0090話 出国手続き
長くお世話になった別荘をあとにし、街を取り囲む壁の外へ出た。遠くの方にいつも入っていた森があり、そこへ向かう冒険者や従人の姿も見える。しかし俺たちはこのまま北上だ。
「……わくわく」
よほど楽しみなのか、擬態語が口から漏れてるぞ。今朝はいつもより早起きだったしな。遠足当日の子供みたいに、熱を出さなくてよかった。
「おーいシナモン。出国の手続きをするから、あまり遠くに行くなよ」
「……わかった」
こちらへ戻ってきたシナモンが、俺の腕にまとわりつく。あー、よしよし。頭を撫でてほしいのか。表情に変化はないものの、目を閉じて「うにゃー」とか言うのは可愛すぎるだろ。なんか徐々に猫化してないか?
そのうち語尾に「にゃ」とか付きだしたりして……
「シナモンって、どんどん可愛くなってるよね」
「これもレベルアップの影響なのです?」
「むしろ旦那様のなでなでが、レベルアップしてる気がします」
こいつの甘えたがりは、ミント以上だ。それに役に立ちたい、褒められたいという欲求が、やたら強い。今のも言うことを聞いたから褒めてという、気持ちの現われだろう。
まあなでなでくらい無条件でやってやるぞ。なにせそこにケモミミがあるからな!
「バカなこと言ってないでみんな並べ、次は俺たちの番だ」
全員のチョーカーを外し、首の従印に刻まれた登録情報を魔道具でスキャンする。面倒だが、税金の未納等をチェックするためだ。ちゃんとやっておかないと、マッセリカウモへ再入国できなくなってしまう。ただ、年度の途中で出国しても、税金が戻ってきたりしないんだよな……
「ご協力ありがとうございました。これが本年度の納税証明書になります」
さて、これで心置きなく出国できる。受け取った書類をマジックバッグに入れていると、詰め所の方から中年男性が出てきた。あの人はこの街へ来たとき、熱心に俺を警備隊へ誘ってきた兵士だな。
「なんだ、別の国へ行くのか?」
「観光を兼ねてヨロズヤーオ国へ行こうと思ってる」
「あー、あの国は景色のきれいな場所が多いし、メシも旨い。特に秋は収穫の季節だから、色々なものが安く買えるぞ」
「こいつらと一緒に紅葉を見たいし、旬のものも食わせてやりたい。俺も初めて行く国だから、楽しんでくるよ」
小麦の一大生産地でもあるから、麺類の種類が豊富だ。うどんに似た麺や、ラーメンみたいなものも探してみよう。猫舌のシナモンは苦手かもしれないが……
「確か衣食住と心技体とかいったか。従人にそんな贅沢させてどうすんだって気もするが、運動会を見学に行った連中がやたら勧めてくるんだよ。とうとう俺たちも従人育成に試験導入しようって、話が出てきてるんだぜ」
「それは大英断じゃないか。すぐには無理かもしれないが、必ず結果を残せると思う」
「なんせお前の従人は、俺たちが手を焼いていたタンジーに勝ってるんだ。そりゃ真似してみようって話も出るわな」
「しっかりレベル上げして、強い従人を育成してくれ。そうすれば街の治安維持にも、つながるしな」
「お前が入隊して指導してくれりゃ、一番手っ取り早いんだが……」
「すまんが俺はタラバ商会とロブスター商会から、業務委託を受けてる身だ。これ以上なにかに手を付けることなど、とてもじゃないが出来ん」
「すごいな、お前。ちくしょう、もっと早めに粉をかけとくんだった」
まてまて。俺は男に口説かれる趣味はない。そもそも最初に来たとき、入隊の話は断ってるだろ。あの時点で俺はなにも肩書を持ってなかったんだぞ。
「今は自分の従人たちと旅をしながら、気ままな生活をしたいんだ。俺のことは諦めてくれ」
「まあそこまで言われたら仕方ない。気が変わったらいつでも来いよ、歓迎してやるからな!」
名残惜しそうに手を振る男性と別れ、五人で街道を進んでいく。冒険者ギルドと警備隊は、従人たちが最も危険な目に遭いやすい場所だ。そこが揃って待遇改善に取り組もうとしてくれてるのは、正直いってとてもありがたい。
まさかこんなに早く浸透していくとは、思ってなかった。やはりローゼルさんの影響力が、それだけあるってことか。
「……あるじ様って、男の人に人気ある?」
「そうか? 冒険者ギルドの受付嬢や店の売り子とは、そこそこ親しく話をしていると思うが」
「……でも、誘われたことない」
あー、確かに言われてみればそうだ。なにかに勧誘されるのは、いつも男からだもんな。
四つ星冒険者くらいになると、威光に群がってくる女もいる。だが俺はその手の輩に、色目を使われたことはない。やはり上人の女にまったく興味がないオーラでも出てるんだろうか?
「きっと目付きが悪いから、怖がって近寄ってこないんだよ」
「うるさいぞ、シトラス」
くそっ、痛いところを突きやがって!
「昔の旦那様は、どうだったのですか?」
「お屋敷にいた使用人の皆さんは、普通に接してたですよ。でも妹のニーム様は、タクト様を見るとすぐ隠れてらっしゃいましたです」
「やっぱり怖がられてたんじゃん」
ニームに対して、なにかした覚えはないんだがなぁ……
俺が気づいてないだけで、あいつの嫌がることでもしてたんだろうか。俺とニームは誕生日が二ヶ月しか違わないから、もうとっくに成人を迎えている。今ごろどうしているのやら。かなり聡い子だったし、きっといいギフトがもらえただろう。
まあ、すでにニームとの接点は無くなったんだ、ここであれこれ考えても仕方がない。
「ぶっちゃけ俺は自分の従人にさえ嫌われなければ、あとはどうだっていいんだよ」
「耳やしっぽに欲情する変態趣味が完治すれば、嫌われることはないんじゃないかな」
「ミントは今のタクト様でいいと思うのです」
「例え旦那様がどのような性癖に目覚めたとしても、わたくしはどこまでも付いていきます」
「……あるじ様、好き」
性癖とかいうな、ユーカリ。これは愛なんだ。愛は勝利を呼び込んだり、惑星を救ったりするんだぞ。さらに大きく、そして深くなることはあっても、色あせたり消えるなんて状態には、決してなったりせん。つまり新たな愛を獲得したと、言うべきなのである!
なんて心の中で唱えたりもするが、幸いみんなのおかげでケモミミとしっぽは、よりどりみどり。これ以上なにかに目覚めるのであれば、想定外の事態に遭遇するしかない。
「無駄話してないで、さっさと進むぞ。旬の食材が俺たちを待ってるんだからな」
「はいはい。自分に都合の悪い話がはじまると、すぐそうやって打ち切るんだから……」
「収穫直後の小麦が安く手に入ったら、お好み焼きを作ろうかと思っていたが、そうかシトラスはいらないのか。残念だ。あと、ハイは一回にしとけ」
「ほら、みんな早く行くよ! 美味しいブタタマが待ってるんだからね!」
「ミントまたねぎ焼きが食べたいです」
「美味しい麺が手に入ったら、ヒロシマフウやモダン焼きを教えてください」
「……ヒゲナガ入ったの、食べたい」
さすがに内陸部でシーフードミックスは難しいが、干しエビでなにか作ってみるか。みんな先日の試作会で、すっかりお好み焼きにハマってしまったからな。
とにかく今回の旅も、楽しく安全に進んでいこう。
次回は「0091話 土下座」をお送りします。
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