4-5.呪いか、武器か
5.呪いか、武器か
「とりあえず目的は達成したけど、ちょっと強引で性急だったかな」
私の言葉に、クルティラが少し首を傾げながら答える。
「本来、格下のはずの弟王子や側妃から侮辱を受け、
その苛立ちを他国のメイナ技能士にぶつけて解消した事実。
このようなことは、示談で済ませて良いことではありませんが……」
リベリアが眉根を寄せ、うなずく。
「そうですわね……あちらの大臣が機転を利かせて、
客室での軟禁に切り替えてくださったから良かったものの
他の処罰であれば大変なことになりましたわ」
今回のようにメイナースが大勢で押し寄せたのには理由がある。
まずはルシス国の彼らに”不安”を感じてもらうためだ。
あの国は、妖魔やメイナに関することについて無知・無関心過ぎた。
こちらがどんなに言おうと”それは任せる”と言うばかりで
全く知ろうとしないのだ。
お金を払えばやってくれるのだから、自分が知る必要ない、という理屈で。
別に私も、その道の専門家になれと言っているわけではない。
初歩だったり、知らないと危険なこと、その程度すら拒否されたのだ。
「人間が何かを本気で学ぶとき。それは不安を感じた時です。
例えば”自分が何かの病気かも?”と思った時のように
命の危険を感じたら調べまくるのが人間のサガですわ」
リベリアはそう言って、ディクシャー侯爵の策に賛成の意を示したのだ。
実際、今まで現場に行くことがなかった王子は、
今回初めてメイナの力や、メイナースという組織を目の当たりにし
さまざまな衝撃を受けていた。
メイナを自分に向けられてやっと、身を守るため学ぶ気になったことだろう。
次の理由は、古式ゆかしい権力など、
皇国には通じないことを示すためだ。
皇国の高い技術力や、統制の取れた素早い行動力の前には
くだらない偽証やあいまいな口先外交など
何の対抗策にもならないことを、彼らは痛感しただろう。
そして、メイナースという組織が皇国にとっても特異な存在であり
皇帝の了承を得ることなく他国に対し交渉権を持っていることや、
メイナ技能士は他の外交官や使節とは
全く別の立場であることを知らしめたのだ。
最後に、今後の仕事を円滑に進めるための”警告”だ。
調査はルシス国のためでもあるし、
妖魔からルシス国民を守るのは間違いない。
しかしそれ以外のことは一切関与させないよう、釘を刺したのだ。
クルティラが冷たい笑みを浮かべて言った。
「敵を軽く見た代償を払うのは、結局その本人だから
舐められることは大したことではないけど……
それに気づけない面倒な人物が相手の場合、
周囲が本気で止めるよう、仕向けていかないとね」
今回、大臣も侍従も充分にわかってくれただろう。
王子がまた、おかしな暴走を始めても、
事前に収めてくれるのではないか。
私は大きく伸びをした。
「まあ自由に調査できるようになったし、
新たな拠点を決めてどんどん調査しましょ!」
私が上機嫌でそう言うと、クルティラがうなずく。
「では予定通り、あの国の近隣国を調査しましょう。
何かルシス国に怨恨があるのかもしれないし」
もし古代装置でコントロールしていると仮定したとき、
限りなくメイナ音痴であるルシス国の者が犯人である可能性は低い。
私たち三人は、すぐに調査を開始したのだ。
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「妖魔? そんなもの出たことないなあ。
この辺の人間食っても不味いからだろうなあ」
冗談か本気か分からないことを言いながら座り込むおじいさん。
あたりは空のバケツが転がり、壊れた農機具が放置されている。
調査を進めるうち、かなり経済的に苦しい状態であることがわかる。
ここポファ国は、気候はルシス国とそこまで変わらないが、
乾燥して痩せた大地には、育つ穀物も種類が限られている。
「それは良い事ですよ。
ルシス国はしょっちゅう妖魔に襲われてますから」
私がそう言うと、側で洗濯物を干していたおばあさんは
