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ラゼルの青の遐福  作者: あいせ
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ラゼンシアの転身

 聖女信仰の根強いルシフェルという国に産まれ落ちた私─ラゼンシアは通常の人よりも何倍も魔力量の多かったようで、3歳で聖女見習いとなり、5歳の時。死去された前神子に代わってその地位に着いた。

 それから、7年。私はずっと。この教会の中で一生を終えると思い込んできていた。

 それなのに、今。目の前にいる人に告げられた言葉で全てが儚く終わろうとしていた。


「ラゼンシア。貴様の怠惰なる行為を見に余るとして、貴様から神子の位を剥奪。さらに、このルシフェルから追放とする。」


 目の前に立つ第一皇子が指を刺して声高らかに宣言するその行為に体が震える。


「理由を・・・。理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 私の言葉に鼻で笑った皇子は

「理由?そんなものを聞かなければ分からないほどだったとはな!!!今すぐ神子という身分全てを捨て出て行け!!」

 そう、怒鳴りつけるように声を荒らげた。


 その皇子の横で私を見て嗤うのは同じ血を分けた姉と呼んだ人物。

「おねえ、さま・・・」

 思わず伸ばした手を振り払われて、手と姉を見返すも姉は蔑むような眼差しでこちらを見ていた。


「気安くお姉さまなどともう呼ばないで頂戴。あなたは神子という身分も、貴族の身分も今ここで剥奪されたのよ?ただのあなたが次の神子候補となる私とそう簡単にお話しできる訳ないでしょう?」

 神子だったんだもの。分かるわよね?


 吐き捨てるように告げられた言葉に、喉から渇いた音が漏れるようにして聞こえた。

 もう、居場所がないと言われている。そう感じたのだ。


 神子としての役目は果たして来たと思っていた。

 ルシフェルの秘石と共振(レゾナンツ)して、国を守る為に結界を張り。魔物から国を・・・周辺国との和平を、守って来ていた。そう思っていた。

 国を良くするために、頑張っていたと思っていた。


 ・・・この人たちには私の何が足らなかったのだろう。何がダメだったのだろう。

 そんなネガティブな思考が頭をかすめていく。

 けれど、考えても今の私にはなにも分からなかった。


「早く出て行け」


 重ねるように吐かれた言葉に、気がつけば身を翻して祭壇から飛び出していた。

 真白の神子としての服のまま教会さえも飛び出した。

 皇子に言われた通りに()()を捨てて─。


 駆け出した足が止まった場所。そこは森の中だった。



 歩けど歩けど、晴れることのない森の中を彷徨っていた。

 どのくらい歩いたのか分からなくなる頃。目の前に光がひらけた。


 眩しく煌めくのが海だと分かるのに時間がかかる。

 ふらりと、体が引き寄せられる様にその水辺に歩いていく。

 覗き込んだ水面は、太陽の光を受けて更に煌めいている様だった。


 

