4-8.犯人確保
8.犯人確保
「古代装置の一部が妖獣ナブレムブの死骸から見つかって
妖魔をどうやって操っていたか判ったのはいいけど……」
私がつぶやくと、クルティラもうなずきながら言う。
「逮捕の規模とタイミングがね……」
古代装置は所持しているだけで違法だから、
家宅調査や手荷物検査等を行えばすぐに見つけることが出来る。
逮捕自体は難しいことではないが、犯人が複数いる可能性が高いため
一斉に捕まえないと、証拠を破棄されてしまい
一部の犯人を取り逃がしてしまう恐れがあったのだ。
リベリアが人差し指を頬に当て、考えながら言った。
「犯人たちが使った妖魔は、比較的どこにでもいる魔猿や、
陸を歩かせるには気の毒な、水棲の妖獣ナブレムブですわ。
今まで使われた妖魔の種類で推理してみると、
犯人の行動範囲がつかめるかもしれませんわね」
皇国調査団は犯人を一斉確保するために動き出した。
私たち三人も、”手軽な”妖魔の生息地を中心に、
犯人たちの行動範囲と思える個所を操作し始めよう。
しかし、捜査の壁となったのは、
またしてもこの国の特殊な事情だったのだ。
************
前回、フィレル湖に現れた魔猿が生息していたと思われる森を
リベリアとクルティラと一緒に捜査していたら。
そばの通りに華美な馬車が止まり、そこから従者に促され、
見知らぬ貴族の女性たちが降りてきたのだ。
年配の女性と、中年の女性、そして娘の三人だ。
どことなく顔も似ており、おそらく祖母と母と孫だろう。
「ピクニックにでもいらしたのかしら?」
そう言うリベリアに、私は怪訝な顔で答える。
「こんなうっそうとした湿度の高い暗い森に?」
その女性は私をめがけてゆったりと歩いてくる。
ヒールは湿気た床に刺さり、ドレスをたくし上げる姿は滑稽だが
三人とも必死の形相だった。
「ちょ、ちょっと! あなた」
割と年配の女性が叫ぶ。私がそちらを向くと
「あなたが、デレク王子の言っていたメイナ技能士の娘ね?」
ああ。こんなところにまで。
「もしかして王妃様に頼まれたのですか?」
でしたら……と手短に話を切り上げようとしたら
彼女たちは意外にも”はぁ?”という顔をした後、
ぱぁっと明るい表情に代わり、
「もう、王妃様にもお会いになったのね?
なんておっしゃってました?」
と逆に聞かれてしまったのだ。
面倒なのと話を長引かせたくなかったので
「私の皇国の婚約者の話を聞いていただきました」
と答えると、三人は”んもう~!”と身をよじる。
何にしても反応が三人とも一緒なのがちょっとだけ面白かった。
「あなたね、デレク様のお話、ぜひお受けなさいな」
「こんなに良い話、もう二度とございませんわ!
王家に嫁げるなんて」
「うちは豊かな国だから、遊んで暮らせるわ。
もう、そんな仕事しなくって良くなるのに」
私は無表情のまま、首を横に振る。
「いいえ、絶対にお断りさせていただきます」
本来、他国の王家からの求婚に対しては、
もっと婉曲な表現で、しかも自分を貶める形で謙遜しながら断るのだが
この国では絶対にしないと決めている。謙遜が伝わらないからね。
「そんなこと言わないでくださるかしら?
