0086話 これほど心強い味方なんて、なかなかないぞ
ロブスター商会の建物に入ると、受付嬢がすっとしゃがみ込んだ。するとカウンターの後ろから、シナモンが走り寄ってくる。俺の帰りをそんなところで待っていてくれたのか、本当にかわいい奴だな。
「……おかえり、あるじ様。遅いから心配した」
「すまんな、シナモン。少し寄り道をしていただけだ。きっちり始末をつけてきたから、もう何も心配はいらないぞ」
縋りついてきたシナモンの背中を、優しくポンポンと叩く。しっぽまで俺の体に巻きつけてきたぞ。なかなか器用なことが出来るものだ。
「……シトラスは、怪我ない?」
「うん、平気だよ」
シトラスの答えを聞いたあと、俺の方をじっと見つめてくる。なんだ、抱っこして欲しいのか? まったく、仕方のない奴め。ついでに顎の下も撫でてやろう。
「……あるじ様、私のして欲しいこと、どうしてわかるの?」
「シナモンは俺の従人になるんだぞ。主従契約というのは、家族より強い繋がりといって良い。つまり俺とシナモンは、一心同体というわけだ」
「まだ契約も終わってないのに、適当なこと言っちゃって……」
おい、そこの受付嬢。生暖かい目で俺たちを見るんじゃない。それとシトラスも余計なツッコミを入れるな。表情の乏しい子だが、何となくわかるんだよ。
「なんだかタクト様とその子、父娘みたいですね。それより、支配人が中でお待ちです。すぐお通しするようにとの事でしたので、どうぞお入りください」
「そうか。待たせると申し訳ないし、入らせてもらおう。こんな場所に立ち止まっていて、悪かったな」
「いえいえ、なにも問題ありませんよ。タクト様が提唱された衣食住と心技体、私たちも色々模索している最中ですから。こうしたコミュニケーションの取り方は、良い参考になります」
なかなか仕事熱心な従業員じゃないか。それに俺がコンテストで発言した二つのキーワード、浸透してきているようで何よりだ。
◇◆◇
三人で執務室へ入るとローゼルさんの他に、片眼鏡をかけた中年男性がいた。夏なのに黒いロングコートを羽織って、暑くないんだろうか。
俺たちの視線に気づいたローゼルさんは、挨拶もそこそこに男性の紹介をしてくれる。どうやら商会お抱えの魔工技師らしい。確かに研究者というか職人というか、それっぽい雰囲気があるよな。
なんでもコートの中には、作業用のツールが詰まってるんだとか。前世で読んだことのある、どこかの無免許医みたいだ。
「あーこりゃ正規の基板に、追加モジュールを組み込むタイプの改造やな」
「魔道具が別形状なのは、そのスペースを確保するためか」
「そういうこっちゃ」
この人もアインパエ出身者らしい。まあ中央図書館と通信する部分は秘匿技術だし、他国の技師には任せられないよな。確か心臓部を作るために必要な〝鍵〟は、代々の皇帝が管理してるんだっけ。
「内部領域に記録されている部分は無事なんだよな?」
「そっちを改変するやなんて不可能や。基幹部分をいじれるんは、帝都にある皇帝陛下直属のラボだけやしな」
量産品はそこで設計された物の、デッドコピーらしい。その辺の事情は他国にあまり伝わってないから、この人の話はかなり面白いぞ。
「セントラル・ライブラリーとのやり取りは暗号化されてるんだろうが、その前段階で介入を許すってのは設計的にどうなんだ」
「新しい魔道具は色々対策が練られとるんやけど、こいつは骨董品レベルの古い型や。今までよう動いとったな、いうくらい珍しい逸品やで」
こうした密造品は、脆弱性が残っている古い物を利用すると教えてくれた。押収されたり壊れたり、その数は徐々に減ってきているそうだ。しかしこの手の不正はいたちごっこ。新たな手法が開発されたら、また増えていくだろう。
「とにかくあと付けの部品を外して、正規のデータを流してくれ。早くシナモンと使役契約したい」
「ぱぱっと終わらせるさかい、ちょいと待っとき」
なにせ俺の膝に座ったシナモンが、さっきからソワソワとしてる。くねくね動くしっぽが当たってくすぐったいから、早めに頼む。
魔工技師の男性はコートから様々な道具を取り出し、机の上へ並べていく。これだけの量、一体どこに入ってたんだ? と言うか、かなり重いだろ。魔工技師といえば高給取りなんだから、マジックバッグでも買えばいいのに。
「……いっぱい出てきた」
「そのコート、すごいね」
「せやろ。これはな、服自体がマジックバッグになっとるんやで」
二人へ見せつけるように、コートのポケットから大きなカバンをニュルっと取り出す。二十二世紀のロボットが持ってるポケットかよ!
