0089話 天ぷら
コッコ鳥の卵をよく溶き、四割分ほど残しておく。そこへ冷水を加え、しっかり混ぜ合わせる。取り分けた溶き卵は、お吸い物用としてユーカリに渡す。
ザルでふるった小麦粉に、泡を取り除いた卵水を注ぎ入れ、少しダマが残る程度に魔法で撹拌。菜箸で油の中に数滴落とすと、一旦沈んですぐ浮き上がってきた。油の温度もちょうど良さそうだ。
打ち粉をした材料を衣液にくぐらせ、次々揚げていく。
「こんな揚げ物があったなんて、旦那様のレシピにはいつも驚かされます」
「他にも白イモ粉を使った、竜田揚げなんてのもある。今度教えてやろう」
そういえばユーカリが来てから、まだ作ったことがなかった。唐揚げ同様シトラスが喜ぶし、旅へ出る前に作ってやるか。
「大量に浮かんでいる衣の破片はどうされるのですか?」
「これは天かすといってな、明日の料理で使うんだ。こうして天ぷらを作る時にも出るが、天かすだけわざと作ったりもするんだぞ」
明日はお好み焼きの試作もするから、余分に天かすを用意しておこう。表面にプカプカ浮いてくる天かすを取り除き、油を切った後に容器へ入れていく。
「野菜がいっぱいなので、ミントさんが喜びますね。それにヒゲナガやお魚も楽しみです」
「キノコと肉を揚げ終えたら飯にしよう。そっちはどうだ?」
「あとは溶き卵を入れて、細ネギを散らせば完成です」
「おっと、白根おろしも作っておかねば」
「何に使うのですか?」
「天つゆに入れる薬味だ。天ぷらの油っこさが緩和され、あっさり食べられるようになるぞ」
「旦那様のお作りになる料理は、様々な工夫や心配りがあって、とても素晴らしいです」
風の刃で皮剥きした白根を、深めの容器に固定する。細かい突起のついた氷の板を回転させながら落とし、余分な水分を飛ばせば白根おろしの完成だ。自分で言うのもなんだが、料理に使える魔法はかなり上達したな。継続は力なりってやつか。
さて、腹ペコ集団が待ちわびてるだろうし、そろそろ夕食にしよう。
◇◆◇
水麦の精白を終わらせた三人が、ぞろぞろと食堂へやってきた。テーブルの上で黄金色に輝く、これまで食べたことのない料理を見つけると、わっと集まってくる。
「なにこれ、なにこれ」
「黄色くてきれいなのです」
「……トゲトゲしてる」
「これも揚げ物の一種で、天ぷらという」
俺はそれぞれの皿を指さしながら、材料を説明していく。野菜の皿には黄玉、黒玉、丸ネギ、赤根、赤イモなど。それをミントがキラキラとした目で見つめだす。
肉とキノコの皿には、ワイルドボア、コッコ鳥、黒茸、太茸、平茸が。やはりシトラスはそこに視線が釘付けだ。今日のしっぽも元気でよろしい。
海鮮類は魚が数種とヒゲナガの盛り合わせ。ユーカリとシナモンは、やはりその皿か。
「唐揚げと違うけど、こっちも美味しそう!」
「こんなに色々食べられるのは、すごいのです」
「……あるじ様、お腹すいた」
「天つゆと塩を用意してるから、好きな方を付けて食べてみろ。油っこいと思ったら、白根おろしを天つゆに入れてもいい」
「こちらが卵のお吸い物です。お代わりもありますからね」
配膳が終わったので、全員で席に着く。やはり天ぷらといえばエビだよな。この辺りで水揚げされるヒゲナガは、元の世界にあったクルマエビとそっくりだ。体長も二十センチ近くあるので、かなりボリューム満点な天ぷらになる。天つゆにつけてたべてみたが、身がプリプリとしていて旨い。
「天つゆとお塩、どっちも美味しい!」
「外はパリパリ、中はホクホクなのです」
「……あるじ様、毎日食べたい」
「天つゆに白根おろしを入れると、とても優しい味わいになりますね」
「お前たち。水麦の上に好きな天ぷらを並べて、天つゆをかけて食べてみろ。天丼という美味しいご飯になるぞ」
「「「「!!!!」」」」
全員が俺の真似をして、一斉に好きな天ぷらを乗せ始めた。こらシトラス、野菜もちゃんと食べないか。半分以上肉で埋まってるぞ。
野菜が多めのミント、バランスよく色々乗せているユーカリ、えび天が三つ並んでいるシナモン、それぞれの好みがモロに出ているな。まあ、こうして喜んでもらえると、作ったかいがあるというもの。全員の笑顔を見ているだけで、俺の心は満たされる。
「そういえば、旅っていつ出発するの?」
「明日は一日セイボリーさんのところで料理をするから、そのあとに準備を始めるとして五日後くらいだな」
「オレガノ様とセルバチコさんに会えるの、楽しみなのです」
「作り置きのお手伝いは、お任せください旦那様」
「……もう一回、泳ぎたかった」
「そろそろ海にシラタマの出る季節だ。あれに刺されると、真っ赤に腫れて痛くなってしまう。そんな危険の伴う場所で、お前たちを泳がせるわけにはいかん。来年もここに来るから、楽しみはとっておくといい」
「……そうする」
そろそろ地球で言う、お盆の季節になるんだろうか。海には白くて丸いものが浮かび始めた。それに触ると炎症を起こしてしまうのだ。別荘が多いこの周辺は空き家が目立ち始め、観光客も徐々に減っている。次に賑わうのはもっと寒くなって、避寒に訪れる富裕層が増える時期だろう。
「旅って結構楽しいから、きっとシナモンも気に入るさ」
「シナモンさんは旅行の経験、あるのです?」
「……ずっと狭い部屋だった。街の外、出たことない」
「わたくし達の住んでいる大陸はとても広いですから、シナモンさんの知らないものが沢山みられますよ」
「……ちょっと楽しみ。それにみんな一緒だから、嬉しい」
「旅の間も旨いものを食わせてやるからな」
「……あるじ様、好き」
この期待を裏切らぬよう、頑張らねばなるまい。必要な材料はセイボリーさんに頼んでいるが、他にもいくつか追加で作るとしよう。シナモンにとって初めての旅を、楽しい思い出にしてやらんとな。
俺は頭の中でメニューを組み立てながら、天ぷらを思う存分堪能した。
料理の話が続くのもなんなので、タラバ商会でのエピソードはサクッと飛ばし、次回は「0090話 出国手続き」です。
再び警備隊に誘われる主人公。