少年は近所の公園で自称天使と出会う(後)
「はぁ……」
移動すること10時間、一行は太陽の光が眩しい南国の地に降り立った。
千歳は駅では足早に歩く人々に3度ほどはじき飛ばされ、飛行機では生憎満席だったため通路の真ん中で踏ん張りながら機内サービスのお姉さんたちをかわし、空港に着いたころには精神的にも体力的にも疲れきっていた。
「おー! まさに海外って感じだな!」
一方サキは全く疲れた様子はなく、まるで子供のように興味津々に輝く海を眺めている。
スーツで浮かれるその姿はまさに初めての海外出張に浮かれるサラリーマンそのものだ。
「死神って担当地区とかあるんですか?」
「へ?」
きょろきょろしているサキを見て、千歳はふと疑問に思って質問した。
「や、なんか珍しそうにしてるんで。この辺の国のお迎えとか来た事ないのかなって」
「ああ、担当地区とはちょっと違うが、基本的には母国が担当なんだ。まあ小国だったら場合によっちゃ近隣諸国ひっくるめて担当にされちまうこともあるけどな。あとは人間以外は同族が担当するが、ライオンと家猫をネコ科でひっくるめて家猫出身者に担当させるのは僕はどうかと思う」
「母国?」
「僕、君と同じ国出身」
自分を指さしながらにっこりと笑顔で告げられた言葉に千歳は驚いて目を見開いた。
「何百年と前の話だからもうまるで別の国だがな。まあ相手も自分と似た奴の方が話も通じるし、何より安心するだろうってことらしいぞ。君だって筋骨隆々の馬鹿でかい部族の長より僕みたいなのの方が精神衛生上優しいだろ?」
言われて千歳は、あの公園のベンチで見上げた先にどこぞの部族の長とやらが立っているところを想像した。
「……まあそれはそうですね」
「な。っとタクシー来たみたいだ」
「え? タクシーって……」
見ると千歳の両親が到着したタクシーのトランクに荷物を入れていた。
今まで公共交通機関を使っていたため難なく着いてくることが出来ていたが、タクシーとなるとそうはいかない。
よくあるファンタジーみたいに物や人をすり抜けたり出来ないのはここまでで嫌というほどわかっているため、あの狭いドアからではまず一緒に乗り込むことは出来ないだろう。
乗れる場所があるとすれば。
「トランクと屋根の上、どっちがいい?」
「…………トランクで」
「おっけ。じゃあ僕は屋根な」
しばらく考えた後、千歳はうっかり手を放して振り落とされる危険を考えて苦渋の決断をした。
なにせこんな土地勘のないところで迷子になってしまったら目も当てられない。
そんな千歳の返答に満足そうにサキは頷いている。
せめて早く到着することを願いながら、千歳はトランクの中に荷物と一緒に収納された。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おえ、気持ちわる……」
「大丈夫か?」
「オレ死んだんだよね? なんで死んだのに乗り物酔いするわけ?」
「なんでだろうな」
「せめて薬を……」
「んなもんねーよ」
「ううう……」
タクシーで移動すること数十分、ようやく目的地であるホテルに到着した。
千歳の両親の部屋を確認すると、とりあえず2人はロビー横の休憩スペースのソファに落ち着いた。
顔面蒼白の千歳の横で屋根の上にいたはずのサキは相変わらず全く疲れておらず、空港の時と同じようにきょろきょろと周りを見ている。
「明日、何時から?」
「確か朝の10時からだったと思います」
「ならそれまでは自由時間な! 僕ちょっといろいろ見てまわってくるわ」
「えっ!?」
「心配しなくても10時までには帰ってくるよ。君も疲れただろうしゆっくりしてな」
言うが早いか、サキは千歳の返事も待たずさっさとホテルから出て行ってしまった。
千歳は一瞬自分も一緒に行こうかと考えたが、既にサキは見えなくなってしまっている。
1人で行っても帰ってこれる自信がないため、おとなしくここにいようと決めソファにもたれかかって目を閉じた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「んー……」
ホテルから出た後、サキは入り口から少し離れた場所で立ち止まりきょろきょろと周囲を見渡した。
「空港着いてからずっと微かに気配があるんだけどなー。気づかれてるのかどうか……いや」
探し物が見つからないことに顔を顰めながら、微かに感じる気配を頼りにゆっくりと歩く。
サキはこの南国の地に降り立った瞬間、魂を喰らう者たちの気配を感じた。
悪魔と呼ばれる彼らは通常の生き物と違った気配を放っており、仕事柄遭遇することが多い死神たちは、敏感な者であれば近くにいるとある程度感知できる。
彼らはそれぞれに縄張りらしきものをもっており、彼らの縄張り内であれば気配がしたとしてもそれはよくあることで、こちらに気づいていないなら特に問題はない。
問題は空港からホテルまでずっと気配が途切れていないということ。
「結構移動したのにずっといるもんなー。普通に気づかれてると思うべきだよなー。でも見つかんないんだよなー。なーんでだろうなー」
