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3.調査書からわかること

 3.調査書からわかること


 私たちは無事に皇国に帰り着いた。


 ルシス国にはすぐに、代わりのメイナ技能士が派遣されていった。

 もちろん初老の男性技能士だ。

 かなりのベテランだから文句は言わせない、と派遣担当が息巻いていた。


 私は戻るとすぐに、国立の生物学研究所へと急いだ。

 ここに所属する仲良しの研究員クレオに

 妖魔を操作できる可能性について相談したかったのだ。


 クリオはすでに調査書に目を通しておいてくれた。

 そして私が持ってきた”今回のお土産”をピンセットでつつきながら語る。

「妖魔に限らず”来て欲しくないもの”が、

 ”来て欲しくないタイミング”に来る。

 または”来て欲しくない場所”に現れる。

 それ自体はまあ、意外とよく起きることなんですけどね」


 お土産は ”妖獣トリプドから生えていた謎の触手”だ。

 つつきまわしていた()()を、今度はつまんで持ち上げる。

「でも、それらが同時に起きる確率はやっぱり低くなりますよ。

 ……面白いですね、これ」

「ね? 不思議でしょ?」

「本来、トリプドはこのような触手は持ちません。

 ”姿は(のみ)のようだが大きさは牛くらいあり、

 その背中はパックリと2つに開き、無数の牙が生えており、

 そこから人間を含む動物を捕食する”。

 これがトリプドの特徴ですが……触手(これ)はどこに生えていました?」

「それが、お腹なんだよね。何の役にも立ってなさそうで。

 ただピロピロ動いてるだけだった。

 気持ち悪さは倍増するけど、それを目的に生やすとは思えないし」


 収穫直前のフルーツ畑の数十メートル先で、

 (のみ)のように跳ねながら前進するトリプドを見つけた時、

 その腹から生える10センチくらいの触手に気付いて驚いたのだ。

 妖獣トリプドは何度も退治したが、触手が生えているのは見たことなかった。

 こんな珍しいものは逃せない! と思い、

 戦闘後、すぐに切り取って保管したんだけど。


 それは切り取られてからも、保管ケースに入れてからも

 そして今現在、クリオにピンセットでつままれながらも、

 ずっとウネウネと動いている。尋常ではない生命力だ。


 クリオはウネウネ君をケースに戻し、蓋をする。

 そして書類を見ながら、思考をまとめ始める。


「収穫直前の夜の畑など、人がいない場所が現場というケースも多いため

 大勢の人間(エサ)が集まる場所を目的にしているとは言えない……」


「そして最終地点には、迷わず一直線に向かっている。

 他に人がたくさん住まう村や、同じような収穫間近の畑があったとしても

 立ち寄りもせず、脇目もふらずに進んでいく……」

 握りこぶしを額に当て、目を輝かせながら調査書を読む。

 クリオは根っからの研究者なので、謎を解くのが大好きなのだ。


「これだけでも、不安定・不確定な行動が基本である、

 妖魔らしからぬ振る舞いですが

 一番不可解なのは、すぐには活動や攻撃をしないことですね。

 付近に現れてからも、しばらくじっとしているなんて。

 普通、魔獣も妖魔も出現したら留まることはしません」

 クリオの言う通りだ。攻撃しながら出現することはあっても、

 出てきてじっとしているなんて、捕食が目的の妖魔にはあり得ない行動だ。


 私は現状を言い添える。

「いきなり襲うことはないって、こちらは助かるんだけどね?

