4-6.デレク王子の事情
6.デレク王子の事情
今日の早朝、ルシス国内に妖獣出現との報を受け、
私たちはすぐに現場に向かったのだ。
今回の妖獣の名を聞いたとき、私たちは耳を疑った。
それはルシス国の妖魔襲撃が人為であることを確定するものだったから。
出現タイミングもいつも通り不自然極まりなく、
大きな寺院で式典が開催される日を狙っており
さらに、いつもどおり直前で停止しているらしい。
「この式典は、人が多く集まるの?」
私は案内してくれる皇国調査団の人に尋ねてみる。
「いえ豊穣を祈る祝祭なのですが、その内容は祈祷のみのため
見に来る人はかなり少ないと聞いております」
そっか。やっぱり目当ては人ではないなあ。
現場に着くと、報告通り”妖獣ナブレムブ”が横たわっていた。
一般人はすでに避難指示によって引き払われており、
皇国兵数名しかいない。
私たちの到着を見たルシス国の兵が、どこかへ駆けていく。
「……本当にナブレムブだ」
やや平べったいオタマジャクシのような体型で、全長3メートルくらい。
ワニのような太い四つ足を地面につけ、
頭を思い切り上に挙げて口を開けている。
「一応戦闘態勢みたいだけど、何を狙ってるのかしら?」
クルティラが不思議がる気持ちもわかる。
あれはナブレムブが獲物を狙う体制だが、ほとんど空を向いており、
一番の武器であるナブレムブの舌が狙う先には、何もないのだ。
「鳥しか飛んでないじゃん」
私も見上げながらそう言うと、リベリアもうなずく。
動かないナブレムブを見ながら、私はため息をつく。
「そもそも。ここで何をやってるのよ、お前は」
長距離歩いてきたせいで乾いてきているが、
肌の色が見えないほど全身が苔や藻で覆われている。
そう、妖獣ナブレムブは分類からすれば水棲といっても過言ではない。
川の流れに身を潜ませ、水を飲みに来た動物や釣り人を襲うのだ。
「本来水辺に潜むタイプのナブレムブが、
なんで自分の命を危険にさらしながらここまで来るのよ。
おかしいにもほどがあるわ」
私の言葉にリベリアが真顔で、乾いた体をチェックしながらつぶやく。
「豊穣を祈りにいらっしゃったのかしらねえ」
私たちがあれこれ言っていたら
ナブレムブは急にぐぐっと正面に頭を戻し、停止する。
一瞬の間。
ナブレムブの近くから私たちが飛び去るのと、ほぼ同時だった。
妖獣は私たちを捕らえようと、その大きな口から長い舌を伸ばし
鞭のように周囲に振り回し始めたのだ。
胴体はかなり緩慢な動きしかできないが、
縦横無尽に伸びる舌はかなりの素早さだ。
しかもトゲが逆向きに生えており、
からまると同時に刺さることで、一度捕らえたものは離さない。
私は舌を避けながらも、ナブレムブの腹まで観察する。
コイツにピロピロは生えていない。
他の部位も、ごく普通の特徴しか見当たらない。
「この個体を調べるのは、もういいかな」
そう言って私は右手を高く掲げ、金の錫杖を生み出し、
それを本来の形である”剣”へと変化させた。
ナブレムブに有効な攻撃ができるのは口を空いている間だけだ。
クルティラがナブレムブの尾の先を切り落とし、
ブーツで蹴って転がす。
ナブレムブが”動く肉片”に反応し、
地面に転がるそれを得ようと舌を伸ばした瞬間、
私は大きく開けた口に中に、剣を撃ち込んだ。
ナブレムブは身を大きくのけぞらせる。
剣にからまる舌はすでに溶解を始めている。
私は妖獣の体の大きさを考え、
もう一本剣がいるかな? と思い右手を掲げたが、
妖魔は瞬く間にしぼんでいき、
その場には残骸と、乾燥した苔や藻が残されていた。
「ここまで来たのは不本意に間違いないけど、
どうやって操作したのかしら」