サキは誰にも聞こえないのをいいことにぶちぶちとぼやきながら、やる気のない足取りで厄介な相手の捜索を続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
遥か上空からホテルを見下ろすひとつの影があった。
「やっぱり! いるよねぇ」
その影は嬉しそうにそう呟くと、ホテルの屋上へとゆっくり降りて行った。
しかしホテルの入り口付近のあるものが目に入った途端、急ブレーキをかけ慌てて上空へ取って返した。
「鬱陶しいなぁ」
忌々しそうに見つけてしまったものを眺めながら、影はしばらくそこを動かなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ただいまー」
「……おはようございます」
翌朝8時。昨日は結局帰ってこなかったサキが眠そうな顔をしながらロビーに戻ってきた。
「よく眠れたか?」
「この体眠れるんですか?」
「え? そりゃ眠れるさ。もしかしてずっと起きてんの?」
「特に眠くもなりませんでしたし」
「え!? 死んでからずっと!? それは体に悪いだろ!」
「ちょっと何言ってるかわかりません」
千歳としては既に死んでしまっているし、眠くもないため睡眠をとる必要性を感じなかったのだが、サキはどうやら本気で心配しているようだ。
今更ながら現在自分がどういう状態なのか――魂そのものだと言われた気はするが感覚とか生態とかそういったもの――が気になったため千歳は口を開こうとしたが、その時聞こえてきた声にそのまま口を開くことなく勢いよくそちらを振り返った。
視線の先には一組の男女。
女性の方はどことなく千歳の母に似ていた。
「近くに行ってみるか?」
サキに尋ねられ、千歳は少し迷ってから首を横に振った。
姉は自分を見ることが出来ない。それをまざまざと実感するのが嫌だった。
2人はフロントで何やら話をした後、ホテルに隣接している式場の方へ歩いて行った。
千歳はそんな2人の姿を切なそうに見つめていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結婚式は終始滞りなく進んだ。
弟の身に起こったことなど知らない幸せいっぱいの新郎新婦に、その雰囲気を壊すまいと気丈にふるまう千歳の家族の努力のおかげで、暗い影など一切感じさせない良い結婚式だった。
「ありがとうございました」
式が終わった後、泣きそうな顔で笑って千歳はサキにお礼を言った。
「もういいのか?」
「はい。姉の幸せそうな顔を見て安心しました。それにこれ以上ここにいたら、もっと苦しくなっちゃいそうなんで」
「そうか」
「はい」
千歳の話に相槌をうってから、サキは何かを考えるような顔で窓の外を見つめた。
何を見ているのか千歳もそちらに視線を向けてみたが、千歳の目にはどこまでも青い空と、遠くに飛ぶ鳥の影しか映らなかった。
「わかった。じゃあそこの部屋に入ってくれるか?」
「入れって言われたってドアが……あれ?」
サキが指さす方向にあった部屋は、というよりこの通路にある部屋は全てドアが閉まっていた気がしたのだが、言いながら振り返って見た部屋はそこだけドアが開いていた。
「もしかしてそこがあの世の入り口ですか?」
「そういうわけじゃないんだが、帰る前にちょっとやらなきゃいけないことがあってな。すぐ戻ってくるからちょっと待っててくれ」
「わかりました」
今度はきちんと千歳の返事を聞き、部屋に入っていったのを確認してからサキは歩き出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
部屋の中から窓の外を眺めていると、背後でドアの開く音がした。
千歳はサキが戻ってきたのだと思って振り返ったのだが、そこにいたのは驚いた顔をした姉だった。
そういえばサキであればドアの音などするはずがないなと思いながら目の前の姉を見るが、何か様子がおかしい。
まるで自分のことが見えているように目が合っている。
そんなはずはないと期待する心を否定しながら姉の次の動きを待っていると、彼女の口から決定的な言葉が放たれた。
「千歳!? どうしてこんなところにいるの!?」
「ど、どうしてって……」
「貴方体調崩して留守番してたんじゃなかったの!? どうやってここまで……っていうか体調は? もう大丈夫なの?」
あまりの展開に千歳は理解が追いつかないながら、どうやら本当に姉には自分が見えているらしいことだけはわかった。
千歳は知る由もないが、そこはサキが千歳が姉と最期の別れができるように、と用意した特殊な部屋だった。
姉はそのまま千歳に近づいてきて、額に手を当てて顔を覗き込んだ。姉の手が千歳に触れている。心臓が早鐘をうった。
「熱はないみたいだけど、まだ顔色が少し悪くない?」
「姉ちゃんは、なんでここにいるの?」
「なんでって、ここで結婚式をしたからよ」
