ラゼルの購買
目を覚ました時、日は西へと傾き初め、時計塔の針は15を回った頃だった。
目を覚ました私の横でやっと目を覚ましたのか。という顔でこちらを覗き込んでいたエルヴィンは尻尾を揺らして椅子から飛び降りた。
何度か振り返っては進みを繰り返したエルヴィンは立ち止まり、尻尾を振った。
尻尾を数回、前で揺らすその行為はまるで私に手を振る様で、持ち上げた手をゆったりと振りかえした。
「ばいばい」
つぶやいたその声が届いたのか、エルヴィンはもう一度こちらを振り返りにゃぁんと鳴き声を上げた。
お尻をユラユラと揺らして歩くエルヴィンを見送れば、次は自分とばかりに立ち上がる。
本来ならもっと気の向くままに自由に歩き回りたいが、ミレイアさんとの約束の時間は17時30分。
既に帰宅時間も考えれば1時間ほどの時間しか残っていない。
取り出した地図と睨めっこしながら、表の大きな通りへ。そこを通り過ぎて、少し賑わいの少ない地区へ。
白の看板を見上げれば、左へ曲がれば「十六夜の森」へ。右へ曲がれば「住宅地」へ。そして、直進のところに「鉱石地区」と書かれていた。
直進していくと、黒の立て看板が視界に入る。
───この先鉱石地区
そう書かれた看板の手前。
ステンドガラスのような輝きを放つ扉の窓。その横の壁にある透明な窓から店の中を覗いきれば、キラキラと輝く鉱石が並んでいた。
意を決して開けた扉。扉に揺られてベルが高音を奏でた。
「いらっしゃい」
涼やかなレースの暖簾を捲り上げて声を出したその人はチラリとこちらをみることもなく、小さな鉱石たちを仕分けていた。
鉱石を見ながら、ポッケの中の銀貨2枚を考える。これは、ミレイアさんが出かける前に、昨日働いた分が込みの今月分のお小遣いなのだと渡してくれたお金だ。
取り出した2枚の銀貨のうち1枚ポケットの中に直す。
もしもの場合の時に多少のお金は置いておくべきであると半分のお金を予算とすることを決める。
鉱石との睨めっこをすぐにやめ暫し悩んだ後、私の足はカウンターへと向いていた。
「こんにちは。お尋ねしたいのですが、銀貨1枚でどのくらいの魔鉱石が買えますか?」
カウンターの上。見上げたその人は初めてチラリとこちらに視線をよこす。
「物によるな。どんなものが欲しい?」
作業を止め、こちらに回り込んだその人は魔鉱石の売り場であろう、横の部屋へと案内してくれた。
キラキラと輝く石たちは前にあった物とは違う輝きを持つ。これが魔力による輝きなのだと魔力を持つ者達は知っている。
見て決めろ、ということなのかたくさんの中の魔鉱石を前に男性は私を振り返った。
「物の質はそんなに問いません。小さい物と、少し大きめのものが欲しいです」
男性は少し悩むそぶりをした後に、魔鉱石達を少し避けると数個の魔鉱石を目の前に置いた。
「質が悪くていいのなら、この辺りの物が7個〜15個買える。大きい物だとこの辺りが3個〜6個だな」
1つ1つ並べながら説明をしてくれるその人の手元を覗き込めば、少しくすんだ色の魔鉱石が並べられていく。
「おすすめだと、この辺りだな。さっきの物より買える個数は減るが綺麗に変化するのがおすすめだ。小さい物だと4個〜10個。大きめのものだと1個〜4個ってところだ」
避けた魔鉱石の横に、更に並べられた魔鉱石達はさっきよりも幾分か澄んだ色をしていた。
少し悩んだ後に、初めに案内されたものを2個指を指す。
「あの、この2つ以外は、この中から選びたいのですが、大きい物を2つだと小さいものは幾つ買えますか?」
「この当たりなら7個だな」
「では、それで。頂けますか?」
頷いた男性は「ちょっと待っていろ」と言い残すと魔鉱石を持って奥へと消えて行った。