 きれい・・・


 そう思って、伸ばそうとした手を誰かが掴んだ。



「あんた。大丈夫かい?あんまり海に手を伸ばすと危ないよ」

 私の手を掴んだその女性(ひと)は、私の顔を覗き込んでひどく心配している様だった。


「すみません・・・。ありがとうございます。

・・・あの?つかぬ事をお伺いしますが、此処は何という場所でしょうか?」


「変な事を聞く子だね。ルシフェルの貿易の要の港町。アルウェイだよ」



 貿易のための、港町・・・。


「ルシフェルから追放する」

 そんな第一皇子の言葉が耳を掠めた。


 ・・・此処からなら、どこか違う国に行けるのかもしれない。



 見上げた先には先程の女性がまだこちらを心配そうに見つめていた。


「あの。隣の国に行きたいんですが・・・。」


「そうなのかい?でも、今日はもう船はないよ?」


「・・・あっ。あの、お金、持ってないです」


 着の身着のままで出て来てしまった自分には、船に乗る様なお金がないことにそこで初めて気がついた。

 どうすればいいのか・・・分からない。

 途方に暮れる私には女性は首を捻った後に掴んでいた私の手を引いた。


 見上げた先の女性はニヤリと笑って「ついておいで」

 そう言ったのだ。



 女性に連れて行かれた先にあったのは見上げても見上げ切らないほどの大きな貨物船だった。


「うちの主人の船でね。もうすぐ出向するんだが・・・。そうさねぇ。貨物の空きならあるんだが・・・?」


 女性の言わんとすることが分かってしまった。


「・・・あの、いいのですか?」


 今の私はきっとこの人にとって不審な子供なはずなのだ。なのに、自分の船に乗せようとしてくれている。


「いいも悪いも、あたしは荷物を乗せるだけだよ」


 得意げにそう笑った女性に。気がつけば、安堵のため息が漏れていた。


「ありがとうございます!」


 頭を上げる私に笑った女性は声を張り上げて


「さぁ、もうすぐ出向だ。早く乗った乗ったー!」


 と、言ったのだった。




 ゆらり、ゆらりと揺れる船。

 振り返れば、遠くに白き教会が聳え立っているのが見えた。


 12年という歳月。ずっと過ごして来た場所。


 あんな風に飛び出してしまったけれど、せめてあの建物たちにお礼を言うべきだったのでは・・・?

 そんな想いが頭を掠める。


 次第に小さくなっていくその教会の姿に、気がつけば頭を下げていた。


 ありがとう。私の生活を守ってくれて。


 そんな想いを込めて、見えなくなるほんの少し。頭を下げ続けた。


 頭を上げた時には水平が続く水面が映し出されていた。

 どこを見ても青く広がる海。


「こんなところにいたのかい?

少し休んでおいで。ミシュランドまではまだ後3時間ほどあるからね!」


 そう言いながら手渡された小さめに握られたおにぎり。

 目を瞬くと、女性は厨房からこっそり私のために持って来てくれたのだと言った。


「さぁ、それを食べて休んでな。そしたら、ミシュランドなんてあっという間さ!」


「はい。」


 言われた通りに、口に含んだおにぎりは口の中でほろほろと解けて落ちた。

 絶妙な塩加減で握られていて、柔いお米を使っているのか、おにぎりは、口の中で数度噛むだけで喉を通り過ぎていく。

 

 暖かいご飯のなんと美味しいことなんだろう・・・。



 全てのおにぎりがお腹に収まり甲板の壁に体を預けていると突如、女性が私の体を抱き上げた。

 さっきまで、なにも見えなかった水平の先には幾分か大きく見える青と白のコントラストが美しい街並みが見えていた。


「あれが、ミシュランド最大の港町。クウェンデだよ」





 降り立った街は石畳で、歩けば靴がコツコツと音を鳴らす。

 教会では足音が鳴らないようにしてあり、コツコツという音が響くのは不思議な感覚だった。



 船を振り返り女性にお礼を言おうとして思わず口を閉じた。女性がなんとも言えない顔で私を見ていたからだ。


「あんた。この国に来てどうするんだい?

本当に行くあてはあるのかい?」


 そう質問する女性になるべく安心できるであろう顔で微笑んで(わらって)でみせる。


「大丈夫です!