「そうじゃなくて! なんでこの部屋に来たのかって聞いてんの」
「何言ってるの」
姉のあまりにも普段通りな態度に千歳もだんだんいつもの調子を取り戻してきた。
どうやら姉は千歳が体調不良をおして無理やりここまで来たと思っているようだ。
「貴方が呼んだんでしょう? 突然ボーイさんから弟さんが呼んでますよって言われて、私騙されてるのかと思ったんだから」
「ボーイさん……って、赤い目の?」
「赤だったかしら? 不思議な色ねって思ったような気はするけど、黒髪だったことしか覚えてないわ」
「……そっか」
千歳はじわりと滲む瞳をごまかすために、10年ぶりに姉に抱きついた。
「えぇー? ちょっと本当に大丈夫?」
困惑する姉をさらに強く抱きしめると、姉はため息をひとつついてぽんぽんと千歳の頭を撫でた。
「なぁに? お姉ちゃんがお嫁に行っちゃうのが寂しいの?」
「違う……」
「そうとしか見えないんだけどなー」
「姉ちゃん」
「ん?」
「絶対に幸せになってね。絶対、絶対に」
千歳の言葉に虚を突かれた姉は一瞬言葉を失うが、すぐに心底嬉しそうに破顔した。
「当然よ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
不思議なことに、姉に続いて部屋を出たときはドアを閉めることが出来たのに、戻っていく姉を見送った後再び部屋に入ろうとドアに手をかけてももう開けることは出来なかった。
「ねえ」
仕方なく部屋の前で待っていると背後から声をかけられて驚き、振り向いた先にいたものに再び驚いた。
「天使?」
千歳は思わず呟いた。
そこにいたのは、昨日出会った自称天使などではなく、背中に真っ白な羽を携え、輝く銀色の髪と金色の瞳のまさに千歳の思い描く天使そのものの風貌を持った10歳前後の少年だった。
少年は千歳の呟きが聞こえたようで、にこりと微笑んだ。
「良かった。お前を迎えにきたんだ。ずっと悪い奴が一緒にいたからなかなか話が出来なくて」
「悪い奴?」
「ずっとお前と一緒にいただろ? あの濁った目の悪魔が」
「え」
恐らく目の前の少年が言っているのはサキのことだろう。
「悪魔?」
「そうだよ。何を言われたか知らないけど、あんな奴らの言うこと信じちゃダメだよ。甘い言葉で惑わされて不幸になっちゃう」
「そう……かな?」
「そうだよ!」
千歳は不機嫌そうな顔をした目の前の少年を見ながら言われた言葉を咀嚼した。
確かにサキの黒髪赤目という見た目は千歳のイメージする悪魔に近いかもしれない。
しかし言葉遣いや態度の節々は――
「聞いてもいいかな?」
「なに?」
「オレをどこに連れていくの?」
「辛いことなんて何もない、永遠に幸せに暮らせるところさ」
そう言って少年は慈愛に満ちた顔で笑った――直後。
ドゴッッッ!!
「ふげ!!」
非常に痛そうな鈍い音と共に、目の前にいた少年は壁へと吹っ飛んだ。
吹っ飛ばしたのはいつの間にか戻ってきていたサキで、ちらりと少年を一瞥した後特に焦った様子もなく千歳に向き直った。
「アレになんか言われたか?」
「サキさんは悪魔だそうです」
「ははっ、そいつはいいや!」
千歳の言葉にサキは可笑しそうに笑った。
「あの子は何なんですか?」
「アレ?」
サキはニヤリと笑って答えた。
「悪魔」
「なるほど」
サキの言葉に千歳は納得したように頷いた。
その反応が予想外だったようで、サキはきょとんとしている。
「納得すんの?」
「はい」
「悩まねーの?」
「悩んでほしいんですか?」
「そりゃあそっちの方が楽しいじゃん」
「ずいぶん性格の悪い自称天使だなとはずっと思ってます」
「ははは」
「まあ正直な話、あの子見た目はオレらがイメージするような天使ですけど。自分が何者かは言わなかったし、口も態度も悪かったし、良いとこばっかり強調して欠点を言わない詐欺師みたいなこと言ってたし、それに……」
――自分の心を救ってくれた目の前の男が悪魔なんて思えないし
「とにかく、オレはその子が悪魔っていう方が納得できたんです」
「そうか、君意外としっかりしてるんだな」
「そんなこと初めて言われました」
心底驚いている千歳の顔を見て、サキは堪えきれずふき出した。
サキは悪魔に近づいた後、彼が完全に目を回して気絶しているのを確認してから千歳の手を取った。
「じゃあ行くか!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
千歳は気づいたらどこかのオフィスの会議室らしき場所の真ん中に立っていた。
気づいたら、というのは比喩でもなんでもなく、サキが千歳の手を取ったままもう片方の手でくるりと指を回した途端、窓も開いていないのに突風が吹き、咄嗟に閉じた目を開けた時にはここにいたのだ。
部屋にいるのは千歳だけでサキの姿はない。
どうしたものかと思い、とりあえず入り口の方に向かうと外から声が聞こえてきた。サキがドアの向こうで誰かと話しているようだ。
千歳はとりあえず話を聞こうと何も考えずにドアを開けた。
ゴッ!!
