0085話 デートの続き
ローゼルさんが手配してくれた自警団へコンフリーの身柄を引き渡し、俺はシトラスと一緒に店の外へ出る。現場の惨状に驚かれたが、別に死んでるわけじゃない。ギフトも俺の魔力が抜ければ復活するし、外傷などは皆無だ。全身の毛が抜けて、肌はカサカサになってるけどな。
「すまんシトラス、どこかで休ませてくれ。さすがに歩くのもつらい」
「真っ青な顔してるじゃんか、大丈夫なの?」
「少し休めば良くなる」
「どうせさっきまで見栄を張って、平気なふりしてたんでしょ。まったくキミは変にカッコつけなんだから……」
いいだろ、別にそんな事。男は他人に弱みを見せたくないものなんだよ。
「あー、しんどくて倒れそうだー。こんな時に支えてくれる、優しい従人がいたらなぁー」
「はいはい、わかったよ。肩を貸したげるから、わざとらしくフラフラしないでったら」
「恩に着るぞ、シトラス。でも、ハイは一回な」
シトラスに肩を貸してもらいながら、大通りから見えていた小さな緑地に二人で入る。日陰になっている場所へ座り、マジックバッグから取り出した果実水で一息つく。
「上人に対してギフトを使うのは二回目だが、やっぱりきつい」
「ボクたちに使うのと、なにが違うの?」
「お前たちは魔力を持ってないだろ、だからパスを繋いで一方的に流すことが出来るんだ。しかし上人は他人の魔力を受け入れまいと抵抗してくる。そこを無理やりこじ開けて流してるから、やたら疲れるんだよ」
相手に気づかれないよう魔力を流すのは、かなり骨の折れる作業だ。気を抜くと逆流してくるしな。集中力が必要なので、精神的にもきつい。おかげで今も視界が少し回っている。ちょっと横になるか。
「あっ、寝るんだったらアレやったげるよ。キミがミントやシナモンにやってる膝枕」
「おお、いいのか! 今日のシトラスは優しいな」
「別に優しくしてるわけじゃないからね。ボクは早く家に帰って着替えたいだけさ」
理由なんてどうでもいい。従人に膝枕してもらえるなんて、最高すぎるだろ。なんか、このまま死んでもいい気がしてくるぞ。
「なら今度は膝を貸してもらおう」
「変なことしたら、そのまま頭を落とすよ」
「するか、そんなこと」
足を崩して座ったシトラスの膝に、そっと頭を乗せる。荒事に向かうからと、ズボンを履いているのが少し残念だ。次は素足の膝枕も堪能してみたい。
しかし布越しにとはいえ、こうしてシトラスの体温を感じていると、とても落ち着く。それに柔らかさも絶品だな。にも関わらず、あんな強力な蹴りが出来るのだから、従人の体というのは本当に神秘的といえる。
「キミの魔力を流すってことは、相手と繋がりが必要なんだよね。どうやったのさ」
「あいつにシナモンの似顔絵を手渡しただろ。あの紙には俺の魔力を練り込んでたから、それでパスを繋げた」
「あー、あの時か」
方法はいくつか考えていたが、脂ギッシュな肌に触れたくなかったので、間接的な方法にした。なんでワセリンを塗ったみたいに、テカテカしてるんだよ。年齢はまだ三十代に見えたし、肥満体型でもなかったのに。ムエタイでもやってたのか、あいつ。
「それにしても、姿が変わっちゃうなんてビックリしたよ」
「あれは俺も驚いた」
「えっ!? 知らないでやったの?」
「昔住んでいた家に泥棒が入ったとき、一度だけ上人に発動してみたことがある。その時は論理積しか使えなかったから、相手のビットはゼロのままだったんだよ」
俺が暮らしていた離れの倉庫に侵入してきたので、ちょうどいい実験台だとばかりに、今回と同じような方法でパスを繋げた。その物取りは隠密系のギフトを授かっていたらしく、姿を隠せなくなったと驚いてたな……
そしてじきに苦しみだし、体中から様々な液体を垂れ流して昏倒してしまう。まだ日本人の意識が強かった俺は、人を殺してしまったと大いに焦ったっけ。
なにせ当時は細かい制御に慣れてなかったからな。ギフトを全力行使した反動で、俺も胃の中のものを全部吐き出して倒れた。今となっては苦い思い出だ。
「だから上人に対してギフトを使うのは、ずっと封印してた」
「なら今回はビットを一にしてみたんだね」
「使ってなかった論理和で、全てのビットを立ててみたんだ。まさかあんな結果になるとは思わなかったがな」
「キミって色々策を弄する割に、変なところで行き当たりばったりなんだから」
「臨機応変と言ってくれ」
十六種類ある全ての組み合わせを試してみたい気もするが、そのたびに体調不良をおこしたのでは話にならん。それに今回の件で、使役契約が強制解除されることもわかった。従人のレベルをリセットしてしまう力は、軽々しく使うべきじゃない。
たとえそれが救いに繋がったとしても、繰り返せばどんなペナルティーに結びつくか不明だ。もしそれが自分の使役している従人に及んだら、悔いを千載に残してしまう。
「今回はたまたまうまくいったけど、あんまり無茶はしないでよ。見てる方はハラハラするんだからね」
「シナモンの境遇を聞いて、ついカッとなってしまったが、次からは別の方法を考える。やはり上人に俺のギフトを使うのは、どんな結果を生み出すかわからん。また封印しておくことにするよ」
「あのさ……もしかしてボクたちのビットを全部一にしたら、あの人と同じ姿になっちゃうの?」
「いや、お前たちは元々動物の特徴を持って生まれている。だから上位四ビットを立てても、新たな力を得られるだけだ。今回の件は、あくまでもイレギュラーだからな」
その力について、実家で読んだ本には載っていなかった。しかし天人と呼ばれていた太古の野人が、獣の姿をしていなかったことだけは確かだ。
とにかくその辺りの情報は、ワカイネトコの大図書館で調べてみよう。あそこなら古文書のたぐいも、大量に所蔵してあるはず。
「それを聞いて安心したよ。あんな姿になっちゃうと、外に出られなくなりそうだし」
「万が一そうなったとしても心配するな。俺はお前たちのことを絶対に捨てたりはせん。毎日全身をモフり倒してやるからな!」
「まったく……どうしようもない変態だね、キミは」
呆れたような笑みを浮かべながら、シトラスが俺の頭を撫でてくれる。その優しい手付きを感じているうち、まぶたが徐々に重くなっていく。やがて少しの間、ウトウトとしてしまうのであった。
主人公がここまで無茶したのは、食べ物でシナモンを殺害しようとしたから。
コンフリーは食に対して一家言ある、彼の逆鱗に触れてしまったわけです。
次回は「0086話 これほど心強い味方なんて、なかなかないぞ」をお送りします。
シナモンとの契約をするにあたり、ローゼルからある提案が……
次で第6章は終わりです。