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0081話 サイズボーナス

 大きなタオルでシナモンの体を拭き、背中は念入りに軟膏を塗っておく。前の方はシナモンに任せているが、そのまま体に垂らすやつがあるか。これはローションじゃないんだぞ。ちゃんと指ですくってから塗り拡げろ。


 手取り足取りやり方を教えながら軟膏を塗り終え、ユーカリが仕立て直してくれたシャツやパンツを履かせる。なんというか、娘が一人増えた気分だ。実年齢は二歳しか違わんが!



「……ちょっとブカブカ」


「シナモンの服は明日にでも買ってやる。今日はそれで我慢しとけ」


「……チクチクしない、だから平気。ずっとこれでもいい」



 元はオークションの主催者が、持たせてくれた服だからな。かなり高級品だぞ、それ。



「おっと、そうだ。脱衣場にドリンクサーバーを置いてある。中に果実水が入ってるから、風呂上がりには必ず一杯飲むように」


「……なに、それ」


「そこの透明な瓶に液体が入ってるだろ、それが果実水だ。蛇口の下にコップを置いて、ここをひねればいい」



 トレイの上に伏せてあるグラスを取り、サーバーから伸びているコックをひねる。すると薄く色づいた液体が、グラスの中へ注がれていく。



「……おぉぉぉぉぉー」



 かぶりつきだな、お前。目はキラキラして、しっぽがクネクネ揺れてるぞ。



「瓶入り牛乳の代わりに置いてある。適度に冷えてるから、風呂上がりに飲むと最高に美味い。お前も試してみろ」



 シナモンにコップを差し出すと、両手でハシっとつかんで、コクコク飲み始めた。こういう仕草が、いちいち可愛いんだよな。それに、とてもいい笑顔だ。



「……美味しい、もっと」


「いくら美味しくても、飲み過ぎはダメだ」



 表情の抜け落ちた目で俺を見るんじゃない。妙な迫力があるんだよ、その顔は。

 果実水といっても、これはデトックスウォーターみたいなもの。カットした果物を水につけているだけだし、まあいいか。俺の分を飲ませてやろう。



「今日は特別だぞ」


「……わかった。あるじ様、好き」



 この笑顔には勝てる気がせん。とんだ強敵が現れてしまった。



「それで、お前たちはさっきからなに覗いてる。ここは脱衣場だぞ」


「シナモンさんがなかなか戻ってこられないので、心配で見に来ただけなのです」


「キミに襲われていたら、助けてあげようと思っただけさ」


「申し訳ございません、旦那様。わたくしは止めたのですが……」



 いや、ユーカリもガン見してたじゃないか。ちょっとその言い訳は苦しすぎる。別にやましいことはしていないし、見られても問題ないんだがな。



「それにしても、普段なら自分の思うがままボクたちに行動制限を課すキミが、今日は一体どうしちゃったんだい?」


「シナモンさんは、とてもおねだり上手なのです」



 無言の圧がすごいんだよ! お前らも受けてみればわかる。



「シナモンは病み上がりで、栄養や水分が足りてない。回復を早めるために、やってるだけだ」


「旦那様と一緒のお風呂に入ると、回復が早くなるのでしょうか」



 なんか、えらいグイグイ来るな、ユーカリ。ナイスツッコミだと褒めてやろう。



「……一緒に入りたい、私が言った。あるじ様、悪くない」


「あっ、いえ。怒っているわけではないのですよ」



 普段のユーカリは、ちょっと控えめすぎる。今のはずっと溜め込んでいる欲望が、前面に出てしまった感じか。他の家族がいると、どうしてもイチャイチャする時間が減ってしまう。近いうちにデートして、発散させてやらねばいかんな。


 俺はシナモンの頭に、ポンと手を置く。天衣無縫(てんいむほう)に行動できるお前のことを羨ましがってるだけだから、心配しなくてもいいぞ。



「北方大陸のアインパエには、温泉という大きな風呂がある。もし一緒に入りたいなら、そこで誘え」


「別にキミと一緒に入りたいわけじゃないけど、大きいお風呂は興味があるね」


「どれくらい大きいのです?」


「前にタウポートンの森で見つけた池を覚えてるか? 一番大きな温泉は、あれと同じくらいだ」



 ただ、そこは従人(じゅうじん)の入浴が禁止されていたはず。家族風呂の付いた宿があるので、行くとしたらそこしかない。



「その時はぜひご奉仕させてください! 旦那様」


「アインパエへ渡航する機会があれば、全員で入れる風呂付きの宿を確保してやろう」



 いつになくユーカリが積極的だ。なんというか、新しい従人が増えるたび、皆の違う一面が発見できる。やはりもふもふパラダイスは素晴らしい!



「……へくちっ」


「おっと、このままではシナモンが湯冷めしてしまうな。お前たちも順番に風呂へ入ってから寝室に来い」



 そう言い残し、二人で脱衣場をあとにした。さあいよいよ猫種(ねこしゅ)の従人を、思う存分ブラッシングできるぞ。魅惑の時間がいざ開幕だ!