リベリアが残骸を回収しながら言う。
今までと同じく、妖獣は何も残していなかった。
現場を調べる私たちに、ルシス国の兵が近づいてくる。
「あの、作業中失礼いたします」
顔を上げた私たちに敬礼し、彼は話を続ける。
「ルシス国 妖魔対策本部より、不可解なものを見つけたため、
ぜひアスティレア殿に見て頂きたいとのことです」
私は少々いぶかしむ。いつ見つけたんだ? それ。
「承知いたしました。
それでは明日、他の調査員とともにお伺いします」
私がそう言うと、その兵は声をひそめて言った。
「いえ、ルシス国本城ではいろいろ問題あるとのことで
離れたビディア宮殿にご案内するよう命じられております」
おお、王子の件を気を遣ってくれるのか。
さっそくメイナースで押し掛けた効果が出たのかな。
「お気遣いいただきありがとうございます」
「では、すぐにご案内させていただきます」
「え?! 今からなの?」
顔を見合わせる私たち。まあ、早い方が良いか。
私たちは後を皇国調査団に任せ、あちらが用意してくれた馬車に乗り込んだ。
************
しかし到着後、話が急に胡散臭いものに変わった。
リベリアとクルティラは別室で待つよう指示を受けたのだ。
「王家の秘密に関わる情報もございますので、
アスティレア様のみお願いいたします」
妖魔の不可解な痕跡と王家につながりがあるの?
リベリアとクルティラ、二人と目を合わせる。
私はうなずく。どういう関わりかは謎だけど、仕方ない。
私だけ客間に通されて、かなりの時間、待たされる。
この宮殿は内装も華美であり、家具も女性が好むデザインのものばかりだ。
いったい、普段は何に使っているのだろう。
「失礼します」
やっと侍女の声がして、1人の夫人がゆっくりと入室してきた。
その姿を見て、やられたことに気が付く。
騙されたのだ。
この人、デレク王子の母親じゃないか。
私たちの到着を見て駆け出したルシス国の兵は、
この王妃の手駒だったのだ。
妖魔出現の際には、私が現れたら報告するように言われていたのだろう。
「ルシス国王妃のシェーナ様です」
侍女の紹介に、私はしぶしぶとりあえずカーテシーで挨拶する。
私のその姿を見て、王妃様は嬉しそうに笑った。
「あら、挨拶はちゃんと出来るのね? 良かったこと」
何が良かったんだ? そう思っていると。
「デレクの選んだ娘だけあるわ。基礎は出来ていそうじゃない」
私は厳しい仕事の顔に戻して正妃に告げる。
「メイナ技能士のアスティレア・クラティオと申します。
妖魔の妙な痕跡を見つけたとお聞きしたので参りました」
王妃は優雅に椅子に座ると、
「どうぞお座りになって。いまお茶とお菓子を運ばせるわ」
という。私は立ったまま繰り返す。
「あいにく時間がございません。
お約束の通り、痕跡の提示をお願いいたします」
「あら? 私のお願いを聞いて下さらないの?」
「はい。もしご要望ございましたら、皇国へ書面にてお願いいたします」
王妃はため息をつく。
「……デレクの言う通り、仕事熱心な娘ね」
私はこの人と話しても無駄だと思い、出口に歩き始める。
「ちょっと、お待ちなさい!」
「お断りします。今回、このような形での拘束をされたこと
後ほど皇国より正式に抗議させていただきます」
「何を言ってるの? 王妃に接見命じられたのよ?
なぜ抗議するのよ! 名誉なことじゃない!」
「皇国は嘘を嫌います。時間の無駄になるからです」
私はドアに進みかけて、足を止めた。そうか。
気配でわかる。ドアの外にはかなりの兵がいるな。
……もう少し待つか。
ルシス国の人々も王子に協力的になっていることにショックを受ける。
あの警告は効かなかったのか?
皇国の制裁を恐れないのか?
