4-2.全力疾走で国外退去
2.全力疾走で国外退去
婚約破棄を撤回すると言ったデレク王子は
「これで安心したかい?」
などと言い、私に笑いかけてくる。
私はもう、我慢の限界だった。
「安心どころか、不快の極みですっ!
わ・た・し・は、あ・な・た・と、
婚約など絶対にしてないし、しませんっ!
すでに皇国に婚約者がいるってさっきから言ってますよねっ?」
私の剣幕に、目を丸くするデレク王子。
口を縦長に開いて、固まってしまった。
先ほど王子に呼び掛けた大臣が、私たちの間に割って入る。
王族に対しての不敬を咎められると思いきや、
私に対して、申し訳なさと焦りをにじませた表情で詫びてきた。
「も、申し訳ない、こ、この件はこちらから
王子にちゃんと説明するから……今日のところは……」
怒鳴って息が切れている私に代わり、リベリアが真顔で大臣に言う。
「ぜひ、お願いいたしますわ。では改めて確認いたします。
アスティレア様との婚約の話など初めから一切出ていないこと、
報告書はその内容が妖魔の件について記載されているもので
決して恋文などではなかったこと、
またアスティレア様は皇国の方との結婚を控えてらっしゃいますので、
二度とこのようなお話が出ないよう、お願いいたします」
要点をしっかりまとめ、大臣に確認を取っている。
クルティラも冷たい目をしながら
「皇国にもこの件はご報告いたします。
この国の妖魔襲撃は収まっていない以上、
両国の友好的な外交を崩さないためにも宜しくお願いいたします」
大臣は額に汗をかきながら、わかった、わかったからとうなずいている。
しかしその後ろで、唐突にデレク王子が叫んだのだ。
「この国から出ていけえっ!」
全員の視線がデレク王子に集まる。
そこには目を剥いて顔を真っ赤にした王子が立っていた。
小太りの体をさらに膨らませながら怒鳴りつけてくる。
「もう情けなどかけないぞ! 後悔しても遅いからな!
婚約がなかったことになるなら、お前なぞいらぬ!
即刻、この国から出て行くがいい! さあ! すぐに!」
周囲の者が止める手を振り払い、デレク王子は出口を指さす。
「……承知しました」
私がそう言うと、大臣たちが慌てた。
「お、お待ちください! 妖魔の件はどうなります?」
私は大丈夫です、とうなずいて、
「すぐに代わりのメイナ技能士を派遣いたします。
……男性のメイナ技能士を」
と答えた。私の言葉に、大臣は胸をなでおろす。
それを聞いたデレク王子は目を丸くして口をへの字にし震えている。
「それでは、皆様、ごきげんよう」
私たち三人は、カーテシーで挨拶し、足早にその場を去った。
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廊下を歩きながら、私はボヤく。
「あーあ。結局、私はこうなるのか」
「まあ、この流れの方が、順調に物事が進んでいる気がしますね」
クルティラが口元に笑みを浮かべながら言う。何、言ってんのよ。
でもリベリアも爽やかな笑顔で
「むしろこうでないと、不自然に感じるくらいですわ。
もはや追放されないと落ち着かないのではないですか?」
などと言う。
私は二人を睨みながらも、でもどこかホッとしている。
ああいう手合いは、無理だ。
話がここまで通じないのは初めてだ。
調査結果を分析したいし、いったん皇国に戻りますか。
ルシス国にあてがわれたゲストの部屋に着き、
私たちは荷物をまとめながら話し合う。
「今回は本当に、不可解な事例なんだけどなあ」
妖魔の襲撃について私がそう言うと、リベリアがうなずいた。
「収穫直前の畑に現れたと思えば、
魚を大量に出荷する日に併せて運搬を妨害するように出現したり」
「イベント開催前に近隣で姿を見せるのに、
その開催後はまったく現れなかったりするんだよね。
まるで遊びに参加したかったみたいに」
私たちの会話を聞き、クルティラも疑問を投げかける。
「そもそも移動経路が不自然でしたわ。
出現後、迷うことなくポイントとなる場所へ移動するなんて。
魔獣も妖魔も、まるで最初からそこを目指しているかのようだった」
やっと事例が集まってきたとこだったのに。
ほとぼりが冷めたら、現場にはまた行ってみようと思う。
他の調査員に紛れれば、デレク王子に会うこともないだろうし。
「まだまた襲撃自体は収まってないもんね。
経済的にも豊かな国だったから、予防策にもお金をかけられるし
多少の被害に対しても、国が補填する余裕があったから良かったけど……」
