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4-4.冤罪(第三者視点)

 4.冤罪(第三者視点)


 その日、ルシス国の天気予報は晴れであった。

 朝から雲一つない青空が広がっており、

 農夫たちも午前の仕事を終え、そろそろ昼食にしようかという時刻。


 急に辺りが陰ったのだ。

 まるで突然、日が雲に隠れたように。


 彼らが見上げると、そこには空一面に飛行する竜たちの姿があった。

 その数、100頭以上。

 真っ黒な飛竜に乗った黒衣の者たちが

 ゆったりとルシス国上空を横切っていく。


 それはわずかな時間だったが、

 彼らは何か恐ろしいものを見たという気持ちでいっぱいだった。

 ひとりの農夫がつぶやく。

「向かって行ったあの方角は、お城のほうだが……」


 彼の予想通り、その大群は全て、ルシス国の本城を目指していたのである。


 ************


 城では今日、アスティレアがこちらに来るという知らせを受けて、

 デレク王子は朝から落ち着きがなかった。

 子どものようにうろつきまわり、髪を整え、何度も服を着替え、

 鏡の前で試行錯誤を繰り返している。


 ”意地を張ったせいで戻るきっかけを失ったからな。

 皇国できっと、泣き暮らしていたのだろう。

 案の定、すぐに戻るという連絡があったのだ。

 よほど嬉しかったのだろう。

 フッフッフ、胸に飛び込んできたら困ってしまうな……”


 妄想を膨らませ過ぎたデレク王子は、

 待ちきれずとうとう、屋上までかけあがり、

 おそらく飛竜に乗って来るであろうアスティレアを待ち続けた。


 すると、願いが叶ったのかのように、

 はるか遠くに飛竜がこちらに向かってくるのが見えた。

「来たぞ、おい! ハハハハハ!」

 なぜか大笑いしながらデレク王子は侍従に伝達を告げる。

 王子に反して浮かない顔をした侍従は、大急ぎで大臣にそれを伝えた。

 そして侍従以上に死人の顔になっていた大臣も

 太った巨体を揺らしながら屋上まで駆け上がってくる。


 それはそうだろう。この国は皇国に喧嘩を売ったのだ。

 しかも皇国のメイナ技能士を、王子の言う通り拘置してしまった。

 ただし牢に入れる勇気はなかったので、密かに客間に通し

 こちらに居てください、とメイナ技能士に懇願したのだが。

 それでも内心ハラハラしながら、上機嫌の王子と並んで空を仰ぐ。


 先頭の飛竜はかなり近くまで来ている。

 しかし。その後ろが、黒いのだ。

 まるで飛竜が”黒雲”を道案内するかのように、

 こちらに向かっていた。


 王子の笑顔が消え、目を細めてつぶやく。

「な、なんだ? あれは」


 100頭以上の真っ黒な飛竜は、城の上空までやってきた。

 城の周囲をぐるりと取り囲むように飛びまわっている。


 そして大きな飛竜数体のみが屋上に舞い降りる。

 真っ黒な体に真っ赤な目。

 それは恐ろしい黒ドラゴン(ニーズヘグ)だった。


 侍従たちは悲鳴をあげて逃げ去るものまでいた。

 王子や大臣はガタガタ震えて足が動かせない。


 一番の手前のニーズヘグから降りてきた黒いマントの男が、

 優雅な足取りで王子たちの前まで歩いてきた。

「待てっ、こちらに来るな! 命令だ!」

 王子がそう叫ぶと、その男は黒いフードの下でふっと笑い

「そちらがお呼びになったのですよ。

 そして今日伺うと、(あらかじ)めご連絡いたしましたが?」

 男はさっと黒いマントを脱ぎ去った。


 深い青色に、金色の縁取りの制服。

 威厳と品格がありながらも、物腰はあくまでも柔らか。

 その制服を見て大臣が気付いた。

「あ、あなたが皇国立法院、上級議員の侯爵……」

「オスヴァルト・ディクシャーと申します。

 お手紙では何度かやり取りさせていただきましたが、

 お目にかかるのは初めてですな」

 穏やかで親し気な物言いに、大臣だけでなく王子も力が抜ける。


 デレク王子も形式的な挨拶をなんとか済ませ、

 一国の王子としての威厳を保とうと必死になっていた。


 後ろのニーズヘグから黒い服のものたちが次々と降りてくる。

 ディクシャー侯爵は普通の黒いマントだったが、彼らは違った。

 あれは……法衣?