 急いで出動して対策を取れは、なんとかなるから。

 まあ緊急ってことで余計にいろんなお金がかかっちゃうけど」

 急な発注はどの業界でも特別料金になるものだ。



 すると調査書を見ていたクリオが、眉をしかめて言う。

「何なんですか、このコメント」

「どうしたの?」

 と、クリオの持つ調査書を横から覗き込む。

 そこで書類の隅にある、管理部門長のサインが

 あのデレク王子のものであることに初めて気が付いて驚く。

 内容はもちろん読んでいたけど、サイン名はスルーしてたから。


 クリオの指は、コメント欄の汚い文字を指している。

 ”疲れているだろうから早く休め”

 ”いつでも相談に乗ってあげよう”

 ……これは、気にも留めてなかった。


 ”明日は一緒に行こう”

 現場には全員で行くから、何を今さらって思っただけだった。


 ”後で部屋に来い”

 うん、行ったよ。あの国の対策本部室に。

 でも呼んでませんって言われたから戻ったんだけど。

 もしかして、デレク王子の部屋に来いってことだったの?!


 ”調査報告は口頭でしろ”

 これは断ったよ。皇国の規定により、口頭では厳禁だから。

 対策委員の人に伝えたら、もちろんですって言ってくれたのに。


 ”空いている日を知らせよ”

 連日公務で埋まっているし、緊急の出動もあるから

 空いている日は基本的にありませんって対策委員に伝えたんだけど。

 不思議そうな顔してたっけ。


 私は頭が痛くなってきた。

 デレク王子が言っていたのはこれのことだろう。

 これで私と文通していたつもりなのだ。

 ……どう考えても怖すぎる。


 私はクリオに、なぜ急遽帰国してきたのか、その理由を話した。

 名前も知らない王子に婚約者扱いされており、

 しかも婚約者らしく振舞えていないという理由で破棄されたこと。

 王子はどんなに説明しても、私が彼に好意があると信じて疑わず

 自分で追放命令を出したのに止めに来たこと。

 ”直接会話したことは皆無”、”私には婚約者がいる”といった

 自分にとって都合の悪いことは、一切記憶に残らないことを。


 物珍しい生物の生態を聞くときのように、

 真面目な顔で聞いていた彼女は、やがて視線を下に落としてつぶやく。

「……恐ろしいまでの退化ですね」

「退化?」

 私が尋ねると、クリオはちょっと悲し気に言った。

「その王子の”つがい”を決める手法は、かなり原始のものですね。

 片方の意思のみで成立させようとするなんて、

 情報も交渉力も、知性すら必要のないやり方ですから」

 私はリベリアの、鳥だって求愛ダンスを踊る、という言葉を思い出す。

 確かに、なんでそんな決め方したんだろう?

