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ラゼルの青の遐福  作者: あいせ
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夫婦の考察

ミレイア、テオ夫妻視点のお話です。

 短い時計の針が9を少しすぎた頃。リビングのテーブルにお茶を置いて待ち構えていたミレイアの前に座る。

 神妙な面持ちのミレイアに、目線を合わせたまま、じっと言葉を待つ。


「今日一日あの子を見ていたけれど・・・。あの子やっぱり貴族、よね・・・?」


 ミレイアの珍しく重い声音と暗い表情に、思わず眉が下がってしまう。


 「あの子」という言葉で想いを馳せるのは、妻の見つけたラゼルという幼い少女のこと。寒い雪の降る冬。それも更に温度が下がる夜だというのに、薄い純白の衣ひとつで今にも倒れそうな真っ青な顔でベンチに座り込んでいた子だ。

 家に迎え入れた時に正面から見た顔は、とても端整な顔立ちで、どこか作り物ぽくもあり、何処かの腕の良い人形細工師が人間に似せて作った人形と言われた方が納得のできるほどのものだった。



 なんと、答えるべきかとも悩みつつそっと口を開く。


「・・・そう、だね。滅多なことは言えない。けれど、あの子の発音は訛りもなく、お手本のように綺麗な発音だ。言葉遣いも丁寧。立居振る舞いもそう。さらには、食べ方。とても綺麗すぎる。市井で育っていたのなら、あんな風ではないだろうね・・・」


「・・・。そう、よね・・・」


 僕の先程の言葉にか、顔を陰らせていくミレイア。彼女の頭を悩ませているものは手に取るようにわかる。いや、自身も思っているからこそ分かっている。という表現の方が正しいだろう。




 そう。疑問だ。貴族の子供であるというならば、あの子の今日の動き、そしてあの態度。

 働き慣れている。そう感じたのは気のせいか、はたまた・・・。まだ、不確定な要素が多い少女。

 それでも、確かなことはある。

 あの様な幼い子が、たった1人。あの薄着でこの冬の街を彷徨い歩くなど、尋常な事ではない。

 何かしらの事情がそこにはあったはずだ。


 そして、この国の人間にしては珍しい髪色のラゼルは、もしかしたら、この国の子供ではないのかもしれない。その可能性。そしてそれは、もしかしたら、隣国の───


「ねぇ、テオ」


 そこまで、思考に陥っていた時、不意にミレイアが名前を呼んだ。


「なんだい?」


「もし、あの子が貴族の子供だとして。あんな薄着で1人街を彷徨う理由ってなにかしら・・・。

それに彼女はこの国では珍しい髪色だわ・・・。もしかして・・・」


 今の僕の考えていたことをミレイアも考えていたのかもしれない。


「そうだね・・・。考えられるとするなら、だけど。彼女は隣国の出身で、彼女自身の家のお家騒動。もしくはそれに近しいものに巻き込まれているのだとしたら・・・」


「・・・っ」


 僕の言おうとしてることを察したのかミレイアから息を呑む声が聞こえた。


 もし、それに近いことに巻き込まれているのだとして。彼女はおそらく。

 ──命を狙われている可能性がある


 確定ではない。勝手な思い込みである。

 けれど、愛され育てられるべき愛おしい子供だ。そんな子供がただ1人異国の地であるかもしれないここまで逃げてくる可能性はなんだ。と考えた時に思い浮かんでしまう答えだ。


「なんにせよ、いくら安全の高いこの国といえど、珍しい髪色のあの子は、危険な目にあったかもしれない。そして、それでもあんな幼児を1人、国から出さなくてはいけないことがあったのだろうね・・・」


 

 つぶやくように告げた僕の言葉に、ミレイアは静かに震える拳を強く握りしめた。



 「あの日、あの子に声をかけなければ。あの子がどうなっていたのか、今一瞬。考えたて、・・・ゾッとしたわ。もしかしたら・・・って考えるだけで、手が震えてしまう」


 震える声音のミレイアの言葉に、思考を揺らす。


 小さな肩を震わせて座り込んでいたあの日のラゼルは、儚さも相まって今にも消えてしまいそうだった。

 いや、ミレイアが声をかけなければ本当にあの日、あの子の命の灯火が消え去っていたのかもしれない。

 消えなくとも、よからぬもの達に連れ去られていた可能性もある。珍しい髪色の綺麗な子だ。あの夜に親も連れぬ子ども。攫うのは簡単だっただろう。ゾッとする。そのミレイアの言葉がよくわかる。


 たった、3日。されど3日というのか・・・。それだけしか過ごしていない。それだけのはずなのに、もしあの日、あの子の灯火が消えていたのかもしれない。もしくは連れ去られでもしていたら、とそう考えただけ指先が冷える。そして、手が震えた。血の気が引くというのはこういうことを指すのだと思わせるほどに。

 あの、綺麗な笑顔が、頬に色が刺して恥ずかしがるあの姿が。なんと尊いことなのかと思える。



「本当に・・・。本当に良かったと思うよ。ミレイア、あの日ラゼルに声をかけてくれてありがとう」


「違うわ。あの日、あの子に声をかけてもいいのか悩んでいた私の背中を押した貴方が、あの子の命を救ったのよ。

ありがとう、背中を押してくれて」



 頭を下げ、感謝を述べる僕の言葉にミレイアは感謝を返してくれる。ミレイアの行動のおかげだというのに、僕のおかげでもあるという。

 ただでは感謝させてはくれない。相手のことを思えるなんて、僕の愛おしい人はどれだけ素敵な妻なんだろうか。


「ねぇ、テオ。もし、たとえどんなことがあっても、娘と呼んだのだから、私はどんなことでも、どんなことがあったとしても、受け入れるつもりではあるわ」


「そうだね。僕もそのつもりだよ。

見守っていくつもりだ。あの小さな子の幸せの未来を見届けるためにね」


「そうね。幸せに暮らしていくのをみなくっちゃね」


 暗い雰囲気を跳ね除けるように、軽くお茶けてみせるミレイアに思わず苦笑が漏れる。・・・本当に美しい人だ。

 けれど、僕も正しく思う。あの少女の。ラゼルの幸せを見届けてやりたいと。例え、本当の親ではなくとも。ミレイアの言った通り娘と呼んだ彼女の幸せを。願っているのだから。




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