◇◆◇



 寝室へ連れてきたシナモンを、大きなベッドの上へ座らせる。こうして見ると、体のサイズに不釣り合いなほど、しっぽが長い。曲がってる部分をまっすぐ伸ばせば、七十センチほどあるんじゃないだろうか。



「……なにするの? えっちなこと?」


「エッチではないが、とても気持ちのいいことをしてやる」



 ふむ、どこまで知ってるのかわからんが、そういう知識は持ってるんだな。風呂に乱入してきたし、まったく意識されてないと思ってた。



「……あるじ様になら、なにされてもいい。好きにして」


「いい心がけだ。では心置きなく楽しませてもらおう」



 ぺたんと女の子座りをしたシナモンから、恐怖や怯えという感情は読めない。俺は後ろに回り込み、手にしたしっぽへ温風を当てる。



「……あったかくて、くすぐったい」


「ドライヤー魔法でしっぽを乾かしてるんだ。ある程度乾いたら、次はブラシで整えていくからな」


「……しっぽや耳、触るの好き?」


「よくわかったな、大好きだ! こればかりはお前がいくら嫌がっても、やめてやることは出来ん。諦めて受け入れろ」


「……引っ張ったり、踏んだりしないから平気。気持ちよくなってきた、もっとやって」



 踏んだり引っ張ったりするだと?

 至高の存在になんてことしやがる。また犯罪者共を許せん理由が増えたな。そんな連中と同じ空気を吸っていると思うだけで腹が立つ。人に対しては二度と使うまいと封印したアレで、報いを受けさせてやろう。



「ささくれ立った心も、こうしてブラッシングしてるだけで癒されていく」


「……私、あるじ様の役に立ってる?」


「シナモンがいなければ俺は怒りに任せて、暴れまわっていたかもしれん。それをこうして落ち着かせてくれてるんだから、とても役に立っている」


「……良かった」



 沈むような色をしていた毛にブラシを通していくと、徐々に香油が染み渡り艶が増す。ベースが黒だけあって、その輝きは誰よりも上だ。達成感が半端ないな!



「やはりこれまでの生活が祟って、しっぽの状態があまり良くない。毛並みだけの評価だと、四十モフってところか。しかしサイズボーナスが付いて六十モフはいく。ここで生活をしていれば、八十モフも夢じゃないぞ」


「……もふって、なに?」


「ああ、すまん。今のは独り言だから気にしなくていい。いちおう説明しておくと、モフ値は俺がどれだけ触りたくなるかという、指標みたいなものだ」


「……六十って高いの?」


「しっぽだけに限定するなら、ミントが三十モフ、シトラスが百モフ、ユーカリが百三十モフだ。昔のシトラスは四十モフだったから、結構高いぞ」



 毛の短い種族は、ダメージの回復も若干早い。そして若さも重要な要素になる。シナモンはまだ十三歳だから、すぐ回復してしまうだろう。これから毎日のブラッシングが楽しみだ。



「よし、次は頭を乾かすからな。耳に温風を当てるとくすぐったいから、覚悟しろよ」


「……冷たい風、耳が痛くなる。あったかいの、落ち着くから平気」



 ネコ耳というのは冷えやすいのか?

 少なくともミントが冬に寒がっていたことはないはず。シトラスやユーカリはどうなのか、後で聞いておかねば。秋になったら大陸の北方向へ行く予定だし、防寒対策を考えておく方がいいかもしれんな。なにせ従人にフード付きのローブはご法度。帽子と同じで体調が悪くなってしまう。



「こっちもしっぽと同じサラサラの毛で、手触りが抜群にいいな」


「……あるじ様、気持ちよすぎて眠くなる」


「もうほとんど乾いたから、このまま寝てもいいぞ」


「……じゃあ、そうする」



 くるりと丸まったシナモンが、あぐらをかいた俺の(もも)に頭を乗せ、寝息を立てはじめる。本当にこういう所は猫そのものだな。冷えないようにブランケットを掛けてやるか。



「なんかすっかりキミに懐いちゃったね」



 お風呂から上がったシトラスが寝室に入ってきた。俺たちを見つめる目は、少し優しい気がする。



「夕方に食ったお粥や果物が、よほど美味しかったんだろ」


「それだけで、こんなベッタリになるのかなぁ」


「今までここのように安心できる場所で、暮らしたことがないからだと思う。だから気が緩みまくって、ベタベタ甘えてくるんじゃないか?」



 恐らくシナモンは、モグリのブリーダーが扱っていた従人だ。もしかすると、最初から後ろ暗い目的用に、繁殖していたのかもしれん。それを購入したのが、北方大陸から流れてきた犯罪者だろう。となると再契約が非常に面倒なんだが、それはローゼルさんの商会へ連れて行ってから考えればいい。


 俺はシトラスにも風呂場で聞いた話や、これまでの状況から考えられることを伝える。



「キミがムチャクチャ怒る気持ち、ボクにもわかるよ」


「すまんが、明日も付き合ってくれ。シナモンをこんな目に合わせた連中が見つかったら、乗り込んで潰してやる」


「野盗と同じ扱いでいいんだよね?」


「口さえきける状態なら、なにをやってもいい」


「こんなのユーカリやミントにはさせられないね。わかったよ、付き合ったげる」



 こちらを向いたシトラスが、少し獰猛(どうもう)な笑みを浮かべた。こういった荒事に関して、俺とシトラスの価値観はとても近い。やはりお前は最高のパートナーだよ。


次回、三人でロブスター商会へ。

シナモンとの使役契約を試みるが……


「0082話 セントラル・ライブラリー」をお楽しみに!

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