0078話 投資と覚悟
ゴナンクにあるタラバ商会の支所へ行くと、すぐセイボリーさんが来てくれた。何度も足を運んでいるおかげか、アポ無しで取り次いでくれたのはありがたい。
「なんだタクト、そんな格好で来やがって。しかも今日は会う予定なんか、入れてなかっただろ」
「すまないセイボリーさん、急に金が必要になってな。突然で申し訳ないが、ビジネスの話をしにきた」
「おっ!? もしかして探してるとか言ってた従人が見つかったのか?」
「ああ、そのとおりだ。しかしちょっと……」
「まあいい、せっかくお前から訪ねてきたんだ。話を聞いてやるから、奥へ来い」
歯切れの悪い態度からなにか察してくれたんだろう、セイボリーさんは会長室へ俺を連れて行く。そして奥にある応接室の扉を開けると、マトリカリアがお茶の用意をしながら待機していた。
なんだ、この準備の良さは。もしかして俺の行動を監視してるわけじゃあるまいな。
「時間がないので、本題に入らせてくれ」
ソファーに座ってお茶に口をつけたあと、さっそく話を切り出す。
「セイボリーさん。俺に投資してくれないか?」
「いったい幾らだ」
「一千万」
「おまえ、それを本気で言ってるのか?」
「もちろんだ」
セイボリーさんに思いっきり睨まれるが、俺は即座に返答する。モフモフのためだ、こんなことでビビってなんかいられん。
「おい、タクト。そんな大金、いくら俺でもポンと出せんぞ。お前は投資と言ったが、俺の商会にどんな利益をもたらしてくれる」
「俺の持つレシピ、そして服や魔道具のアイデア、それらをタラバ商会に独占提供する。先日エチゼン工房に発注した魔道具があるだろ」
「あの鉄の板を温めるやつか」
「まずはその調理器で使えるレシピを用意してきた」
あの魔道具は上に乗せる鉄板を、波型と平型に取り替えることが可能だ。それらで作ることの出来る、焼きそばやお好み焼き、餃子や棒付きフランクフルト、そして焼肉やチーズタッカルビを教えていく。もちろんそれに使うソースやタレ、マヨネーズとケチャップのレシピも。
「ただの四角いフライパンかと思っていたが、こんなものが作れるのかよ……」
「あの魔道具は小規模な屋台でも導入しやすい。そしてソースやタレを提供してやれば、家族全員で料理を楽しめる調理器具だ。火を使うものと違って、安全だからな。民生用と業務用、どちらも販路が見込めると思わないか?」
「しかも調味料のレシピは、うちで特許を取れば独占できる。ふむ、悪くないな」
どうだ。投資をすぐ回収するのは難しいとしても、十分利益は出るはず。しかもこの先、俺はタラバ商会にしかアイデアを提供しない。
「実際にどんな物ができるかは、後日改めて実践したい。今日は紙の資料だけで勘弁してくれ」
「まあお前にはボーナスを出そうと思っていたし、これを見せられたら乗ってみようって気にもなる。だがそんな大金、いったい何に使うんだ。レア従人を何人も買える金額だぞ」
「死網病の治療薬が必要なんだ」
「……お前なぁ。また厄介なことに首を突っ込みやがって」
仕方ないだろ!