ここに親戚が住んでるんですよ。ここまで乗せて来てくれてありがとうございました!」


 勢いよく頭を下げて、また同じように微笑ってみせる。

 心配してくれているこの優しい女性(ひと)はもし帰る場所がないのだと。教会で追放を言い渡されたのだと言えば、私のことを匿ってくれるだろう。

 けれど、それではダメなのだ。もし、万が一、私の追放が国家命令となった場合、彼女は反逆罪に囚われるかもしれない。そうなってしまえば、私は自分を許せないだろう。

 だからこそ、この人とはここで別れなくてはならない。この人ではなくとも、ルシフェルの国の人とは今はまだ関わることはきっと出来ない。


 こちらを訝しむ様な顔で見つめる女性に手を振って踵を返す。

 長くいるのはきっと得策ではない。それこそ、女性に怪しまれてしまう。もしかしたら?なんて思われてはいけない。



 駆け抜ける街は、空がオレンジ色から暗んでくるに連れて気温を下げ進めていく。ふわりふわりと舞う白が粉雪なのであると気がついたのは自身の肌に触れてからだった。


 ・・・冷たく寒い夜の帷が降りようとしていた。


 教会の服は薄く、潮風を簡単に肌に通し防寒の為の熱など無いに等しかった。

 震える肌を抱きしめて、薄暗く空に星が見え始めた街を1人歩く。

 口から吐き出される息は白く。既に手足の感覚は悴んでいた。


 気がつけば高台に来ていた私は備え付けのベンチを見つけてそっと腰を下ろした。

 白い壁たちは月の光を浴びて輝き、夜の街でも暗さを感じない。そこに家々の光が灯れば、下は明けの空が広がっているようだった。



 体が、小刻みに震えているのが分かる。

 座り込んでしまったが故に、冷え切ったこの体ではこのまま立ち上がることが出来ないかもしれない。

 そう思っても、涙は流れてこなかった。

 霞む意識に。命の刻限が近づいているのかもしれないと言う時に、自分の命になんて薄情なのだろう。自分でため息をつきたくなる。


 ・・・もう、いいのかな?


 そんな思いが脳内を埋め尽くしていく。

 そっと、目を瞑ろうとした時。肩にそっと温かなコートがかけられたのだ。




「ねぇ、貴女。ずっとここに居るけれど、もし行くところがないのならよかったら、私のところに来ないかしら?」

 冷え切った体に、暖かいスープは如何?


 片目を瞑って茶目っ気たっぷりにそう言った女性は、そっと私の手を引いたのであった。



 招き入れられた家の中は暖かく、ホッとするような雰囲気の場所だった。

 差し出された黄金色のスープは暖かく、体に染み渡っていくようで。暖炉に配られた薪を獲に燃え上がる炎が体温を戻していくように体を暖めた。



「あの、ありがとうござ」


「ねぇ、貴女。もしかしていく場所ないの?

よかったら、うちの子にならないかしら?」


 ございます。と続くはずの言葉に重ねられた言葉を理解できずにフリーズしてしまっているのが自分でも分かる。


「ずっと、あそこに居たでしょう?

貴女、この街では見かけないわよね。この街の子ではないでしょ?でもあんなところにいたってことは行く場所ないんじゃないかしら?」


 図星だ。私にはもう帰る国も無ければ、ここから先に行くあてはない。


「うちは、子供に恵まれなくてね。貴女さえよかったら、うちの子にならないかしら?私たちは貴女みたいな可愛い子が娘に来てくれるならとても嬉しいわ」

 ねぇ、あなた!


 そう言った女性の振り返った先にいたのは苦笑いの男性だった。


「妻がすまないね」


 近寄って来た男性は私の前に目線を合わせるように跪いてそう言った。


「でも、高台にいる君のことがずっと気になっていたんだ。もし、本当に妻の言う通りだと言うのなら、行く当てが見つかるまででもいい。ここに居なさい。」


 そう言いながら差し出された手は私よりも幾分か大きな手で。どうするべきかと悩む私には柔らかな手がもう一つ差し出された。


「さっきも、行ったけれど来てくれると嬉しいわ」


 そうやって微笑んでくれる優しい人に釣られて気がつけばその二つの手を握っていた。


 握られた手に女性は盛大に喜びをあらわに、そのまま、男性ごと私のことを抱きしめた。




 ─コホン。改めてそうわざとらしく咳をしたその人はこちらを見て優しく微笑んだ。


「改めて。ミレイア・コレットよ

そして、こっちは夫のテオ・コレット」

あなたの名前は?


 自身と、夫を交互に指を刺して自己紹介をしてくれるミレイアさん。


 彼女は最後に私の名前を問うた。



 「わたしは・・・、ラゼ・・・・・・。ラゼル、です。家名は、ありません」



 名乗ろうと思ったはずの名前は行止まり、名乗った名前は、自分の名前ではなかった。

 けれど、これでいいのかもしれないと思い直す。

 きっと、ラゼンシアはあの白の大地へ置いてきたのだ。神子という身分とともに。



 わたしは、ラゼルとしてここに居よう。

 孤児の子供、ラゼルとして。





こんにちは。ここまで読んでくださりありがとうございます。

シリーズ投稿ですので、のんびり投稿していけたらと思っております。

是非、娯楽の一部にしてくださいね。

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