0008話 初めての食事
準備に時間がかかり遅くなってしまったが、いよいよ食事の時間だ。少々端折った工程もあるが、初めての食事としては十分だろう。匂いにつられたシトラスのしっぽが揺れてるし、いただくことにするか。
「これ、ボクが食べてもいいの?」
「もちろんだぞ。基本的に俺もシトラスも同じものを食べる、それがここのルールだ」
「でもさ、水麦って茶色くてドロドロした食べ物だよね。こんな形が残ったままの状態で、本当に食べられるの?」
本当は七分づき程度まで精白したかったが、いかんせん時間がなさすぎた。しかもちょっと炊飯で失敗している。なので今日のメニューはチャーハンだ。
ほとんど味のないご飯を、おかずと一緒に食べる経験なんてないはず。それならいっそ味付きにしてしまえという意図もある。固めに炊けてしまった失敗もごまかせるしな!
「とにかく座れ。冷める前に食べてしまうぞ」
「あ、うん」
スプーンを持ったシトラスが、恐る恐るチャーハンを口に入れた。しかし次の瞬間、しっぽがピクリと反応。そのまま左右に暴れだす。やっとこの姿を見ることができて嬉しい。チャーハン様々ってところか。この家に置いてある椅子が、背もたれのないスツールでよかった。
「なにこれ、なにこれ!? おいひい、ふぉいひぃよ!」
「あー、こらこら。口に食べ物を入れたまま喋るな。お代わりもあるから、ゆっくり味わって食べろ。ご飯は逃げたりしないぞ」
「でもボク、こんなほぃしいも――ングッ!?」
「ほら、言わんこっちゃない。スープがあるからこれを飲め」
「んっ……んっ……ん。――ぷはっ」
まったく世話の焼けるやつだ。しかしこうして目の前で、美味しそうに食べてくれるのは嬉しい。前世はずっと一人暮らしだったし、元の家でも離れで食事をしていたからな。
「チャーハンだけじゃなく、横に置いてある温野菜のサラダもちゃんと食べろ。バランスよく栄養を摂らないと、健康になれないぞ」
「これ、ちょっと酸っぱいけど美味しい!」
「苦手なものが無いようで何よりだ。さて、俺も食べるか」
スプーンでチャーハンを掬い口へ運ぶ。精白度が低いので少し食感は悪いが十分美味しい。なにせこの世界にある水麦は、ジャポニカ米とよく似ている。大陸のいたる所に湿地が広がっているせいで、小売価格も非常に安価だ。
そのため上人は乾いた土地で育つ麦を食べ、野人はどこでも育つ水麦――いわゆる玄米が主食になった。しかもどうやら精米するという知識がないらしい。
「ねえ、水麦がこんなに美味しく食べられるって、どうして知ってたの?」
「俺は読書が趣味でな。そこから得た知識だ」
前世の知識だけどな。
まだそのあたりは秘密にしておこうと思ってる。お互いの信頼関係がしっかりできて、自分たちの身を守れる力がついたら伝えよう。
「これをみんなに教えてあげたら、すごく喜ばれると思うんだけど……」
「残念ながら、それはできない」
「どうしてさ! 確かに水麦を棒で突くのは疲れるよ。腕はだるくなってくるし、単純作業で全然面白くない。なんでボクはこんな目にあってるんだろうって、途中で悲しくなった。でも水麦がここまで美味しくなるなんて、知らなかったんだ。これを独り占めするとか、ひどいじゃないか」
「別に意地悪で言ってるわけじゃない。説明するから落ち着いてよく聞け、お前なら簡単に理解できる」
「……わかった」
「茶色い状態で食べる水麦には、生きていくのに必要な栄養が詰まっているんだ。だがこうして白くすると、それが無くなってしまう」
日本人が玄米食から白米中心に変化した時、脚気という病気が流行ってしまった。要はビタミン不足だ。
「俺は白い水麦と一緒に、野菜や肉を食べさせてやれる。でも街にいる従人や、湿地で暮らす野人はどうだ?」
「たぶんこんな豪華なご飯、食べられないと思う」
「そうなると数多くの野人たちを、栄養不足で死なせてしまうかもしれない。それにこれはさっき買った、売り物にならない野菜や果物から作っているソースだ。まだ熟成途中で味がまとまりきってないが、少しだけチャーハンにかけてやろう」
「すごい、ご飯の味が変わった! これも美味しい」
人によってはチャーハンにウスターソースをかけたりするからな。今日の味付けはシンプルなものだし、ソースもよく合うだろう。
「俺がこれから食卓に出す料理は、誰も見向きしなかったものや、捨てられる材料で作ったものが多い。さっきお前が飲んだスープ、それも鳥の骨で出汁をとったんだぞ」
「骨ってこんなに美味しいの!?」
「もし今までゴミになってたものに価値があるなんて知られたら、どうなると思う?」
「ボクたちが時々口にできた野菜くずや、骨に残ってる肉とか食べられなくなる……」
「さすがシトラス、理解が早くて助かる。今の支配階級を変えられない状態で広めたら、最下層で暮らす者を更に苦しめる結果になりかねない。だから安易に公開できないんだ」
「キミが意地悪してるわけじゃないってわかった。もう言わないようにするよ」
「さあ、話はここまでにしよう。ご飯が冷めてしまうぞ」
少ししんみりとしてしまったが、シトラスは食事を口に運びながら、しっぽをブンブンと揺らす。少し余るかと思っていたチャーハンをきれいに平らげ、スープのお代わりまでしてくれた。満足してもらえたようで何よりだ。