貴重な八ビット持ちの従人なんだぞ。しかも黒い猫種で、しっぽがかなり長い。そんな逸材を、見殺しになんて出来るか。
「タクト様の持つアイデアを、ご主人さまの商会が専売できるのです。この提案を逃す手はないと思いますが」
「確かにそうなんだよな。カレーパンはかなり好調で、ゴナンクにも支店を出す予定だし、ここ数日の売上はとんでもないことになってやがる」
すまんマトリカリア、援護射撃感謝する。俺がただ金の無心に来たわけじゃなく、従人を救うために使うと聞いて、助け舟を出してくれたんだろう。セイボリーさんの右腕と呼べる存在を、味方に引き込めたのは大きい。
「あー、わかったわかった。少し待ってろ。これだけ大きな金額は、稟議を通さんと出せん」
「すまない、恩に着るよ」
俺はテーブルに両手をついて頭を下げる。これまで貯めてきた手持ちの資金と合わせ、薬代の方はなんとかなりそうだ。あとはロブスター商会に在庫があることを祈ろう。
◇◆◇
ロブスター商会の本店は、とにかく大きい。大小様々な建物が立ち並び、一部は団地のような作りになっている。ブリーダーとしても最大手の商会だから、これだけの規模が必要なのだろう。
従人販売店の中へ入ると、受付の女性がスッと立ち上がった。
「ロブスター商会本店へお越しいただき、誠にありがとうございます。お名前はタクト様で、間違いございませんか」
「ああ、そうだ。恐らく初対面だと思うが、どうして俺の名前を知っているのか、よければ教えてくれないか?」
「先日のコンテストは、全ての従業員が観戦しておりましたので」
なるほど。雇用主が主催したコンテストだもんな。優勝者の従人を使役していた俺は、有名人ってことか。
「今日はロブスター商会に工面してもらいたいものがあって、寄らせてもらった」
「どのようなものをご用命でしょうか」
「死網病の治療薬を売って欲しい」
「――!?」
一瞬固まった受付嬢だが、すぐ接客用の表情を取り戻す。
「支配人を呼んでまいりますので、少々お待ちください」
「手数をかけるが、よろしく頼む」
女性がカウンターの奥にある部屋へ入っていくと、すぐローゼルさんが来てくれた。受付と支配人室が隣接しているって、かなり珍しいレイアウトの気がする。ローゼルさんがそれだけ現場を大切にしてるという、証なのかもしれない。
「やあ、こんにちは。コンテストで優秀な成績を収めた従人を使役している、タクト君が来てくれるなんて光栄だよ」
「アポイントメントもなしで来訪して申し訳ない」
「そんなことは気にしないでくれたまえ。それより、奥で詳しい話を聞かせてもらえるかな」
カウンターの奥へ入れてもらうと、すぐそこが執務室になっていた。組織のトップが入る部屋は、見晴らしが良い上の階なんてイメージがあったので、ちょっとびっくりだ。執務机こそ重厚で立派だが、こじんまりとした部屋で調度品も最低限しかない。
「私の方でも確認したいのだが、死紋病の治療薬が欲しいということで、間違いないかね」
「どうしても助けてやりたい従人がいる」
「まさかタクト君がそのような過ちを犯すとは考えられないが、三人の誰かということはあるまいね?」
こんな顔もできるのか、ローゼルさん。俺を見つめる目はセイボリーさんのように鋭く、商売人としての貫禄を感じられる。
「実は路地で倒れている野良の従人を見つけてな。将来有望なので俺の従人にしようと思ってるんだが、そいつが死紋病に罹患していた」
「死紋病の治療薬は、とても貴重だ。その主な購入者をタクト君は知ってるかい?」
「コンテストで何度も好成績を上げた、家名持ちの従人くらいにしか使わないだろ。そんな実績を持った従人は、億単位の価値を持つ。なにせ使役しているだけで、金脈が集まってくるからな」
そうした従人が死紋病に侵されるのは、可愛がる方向を間違えた契約主のせいだ。なにせあの貝は健康食品のひとつなので、ご褒美に与えようとするやつもいる。
内蔵の処理が甘かったり、加熱が不十分な料理を食べたせいで、病気になってしまう。資格を持たない素人が処理したフグや、衛生面の点で禁止されている生レバーを食べて、食中毒を起こすのと本質は変わらん。