「~~……!!!!」
ドアの外から鈍い音と、何かにぶつけてしまったような感覚、言葉にならない悲鳴が聞こえてきて、千歳はやってしまったと慌ててドアを閉めた。
どうすることも出来ずしばらく中で固まっていると、外からドアが開けられてサキが顔を出した。
「す、すいません。大丈夫でしたか?」
「大丈夫大丈夫! 石頭だから」
「誰が石頭よ!」
サキの返事にドアの影から女性の声が噛みついた。
どうやらぶつけてしまった相手はサキではなく、サキと話をしていた女性らしい。
涙目で側頭部を抑えながら、茶色の巻き毛を背中の真ん中まで伸ばした小柄で可愛らしい女性がサキに詰め寄る。
「すいません! 大丈夫でしたか!?」
「あ、ええ。大丈夫よ、気にしないで?」
「そうだぞ。明るい会議室から暗い廊下じゃ人影は見えづらいが、逆ならよく見える。ってか見えてた。なのに避けないこいつが悪い」
「わかってるわよ!」
女性は一言そう喚いた後、長く息を吐いて気持ちを切り替えた。
「お話し中にすみません」
「ああ、こっちこそ放置して悪いな。話はもう終わったから大丈夫だ」
「大丈夫じゃないでしょう!? ジロ君帰ってきてないのよ! なんで貴方1人で帰ってきてるのよ!?」
「えー? だって今回別行動してたから先に帰ってると思って」
「まずその別行動が問題なのよ!」
女性が怒っているのは、どうやらサキが誰かを置いて帰ったからのようだ。
同時に千歳は、そのジロ君とやらがサキが電話していた相手だろうということも察した。千歳の朧げな記憶ではたしか1週間待ってろと言っていたような気がする。
千歳が何に気づいたか察したサキは、バツが悪そうに目を逸らした。
「……まあそうだな、うん、迎えには行く。だけどこっちも放置できないから、こっちは任せていいか?」
「仕方ないわね」
「悪りぃな」
ようやくサキの返答に満足したらしい女性は、肩をすくめてサキの頼みを了承した。
「っつーことで悪いんだけどオレちょっと今から行かなきゃいけないから、君はこのハナさんにいろいろ教えてもらってね」
「あ、はい、よろしくお願いします」
それだけ言うと、サキはここに来た時と同じようにくるりと指を回して消えていった。
「さて、と。三和千歳くん、でいいのよね? 私はハナ。好きなように呼んでくれて構わないわ」
「あ、はい」
先程までとは別人のように優しい声で話しかけられて、千歳は思わず背筋を伸ばした。
「何歳?」
「16です」
「そう。若いわね……辛いわよね……大丈夫よ」
千歳の答えにハナは悲しそうな顔をして、ぎゅっと千歳を抱きしめた。
若くて可愛らしいハナとは似ても似つかないのだが、何故か千歳は自分の母親に抱きしめられているような錯覚に陥り、思わずこぼれそうになった涙を堪えるのに苦労した。
しばらくそうしていた後、突然パッと離れたハナは少しバツの悪そうな顔をした。
「えっと、ごめんなさい。つい感情的になっちゃったわ」
「い、いいえ」
ハナの顔を見て、千歳は先程まで母親のようだと思っていた相手が可愛い女性であったことを思い出し途端に恥ずかしくなり、少し赤い顔でなんとか返事を返した。
「それにしてもずいぶん遅かったわね。何してたか聞いてもいいかしら?」
「あ、はい。えっと……」
ハナに尋ねられて、千歳はサキに出会ったところからここに来るまでの間の話を出来るだけ齟齬の無いよう思い出しながら話した。
話していくうちにだんだん笑顔のハナからどす黒いオーラが立ち上っていったが、それに怯えつつも千歳はどうにか全てを話しきった。
全てを聞き終えたハナは深いため息をついて自身の額を抑えた。
「頭が痛いわ」
「えっと、あの、すいません。オレのわがままにサキさんを付き合わせてしまったみたいで……」
「違う。違うのよ。貴方はなんにもほんとにこれっぽっちも悪くないわ」
「でも、えっとサキさんはオレのためを思ってやってくれたんだと思うんで、その……」
