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ラゼルの青の遐福  作者: あいせ
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ラゼルの初仕(2)

「いらっしゃいませ。こちらの席にどうぞ!」


 チリリンと鳴るドアベルに反応して、お決まりの言葉とともに入ってくるお客さんを空いてる席へ案内をする。ドアベルを鳴らしたそのお客さんは目を見張って私を眺めてから席に座った。その後も、チラチラと視線を感じる。今日だけで慣れた視線に片眉が思わず下がってしまいそうだ。

 何故、慣れた、というならば今日、同じような反応をたくさん頂いた。

 入ってくるお客さん達は、まずミレイアさんの声以外がする事に反応し、私の姿を見咎める。そして、注文を聞きに行けば、その時に誰なのかと尋ねられる。今日のお客さんとのやり取りのほぼルーティンとも言っても過言ではない。

 きっと、今からこの注文表を持っていく時に同じ質問をもらうだろう。



「おはようございます。こちら注文表です。もしお決まりでしたらお聞きします」


「この本日のおすすめセットを1つ。と、君のお名前は?」


「はい。かしこまりました。ラゼルと言います。・・・ミレイアさんとテオさんの娘です!」


 今日1日で、いい慣れてしまった言葉を和かに返してみせる。その返しにお客さんは「そうかい」と笑って私の頭を撫でた。

 初めは娘だと名乗るのが恥ずかしかったけれど、ミレイアさんが何度も娘だと言ってくれたお陰で、なんだか私も今日1日でミレイアさんの娘という言葉に慣れていた。

 ミレイアさんの娘だと言うたびに心の奥ホクホクとする。暖かいこの心に名前をつけるならなんて名前なんだろう。なんて、勤務に関係のないことを思い浮かべながら足取り軽くテオさんの元へと注文を届けにいく。


「テオさん、おすすめセット1つ。お願いします」


「うん、了解。あ、そのケーキセット出来ているからミレイアに紅茶をもらって3番さんへお願いするよ」


「はい、了解です!」


 机の隅に置かれたホワイトの綺麗なショートケーキ。イチゴにかかる雪のようなグラニュー糖がキラキラとしていて、とてもかわいい。


「ミレイアさん。3番さんの紅茶出来てるかな?」


「はぁい。こっちよ。気をつけてお願いね〜」


 ケーキの乗ったお盆の上にカチャリと音を立てて乗せられるティーセットにさらに力を入れる。

 転けないように、お盆が安定するように歩きながら目指すは3番のテーブルだ。


「お待たせいたしました!

こちら、ケーキセットでございます」


 お盆から机へと慎重にケーキと紅茶を置いて柔かに商品を案内する。


「ありがとう、ラゼルちゃん」


 お礼を返してくれたその女性(ひと)は昨日、私に服を選んでくれたネリアさんだ。

 お礼ついでに手のひらにコロンと乗せられた飴玉は透明な袋の中でツヤツヤと黄金色に輝いていた。思わず見上げたネリアさんの顔は優しげに緩んでいて、そっと頭を撫でられる。


「頑張ってるラゼルちゃんに、プレゼントだよ。後で食べて」


 そう言って、さらにもう一つ。私の手のひらに小さな飴が追加された。


「あ、ありがとうございます」


 ぎゅっと手のひらに握り込んだ飴。溶けてしまうよ、とネリアさんに注意されて慌ててエプロンのポケットの中に忍ばせれば、ネリアさんは納得したように紅茶に手をつけた。

 その様子にそっと頭を下げてその場を離れる。


 浮き足立ってしまうこの足取りで、ミレイアさんには直ぐに勘づかれて笑われてしまった。


 お菓子で喜んだ訳じゃないよ。頑張れって言ってもらえたことだよ。とは、心の中の私の言い訳である。


 ミレイアさんに微笑われながら渡された先程のお客さんのセットを持って歩き出す。


「お待たせしました。おすすめセットです!」


「ああ、ありがとう。ラゼルちゃん。頑張ってる君に、どうぞ」


 私の手に乗せられたのは小さなクッキー


「え、あの・・・」


「受け取って。君に食べてもらえたらそのクッキーも喜ぶよ」


「ありがとうございます!」


 小さなクッキーをさっきの飴と同じポケットにそっと忍ばせる。歩くとクッキーの包みがカサカサと音を立ててポケットから存在をアピールする。

 それがなんだか可愛くて、ついつい頬が緩んでいく。



 その後も、案内した人や注文をとった人。商品を運んだ人に沢山の小さなお菓子を貰って、気がつけば白のエプロンのポケットはもっこりと盛り上がっていた。

 お店の営業時間を終える頃にはポケットには入りきらないほどのお菓子がポケットの中だけではなく、カウンターのテーブルの上にも積み上がっていた。

 飴やクッキーに始まりミニドーナツまでもと種類も沢山だ。



「あらあら。いっぱい貰ったわね〜。ラゼルちゃんは可愛いからしたかないわね!」


 とは、お菓子の山を前にしたミレイアさんの言葉。

 テオさんからは「よかったな」と一言。そして、ふわりと私の頭を撫でる優しい手だった。


 仕事が終わりの頃には。


「疲れたでしょうから、お部屋で夕食まで休んでいなさい」


とミレイアさんに言われて、お夕食まではお部屋で1人。


 お菓子は全て、ミレイアさんが私の部屋に運び込んでくれた。「ゆっくり食べなさい」と。

 お菓子を眺めているだけで、幸せな気持ちになれる不思議だ。横に視線を移せば、置いてあるのは既読済みの絵本。この本はこの国の誰もが一度は読んでもらったことのある絵本だと言う。読んだことのないと言った私に、ミレイアさんが持たせてくれたのだ。


