0083話 地下酒場
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にぎやかな大通りから外れ、普段は行かない方向へ進んでいく。どんな街にも同様の場所は存在するが、観光地であるゴナンクの盛り場は、かなり規模が大きい。そして奥へ行くにしたがって、雰囲気が怪しくなる。
ガラの悪い連中がたむろしている酒場や、真っ昼間から客引きに精を出す娼館。むっ!? 従人専門店なんてのもあるのか。
ってこら、シトラス。グイグイ引っ張るんじゃない。
「シナモンが首を長くして持ってるんだ。よそ見してる暇なんてないんだからね」
「わかってる。ちゃっちゃと済ませて帰りたいのは俺も同じだ」
なにせ出かける直前まで、俺に縋りついて離れてくれなかったからな。あんな姿を見せられたら、寄り道なんかしようって気にはなれん。
やがて不衛生な屋台が立ち並ぶ場所へ出たが、お前こそよそ見するんじゃない。匂いにつられてどうする。こんな場所で売ってる串焼きは、なんの肉を使ってるかわからんぞ。
「ほら、あれがシナモンの証言にあった、赤い屋根の建物だ。ローゼルさんの情報によると、地下が酒場になってるらしい」
「入り口に立ってるのは見張りかな?」
「ただのチンピラだろ、無視でいい」
俺たちが建物へ近づいていくと、三下っぽい男が進路を阻む。
「なにメンチ切っとるんじゃ、ワレ!」
「別にお前のことなんか見てない。それよりそこの入り口に用がある、邪魔だからどけ」
「おいコラ、なに無視して行こうとしとるんじゃ、ワレ」
この変な言葉遣い、間違いなくアインパエの出身者だな。同じような連中は、旅の途中に何度も遭遇した。そんな流れ者の受け皿になってるという人物が、この建物にいるのは間違いない。
「息が臭いぞ、もっと口内ケアに気をつけろ」
「オンドレなにさらしとるんじゃ――」
首筋に伸ばした手で魔法を発動し、男の頸動脈を締め上げる。とっさに振りほどいたって無駄だぞ。その魔法は一定時間持続する、俺のオリジナルだからな。
さすがに治安の悪い場所だけあって、男が一人倒れた程度では誰も騒がない。このまま放置しておくと面倒だし、こいつにも役に立ってもらうか。
「シトラス。この男を持ち上げて、そこから下に放り込んでくれ」
「派手にやってもいいの?」
「アインパエ出身者を門番にしてるくらいだ、ここはまっとうな場所じゃない。ゴミ掃除とでも思って、遠慮なくやれ」
「わかった」
最近このあたりに増えてきた連中は、警備隊も手を焼いてるとローゼルさんから聞いた。例の水際対策が進めば、歓楽街での取締りが強化されるかもしれん。しかしいつまでも元締めが、ここにいる保証はない。別の場所へ行ったら、また同じことを繰り返すだろう。悪臭は元から絶たないとダメってやつだ。
片手で男をヒョイッと持ち上げたシトラスが、階段の上から下へ向かって放り投げる。入口のドアが派手な音を立てて破れ、下から砂ぼこりが舞い上がってきた。
「なんじゃー、カチコミか!?」
「どこん組のモンじゃぁー!!」
混乱に乗じて中へ突入すると、襲いかかってくる数人の男たち。それをシトラスが次々叩き潰す。
「そっちは任せたぞ」
「了解」
酒を飲む場所だ、誰も従人を連れていない。ならばシトラスに任せておいて大丈夫だろう。俺はカウンターの奥にいる、バーテンダーのもとへ近づく。
「おい、コンフリーを出せ」
「あいにくそのような者は、ここに――」
「しらばっくれても無駄だ。あそこで暴れている俺の従人から拷問を受けるか、素直に連れてくるか、好きな方を選べ」
机に冒険者証を叩きつけ、バーテンダーの男を睨む。カードに刻まれているのは四つの星、それは荒事をいくつも経験してきたという証。バーテンダーは慌ててバックヤードへ駆け込んでいく。あんな気の弱そうなやつをこんな場所において、大丈夫なのか?