ドアの前で振り返った私に、王妃は話を進め出す。
「あの子もそろそろ良いお相手を迎えたいと思っているのよ」
「さようでございますか。良い方が見つかることをお祈りしていますわ。
私が皇国の婚約者と出会ったのは国内でしたから、
案外身近にいらっしゃるかもしれませんわね」
王妃は一瞬ものすごく嫌な顔をするがスルーした。親子だ。
「デレクは優しい子だから、妃になった娘は大切にするでしょう」
「それは素敵ですわね。私も皇国の婚約者に、
いつも宝物のように扱っていただいておりますわフフフ」
私も必死に返す。私は宝物のように扱えるほど大人しくはないのだが。
王妃はさらに顔をゆがめ、言葉もイライラしはじめる。
「この国は豊かで財もあるでしょ? ドレスも宝石も思いのままよ」
「きっと喜んでいただけるのではないでしょうか。
私も皇国の婚約者から、それはもうたくさんのドレスや宝石を頂きましたが
どれもみな大変嬉しく思いましたもの」
静かに睨み合う私たち。
「……早く結婚相手を見つけないと、あの子は王太子から外されてしまうの」
「それは国内のご事情なので、私には何とも」
急にドアの外が騒がしくなる。
クルティラたちがやってくれたかな? と思いきや。
ドアが勢いよく開いた。
「王妃様! おやめください!」
そこに立っていたのは、冤罪を晴らした映像に映っていた弟王子だった。
”兄上! うるさいですよ!”と言っていた、あの人。
一緒に大臣や侍従がなだれ込んでくる。
今回の件は、どうやら王妃の一存で手回ししたことらしい。
私は顔には出さないようにホッとした。
「なんと愚かな! 皇国との関係を悪化させる気ですかっ!」
王子が非難すると、王妃はしれっと答える。
「あら、それを何とかするのが、
将来デレクを支えるあなた方の仕事ではないかしら?」
王子は皮肉な笑みを浮かべて言う。
「愚行の尻ぬぐいばかりさせるとあらば、
王になっても暗君と呼ばれ続けることなりますよ?」
この人、なんだかズケズケ言うなあ。
まあきっと有力な王子だから、ドアの前の兵を動かせたんだろうな。
「あの子は大器晩成なのです。
……まあ良いわ。邪魔が入ったので今日はここまでとします。
今日はお顔を見ることができましたし」
立ち上がった王妃に、弟王子は厳しく言い渡す。
「いい加減、お立場をお考え下さい。
父上がどれほど悩んでいらっしゃることか」
王妃は退出しながら言い捨てる。
「あなたの母親を側妃として迎える時に、国王は約束したのよ。
絶対に王位はデレクに譲ると」
「未婚の国王など建国以来一度もおりません」
「お相手を厳選しているだけですわ。すぐ決まります」
そういってこちらを見る。私はわざとそっぽを向く。
弟王子は笑って言う。
「確かに厳選する必要はありますね。
何もできない王の代わりに国政に貢献していただかないといけませんし」
無能だと言っているのだ。溺愛する母親に向かって。
ものすごい目で弟王子を睨んだ後、
怒りに震えながら部屋を出ていく王妃は、最後に吐き捨てるように言う。
「私はオディア王妃のように、大人しく引いたりしませんから」
************
王妃の代わりにクルティラとリベリアが入ってくる。
彼女たちはすぐ行動を起こしたらしい。
白シギで近くにいる皇国調査団に連絡を取ると、
あの弟王子が馬を走らせて到着し、全ての兵を退けたらしい。
平身低頭する大臣は、迎えの馬車を呼びに出ていった。
弟王子は私たち三人を座るように促し、
デレク王子の事情を話し出した。
「実は兄上は今までに何回も婚約解消になっているんだ」
1度目の相手は、ちょっと離れた国の第三王女だった。
何度か顔合わせのうち、デレク王子よりもしゃしゃり出てきたのは
母親である王妃だったそうだ。
単なるルシス国の風習や儀礼などの話ではなく、
デレク王子の妻としての心得や子どもの性別や数についてなど
”教育する”と言い、朝から晩まで、一方的な内容ばかり語ったそうだ。