マジックバッグ機能を持った服なんて初めて見た。世の中にはまだまだ面白いものがあるもんだ。
◇◆◇
魔工技師の男性は、鼻歌を歌いながら作業を進めている。何種類もの道具を使い分け、あっという間に不正な部品が取り外された。かなり腕のいい技師なんだろう、その動きに一切無駄がない。
「よっしゃ、これで完了や。データ更新と使用者の初期化は終わっとるさかい、いつでも再契約できるで」
「確か不正な契約解除を受けた従人は、通常と手順が違うんだよな?」
「ああ、その通りだ。最初の一回のみ、この魔道具を使わなければならない。そこで提案なのだが、これはタクト君が持っておかないかい?」
「いや、俺はブリーダーの免許を持ってないし、商会の従業員でもないぞ」
なにせ従人を増やすのは、シナモンで最後にするつもりだ。それにシトラスたちと契約を解除するなんて、死んでも嫌だからな。
「きみたちが出かけている間に、その子の犯罪歴を調べさせてもらった。被害届こそ出ていないものの、窃盗の履歴は付いてしまっているんだよ」
「……ごめんなさい、あるじ様」
「お前が謝る必要はない。悪いのは命令した上人だ」
シナモンのネコ耳は、反省の気持ちを表すようにペタンと寝てしまう。こうした変化や視線の動きで、この子の気持ちを判別できるようになってきた。お前のことは俺たちが守ってやるから、心配しなくてもいい。その気持が伝わるよう、頭を優しく撫でてやる。
「どうやら金銭価値の無いものばかりだったらしく、それほど重い処分を下さずにすむ。加えてまだ未成年なので、保護観察が妥当といったところだ。そこで保護司にタクト君、きみを任命しよう」
「その提案をしてくれるとは思ってなかった。寛大な審判に感謝する」
俺が保護する立場になれば、定期的な報告や面談が不要だ。便宜を図ってくれるというのは、こういうことだったのか。あちこち旅する俺たちにとって、なによりもありがたい。
「保護司をやってもらう上で、きみはロブスター商会の嘱託という立場になる。単なる書類上の肩書だが、それは了承してもらえるかね」
「もちろんだ。シナモンのことは責任を持って、面倒を見させてもらう」
「あまり気負わなくても大丈夫だよ。なにせバックに私がついているのだから」
これほど心強い味方なんて、なかなかないぞ。
「さて、納得してもらったところで、改めて提案しよう。当商会では保護司に契約器具の携帯を推奨している。もしどこかの街や旅の途中で、不幸に見舞われている野人や従人を見かけたら、できる範囲で手を差し伸べてあげたまえ」
そう言ってローゼルさんがニヤリと笑う。まったく、この人にはかなわないな。ここまでお膳立てされたんだ、素直に受け取っておくしかない。使う機会があるにせよ無いにせよ、選択の幅が広がるのは大歓迎だ。
俺は魔道具の個人登録をすませ、シナモンと使役契約を結ぶ。
こうして四人目の従人を手に入れた。
ローゼルは仲介業者の代表ということもあり、従人に対する司法判断を下せます。
まあこの世界における判例からすると、かなり甘めですが(笑)
これで第6章が終了です。
お盆期間中は更新をお休みしますので、ご了承下さい。
次回は「0087話 雑食性」をお送りします。