0079話 よく効く裏技
誤字報告ありがとうございました。
仏教っぽくなってた!w
家へ戻ってくると、玄関ポーチにシトラスが立っていた。あいつ、俺が帰ってくるのを外で待ってたのか。あの子が倒れていた現場を見ているんだ、よほど心配だったんだろう。俺が門をくぐると走り寄ってくる。
「薬は手に入った?」
「ああ、ローゼルさんの商会に売ってもらえた。それで、様子はどうだ?」
「熱が上がって苦しそうにしてる。息も荒くなってるし、見てられないんだ。早く治してあげてよ」
急かされるように家へ入り、ゲストルームの扉を開く。ベッドに横たわっている子供の容態は、確かに良くない。スツールに座ったミントが汗を拭き、ユーカリは手ぬぐいを水で冷やしている。
「すまん、遅くなった」
「タクト様、さっきから汗が止まらないのです」
「今夜が峠だと思います、旦那様」
ユーカリは猫種の子供が命を落とすところに、居合わせてるからな。危篤状態なのがわかるんだろう。
「すぐ準備をする、少し待ってくれ」
ミントに席を譲ってもらい、ベッドの横へ腰を下ろす。俺が帰ってくるまで、よく頑張った。すぐ薬を飲ませてやるぞ。
マジックバッグから治療薬のアンプルを取り出し、そこに魔力を流し込んでいく。
「ねえ、なにしてるの? 早く薬を飲ませてあげなよ」
「薬の効果がアップする方法を教えてもらったんだ。それを試してみる」
ローゼルさんによると、一部のブリーダーしか知らない裏技なんだとか。さすが本職だけあって、本にも載っていない知識を教えてくれた。本当にあの人には感謝しかない。
「薬の色が変わってきたです」
「白く濁ってきたのでしょうか」
「俺の魔力に反応して色が変わってるんだ。不透明になればなるほど、効果が上昇するらしい」
完全な乳白色になったところで頭部を折り、抱きかかえた子供の口にゆっくり流し込む。喉がわずかに動いているので、ちゃんと飲み込めたはず。これで良くなってくれよ。
「やった、表情が穏やかになってきたよ!」
「汗も引いてきたのです」
「炎症も消えてます。特効薬というのは、本当にすごいものなのですね」
いくらなんでも効き目が良すぎる。ちょっと魔力を込めすぎたか?
まあ効果があるぶんには問題がないだろう。
「とりあえず、これで大丈夫なはずだ。ところで、みんな飯は食ったのか?」
「水麦の炊飯だけは終わらせていますが、この子の様子が気がかりで……」
「ああ……確かにそうだよな。簡単なものを作ってやるから、飯にしよう」
「安心したらボク、お腹が空いてきたよ」
「ミントもお腹が空いてるの、忘れてたです」
「お手伝いします、旦那様」
焼き肉パーティーの残りで野菜炒めを作り、薄藻と細ネギのすまし汁で遅めの昼食にする。というか、ちょっと早い晩飯だな、これは。夜は軽食で済ませよう。
「ユーカリに聞いたんだけど、あれってすごく高い薬なんだって?」
「ああ、おかげで貯金が無くなった」
「あの……旦那様、それだけで足りたのでしょうか?」
「いや、全く足りなかったから、セイボリーさんに出資してもらってる」
「セイボリー様は、おいくら出してくれたのです?」
「一千万だ」
俺の答えを聞いて、三人とも食事の手が止まる。この別荘を無償で借りてなければ、明日から野宿するところだった。我ながらあと先考えずに行動したものだ……
「そんな大金、どうやって返すのさ」
「出資と言ったろ。だから返す必要はない。ただこれから先、金額に見合うアイデアやレシピを、セイボリーさんに提出していかねばならん」
三人にセイボリーさんと交わした条件や、野良従人の処遇について話しておく。それが一段落したとき、ゲストルームの扉が開いた。もう起き上がれるまで回復したのか?
「……いい匂い、する」
「治ったばかりなのに、歩き回ると危ないですよ」
さっと立ち上がったユーカリが、子供のそばに駆け寄る。ちょっと母親っぽくていいな。
「……平気。でも、お腹空いた」
言葉にした途端、くーと可愛らしい音が、お腹から鳴った。
「少し待ってろ。消化に良いものを作ってやる」
「……上人が、作るの?」
「こいつの作るご飯は美味しいから、任せておけばいいよ」
「それより、こっちに来て座るです」
さっきまで死にかけていたとは思えん回復力だ。まあいい、とりあえず料理を作ってやろう。
◇◆◇
自作の顆粒だしと溶き卵で作ったお粥をトレイに乗せ、食堂へ運ぶ。俺の方をボーっと見つめる目からは、感情が読めない。なかなか不思議な子だ。
「お食事ができたですよ、シナモンさん」
「名前はシナモンというのか」
「……あふい」
こいつ、マイペースすぎる。ホカホカと湯気が上がってるお粥を、そのまま口に突っ込むやつがあるか。俺はシナモンからスプーンを奪い取り、すくったお粥を魔法で軽く冷ます。
「ほら、これならどうだ」
「……まだ熱い」
猫舌か!
いや、こいつは猫種だった。お約束すぎるぞ。
仕方ない、もう少し冷ましてやろう。
「これくらいなら大丈夫だろ」
「……美味しい」
おー、キラキラとした目でこっちを見やがった。でも、飲み込んだら無表情な顔に戻るのな。しかし視線はスプーンにロックオンしている。なに? もっと欲しいのか。
「これは全部シナモンのものだから心配しなくていい。次のが冷めたぞ、遠慮せず食え」
「……うまうま」
お粥を口にするたび、笑顔になるのが面白い。俺はお粥を少しづつスプーンに乗せては、シナモンの口へ何度も運ぶ。うむ、楽しくなってきたぞ。
「なんか餌付けしてるみたい」
奇遇だな、シトラス。俺も雛鳥に餌をやっている気分だ。
「よし、きれいに食べ終えたな」
「……まだ食べたい」
「さすがにこれ以上、お粥はやれん」
感情のこもってない目で俺を見つめるんじゃない。妙なプレッシャーを感じてしまうだろ。まあ、かなり汗をかいていたし、水分補給を兼ねて果物でも食わせてやるか。
「仕方がないな、ちょっと待ってろ」
病気の時に食べる、鉄板メニューといえばこれ! キッチンの収納庫から赤実を取り出し、皮を剥いて縦に切ったあと種を取り除く。塩水にサッとくぐらせ、電子レンジ魔法で加熱。魔法で冷ましながら、すり下ろせば完成だ。
この世界に桃があれば、シロップ漬けにしてやるんだが……
「果物のすり下ろしだ。美味いから食ってみろ」
俺の手をじっと見つめてどうした。なんだ、また食わせて欲しいのか?
まったく、とんだ甘えん坊だな、こいつは。
「ほれ、口を開けろ」
「……甘い」
シナモンの幸せそうな顔には、癒やし効果があるのかもしれん。胸の奥がほっこりする。
しかも普段が無表情なぶん、余計に可愛く見えてしまう。なかなか個性的な従人を拾ってしまったものだ。俺のもふもふパラダイスが、また賑やかになるぞ。
主人公はすりおろしたリンゴが黒くならないよう、ひと手間かけてます。
次回は「0080話 シナモン」。
彼女の身におきたこととは……