そんな母親を止めることもせず、
デレク王子はニヤニヤしながら一緒に座っていたらしい。
案の定、この結婚は破談となった。
王妃とデレク王子は一瞬動揺していたそうだが
他の側妃や王子たちには
「あんな娘はダメだとこちらから解消しようと話していた」
と強がっていたそうだ。
2度目はさらに遠くの国の姫だった。
遠方だったため、この国を知るために
多くの侍従を連れて長期滞在したらしい。
するとまた王妃が”教育”を始めたので、
必死に侍従がそれを阻止しようと頑張っている間、今度は王子がやらかした。
彼は相手との距離感がわからず、いきなり触れてきたり
寝室に入ってきたりしたそうだ。
「結婚するんだから別に良いだろう」
と言っていたが、相手の乳母や侍女が大激怒し、あえなく破談。
それを何回か繰り返したのち ”教育”と”距離無し”の噂は広まり
国外の姫からは一切お断りになったそうだ。
仕方なく国内で探すことにして、
公爵家から男爵家まで、良い娘がいないか探したそうだ。
運悪く、可愛らしく従順そうな侯爵家令嬢に白羽の矢が当たり、
彼女とその両親の目前で
「まあ仕方ない、この娘で良いか」
とデレク王子は笑い、王妃も
「みっちり教育すればギリギリ合格は出せるかもしれませんわ」
と言い、悲壮な顔をしたその娘を連れ帰ったそうだ。
しかし一か月も持つことはなく、娘が倒れて破談となった。
「こんな虚弱な娘は国母にはなれない」
と送り返されてきた娘に会った両親は、骨と皮だけの娘を見て泣いたそうだ。
当の娘は病床で、結婚が無くなったと聞き嬉しさの余り号泣したらしい。
「このせいで、王妃と兄上は貴族から総スカンを受けてね。
元々立場が弱かったのに、今は味方も少ないよ。
他の貴族は皆、娘に仮の婚約者を作って声がかかるのを阻止してるんだ。
国内の貴族の中からで見つけるのはもう、諦めたんじゃないかな」
「でも誰でも良いってわけではありませんわよね?」
リベリアがそう言うと、
「そう。正直、兄に最も必要なのは血統ではない。
無能な兄の代わりに国に貢献できるかどうか、だ。
兄は行政の実務においても、外交においても、もちろん軍事でも
他の兄弟たちのような業績が皆無なんだ。表彰もゼロ。
王妃が”王太子だから何もしなくて良い”といろいろ免除したせいもあって
何もできない人間が出来上がったというわけだ」
「それで、妖魔対策で絶大な業績を残したアスティレア様に目を付けたのね」
クルティラの言葉に弟王子はうなずく。
「その通りだ。国民から感謝や喜びの声が
こんなに届いたのは初めてだったしね。
兄はその手柄を、全て自分のものにしたいと思っているのだろう。
これで君と結婚すれば、国民の支持も得られるのだから」
「事情は分かりましたけど、お力にはなれませんわ」
「分かっているよ。
大丈夫、こちらもこのまま兄が王太子を廃されるほうが都合が良いので」
ずいぶんとハッキリ言うなあ。
迎えの馬車が来た。
お礼を伝えると、向こうからは再発防止に努める旨、約束してくれた。
あ、そうだ。最後にもう一つ。
「オディア王妃ってどなたですか?」
この時初めて、常に冷静でニヒルなこの王子が顔をしかめた。
「200年以上前の、この国の王妃だ。
側室は作らない約束で嫁いだのに、王に愛妾がいることが分かり
ショックで病に倒れ、失意のうちに亡くなった方だ」
私たちは礼をし、その場を後にする。
馬車に乗り、どんどん遠ざかる宮殿を見ながら、
古い時代から現代へと徐々に移動しているような気持ちになる。
建物は外観で古びたことを知らせてくれるが
体制や常識など目に見えないものは、その劣化に気付きにくいものだ。
「国全体がすっぽり何かに覆われて、
何百年も密封保存されちゃったみたい」
私がそう言うと、リベリアが笑顔で尋ねてくる。
「中身を入れたまま何日間も放置したお弁当の容器を、
開けたことってあります?」
……そうか。ここは一種の地獄なのか。
最後までお読みいただきありがとうございました。