今の婚約者では、贅沢させてもらえないでしょ?」
娘が必死の顔つきで言うと、その母と祖母も似たような顔でうなずく。
「若い人は一時の感情に身を任せがちだけど
長い目で見たら、絶対に王子と結婚して良かったって思いますわよ」
「そうそう。親や親せきだって、どんなに喜ぶ事か。
大勢が幸せになるのに、自分のことだけ考えるのはおよしなさいな」
ものすごい勢いで説得にかかる婦人たちに、リベリアは静かに言った。
「アスティレア様の婚約者は皇国の貴族です。それも限りなく皇族に近い家柄の」
「資産は一国の国家予算など楽に超えるものを保有してらっしゃいますわ」
クルティラも言い添える。
目を見開いて固まる三人に、私ははっきり告げる。
「お相手や私の両親はもちろん、皇帝も皇太子も祝福してくださっております」
三人は”ひっ!”と小さな悲鳴をあげて、口元を押さえる。
「ですから皆様のためにも、この話は二度としない方がよろしいかと存じます」
では……と言って、私は彼女たちに背を向けた。
私の背後で彼女たちは静かになり、戻っていこうとする気配を感じる。
デレク王子と王妃よりかは、まともに話ができる人間で良かった。
そう思ったのもつかの間。
「うわああああああん」
ビックリして振り返ると、娘だけが座り込んで号泣している。
ドレスに泥が付くのも化粧が崩れるのも気にせずに泣き叫んでいるのだ。
その両横で必死に彼女を慰めながら、祖母と母親が私に叫んだ。
「お願いいたします! この子が可哀そうではありませんか?!」
「このままでは、この子に決まってしまいます!」
……なるほど、そういうことか。でも。
「それはこの国の事情なので、私にはどうすることもできません。
ですが、第二王子からさまざまな経緯により、
貴族の中からはもう選ばないだろうとお聞きしましたが?」
私がそう言うと、年配の夫人が悲し気に首を振った。
「そのはずでしたが、王妃様からお茶会の招待が届きましたの。
それも……この子だけに」
「この子の婚約者は一度決めておいたのですが、
先月、他の方と結婚されまして。
あくまでもお互い、形だけのものだったので、文句も言えず。
早く次を決めておかないとと話していたところだったのに」
呆れて声も出なかったが、この人たち、そしてこの国の貴族は必死なのだろう。
娘は涙を拭おうともせず叫んだ。
「あなたさえ承諾してくれたら、この国は平和になるのに。
みんな幸せになるのに! なんて自分勝手な人の?!」
さすがにそれは言い過ぎだろう。リベリアが
「アスティレア様がもし承諾するようなことがあれば、
アスティレア様の婚約者を始め、双方の両親、
そして皇国の多くのものが悲しみに包まれ不幸になります」
と言えば、クルティラが薄い笑いを浮かべながら
「そして怒り狂った皇族によって、
この国の城にも”カラドボルグの雷”が落とされ、
こちらの王族・貴族も不幸のどん底に叩き落されるでしょうね。
あなたの要求の方がよっぽど自分勝手の極みだわ」
と、冷たく言い放つ。
さすがの娘も黙り込み、祖母と母親も慌てて娘をたしなめた。
いやいや、さすがにそんなことで彼らは
”カラドボルグの雷”を落としたりしないけどね。
「じゃあ、どうすれば良いの……」
そう言いながら娘は、とぼとぼと馬車へ戻っていく。
すっかり気落ちした様子で、挨拶もせずに祖母と母親もその後を追う。
そして振り返りざまにその祖母は、腹いせのように言い放った。
「この森はうちの領地ですの。
……出て行ってくださいます? 今すぐに!」
仕方なく了承し、撤収し始めた私たちを放置し、三人は去っていった。
私は古い体制に振り回される彼女たちを可哀そうに思うと同時に
王妃が他の娘を候補にしたと聞き、一瞬安堵してしまった自分を恥じていた。
************
落ち込む私のところに、皇国兵から犯人確保の連絡があった。
他の犯人に対して、仲間がひとり捕まったことがバレないように
その逮捕は迅速に、そして秘密裏に行われたようだ。
仮の収容先に急いでいくと、
そこには案の定、アウグル国の民族衣装を着た男二人、勾留されていた。