嫌だ嫌だというように首を振ってつぶやいた。
「……まだ呪いの続きがあるのかねえ、あの国は」
私たち三人は顔を見合わせ、聞きなおす。
「呪い? そうなんですか?! 誰の呪いですか?」
「そりゃもちろん、王家の呪いよ」
おばあさんの話では。
30年くらい前までは、あの国も結構貧しかったそうだ。
金策尽きたその代の王が、墓の修復を名目として、
王族とともに眠る金銀財宝を回収したんだと。
大抵の王族は、自分のお気に入りの宝飾品は棺に納めてもらうから。
「時代も事情も違う人間のすることに、
価値基準を押し付けるわけにはいかないけど……
結構大胆な方法を取ったわね」
クルティラがそう言うと、リベリアも肩をすくめて言う。
「現代人からすると、先祖に怒られることより
周囲からドン引きされることが恐ろしいですわ」
私はうなずく。確かにそうだ。
”親の財布からお金を盗む”のグレードアップしたバージョンではないか。
いや、グレードダウンか。
案の定、彼らはかなりのお宝を手に入れることができたそうだ。
それで調子に乗ってしまったのか。
「でもねえ、その時……”決して開けてはいけない”と
言い伝えられてきた棺まで、開けてしまったそうだよ。
固く固く封じられていたのを、無理やりこじ開けることにしたんだと。
反対する者も多い中、4人の男がその墓まで降りて行って……
かなりの時間が過ぎて、開けるの諦めたのかな?
そう周りの人が思っていたら……」
おばあさんはガラスのような目で私を見つめる。
私の笑顔が引きつってくる。まさか。
「突然、ものすごい悲鳴が聞こえたんだって。
そして大声で上にあがってきたと思ったら
頭かかえて、地面をのたうち回った挙句に、
次々とその場で亡くなったんだって」
死者が出たのか。しかも当日に。
「お墓に何が攻撃するような仕掛けがあったのでしょうか」
クルティラの問いに、おばあさんは首を横に振る。
「お墓に爆弾ってことかい? まさか。
だいたい恐ろしいことに、4人の死体は、
見た目はどこも傷ついてなかったんだよ」
心因性のショック死ってこと? それとも、何か見たの?
「棺の中に何が入っていましたの?」
リベリアがそう尋ねると、おばあさんは
「それは今でも分からないよ。
皆怖がって棺のところに行ってみる者などいなかったって。
事件を知って到着した王族は、4人を死体を見て
その墓の入り口へ放り込むように言ったそうだよ」
「ええっ、ヒドイ。自分の命令で亡くなったのに」
「だから余計、バツが悪かったんだろうよ。
止められていただけにね。
……それで、その入り口を厳重に封印するように命じたんだって。
岩や膠まで使って、今度こそ二度と開かないようにしたんだよ」
私たち三人は黙り込む。
おばあさんは慌てて言う。
「若い娘さんを怖がらせてすまなかったね。
今はもう大丈夫だよ、何も起きてないからね?」
「いえ、大丈夫です! ありがとうございますね」
私たちはにこやかに挨拶し、他にも特産についてや
近隣国との交流などについてお話を聞いた後、その場を去った。
いろんな場所を巡ったが、ポファ国の人々は
例の呪いを今でも信じている人がわりと多かった。
「呪いも幽霊も別に大丈夫だけど……
聖女の時のケース(※学園廃校編)のように、
呪いと見せかけた人為というのもあるからなあ」
私がそう言うと、クルティラも同意する。
「今回の件との関連性もわかりませんしね」
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私たちはまた別の隣国に行った。
ここアウグル国は、前回のポファ国に比べ、それなりに栄えているようだ。
市場だけでなく工場などに活気があり、人がみな忙しそうだった。
多くの男性が自分の肩に大きな鳥を乗せて歩いていた。
カラスのように真っ黒だけど、もっと大きくて
くちばしがオウムのように曲がっている賢そうな鳥だ。
「鳥を飼ってる人が多いねえ」
私がそう言うと、クルティラが説明してくれた。