「この国のフィレル湖にしかいない、ラピアという魚のおかげですわね。
この魚からのみ抽出できる成分が、火傷などによく効く薬になるんですもの。
飛ぶように売れている今、国内の景気も絶好調ですわ」
それが関係あるのかどうか謎だけど、
この国の王には正妃だけでなく、愛妾がなんと3人もいる。
そして王子と姫が合わせて8人もいるのだ。
最初に謁見した際に、
王の後ろにずらりと並んでいるのを見た時には驚いた。
その時はみな温厚そうにみえていたのに、
まさかあんな地雷が潜んでいたとは。
「とても平和な国だけど、ちょっと気になる面もあるわね」
クルティラが憂いた表情で言う。そうなのだ。私は同意する。
「保守的、ならまだ良いんだけど、外交に消極的すぎだよね」
今までは、たいして困ったことが起きず、
生産も労働も、全てが国内で事足りるため、
他の国に頼る事も、協力し合う必要もなかったのだ。
過度な利己主義であり、他の国には全く関心がなく、
金銭を得る以外は外交する価値もないと考えている。
「最近は魔獣や妖魔の被害が出てきて、
対策でいろいろお金がかかって困っているし、
何よりメイナ技能士がほとんどいない国だから、
他の国に頼らざるを得なかったんだろうね」
「外交慣れしてないとはいえ、あれはありませんわ。
鳥だってまずは求愛ダンスを踊るでしょうに」
「え? 急に踊り出されても困るけど……」
一瞬の沈黙のあと、笑い出す私たち。
その時、トントン、とドアがノックされた。
皇国の迎えが来たのかな?
リベリアがドアを開けると、そこには。
ゲッソリとした大臣と、焦りまくっている侍従。そして。
「本当に行くのか、アスティレア」
デレク王子はずかずかと部屋に侵入し、
ベッドの上の私のトランクケースを不満顔で眺める。
「恐れ入りますが、ご退出願えますが?
こちらは女性の部屋でございます。
お控えくださいませ」
リベリアが、彼女にしては早口で言う。
困惑しているのだ。
皇国最強の”盾”でも防ぐことができない強引さを。
「お見送りしてくださるお気持ちは大変ありがたく思いますが、
すでにアスティレア様は退任いたしました。
後任につきましてはほど皇国よりご連絡差し上げますので……」
クルティラが、彼女にしては強い口調で告げる。
苛立ちを感じているのだ。
冥府に招く貴婦人の攻撃が無効な神経に。
デレク王子は面倒そうに、いいから、とクルティラの言葉を遮る。
いや、良くないって。
そして首を傾け、私を憐れむように話しかけてくる。
「君は、俺に認められるために今まで頑張ってきたのだろう?
その努力を無駄にする気か?」
「殿下に認められるために頑張ったことは一度もございません」
かぶせ気味に反論する私に、一歩近づき、ささやく王子。
「俺に対しては、無理なんてしなくて良いのだ。
本音や弱音を吐いてくれても構わない。
もう少し、自分に素直になったほうが可愛い女になれるぞ?」
私は数歩下がり、トランクを強引に引っ張る。
「わかりました! 素直に言います!
早く皇国に帰って、大好きな婚約者に会いたいです!」
王子はよく分からない、という顔をし
「……それは、俺に皇国まで迎えに来いということか?」
「違います! ぜんっっっぜん違いますっ!
私の婚約者は皇国の者です、あなたではありません!」
私の声はだんだん悲鳴になってきている。
リベリアとクルティラがすでに間に入ってくれており、
大臣と侍従も王子の腕を必死に抑えてはいるのだが
部屋の奥へ奥へと追いやられていった。
その時、やっと皇国からの迎えが戸口に立った。
「お迎えに上がりました」
クルティラとリベリア、二人がこちらに振り返る。……OK。
二人は一瞬で左右に分かれ、それぞれの鞄を掴む。
私はブン! と音がするほどトランクケースをふりあげ
それを避けようと王子が横に退いた瞬間に突進する。
「それでは、失礼いたしますっ!」
三人が飛び出てドアをバタン! と閉めた瞬間、
クルティラが鉄の扇子でドアノブを破壊する。
向こうで何か叫び声が聞こえるが、
そのうち誰かが彼らを部屋から出してくれるだろう。
猛ダッシュで廊下を走る私たちに、
迎えに来た皇国兵は必死に追いついてくる。
全力疾走で国外退去するのは初めてだった。
ようやく飛竜に乗り込んで飛び立つ。
「こんなに三人で走ったのって
”火の竜”に追いかけられた時以来だね」
私が息を切らせながらそう言うと、リベリアが苦い顔で答える。
「感じた恐怖は、あの時の一万倍ですわ」
最後までお読みいただきありがとうございました。