0096話 太古の力
使役契約を終わらせたジャスミンは、俺の肩に座りながら足をプラプラ動かしている。ごきげんなのは大変結構なのだが、時々耳に息を吹きかけるのはやめろ。くすぐったくてかなわん。
「まさかその場で使役契約しちゃうなんて、ちょっと驚いちゃった」
「俺もこんなに早くこの魔道具を使うなんて、思ってもみなかったよ」
これを持たせてくれたローゼルさんに感謝しなければ。もしどこかの店で使役契約なんてしようものなら、大騒ぎになってしまう。なにせ有翼種は幻の野人だ。今の時代に市場へ出たとすれば、どれくらいの値になるか想像もできない。軽く九桁いくんじゃないか?
街へついたら、真っ先にチョーカーを調達せねば。ジャスミンを他人の手になど、絶対に渡さん!
「そうそう、改めて自己紹介するわね。私はジャスミン。年齢はつい最近百二十八歳になったとこ」
「えっ!? そんなに長生きできるの?」
「凄いお姉さんなのです!」
「長女の座はジャスミンさんに、お渡しします」
「……途中で自分の歳、忘れそう」
ちょっと嬉しそうだな、ユーカリ。だがあんまり年齢のことを、気にしなくてもいいぞ。それに頼れるお姉ちゃんポジションは、ジャスミンが来ても揺るがないと思う。今日も俺が倒れている間、みんなをまとめていたそうじゃないか。
それにしても百二十八歳でこの容姿とは、長寿種というのは恐ろしい。そしてこの数字を二進数で表すと〝1000 0000〟になる。まさかそれがトリガーになって、文字化けが起きたわけじゃないよな?
「特技はそうね……遠くまでよく見えることかな。あと森では絶対に迷わない。頼りにしてくれていいわよ」
「うっ!? このままではわたくしの存在意義が……」
待て待てユーカリ。お前の価値は方向感覚だけじゃないだろ。この程度のことで落ち込むんじゃない。
「森で迷わないというのは、どの方角に出口があるかわかるような力か?」
「んー、なんて言ったらいいのかな。森の中に何があるのか、感覚でわかっちゃうの。あっちに池があるとか、そっちの方にいくと果物が生えてるよ、みたいな」
「つまり森の構造把握に近い力だな。それなら街の方角とかはわからないだろう。そのへんは頼りにしてるからな、ユーカリ」
「はいっ! これからも誠心誠意、旦那様にお尽くしします」
嬉しそうな顔ですり寄ってきやがって、本当にかわいい奴め。ほれほれ、キツネ耳をモフってやる。
「森に引きこもってる私たちって、主従関係はよくわからないけど。これって普通じゃないわよね?」
「ボクたち従人のことを大切にしてくれる上人は少数派だし、こうやってベタベタ触ってくるのはこいつくらいだよ」
「おかげでミントたちは、すごく幸せなのです」
「……あるじ様の抱っこやなでなで、好き」
「ジャスミンもモフって欲しくなったら遠慮するな。俺はいつでも受け入れてやる。というか、好きなときにモフらせろ」
俺が腕を差し出すと、肩から降りてペタペタ歩いてきた。手乗りサイズとまではいかないものの、妖精スケールの人間が目の前で動いているというのは、なかなか神秘的だ。しかもデフォルメキャラではなく、大人をそのまま縮小したような体つき。
ユーカリが作ってくれた簡素なワンピースを着ていても、スタイルの良さは十分見て取れる。自力で飛べるようになったのだし、これからは人の多い場所で過ごす。街へ着くまでに、下着をなんとかせねばいかんな。動き回る物体を深夜アニメ光線で追随するのは、さすがに俺でも難しい。
それはともかく、せっかく撫でやすい位置に来てくれたんだ。このまま放置しているようでは失礼に当たる。
「不思議よね……タクトの手って全然怖くないわ」
軽くウェーブのかかった若紫色の髪に触れると、ジャスミンは少しだけ身をすくませた。しかし指をそっと動かすと、固くなった体が弛緩していく。
着るものもそうだが、日用品をどう揃えよう。チョーカーは特注するとして、食器やカトラリーをどうするか。ワカイネトコへ着いたら、オレガノさんに相談してみないと……
しかしこの羽、本当にさわり心地がいい。サイズ的に枕をお願いできないのが、残念でならん。
「あまり触られると、また体が熱くなっちゃうから、程々にね」
「おっとすまん、つい夢中になってしまった」
「別に謝らなくてもいいわよ。この体はタクトのものなんだから」
プロポーズの件はさておき、従人になったからにはジャスミンの全ては俺のもの。これからも好き放題させてもらおうじゃないか!