まあそんなことを心配してやる義理はないな。
「おーいシトラス、そっちはどうだ?」
「歯ごたえのないのばっかりだったよ」
「下っ端連中なんて、そんなもんだろ。とりあえず、これで適当に縛り付けておけ」
マジックバッグからロープを何本か取り出し、シトラスへ投げ渡す。そんなことをやっていると、奥から髭面の男が出てきた。後ろにいるのが、例の従人か。虎種の一等級で、身長が二メートルほどある。体中に古傷が刻まれ、なかなかの迫力だ。しかしあの太くて長いしっぽは、モフりがいがありそうじゃないか。
「俺の店で暴れてるって四つ星冒険者はてめぇか、一体なんの用だ」
「ちょっと聞きたいことがあってな。こんな顔の子供に見覚えはないか?」
俺はコンフリーに、シナモンの似顔絵を手渡す。
「誰だ、こいつ。こんな従人、見たことねぇぞ」
まあ当然の答えか。簡単に認めるようなら、罠がありそうで逆に怖い。
「ふむ、それは困ったな」
「てめぇは、こんなくだらねぇこと聞くために、大暴れしたってのか。この落とし前、どうつけてくれる」
「実はその子、死網病に冒されていてな。珍しい病気なんで、原因になる貝の流通経路を調べたら、ここが仕入れたっていうじゃないか。それにさっき店のゴミ箱でこいつを見つけたんだが、まさかその子に食わせたりしてないよな?」
俺はポケットからアワビとよく似た貝殻を取り出し、カウンターへ置く。
「ばかな、今日はそれを使ってない。それにこの間のものは、きちんと処分を――」
「てめぇは黙ってろ!」
口が軽すぎるぞ、バーテンダー。もう答えが出てるようなもんじゃないか。
「何をしたいのかわからんが、言いがかりはやめやがれ。そいつがゴミでも漁って勝手に食ったんだろ。だいたい証拠はあんのか?」
「その似顔絵をよく見てみろ。首に従印なんてないぞ。どうしてそいつが従人だとわかったんだ?」
「よく似たガキをどこかで見たからだ」
「ならさっきそう言えばよかったじゃないか」
「いま思い出したんだよ、文句あるか!」
苦し紛れに理由をあと付けするから、色々矛盾してきてるんだが?
「そもそもガキが一匹死のうが、どうでもいいじゃねぇか。なんでてめぇは、わざわざ貝の出どころまで調べてやがる」
「言っておくが、その子は死んでないぞ」
「死網病にかかって死んでないだと? 一体どういうことだ!」
「俺は言われたとおり、いつもの場所に捨てた。その時はもう意識がなかった」
コンフリーに睨まれた従人が、バカ正直に答えを返す。制約で縛ってるからだろうが、バーテンダーといい脇が甘すぎる。
「話は最後までちゃんと聞け。そいつは将来有望だから、俺の従人にしようと思ってる。でもな、再契約に必要な情報が中央図書館に記録されていなかった。俺の言ってる意味はわかるな?」
「ちっ……最初っから証拠をつかんでたってわけか。おおかた懸賞金目当てで乗り込んできたんだろ。たかが四つ星の分際でいきがりやがって」
俺の目的は金じゃない、シナモンを手に入れたいだけだ。
「まったくめんどくせぇ。おい、そこの二人を始末しな」
コンフリーが声をかけると、虎種の従人がカウンターを飛び越えてきた。巨体に見合わないこの身のこなし、かなりレベルが高いな。
「契約主の命令は絶対だ。悪く思わないでくれ」
そのまま拳を振り上げ、俺めがけて打ち下ろす。
「やらせないよ」
「――なっ!?」
俺の前に飛び出したシトラスが、右手一本で拳を受け止める。ガシッという硬質な音が鳴り響き、シトラスの足元がクモの巣状にひび割れた。石の床が陥没するとか、どれだけパワーがあるんだ、この従人。まともに当たったら、大抵のやつは一発であの世へ行きかねん。
「ばかなっ!? こいつのレベルは二百四十だぞ。どうしてそのひょろい体で受け止められる」
一等級換算でレベル三百近くあるシトラスに、二百四十の攻撃が通用するはずないだろ。ステータスの力で、種族差くらい簡単に跳ね返せる。
攻撃を受け止められてショックだったのか、あるいは特殊なパンチ技で発生する硬直なのか、従人の動きは止まったままだ。
「そいつは気絶させるだけでいい」
「わかった……よっ!!」
両腕をクロスさせてシトラスの蹴りをガードしたが、木製のカウンターを破壊して後ろの壁に激突した。予備動作なしのキックでクレーターが出来るとか、シトラスも大概だな。間違っても蹴られないようにせねば。
警備隊が手を焼いていたというのは、恐らくこの従人だろう。こんなに強いやつが護衛してたんじゃ、返り討ちにあうのがオチだ。
「さて、密造品の魔道具について、話す気になったか?」
「くそったれがっ! しかたねぇ、ついて来い」
コンフリーの案内で、バックヤードの奥にある部屋へ入る。鍵付きのかなり頑丈な扉だったが、ここは倉庫らしい。従人を使って空き巣に入らせるようなやつだ、盗品でも保管してるんだろう。
そして一番奥にある大きな金庫を開け、中から鍵の形をした魔道具を取り出した。
「こいつはくれてやる。好きにしろ」
それを受け取るために手を伸ばすと、すかさずコンフリーが俺の腕を掴む。
「かかったな、バカめ! このまま弾け飛べっ!!」
主人公の運命やいかに。
次回は「0084話 論理演算師」をお送りします。
封印していた力が、いま解き放たれる!