0097話 シトラスの進化
過去話でも誤字報告、ありがとうございます!
なかなか良い目覚めだ。体中に魔力がみなぎっているし、体調は万全といっていい。我ながらこの回復力には驚かされる。久しぶりに魔力を枯渇させ、器が広がったのかもしれん。なんせ、吐血するまで絞り出したみたいだしな……
視線を左右に向ければ、両腕にすがりつくミントとシナモン。そして今日から、俺の上にもう一人。
「起きてたのか」
「ちょうど今、目が覚めたとこよ」
「体調はどうだ?」
「これまで生きてきた中で、一番にいいかもしれないわね。今ならどこまででも飛んでいけそう」
人に捕獲された有翼種は、すぐ弱って死んでしまう。森の魔素がないと生きられないなんて説があり、使役契約する時に本当に大丈夫なのか確認している。しかしこの様子を見ると、本人が言う通り間違いのようだ。きっと無理やり連れてきたことによる、ストレスなんかが原因だったのだろう。
「それに美味しいものを食べさせてもらったし、虫や鳥に怯えなくて済んだんだもの。もっと早くタクトと出会いたかったって、後悔してるくらい」
木のウロや岩の隙間で休んでいると、色々なものに襲われるって話だった。それに比べたら固い男の胸でも、極上のベッドに感じられたのかもしれない。
「昨日は作りおきですませたが、今日からは出来立ての料理を食わせてやるぞ」
「みんなの話を聞いて、すごく楽しみにしてたの。期待してるわね」
「衣食住だけは、絶対に手を抜きたくないからな」
「他の子たちがタクトにベッタリなの、とてもよくわかる。あなたの何倍も生きてる私ですら、もう離れたくなくなったもの」
「ジャスミンがどれだけ嫌がっても、決して手放したりせん。俺の従人になったからには、しっかり尽くしてもらう」
「年上の私に対してもグイグイ来る、タクトのそういう所とても素敵よ」
布団から這い出してきたジャスミンが、俺の首筋に口づけをする。そして胸の上にちょこんと座った。シトラスやユーカリのしっぽに埋まって遊ぶことはあっても、基本的にジャスミンの居場所は俺の肩や胸元だ。そんなに居心地がいいのだろうか?
「今日の結果次第で、森の案内をしてもらうことになる。その時はよろしく頼む」
「任せて頂戴。森スライムの分化って、前兆みたいなものがあるの。必ず見つけてあげるわ」
今まではミントの聴覚と運頼みだったが、これからはジャスミンが協力してくれる。大量のスライムを独占できれば、レベル上げの効率が一気に増す。まずは集落の住人に教えてもらった、人の来ない岩場を目指そう。そこでシトラスたちの進化に挑戦だ。
◇◆◇
湿地の真ん中に大きな岩があり、細いあぜ道が続いている。周りに乾いた土地はなく、街道からも遠い。
なるほど、ここなら人や動物は来ないし、多少大きな声を出しても安心だ。話によると、岩の一部が裂けてるらしいのだが……
「ここから奥へ入っていけるね」
「中から物音はしないです」
「よし、入ってみよう」
人が一人通れるくらいの裂け目を進むと、小さな空間へ出た。大きな一つの岩かと思っていたが、そうではなかったようだ。
「なんだか隠れ家みたいで、ちょっといい雰囲気です」
「……狭くて落ち着く」
「あまり光も入ってこないし、深い森にいるみたいだわ」
「街道に近かったら、絶好の野営場所になってたな」
数個の岩に囲まれてるだけなので、天井はなく雨もしのげない。野盗が住み着くには立地が悪く、地盤の状態も今ひとつ。しかし俺たちにとって、邪魔の入らない最高の場所だ。やはり地元民の情報は侮れんな。
「とにかく、準備を始めよう」
野営用の防水シートを広げ、必要なものを並べていく。万が一のときのために、水や食料も出しておこう。ホットプレートと携帯コンロにも、魔力チャージしておくか。俺が倒れてもユーカリが食事を作ってくれる。
「ビットシフトをかける順番は、昨夜の取り決めどおりでいいな?」
俺の質問にシトラス・ミント・ユーカリ・シナモンが、それぞれ首を縦に振った。
「昨日みたいに、倒れるまでやったらダメだからね」
「わかってる。無理はしないと約束しよう」
「それから……」
俺の前に座ったシトラスが、いったん言葉を切って見つめてきた。やはりなんど見ても、この青い瞳はきれいだ。
「キミは新しい力を使うことに慎重だけど、どんな結果になったって気にすること無いよ。ボクたちは返しきれないほどのものを、キミからもらってる。だから例え取り返しの付かないことになっても、決してキミを恨んだりしない。ここにいるみんな、同じ気持ちさ」
シトラスの言葉に、順番待ちしてる三人がうなずく。
「素直なシトラスっていうのも、新鮮でいいな」
「うるさいな、茶化さないでったら。ボクがまっさきに実験台になってあげるんだから、代表で言ってるだけだよ」
「わかってる。ありがとう、シトラス」
「もー……子供じゃないんだから、頭を撫でるのやめてくれないかな」
使い手の俺が及び腰すぎると、シトラスたちを不安にさせてしまう。俺自身が己の持つ力を信じなくてどうする。
「心配しなくても、必ず成功するわよ」
「きっぱり言い切ったな、ジャスミン」
「だって私は生きた実例なんだもの。こうして自由に空を飛べるようにしてくれたその力が、あなたの従人を不幸にするはず無いじゃない」
確かにジャスミンの言うとおりだ。俺に与えられた論理演算師のギフトは、従人たちに福音をもたらすもの。すでに第一歩を俺は踏み出した。ならあとは前に進んでいくだけ。
少しだけ見つめ合ったあと、俺はシトラスの手を取る。
「始めるぞ」
「……うん」
シトラスの持つ数値に、軽くシフトをかけてみた。ギフトが八ビットに対応した影響か、それとも文字化けが発生してないからか、ジャスミンの時みたいに激しい抵抗はない。
「どうだ?」
「あぅ……なんか、ゾワってする」
「今から動かしていく」
つぎ込む魔力を徐々に増やしていくと、ビットが左へと動き始める。一番右に補充されていくのは、間違いなく数字の一だ。
「……ふっく、おなか熱くて……なんかドクドク、する。ボク……こんな感覚、しらな……い。ねぇ……ぎゅってして。それから……あふっ……いっきに、やってよ」
「わかった、いくぞ」
頬を上気させながら身悶えするシトラスを抱きしめ、魔力をどんどん高めていく。
「んっ!? あ、あ、あっ……ボク、変わっちゃ……こわい、こわいよ」
「大丈夫だ、俺がついてる。そのまま身を委ねろ」
「わかっ……あっぁっぁっ……。ふっ――――――んんん――――――――――ッ!!」
「よく頑張ったな、シトラス。これでお前の品質は二百五十五だ」
腕の中でぐったりするシトラスに声をかけ、ケモミミやしっぽをそっとモフる。息は荒いが意識はしっかりあるようだ。情熱的な眼差しで、俺を見つめてきた。
その表情、魅力的すぎるぞ。思わずキスしたくなるじゃないか。女性としての色気、さらにモフ値もアップしている。
――なにせ今まで鈍色だった毛が、輝く白銀へと変わっているのだから。
残りの進化は省略し、次の舞台はワカイネトコへ。
人々から注目を浴びる主人公たち、そしてオレガノと再会。
「0098話 ワカイネトコへ到着」をお楽しみに!