「うわっ、邪悪な顔つきになってる」
「違うですよ、シトラスさん。今のタクト様は、優しい笑みを浮かべてられるのです」
「わたくしはまだまだ未熟です、シトラスさんと同じに見えてしまいました」
「……あるじ様、お腹すいた」
外を見ると、かなり暗くなってきている。今日はこの家に泊まるしか無いな。集落の住人たちに、お礼を兼ねた差し入れをして、俺たちも飯にしよう。
◇◆◇
頭痛もすっかり引いたし、吐き気も一切ない。晩飯だって美味しく食べることができた。魔力はかなり回復してると思うんだがなぁ……
「なに暗い顔してるのさ」
「新たなモフモフたちが俺を待っていたのに、その期待に応えられなかったからだ!」
「誰も期待なんかしてないって。逆に触られなくてホッとしてるんじゃないかな」
「そんなことあるか! みんなシトラスやユーカリのように、モフ値を高めたいに決まってるッ!!」
犬種が多いこの集落で、清浄とブラッシングを禁止されるとは、なんたる拷問。その報酬を受け取るために、俺は頑張ったというのに。
「今日はご無理をされないほうが、いいと思うのです」
「そうですよ、旦那様。本当ならわたくしたちの清浄も、お休みしていただきたいところなんです」
「それは絶対にダメだ。今日は全員が森に入っている。しっかりきれいにしておかないと、この集落にダニを繁殖させてしまうかもしれん」
泊まる家まで提供してもらってるのに、そんな迷惑はかけられないからな。それに製水や加熱も禁止されたから、水や燃料でも世話になっている。
「……無理して倒れたら、またシトラスが泣く」
「だから、あれは泣いたんじゃないってば!」
「愛されてるわね、タクト」
「当然だ。なにせ俺たち全員は、将来を誓いあった仲だからな」
なに嫌そうなふりをしてるんだ、シトラス。ブラッシング中のしっぽを開放してやろうか? どんな動きをするのか見ものだぞ。
「それよりさ、ジャスミンに発現した力って、飛べるようになっただけ?」
「これだけでも凄いことなんだけど、他にはわからないのよ。なにせ私たちって、力の使い方を知らないじゃない。だから感覚的にわかるのは、ずっと使ってきた飛ぶって能力だけね」
「その辺りはワカイネトコの大図書館で調べてみるが、発現した力を知る方法は俺たちのやり方が参考になるかもしれん」
もし太古の力がギフトと同じなら、やり方は一緒のはず。俺はジャスミンに、自分の中にある小部屋のドアを開ける、そんなイメージを伝えてみる。
上人の場合、成人すると勝手に開くらしい。俺は転生者だから、生まれて間もなく見つけてしまったけどな。だからそのやり方で、ジャスミンも自分の力を確認できると思う。
「ビンでもカバンでもかまわない。とにかく自分の中に、なにか別の領域が感じられるはずだ」
「やってみるわね」
「最初は目を閉じたほうが、わかりやすいかもしれないぞ」
言われたとおりに目を閉じたジャスミンが、腕を組みながら「う~ん」と唸る。自分の体をイメージしながら探してるんだろうか、顔がゆっくりを上下左右に動く。やがてそれがピタリと止まった。
「見つけたわ、これかしら」
固唾を飲んで見守っていたシトラスたちに緊張が走る。なにせ最強へと至る、大きな一歩になるんだからな。
「開いたか?」
「ええ、頭の中に浮かんでくるわ」
「なにが出てきたの、教えてよ」
「ちょっとまってね、シトラスちゃん。えっと……[召喚術]・[錬金術]・[飛翔術]ね」
ギフトは一人につき一つだけだが、太古の力は複数発現するのか。しかも上人には無いものばかりだ。これは凄いぞ!
「ジャスミンさんも魔法が使えるようになったです?」
「これって、魔法なのかしら。私たちは魔力を持たない種族だし、もっと別のものな気がするわね」
「恐らくジャスミンの考えで正解だろう。その辺りは資料も調べながら、ゆっくり使い方をマスターしていけばいい。ギフトと同じく、レベルアップで成長していくだろうしな」
召喚なんて下手に使うと、周りに被害を出しかねない。それに錬金術も、物体を作り上げる錬成に近いものなのか、ポーションや貴金属を作ることのできる力なのか、しっかり見極めなければ。
当面はむやみに使わない方が良いだろう。
「キミの負担になると思うんだけど、ボクのビットも書き換えて欲しい。もっと強くなりたいんだ」
「ミントもジャスミンさんみたいになりたいのです」
「わたくしも旦那様をお守りする力がほしいです」
「……私も、もっと役に立ちたい」
「わかった、わかった。だが今すぐは無理だ。とにかく、どこか落ち着ける場所じゃないと難しい。今日みたいに意識がなくなったりすると、危険だからな」
いずれ全員を成長させようと思っていたから、ビットを書き換えることに異論はない。ジャスミンと使役契約が成立したことで、野良になる可能性もなくなった。だから全員、まずは落ち着け。
そうみんなに言い聞かせ、その日は眠ることにした。
ミントが主人公の表情を判別できる説、なんか雲行きが怪しくw
次回は次の日の朝。
「0097話 シトラスの進化」をお送りします。
彼女の身に何がおきるのか、お楽しみに!