0088話 マトリカリアの意外な一面
ギルドの中に入ると、冒険者たちの視線が一気に集まる。最初の頃こそ、愛玩用の従人を連れて冒険者ギルドになんの用だ、みたいな嘲笑が含まれていた。しかし今ではそんな目で見るやつはいない。
なにせコンテスト入賞者が三人もいるし、高難度の依頼をいくつも達成したからだ。
「お帰りなさいませ、タクト様。それで、その……どうでしたか?」
「やっと見つけられたから討伐してきた」
俺の答えを聞き、受付嬢の表情がパッと輝く。なんでもこの依頼は、とある資産家からのもの。結婚式に間に合わせろと、かなり責付かれていたみたいだから、ホッとしたんだろう。何人か同じ依頼を受けているはずだが、この様子を見る限り俺たちが一番乗りだな。
「それで紅玉が三つある。全て買い取ってもらえるか?」
「三つもですか!?」
受付嬢の上げた素っ頓狂な声で、ギルド内がざわつき出す。ズルなんてしてない、ちゃんと森で狩ってきたぞ。四人が外出着なのは、途中で着替えてきたからだ。なにせこれから行くところがある。こんな薄着で森に入るはずないじゃないか。
「とにかくこれを鑑定してくれ。新規取得分なのは、すぐわかるだろ」
「かっ、かしこまりました」
紅玉をトレイに乗せると、受付嬢が奥の部屋へ運んでいく。そしてすぐ、さっきまでより明るい笑顔で戻ってきた。
「ありがとうございます、ありがとうございます。これでグチグチ文句を言われなくて済みます」
ぶっちゃけ過ぎだぞ。まあそれだけ追い詰められていたってことだろうが……
「一つは依頼票どおりの報酬、残り二つは通常の買い取りになりますが、問題ございませんか?」
「それで構わない。報酬はいつもどおり、口座に振り込んでくれ」
「かしこまりました。それにしても衣食住と心技体って、本当にすごいですね」
「もちろんだ。この育成法を実践すれば、年齢や性別なんて関係なく力を発揮できる。今日だって、カーバンクルを二匹仕留めたのは、このシナモンなんだぞ」
そう言いながら、膝に座っているシナモンの頭を、ワシワシ撫でる。そうか、みんなの前で褒められて嬉しいんだな。しっぽを巻き付けてきやがって、うい奴め。
「冒険者の中には懐疑的なことを仰る人もいますが、タクト様はこうして実績を積まれています。冒険者ギルドでも、育成指南の整備を検討しているところなんです」
「人を育てるのは、時間と金がかかる。すぐに結果が出ないからと諦めず、長い目で見てやってほしい」
徐々にではあるが、こうして話題にされているのはありがたい。この小さな波紋がビックウェーブになるには、長い時間がかかるだろう。しかし、その第一歩が踏み出せたことに、大きな意義がある。
そんな事を考えながら依頼達成の手続きを終わらせ、冒険者ギルドをあとにした。
◇◆◇
タラバ商会の支所へ行くと、すぐ会長室へ通してくれる。すると中には以前会ったことのある、専属料理人の姿が。一度タウポートンへ戻ってから、この人を連れてきたんだな。まあカレー専門店を開くには、彼がいないと話にならない。
「よう。元気にやってるみたいじゃないか」
「ご無沙汰してます、タクトさん」
三人で挨拶を交わしていると、俺の手を離れたシナモンが、パタパタとマトリカリアに走り寄っていく。彼女がカバンからなにか取り出すのを、目ざとく見つけたようだ。
「こんにちは、シナモンさん。珍しいお菓子を手に入れたのですが、食べますか?」
「……食べる!」
おーおー。すっかりマトリカリアに懐いてるぞ。ちょっと嫉妬してしまいそうになる。マトリカリアのやつ、シナモンと初めて会ったときから、やたら気に入ってたもんな。今日はたまごボーロみたいなお菓子を、嬉しそうな顔でひと粒ずつ口に運んでいく。
「本当にお前の従人はすごいな。マトリカリアのあんな顔、俺だって見たことないぞ」
「シナモンの笑顔は、母性本能や父性本能みたいなものを、刺激するんだろうな。まあ、従人同士仲がいいのは良いことだ。あっちはマトリカリアに任せて、俺たちは仕事の話をしよう」
おすそ分けをもらったシトラスのしっぽは元気に揺れているし、ミントとユーカリの顔もほころんでいる。俺もあとで食べさせてもらおう。
「それでタクト、本店との差別化をするって話だったが、なにか思いついたのか?」
「ゴナンクの森でしか採れない木の実を使ったレシピを、いくつか考えてきた」
「中に白い液体が入ってる実ですよね。あれはジュースとして飲むものでは?」
森の浅い部分に生えている木は、椰子そっくりの実をつける。中には白い液体が詰まっており、ほんのり甘くて濃厚なジュースだ。前世で言うところのココナッツミルクとほぼ同じ。なら、それでカレーを作るしかないだろ。
バターチキンカレーやシーフードカレーなど、マイルドな辛さに合うレシピを伝えていく。
「ここに書いた材料を揃えておいてくれ。明日にでも作りに来る」
「任せておけ。今日中に仕入れといてやる」
さすがタラバ商会。食材に関しては、やたら強い。ついでにって事で、保存食を作るのに必要な材料も頼んでおこう。
「今度はどこに行くんだ?」
「ここから北上して、ワカイネトコに行こうと思ってる。オレガノさんにも会いたいし、大図書館で調べものがしたい」
それに今から向かえば、紅葉の季節にも十分間に合うはず。
「お前はロブスター商会の身分証を持ってるよな?」
「ああ、嘱託保護司に任命されたとき、発行してもらった」
「ならウチの身分証と冒険者証も、合わせて出してやれ。閲覧許可程度なら、簡単に下りる」
「オレガノさんも口を利いてくれると言ってたし、提示を求められたら出してみるよ」
セイボリーさんから出資を受けたとき、俺は外部顧問なんて大層な身分をもらってしまった。知名度の高い二つの商会と、御用商人であるオレガノさんの口添えがあれば、かなりの後ろ盾になるだろう。というか、オーバーキル過ぎないか?
「タクトさん。旅へ出られる前に、鉄板を使った料理も教えて欲しい」
「明日はかなりの量を作ることになるな。ちょっと楽しみになってきた」
こらシトラス。しっぽをブンブン振りながら、こっちを見るんじゃない。食べ放題とでも思ってるんだろ。
「明日は昼と晩飯の心配をしなくても良さそうだな。従業員たちにも伝えとくから、よろしく頼むぞ」
まあ、あれこれ品数を作るのは楽しいから、明日は頑張るか。なにせ食材を遠慮なく使えるというのは心が踊る。
そのあとも近況を伝え合ったりしてから、別れ際までシナモンにベッタリだったマトリカリアを引き剥がし、家路につく。新鮮な食材を少し分けてもらえたので、こいつも使って晩飯を作ろう。
主人公の作るごちそうとは?
鉄板料理で使うアレも一緒に作ります。
次回「0089話 天ぷら」をお楽しみに!