ハナの怒りの矛先が澱みなくサキに向かっているのを感じ、サキに感謝している千歳は必死にフォローを入れる。
「相棒と別れて単独行動、対象保護の連絡なし、生者との接触、担当地区からの逸脱、対象と悪魔に会話させ、挙句の果てに自分の領域に連れ込んで対象を生者と会わせる……規則違反のオンパレードじゃないあの男……!」
早口で呟かれる言葉は千歳にはよく理解出来なかったが、サキがかなり無茶をしたことだけは理解出来た。
「教えてくれてありがとう。とっても参考になったわ」
にっこりと黒い顔で笑うハナに、千歳はただ無言で頷くことしかできなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
サキは雪町の52番地の公園にやってくるときょろきょろとあたりを見回した後、見える範囲に目的の人物がいないことがわかるとスマホを取り出した。
『サキさーーーん!? 貴方今どこで何してやがるんですかーー!?』
1コールも鳴り終わらないうちに応答した相手に大音量で喚かれて、サキは顔を顰めて耳から電話を遠ざけた。
「お前こそ今どこにいんの? オレ今雪町の52番地の公園のブランコ」
『すぐ行くんで絶っっっ対に動かないでくださいね!?』
「はいはーい」
悪びれる様子もなくサキが答えて電話を切ると、30秒も待たずに男が走ってきた。
「早いな。公園内にいたのか?」
「貴方が1週間ここで待てって言ったんでしょうが!」
「えっ? もしかしてずーっとここにいたのか?」
「そりゃそうですよ!」
「真面目だなあ」
「貴方がいい加減過ぎるんです!」
「まあ落ち着け。お前今回で最後だろ?」
「そうですよ! なのに全く仕事出来ませんでしたけどね!」
「お前の家、この辺じゃなかったっけ?」
「え」
サキの言葉に、男はピタリと言葉を止めて目を見開いた。
「せっかく最後の仕事が思い出の場所だったんだから、自由時間を有効に使えばよかったのに」
その言葉にサキの真意に気づいた男は深くため息をついた。
「思い出の場所にしたの間違いでしょう?」
「あれ? 気づいた?」
「対象の家から県を2つも超えたら気づきますよ。と言っても最初は対象の思い出の場所か何かだったのかと思いましたけど」
呆れながら言う男にサキはいたずらが成功したと言わんばかりににやっとと笑った。
「確かにこの辺りに思い出はいっぱいありますが、貴方のおかげで死んだ時に十分すぎるほど感傷には浸りました。それよりも、僕は最後の仕事をちゃんと貴方と一緒にしたかったです」
拗ねたようにそう言われて、サキは嬉しそうに笑ってぽんぽんと頭を撫でた。
「お前と仕事出来て楽しかったよ。次の人生はもうちょっと手を抜くことを覚えろよ」
「貴方みたいになりたくないんで遠慮します」
「ひでぇ」
そう言って笑いあった後、次の瞬間には二人の姿はその場から消えていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「貴方がしなきゃいけないこと、大体わかったかしら?」
現状報告が終わった後、千歳はハナからこれからのことについて説明を受けた。
「えと、これからオレの生前の罪を量ってそれを清算するまで死神として働いて、それが終わったら生まれ変わる……ってことで合ってますか?」
「ざっくり言えばそういうことね」
千歳の言葉にハナが頷いた。
「仕事は基本的に2人1組で当たってもらうんだけど……」
そこでハナは言葉を切って千歳に憐憫の眼差しを向けた。
「サキの相棒がね、今日までだったのよ。だから必然的に……ね」
それを聞いて、千歳は微妙な顔になった。
サキに感謝しているのは間違いないが、ビジネスパートナーとしてはあまり組みたいとは思えない。
「まあ、決して悪い奴じゃないから。これも縁だと思ってがんばって」
乾いた笑いとものすごくいい加減なアドバイスをくれたハナに、千歳は曖昧に笑って頷くしかできなかった。