 デレク王子は、仮にも王子なんだし。


 クリオは続けて言った。

「王や貴族の仕事は本来、国家を維持することですが、

 まだ国によっては、自分の財産を増やすことと、

 家名を残すことのみに集中している者もいるようですね。

 その()()()はみな、社交で情報を集め、自分や家族の結婚相手を探し、

 メリットの多い家や有力な家同士を結ぶことに必死なのですが……」

 そんな前時代的な考えは、皇国には残っていないのだけど。

 そういやルシス国にはまだ、古式ゆかしい社交界が残っていたなあ。


「その王子がそんな旧式の社交よりも、

 さらに太古の昔の手法を取るのは何故でしょうか。

 生物が退化する理由としては”不要と判断したから”というのがあります。

 その王子がなぜ、正確な情報、そして相手との合意を得ることを止めたのか。

 調べれば簡単にわかりそうですが、問題はそこではありません」

「ん? じゃあ、なに?」

「ヌタウナギの目は退化していますね? 二度と、見えないのです。

 生物が一度不要と判断したものを、再び必要だったと思うのは

 強烈な自己否定をしなくてはなりません。

 実際、退化した後、また進化の過程で復活した器官などほぼありませんし」


 そんなことって。私は身震いする。

「つまり、彼を説得するのは無駄ということ?」

「断言しても良いですね」

 なんて恐ろしいことを言うんだ。

 もうちょっとしたら、城ではなく現場に直接調査しようと思ってたのに。

 絶対に、顔を合わせないようにしないとなあ。

 まあ、あの王子が現場に来たことなんてないんだけど。


 人は学習する。新しく知識を得ることが出来る。

 でもそれを使うかどうかは、結局本人次第なのだ。


「魔獣や妖魔よりやっかいかも……気を付けるわ」

 私はそう言って頭を振り、気を取り直して彼女に質問する。

「で、妖魔を操作するとしたら、どうすれば良い?」

「そうですね。人間や動物だと、報酬もしくは懲罰で操作できますが

 妖魔の知性については、個体にもよりますが未知数です。

 そもそも”精神”や”思考”を持っているかも怪しいですから」


 私はうなずく。今まで対峙してきた魔獣も妖魔も

 むき出しの悪意や敵意を相手にしているかのようだった。

 例えば自分に向けて吹きかかる()()()のようなものだ。

 それは単純に毒がそこにあるだけ。

 だから、それに行動を起こさせるのは無理なのだ。

 自分で風を起こして(はら)い去るなど、こちらが行動するしかない。


「だから確実に操作するなら、妖魔の”体”に何らかの影響を与える方法でしょう。

 例えば足を切ったら移動できなくなりますよね?

 そういったことの逆をするのです」

 私は分からん、という顔をしていたらしく、

 クリオは詳しく説明してくれる。

「生物にも同じことをするヤツがいます。

 ある種の細菌は、寄生した昆虫の蟻の体、

 それも筋肉を操作して行動を支配します。

 もしくはハリガネムシみたいな宿主のコントロールの仕方かな」

 そっちは魔獣によってはできなくもないが、妖魔は難しそうだけど。


 クリオはさらに考える。

「または、彼らが惹かれる、または攻撃対象を目の前に現し、

 それを目的地まで引っ張って、いざなっていくか。

 妖魔の道筋に、パンくずのように置いておく、とかですね」

「それは面倒極まりないし、何らかの目撃情報がありそうだなあ」

 私の言葉に、クリオはうなずく。そして言った。

「なんにしろ、既知の生物を基準に考えるのは時間の無駄かもしれません。

 しかし、これがもし古代装置によって操作されているならば

 人類が作ったものである以上、必ず予想以上の問題があるはずです」

 身もふたもないことを言うクリオに苦笑いしてしまう。


 古代装置は確かに、人類が作ったのだ。

 メイナを自分たちの都合よく使うために作り……

 そして、世界を滅ぼしかけたのだ。


 *******************


 私はリベリア達のところに戻り、クリオの見解を話した。

 そしてしばらくの日々、皇国でデータをまとめていたが、

 やはり現場に勝るものはないという結論に達した。

 だから他の皇国調査員に混ざってコソコソ行ってみようかと話していた頃。


 ルシス国から耳を疑う知らせが舞い込んできたのだ。


 それは、先日私の代わりに派遣されたメイナ技能士を

 牢に拘置した、という驚くべき内容だった。

 あのメイナ技能士は、王族に著しい不敬を働いたんだそうだ。


 さらにそれだけではなく、彼の罪を不問にする代わりに、

 私をすぐに再び派遣するよう、依頼ではなく要請してきたのだ。

 しかも早く来ないと”彼に対する刑を執行する”と脅しまで含まれていた。


 不敬罪の内容だけでなく、どのような刑を執行するかなど

 全てがあいまいな文書だったが、内容が不穏極まりない。


 もちろんベテラン技能士が不敬など働くわけもなく、

 言いがかりを付けられたのだろう。

 その真偽は、すでに皇国が調査しているが、

 彼のためにも早く行ったほうが良いのには間違いない。


 私たちは何か不吉な思いでいっぱいになり、黙り込む。


 他国には無関心で消極的だが、

 豊かで穏やかな国、という印象だったルシス国。

 あの国はもしかすると想像以上に暗い何かを抱えているのではなかろうか。




最後までお読みいただきありがとうございました。

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[良い点] 想像を遥かに越えてヤバい奴過ぎて戦慄しています
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