「いくらタクト君が相手でも、簡単に薬を売ることはできない。それは優秀な従人を、一人でも多く救うためだ。しかしきみは見ず知らずの野良従人に、それを与えようとしている。自分がなにを言っているのか、わかっているのかね」
「もちろんそんなことは、百も承知している。しかし従人の優劣は、コンテストの成績だけではない。俺は自分が使役している三人と同じ可能性を、その野良従人に見い出した」
なにせ八ビット持ちだからな。この価値は俺にしかわからん。
「それだけでなく、放っておけない理由もある。俺が保護している野良従人はボロ布を身に着け、体はやせ細ってた。なにかの身代わりにされた可能性が高い」
「つまり捨て駒として使われ、病気に見せかけて捨てられた。タクト君はそう言いたのだね」
「証拠など全くないがな」
そもそも野良野人など、めったに発生しない。例え使い捨ての道具と同じ扱いをしたとしても、管理だけはしっかりされているからだ。それに販売店から逃げ出した可能性も排除していい。そんな従人を仲介業のローゼルさんが、知らないわけないからな。となれば、おのずと理由は絞られていく。
「犯罪者かもしれない従人を、タクト君は匿っているわけだ」
「自ら犯罪に手を染めたいと思う従人は多くない。原因のほとんどは待遇や制約にある。まだ成人もしてない子供が、理不尽な理由で命を落とすなど、あってはならん。それを救うためなら、こんなはした金など惜しくない」
俺はテーブルの上に、一枚で百万の価値がある大判をぶちまける。それを見たローゼルさんは、腕を組んで考え込んだ。
「……ふぅ。たった一人の従人のため、そこまで言い切れるのか、タクト君は」
「馬鹿げたことを言っているのはわかっている、だからここに来たんだ。ローゼルさん以外に薬を売ってくれそうな人を、俺は知らないからな。このとおりだ、頼む」
セイボリーさんへやったように、俺はテーブルに両手をついて頭を下げる。
「顔を上げたまえ、タクト君。悪かったね、きみの覚悟を聞いておきたかったんだ」
「なら薬は売ってもらえるのか?」
「きみのような男に頭を下げさせたんだ、その要望に答えられんようでは商売人の名折れ。喜んで提供させてもらおう」
「ありがとう、助かるよ」
もし俺がただの観光客なら、門前払いを食らっていただろう。こうして話を聞いてくれたのは、コンテストで結果を出した三人のおかげだ。今夜はモフりまくってやるからな。
ローゼルさんは部屋にある金庫を開け、中から一本の瓶を取り出す。実物を見るのは初めてだが、ガラス製のアンプルそっくりだ。
「死紋病は初めてのケースだが、ここのところ同様の事例が多くてね」
「それはアインパエから流れてきた犯罪者による、違法な従人取引が原因なのか?」
「さすが四つ星冒険者だ、そのとおりだよ」
なんとも言えない渋い顔をしながら、ローゼルさんは俺に薬を渡してくれた。あの状況だ、普通じゃないとは思っていたが、他に何人もいたとは……
まったく、嫌な予感ってのはよく当たる。
「とにかくその子を救えば、我々が苦慮している犯罪組織を、炙り出せるかもしれない」
「それを考えるのは、子供を助けてからにしよう。それより、この金で足りるだろうか」
「貴重な証人のために、サービスしてもいいのだよ?」
「せっかくの申し出だが、それは断らせてくれ。自分と契約させる従人を、自ら救ってやらねば意味がない」
「なんともまあ。真っ直ぐというか、不器用な人だね、タクト君は。とにかくその子はうちに連れてきたまえ。こちらで出来るだけの便宜を図ってあげよう」
「すまない。それだけでもかなり助かる」
こうして俺はロブスター商会をあとにし、急いで家へ戻る。もう少しだけ待っていろよ、すぐ治してやるからな。
オークションの時にもチラッと出ましたが、レア種の従人でも落札額は7桁(100万単位)です。この薬がいかに高価か、なんとなく想像していただけると。
次回は「0079話 よく効く裏技」をお送りします。
やらかす主人公。