「飼っているというより、相棒らしいわ。
かなり賢いルドヨウムという鳥よ」
私たちの横で品物を選ぶ男の肩にもルドヨウムがいた。
リベリアはその子をみつめながら、
「この種は意思疎通がそれなりにできて、ものを運んでくれたり
簡単な指示なら従ってくれるって聞きましたわ。
……賢い子ね、こんにちは」
と言うと、首を細かく動かしていたそのルドヨウムは
「コンニチハ」
と返してくれたのだ。
……おお、思いのほかホッコリする。
するとその鳥の飼い主がこちらを向き、
鳥の首を指でかいてやりながら微笑む。
「こんなところに若い女性とは。旅行か何かかい?」
「はい、学校の研究で。隣接する国同士の経済を調べてます」
「よくわからないけど、うちと……隣のルシスとか?」
「はいっ!」
いきなり本題に近いところまで飛んでくれた。
男性は首をかしげ考えつつ、私たちに説明してくれる。
「あの国との関係といえば、まあ一言で言うなら”客と店”だな。
ルシスが客で、うちが店。それもルシスはかなりの上客だ」
「何を売ってらっしゃるの?」
リベリアが飼い主の代わりに鳥の首をかきながら尋ねる。
「そりゃもちろん武器や防具だよ。
身につけるものから設置する防御壁や罠だってあるよ」
「えええ!? ルシス国ってどこかと戦争してましたっけ?」
私が驚くと、男はニヤリと笑って、
「あの国はここ数年、妖魔や魔獣がいっぱい出るんだよ。
その対策でガンガン買ってくれるってわけだ」
私はここで初めて気が付いた。
城で大量に用意されていた武器や防具、
現場に設置されていた対・妖魔用バリケードなどは
みんなこの国から購入していたのか。
確かにあの国には、それらを作れるような技術はない。
その節はお世話になりました、と心で告げながら
その男とルドヨウムにお礼を言いつつ別れた。
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拠点となる宿泊地に戻った私たちは、
その日の成果をまとめる。
いろいろな情報を聞き出せたが、
怨恨につながる要素はほとんど見つからなかった。
ポファ国は”呪いの国”としてルシス国を軽く恐れている程度だった。
アウグル国は誰に聞いても”納品する相手”という扱いだった。
クルティラがふと、つぶやいた。
「逆にルシス国の人に両国について聞いたらなんて言うのかしら?」
私はあの国で作業していたころ、
時々感じていた違和感を思い出して言う。
「たぶん”特にない”とか”よく知らない”だと思うよ」
ルシス国は、王族から国民までみな、他国にまったく無関心なのだ。
別に外交する価値がないから、ではなく常に現状維持&排他的だった。
入ってくる文化や情報に対し、極端までに否定的な反応を見せる。
「だから他国の人間である私なんてスルーされてると思ったよ」
デレク王子を思い出し、私がため息を着く。
リベリアがフルーツをつまみながら言う。
「……現状維持のために、必要になったんではないでしょうか」
「どういうこと?」
モグモグしているリベリアの代わりにクルティラが答える。
「あの冤罪証明の録画機で見たままよ。デレク王子、側妃に言われてたわ。
”いつまで王太子でいられるか、
宮廷中の皆が賭けをしていましてよ?”」
私は黙り込む。そうか。
モグモグを終えたリベリアが私に言った。
「皇国ならともかく、あの国では、
未婚の王太子は、世継ぎが望めず不利ですわ」
確かに古い体制の、前時代の思考の王族や貴族だった。
あの人もいろいろ苦労してるんだな。
問題解決の仕方が間違いまくってるから同情しないけど。
ぼーっと考えている私の前で、二人がコソコソ何かを紙に書いている。
「……何してるの?」
二人は顔をあげて微笑む。
私はその紙を覗き込むと、そこには。
”デレク王子はあきらめる あきらめない”と書いてあり、
あきらめない、の下に二人のサインが書いてある。
リベリアが残念そうに言う。
「こちらはまったく賭けになりませんでしたわ」
最後までお読みいただきありがとうございました。