 大臣がおずおずと、ディクシャー侯爵に尋ねる。

「あの、この人数は……

 その、なぜ皆様、法衣を着ていらっしゃるので?」

 ディクシャー侯爵は陽気な感じで驚く表情を作り、

「私の皇国立法院の制服はご存じでしたのに、

 メイナースの正装はご存じないとは!」

 と言った。それを聞き大臣は困ったように、首を傾げながら言う。

「いえ、さすがに存じてはおりますが……なぜ今日、この場で」

「おい、アスティレアはどこにいる?」

 そんな服の話はどうでも良いというように大臣の言葉を遮り、

 デレク王子はキョロキョロしながら探している。

 そしてその中にやっとアスティレアの姿を見つけることができた。


 しかし彼女の左右にはリベリアとクルティラが、

 そして黒い法衣をまとった者たちが、

 アスティレアの前後をぐるりと囲むように立っている。


 アスティレアは目が合ったのに、王子の予想、いや妄想に反し

 彼女は無表情のまま、冷たい目で礼をするのみだった。


 それでもデレク王子は嬉しそうに彼女を呼んだ。

「おい、こちらに来るのだ! アスティレア!」

 グウオオオオオオオ!

 その瞬間、ニーズヘグがものすごい咆哮を響かせる。

 わあ! と叫んで身を縮める王子。


 王子はイライラと周囲の者に告げる。

「用事は終わりだ。もう帰ってかまわない」

 失礼にも侯爵へ吐き捨てるように言う。


 ディクシャー侯爵はニコニコと笑いながら首を横に振る。

「何? ああ、あいつか。おい、連れてこい」

 拘置されていたメイナ技能士を連れてこいと、王子が命じる。

 待機していたのか、すぐに初老のメイナ技能士が現れる。


 アスティレアが集団を抜け出し駆け寄ってくる。

「ロカス・クラティオ様!」

 そして本当に申し訳なさそうに、悲し気な顔で詫び始める。

「本当に、本当に申し訳ございません!

 大変なご迷惑をおかけしてしまいました」

 頭を下げるアスティレアに対し、一瞬驚いた後、

 ロカスは優しい声で彼女を慰める。

「あなたは何も悪くありません。

 そして私も、牢ではなく部屋でノンビリしていただけです。

 その部屋だって、出ようと思えばいつだって出られますから」

 それはそうだ。上級メイナ技能士を抑留することなど不可能だろう。


 デレク王子はあぜんとその様子を見ていたが、

 いささかムッとして、アスティレアに怒鳴った。

「そうだ! お前が仕事を途中で投げ出すからだぞ!」

 グウオオオオオオオ!

 再びニーズヘグがものすごい咆哮を響かせる。


 王子は耳を塞ぎながらディクシャー侯爵に向かって叫ぶ。

「これで良かろう! さっさと全員連れて帰るが良い!」

「お断りします。こちらのお話がまだですので」

 露骨に嫌な顔をする王子に侯爵は続ける。


「では、口頭尋問を始めます。

 陳述と、証拠の提出をお願いいたします」

 ディクシャー侯爵の言葉に、デレク王子は慌てて言う。

「な、なぜ裁判を始める?