手持ち無沙汰になった私は、並ぶ魔鉱石達をくるりと見廻ることにした。
手前に、箱に詰められた魔鉱石達は、初めに見せてもらった物と同じように多少くすんだ色。その奥は少し透明度の増した色。と奥になるに連れて色も彩度もクリアに美しく並んでいた。
その中で1番奥にあるものは、中に宿る魔力の強さなのか一際美しい色をしていた。大きさも色も申し分のないそれは、貴族の中でも高価と言われる部類に入るだろう。
「待たせたな」
奥から出てきたその人は小さな袋を1つ持っていた。
「これが、さっきのだ。中に包んである。
・・・君が触るのか?」
手渡された袋を覗き込んでいた私に静かな声が落とされる。
見上げた男性は片眉を下げて、苦い顔をしていた。
どうしてそんな顔をするのか、よく分からず頷けば、その男性は決まり悪そうに口を開いた。
「すまんな。
君、ラゼルちゃんだろう?」
どうして、名前を知っているのか。
そんな疑問が透けて見えていたのか、男性は苦笑いを深めてしまう。
「この街は大きいが、コミュニティ自体もしっかりしている。ミレイアのところが引き取った子供だろう?
話題になっていたからな」
そういうものなのか、1人でに納得する。
「ミレイアやテオは魔法という魔法は生活魔法が多少使えるだけで、魔鉱石を拓くのは難しいだろう。だからついな」
「そうだったのですね。・・・はい。この魔鉱石は私が触ります」
1人納得のまま、そっと箱に包まれた魔鉱石を箱のまま撫でる。
「私、魔法はちょっとだけ得意なんですよ!」
悪戯が成功したように、にこりと笑ってみせるとその人はそうか。と笑って私の手のひらに1つ大きめの魔鉱石を置いた。
「あの・・・?」
行動がわからずに、首を傾げてしまう。
「祝いだ。ミレイア達の娘になったな。大変だろうが、頑張れ。それと、買いに来てくれてありがとうな」
顔に皺を寄せて笑ったその人は私の頭をそっと撫でた。撫でるその手はタコが出来ていているのか硬く、皮膚も暑い。職人の手だ。
「ありがとうございます」
私の手のひらよりも小さいけれど、今日購入した物の中では、1番大きいその淡い緋色を宿した石をそっとポケットに直す。
「おいくらですか?」
「900リンだ」
初めに言った通りに銀貨を1枚、男性の手の上に乗せると男性は銅貨を1つ、私の手の上に置いた。
「ありがとうな」
もう一度頭を撫で、その人は手を軽く振った。
「ありがとうございました!」
真似るように手を振り返して扉をくぐり抜ける。
中からはわからなかったが日は暮れを迎えていた。逢魔時と言われるその時間に街はオレンジ色に染め上げられていた。
見上げた時計塔の針は17時を回っていて、此処からミレイアさんのお家までの時間を考える。結局、30分あれば余裕もあると思い、足取り軽く踏み出してみる。
帰宅途中、ちらりと見た海は街と同じオレンジ色に染まっていて、その向こう。地平線の先に太陽が沈み込み始めていた。
鉱石を抱え直して、軽く駆け足となる。日が暮れると一段と冷え込む冬。早めに帰り着くに越したことはないだろう。
きっと、暗くなればミレイアさんも心配をするはずだ。そう思えば、足は更に駆けてゆく。
駆けながら、思い浮かぶのはとても美しい猫。エルヴィンと出会い。そして、とても綺麗な魔鉱石達との出会い。とてもいい物を手に入れられたと思わず口角が上がってしまう。
あの店に、また行こう。そう決める頃には家にたどり着いていた。
※作中に登場した、魔鉱石を拓くや触るというのは作中のみでの専門用語のような物です。
魔鉱石は魔力に反応してその形を変えるため、そう言われている。という設定です。