 不意にノックの音が響く。


「ラゼルちゃーん。お夕食の時間よー」


 やわらかく呼びかける声にすぐ様返事をする。


「はーい!すぐ行くね!」


 扉をくぐり抜けて、廊下に出ると、すでにいい匂いが漂っていた。匂いに誘われるようにリビングのドアをくぐり抜ければ、既にテーブルの上にはご飯が並び始めていた。


「遅かったかな?」


 思わず心配になってしまう。


「そんなことないわよ〜。テオもまだだものね!

ささっ、座ってちょうだい。」


 たしかに、テオさんの席にはまだいなかった。


「おや?僕が1番最後かな?」


 背後から声が降り落ちてきた。振り返ればそこには眉を下げたテオさんが立っていた。


「もぅ、2人だけでお話ししてないで早く座って頂戴。」


「はーい!」


 テオさんと2人。目を合わせて返事をする。

 席につけば、最後にミレイアさんがスープを机の上に置いた。


「今日は、麦パンと、野菜たっぷりそぼろ入りトマトスープに照り焼きチキンとサニーレタスのサラダよ〜。召し上がれ」


「いただきます!」


 ふわふわのライ麦パンは焼き立てなのか、割るとほかほかと湯気を立てる。千切ったところを口に含めば、口の中でしゅわしゅわと蕩ける。トマトスープは熱々で、そぼろのぽろぽろした感覚がトマトスープとからんで絶品だ。


「はい。これどうぞ」


 渡された麦パンには照り焼きチキンとサニーレタスが挟まれていた。

 齧り付いて食べるテオさんの真似をして思い切り口を開く。


「おいしい!」


 迎え入れられたパンは照り焼きチキンのタレを吸い込み味が濃厚に増している。チキンもほろりと崩れるように柔らかく口の中で解けていく。そして、しつこさを感じないのはサニーレタスのおかげなのか、食べた後も口の中はすっきりとしていた。


「よかった。それにしても、ラゼルはどれも美味しそうに食べてくれるね」


「そうよねぇ。どれも素敵なお顔で食べてくれるから作りがいがあって私もうれしいわ!」


 どんな顔をしているのか、自分ではわからない。けれど、蕩けた顔をしているだろう。


 だって、どれも本当に美味しい。


「どれも、本当に美味しくて・・・」


 思わず思っていたことがぽろりと漏れる。


「ふふっ。嬉しい。ラゼルちゃんは本当に可愛いんだから!」


 目を細めて微笑うミレイアさん。その顔は本当に優しい顔と瞳で私を見ている。そしてそれはテオさんも同じで。その顔を見ているだけで心が温かくなるようだ。




「ごちそうさまでした。」


「お粗末様でした〜」


 食器を片付け終わったミレイアさんの淹れた暖かいお茶。これが、食後の楽しみなのだとテオさんが言っていた。


「今日は本当にお疲れ様〜。よく頑張ってくれたわね」


「そうだね。ありがとうラゼル。とても助かったよ」


 2人から褒められて心が弾む。


「ううん。わがままを聞いてくれてありがとう。私も2人と一緒だから楽しく働けてたよ!」


「嬉しいわ〜。

今日一日貴女の働きを見て、テオと一緒に貴方の勤務を考えたの。週3日という決まりだったでしょう?

今日ははじめてのお仕事で疲れたでしょう?だから明日の水曜日はお休み。今週は残りは木曜日と土曜日は如何かしら?」


「うん!」


 慣れない環境で働き始めたまだ幼い私のことを考えてくれているのだろう。体に負担のないようにと。



「大丈夫そうなら、なれるまで1日起きでこのままでとミレイアと考えているんだ。」


「わかった」


「それじゃあ、次は水曜日よろしくね。一緒に働くの楽しくて嬉しいわ」


「そうだね、次が楽しみだ」


 微笑の浮かべる2人に「次もよろしくお願いします」と頭を下げる。




 部屋に戻る時、2人からそっと抱きしめられてキスを頬に送られる。この国での親愛を表す挨拶だそうだ。

 慣れない文化。慣れない環境。けれど、不安を覆す程の優しい場所。そんな場所を送ってくれてありがとうと、感謝の気持ちを込めて、私も2人の頬にキスを返す。


 真っ赤なはずの顔を見られるのが嫌で、キスをした後は駆けるように部屋に飛び込んだ。


「おやすみなさい」


 そうかけられる言葉に返事をしながら。



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