0094話 脱出
限界を超えるギフト行使をしたタクトは、吐血しながら意識を失う。そばで見ていたシトラスとミントは、慌ててその体を支える。
「ちょっと!? ねぇ、しっかりしてよ」
「血がいっぱい出たです。タクト様死んじゃうですか!?」
「そんな! ボクを残して死なないで。目を開けてってば」
ミントは青い顔でオロオロとし、シトラスは涙を浮かべながらタクトの頬を叩く。
「……大丈夫。これくらいの出血なら、死なない」
「落ち着いてください、二人とも。わたくしたちの契約はまだ切れていません、それは旦那様がご無事だという証拠。早く森を出て休む場所を探しましょう」
血なまぐさい現場をなんども見てきたシナモンは淡々と、そしてユーカリは必死に不安を押し殺しながら、自分のなすべきことをこなそうとしていた。
「ミント、索敵頑張るです」
「わたくしがこの方を運びます。入ってきたのはあちらの方向ですから、最短距離で抜けましょう」
ユーカリはタクトの手から、有翼種の女性をそっと引き離す。暗く濁っていた紫紺色の髪は、明るい若紫色に変化し、真っ黒だった羽は白い輝きを放つ。しかも羽のサイズが一回り大きくなっている。
その劇的な変化を気にしつつ、ユーカリは新しいハンカチで女性をそっと包む。体中から棘が生えていたため、服は穴だらけで原型をとどめていない。
「ボク、こいつを背負っていく。絶対はなさないからね」
「……前衛やる、早く行こう」
いつのまにか周りに漂っていた嫌な空気は消え、所々に木漏れ日が差し込みだしていた。暗く陰湿な森になっていたのは、有翼種の発していた瘴気が原因だったのだ。
シナモンを先頭にして、急ぎ足で森の出口へ向かって進んでいく。ここまでの行程で出くわす魔物や魔獣を片っ端から倒していたため、数回の戦闘で湿地まで戻って来ることができた。
「案内してくださった男性は、あちらの方に歩いていかれました。わたくしたちも同じ方向に進んでみましょう」
「すぐ寝かせてあげるから、もう少しだけ我慢してね」
時々小さなうめき声を上げるタクトに、シトラスは優しく声をかけたあと、そっと背負い直す。吐息とぬくもりを直に感じているおかげで、彼女の心も少しづつ落ち着きを取り戻しはじめる。なるべく揺らさないように気を使いながら、シトラスはユーカリのあとを早足についていく。
あぜ道をしばらく歩いていると、小さな集落が見えてきた。土でできた簡素な床や、雨がしのげるだけの粗末な屋根。壁板すらない吹き抜けの建物が多い、郊外でよく見られる野人たちの家だ。
全員で集落に近づいていくと、タクトたちに依頼をした男性が駆け寄ってくる。
「まさか、森でお怪我を!?」
「怪我をしたのではありません。ですが旦那様はかなりご無理をされてしまいました。どこか休める場所をお貸しいただけないでしょうか」
「でしたら、私の家をお使いください」
「きれいなお水も使わせてほしいのです」
「水汲み場はあちらです。集落の者に案内させましょう」
ユーカリとシトラスは男性の家へ向かい、ミントとシナモンは水を汲みに行く。案内された家は集落の中で、一番マトモなつくりだ。しっかりした壁があり、床面積も広い。
中に入ったシトラスは、なめした藁で作った敷物に、タクトをそっと横たえる。そのまま頭の方へ回り込み、膝枕をしながら髪をゆっくり撫で始めた。
「早く目を覚ましてよ、キミが黙ったままだと寂しいじゃんか」
「いったい何があったのですか?」
「森の中で異変の原因を見つけたのですが、それを解決するには旦那様のお力が必要だったのです。その時に魔力を使いすぎた旦那様が、血を吐いて倒れてしまわれました」
「人には安全第一なんて言っときながら、自分が無茶しすぎなんだよ。そばにいるボクたちのことを、もっと考えてくれなきゃ困るんだけど……」
一息ついたシトラスは、やっと本来の調子を取り戻す。不平不満を口にしているが、タクトを撫でる手はどこまでも優しい。
「シトラスさんは旦那様のことを、とても大切に想ってらっしゃいますね」
「大事なんかじゃないよ、中途半端に倒れられると困るだけさ。せっかくレベルも上がってるんだし、最後までちゃんと面倒を見てもらわないと、契約した意味がないじゃん」
「私たちのためにここまで力を尽くしてくれたり、使役している従人からとても大切にされていたり、我々の知っている上人とは全く違います」
「こいつはモフモフ狂いの変態だからね。きっと世界のどこを探したって、いないと思うよ」
「とにかく森の異変は収まったはずです。申し訳ありませんが、旦那様が回復するまで、この集落にとどまらせていただいても、よろしいでしょうか」
「本当ですか! ありがとうございます。これで住む場所を捨てずにすみます。こんな粗末な場所でよろしければ、どうぞご自由にお使いください」
住民たちへ報告に行くと男性は出ていき、入れ替わりにミントとシナモンが戻ってきた。穏やかな顔で眠るタクトの姿を確認し、濡らしたハンカチで体に付いた血を丁寧に拭っていく。そして集落の住人から分けてもらった、傷に効く薬草を手のひらに貼り付ける。
「あの人はどこで寝てるのです?」
「森の異変を引き起こした人物ですから、集落の皆さんに見られるのは良くないと思いまして、ここに隠してました」
ユーカリは自分の胸元から、ハンカチにつつまれた有翼種を取り出す。若干苦しそうな顔になっているのは、圧迫されたせいであろう。
ミントは汗や汚れを拭き取ろうと、ハンカチをそっとめくる。
「ふわっ!? 小さくても大人の女性なのです!」
「……おっぱい大きい」
「ボクの手首と体の太さが同じくらいなのに、こんなの反則じゃんか……」
「飛ぶ時に邪魔ではないのでしょうか」
シトラスは女性をジト目で眺め、ユーカリは指でおっぱいをつつこうとするシナモンを、後ろから羽交い締めに。レベル差があるので、シナモンは逆らえない。
「白い羽がとてもきれいなのです」
「あのさ、最初に見た時より、羽が大きくなってない?」
「間違いなく大きくなってますし、髪の色も変化しました。恐らく、旦那様のギフトが影響したのかと」
「……おっぱいも、成長した?」
「ボクもこいつにシフトっていう力を使ってもらったら、大きくなったりするのかな……」
シトラスは下を向きながら、ポツリと呟く。その視線の先には、膝枕をされながら穏やかな顔で眠る、タクトの顔があるのだった。
次回はいつもの視点に。
目を覚ます主人公、少し遅れて有翼種の女性も。
「0095話 責任は俺にある」をお楽しみに!