「二人組なんだ」
私が驚くと、皇国兵は首を横に振り
「一人はあの魔猿に使用されたルドヨウムの飼い主です。
今朝がた、あのルドヨウムの収容先に現れたところを確保し
尋問したところ、犯行を自供しました」
「もう一人は?」
「こちらは妖獣トリプドに狙いをつけているところを現行犯で逮捕しました。
しかし前回のトリプドは自分ではないと供述しています」
彼らの話を聞くと、やはり複数犯いるが、
誰かがとりまとめて計画的に行っているわけではなく、
それぞれ勝手にやっていることらしい。
それぞれが自分のルドヨウムを使って、それぞれが実行していたのだ。
「妖魔に針を打つのが難しく、次第にみさかいなくなっていったそうです」
使っていたのは小さくてシンプルな古代装置だった。
妖魔に刺した古代装置の針は、
ルドヨウムに付けた古代装置の首輪と呼応することで、
妖魔がそれにひかれ、鳥を追わせる仕組みだった。
目的地についたら、その妖魔が攻撃できない上空に鳥を待機させる。
「なんで? そんなことを」
私の問いに、彼らを尋問した皇国兵は苦笑いを浮かべる。
「彼らの良心ですよ。なるべく人はケガさせたくなかったそうです。
とにかく武器や防具が売れさえすれば良いわけだから」
だから妖魔は到着してしばらくの間、特にルシス国の兵が来るまでは
周囲に攻撃を始めなかったのか。なるほど。
使っていたのは隣国の妖魔や魔獣に仕えるアイテムを売る人々だった。
使った理由はもちろん”武器や防具をたくさん買って欲しいから”。
でも人や畑に被害はなるべく出さないようにした、
というのが彼らの主張だった。
それでも犯罪には違いないのだが。
「クリオが言っていた”ハリガネムシみたいな宿主のコントロール”と
”目的地まで引っ張っていく”方式の組み合わせかあ。
ふたを開けてみたらシンプルだったね」
私がそういうと、リベリアは安堵したように言う。
「妖魔が進化したのでなくて良かったですわ」
その通りだ。
昔から、何百年も変化して来なかった妖魔に変化が訪れることは
”世界の終末が近づいている予兆”だと言われているのだ。
さあ一番大事なことは、これをどこで入手したか、だ。
この古代装置で操作できる妖魔は
レベルのかなり低いものに限られているため、
直接””破滅の道化師”はからんでいないと予想できる。
いまルークスが対応している”北の抗争”が激化するにつれ、
闇の武器ルートで古代装置が流通し始めていることは確認済みだった。
しかしそれは、かなりの富豪か
王族などの権力者しか手に入れることができない経路であり、
アウグル国の武器商人が参加できるようなオークションではないのだ。
私たちは直接、勾留されているアウグル国の男たちに尋ねることにする。
ただし、別々にだ。
「あなたはこれをどうしたの?
向こうの彼は高かったって言ってるけど」
クルティラがカマをかけると、商売魂を刺激したのか、
それぞれがニヤリと笑いながら同じ答えを言った。
「あいつは高値で買わされたのか。残念だったな。
俺はタダでもらったんだよ」
ここで誰に? なんて聞いてはいけない。
クルティラは馬鹿にしたように肩をすくめる。
「残念なのはあなたのほうよ。
おかしいと思わなかったの? タダでくれるなんて。
あなたのはまがい物よ。使いにくかったでしょう?
それに、体調は大丈夫? 副作用もあるのに」
古代装置なんて、その辺の人に扱い切れるものではない。
当然、使いにくいに決まっているのだ。
それに陰のメイナに触れることで体調が崩れることもある。
心当たりがあったようで、男は顔をしかめてつぶやく。
「……あの野郎」
「仲間やご家族は大丈夫かしら?」
リベリアが心配そうに言うと、男は忌々しそうに叫んだ。
「あいつを早く捕まえてくれ!」
クルティラの目が光る。しかしとぼけたように尋ねる。
「あいつって?」
しかし、その次に彼の口から出た言葉は衝撃だった。
「あいつだよ! ルシスの王子の下で……妖魔対策してる男だよ!」
最後までお読みいただきありがとうございました。