさん、出来ました」

「おー、確認するからちょっと待ってな。あー、悪魔が出たのか。お疲れさん。……んん? 違反項目なし? ハナさん、嘘はいけねぇよ」

「信じられないでしょうけど、話を聞く限り今回は本当に違反なしよ。信じられないでしょうけど」

「マジかー。お前、めちゃくちゃ運がいいな」


 2人の反応を見て、チトセは改めて今後の仕事について不安になった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 デスクに戻ったチトセは引き出しから星を取り出して手のひらに乗せた。


「これってもう反映されてるんですか?」

「おー、報告したんならすぐ反映される筈だぞ」

「うーん……全然変わってないように見える……」

「そんなすぐには変わらないさ」

「そうなんですね。ちなみにサキさんの星って見せてもらえたりします?」


 チトセが何気なく尋ねた言葉に、サキは一瞬動揺したがチトセが気づく前にいつもの表情を取り繕った。


「恥ずかしいからダメ」

「え。サキさんでも恥ずかしいとか思うんですね」

「チトセはオレを何だと思ってるのかな?」


 サキの問いかけにチトセはスッと目を逸らした。


「そうだな、とりあえずソレより黒いから、仕事を終えるのはチトセの方が先になるだろうな」

「え?」


 サキの言葉にチトセは驚いた。

 ハナはチトセの星の色は平均的だと言っていたし、サキが生きていたのは何百年も前と言っていたので、長いことここで働いていた筈だ。


「サキさんって犯罪者だったんですか……?」

「そんなに驚いてないように見えるのはオレの気のせいか?」


 サキはチトセの反応に不満そうに口を尖らせている。

 正直チトセはこれまでサキと関わってきて、悪い人ではないとは思うが良い人かと聞かれると素直に頷けないと思っている。もっと言うと詐欺師だったと言われても納得してしまう気しかしない。


「期待を裏切るようで悪いが、犯罪者じゃないからな?」

「そうなんですか? けどサキさんって結構長くここで働いてるんですよね?」

「まあそうなんだが。前提として、ここで働くのは生前の罪の清算の為だっていうのは聞いたな?」

「はい」

「んで、さっき出してもらった報告書の内容って覚えてるか?」

「大体は」

「つまり。違反が多いと罪の清算はされないってことだ」

「…………えええ!?」

「それだけじゃなくてあんまり酷いと罪の加算がある」

「えええええ!?!?」


 楽しそうに笑いながら衝撃的なことを告げるサキに、チトセは蒼い顔で絶叫した。


「ハナさんから聞いてないの? ダメだなー説明はしっかりしてもらわないと」

「ハナさんは言えなかったんじゃないですかね!?」


 だって、つまりはそういうことだ。

 自分は本当に生まれ変われるのだろうか。

 トモハルが言ったスケープゴートという言葉が頭を過り、チトセはデスクに伏せたまましばらく動けなかった。





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