 被害を受けたこっちがもう良いと言ってあげてるんだぞ?」


 侯爵は首を振った。

「メイナ技能士は、皇国の中でも特異な機関である

 ”メイナース”に所属しております」

 ぽかんとする王子に、侯爵は丁寧に説明する。

「皇国においてメイナースは司法を(つかさど)ります。

 メイナは世界を律し秩序をもたらす力。

 裁判官,検察官,弁護士のいわゆる「法曹三者」を兼任する者です。

 つまりメイナースは世界の調和と規律の(かなめ)なのです。

 メイナになじみが少ない貴国には、あまりピンとこないお話かもしれませんが」

「……だからどうしたというのだ?」


 ディクシャー侯爵は優しい口調のまま、告げる。

「メイナ技能士による犯罪などあってはならないことです。

 しかも正当な取り調べを受けることなく罰せられました。

 それは人類や法に対する許しがたい侮辱です。

 だから仲間たちがその真相を知ろうと集まったのです」

 そういって城の外に視線を移す。


 そこで王子はやっと気が付いた。

 他の数百の飛竜は、城の周囲を取り囲み、円陣を組んでいる。

 あたかも”全方向から攻撃する”と言われているかのようだ。


「な、なんのつもりだ! 脅すつもりか! 戦争になるぞ!」

「いえ、脅しではありません。全ては真相を確認してからです。

 もちろん不敬を働いていた場合には謝罪いたしますが、

 万が一、冤罪だった場合は……」


 大臣はすでに気を失いそうになっている。

 デレク王子は慌てて言う。

「冤罪ではないぞ、本当に俺に対して言ったのだ!」

「ええ。報告書には、王子が

 ”アスティレアに確認したいことがあるから呼べ”と命じたが

 無視した挙句、最後には”うるさい!”と怒鳴ったそうで」

「お、おう、そのとおりだ」


 侯爵はロカスに視線をうつす。

 ロカスはうなずいて懐から丸いブローチを取り出す。

「なんだ、それは?」

 デレク王子の問いかけに、ディクシャー侯爵は笑顔で答える。

「メイナを使って映像や音声を記録するものです。

 派遣されたメイナ技能士は執務中、これで常に行動を記録されます」

 くわっと目を見開いたのは大臣だった。

 あいまいにして何とか誤魔化そうと考えていたのに

 明確な証拠が残っているとは。



 王子が制止する前に、再生が始まり、空間に映像が投射される。


「……アスティレアはまだなのか」

「大変恐れ入りますが、その件に関しては何度も対応いたしかねる旨、

 殿下にお答えいたしましたが……」

「なぜだ、呼べと何度も言ったはずだが」

「残念ながら、皇国からも不承諾の回答が来ております故」

「だから何故なんだ! 邪魔してるのは一体誰だ?!」


 ついに叫び出したデレク王子に、通りがかった他の王子が怒鳴った。

「兄上! うるさいですよ! 恥ずかしいな、全く」

 デレク王子はカッとなった様子で、その王子に詰め寄ろうとする。

 すると美しく着飾った夫人が現れ、デレク王子に向かって叫ぶ。

「おやめなさい! 私の息子に何をするつもり?」

 どうやら、側妃のひとりらしい。

「控えよ。俺は正妃の、第一王子だぞ」

 夫人とその息子は委縮すると思いきや、馬鹿にしたように笑いだす。

「ほーっほっほ、上なのは年齢だけだとお気づきにならないとは」

「ははっ、確かに。剣も学問も、何一つ私に勝るものがありませんからね」

 嫌味で侮辱的な言い方だった。しかしそれは事実なのだろう。

 デレク王子は真っ赤な顔のまま、反論できずに固まっている。

 そして側妃は最後に捨て台詞を残して去っていく。

「いつまで王太子でいられるか、宮廷中の皆が賭けをしていましてよ?」


 ロカスの目の前に立つデレク王子は

 目を血走らせて彼らを見送った後、

 ゆっくり振り向いてこう言った。

「……お前、今、俺に”うるさい”と言ったな?」

「いいえ、とんでもないことでございます!」

「いいや言ったぞ! おい衛兵! こいつを牢に入れよ!」

「お待ちください、王子」

「まだ逆らうか! 許さぬ!」


 全員が黙っていた。

 冤罪であることは最初から分かっていたが、

 あんまりというものだろう。


 アスティレアの近くにいた法衣の一人が、

 右手の平を上に向け、光の玉を2つ発射する。

 それは”冤罪”の合図だった。


 城を取り囲む飛竜たちは、円陣から1体おきに上下に分かれていく。

 そしてあっという間にジグザグの隊形に変わる。

 それを見たデレク王子は手を振って叫び出す。

「待て、勘違いに過ぎぬ! 勘違いしただけだ!」

「一国の王子たるもの勘違いで処罰はいかがなものかと」

 ディクシャー侯爵は首を横に振る。

 先ほど合図を送った法衣の者が再び右手を掲げた。

「待ってくれ、悪かった! 詫びよう! それに報酬を多めに……」

 ピ……ピ……ピ……。手の平から細かな光が飛び上がっていく。

 これは、何だ? 王子がそう思っていると。

「カウントダウン……」

 侍従の誰かがつぶやく。その言葉に王子が我を忘れて飛び出てくる。

「止めてくれ! 父上に知られたら俺は終わりだ!」


 ディクシャー侯爵が右手を挙げる。

「冤罪だったとお認めになりますか?

 その旨、書面にてお願いいたします」

 王子は騒ぎがこれ以上広がる前に早く解放されたいとばかり、

 大急ぎでサインし、自筆で謝罪の言葉を短く記入する。

「では今回の件に対する、わが国の損害賠償として、

 この国の妖魔の件に関し、自由に調査する権利を頂いてもよろしいでしょうか?」

「ああ、もちろんだ!」

 そう言ってアスティレアを見る。むしろ、望むところだ。

「では、こちらにもサインお願いいたします」

 王子は急いでサインを記入する。


 ディクシャー侯爵は一礼し、王子と大臣に別れの挨拶をする。

「今回の件は大変残念でした。二度となきようお願いいたします」

 ひたすら平伏する大臣をよそに、

 デレク王子はアスティレアばかり見ている。


 そんな王子の前でディクシャー侯爵は全員に帰還命令を出す。

 隊列を移動用のものに変形しだす飛竜たち。

「さあ、帰りましょう」

 侯爵の呼びかけにうなずくアスティレアを見て、デレク王子は驚いた。

「待て! アスティレアは残るんだろう!」

「いいえ、帰りますが? 冤罪でしたし」

 彼女の言葉にデレク王子が慌てる。

「そんな……話が違う……」

「いいえ。先ほどサイン頂いた書類の控えをご確認ください」

 アスティレアは礼をし、去っていった。


 なおも追いすがろうとするデレク王子の前に立ちはだかり、

 ディクシャー侯爵が笑顔で言い残す。

「アスティレア様にもしも、不謹慎な真似をするものがいれば

 本日の竜の数よりもっと多く集まるでしょうなあ。

 まあ、その前に火竜(サラマンディア)とその(あるじ)

 この城の全てを焼き尽くすことでしょう。……では失礼」


最後までお読みいただきありがとうございました。

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