0077話 野良従人
月曜日の存在を忘れていたので、今日も更新。
全部祝日が悪い。
倒れている従人が着ているのは、貫頭衣のようなボロ布で、靴すら履いていない。血を流すような怪我はしていないようだが、ちょっと嫌な予感がする。とにかく考察は後だ、まずは保護しよう。
「おーい、お前ら。俺にも野良従人を見せてくれないか」
「別にいーけど、臭くて汚いぞ」
近づいて首筋に手を当ててみる。脈拍は速く体温もかなり高い。規則正しい呼吸をしているが、この衰弱ぶりは危険なレベル。例えこいつが八ビット持ちじゃなくても、放っておけない状態だ。
「なあ、こいつを俺にくれないか?」
「えー!? オレたちが見つけたんだぞ」
「そーだ、そーだ! 大人のくせに、子供からモノを取り上げるのかよ」
「にーちゃんは従人を連れてるじゃん。野良まで欲しがるなんてズルいぞ!」
「ただでよこせとは言わん。ちゃんと対価を払おう」
俺はマジックバッグから、途中で買ったお菓子の箱を取り出す。シトラスすまん。また買い直してやるから、世界の終わりみたいな顔をするんじゃない。
「おー、すげー! これ並ばないと買えないやつだ」
「オレ一回だけ、とーちゃんに買ってもらったことがある」
「ムチャクチャ美味しいって、聞いたことあるぞ」
「どうだ、これで手を打ってくれないか?」
「いいぜ! それは兄ちゃんに譲ってやらー」
「屋台で飲み物を買って、早く食べようよ!」
「うひょー、大儲けだー」
三人の子どもたちは、お菓子の箱を持って走り去っていく。開店直後に並ばないと買えないものだが、致し方あるまい。なにせモフモフを救うためだ。
「うぅっ、ボクのおやつ……」
「この埋め合わせは必ずする。だから今日は我慢してくれ」
しょぼんと萎れたしっぽを見るのは、正直いって俺も辛いんだからな。しかもせっかくのデートだったのに、このままでは中途半端に終ってしまう。
「まあ、この子のことは放っておけないし、今日は我慢してあげるよ」
「とにかく家へ戻ろう。色々と準備しないといけないものがある」
恐らくこの従人は、厄介なものを抱えてるはず。小柄で体力もなさそうだから、いつまで体が持つかわからない。だがそんな結末を迎えさせるわけにはいかん。せっかく見つかった八ビット持ちだ、こんなことで失ってたまるか!
マジックバッグから取り出した薄い毛布にくるみ、子供の従人を抱きかかえる。やはりとんでもなく軽いな。まずは体をきれいにして、ベッドへ寝かしてやろう。
◇◆◇
家のドアをくぐると、驚いた顔でミントとユーカリが出てきた。
「もう帰ってこられたのですか?」
「それよりも、旦那様が抱えてらっしゃるのは……」
「ふわっ!? 猫種の子供なのです」
「街なかで野良従人を発見して、とりあえず保護してきた。実はこいつ、八ビット持ちなんだ。できることなら俺の従人にしてやりたい」
「ミントは賛成なのです!」
「わたくしも、それがこの子のために一番幸せだと思います。ですが呼吸も荒いですし、熱っぽい顔をしてます。病気なのでしょうか?」
「拾ってからの短時間で、急速に症状が悪化してきた。とりあえずベッドへ寝かせたいから、ユーカリは着替えや拭くものを頼む」
「承知いたしました、旦那様」
急いでゲストルームへ運び、着ているものを全て剥ぎ取る。やはり女の子だったか。すまんが緊急事態だ、このまま清浄魔法をかけさせてもらうぞ。
「旦那様、着替えを持ってまいりまし――!?」
ユーカリが、ベッドに横たわる従人を見て、固まってしまう。この姿を見たら、その反応は仕方がない。
「落ち着けユーカリ。シトラスやミントには知られたくない。そのままそっとドアを閉めるんだ」
コクコクと首を縦に振ったユーカリが、言われたとおりにドアを閉じながら、部屋へ入ってくる。
「……旦那様。まさかこの子の病気って、死網病ですか?」
「ユーカリは知っていたんだな」
「はい。わたくしがカンブリ家にいた頃、下働きをしていた猫種の子供が同じ症状で……」
「これは様々な条件が揃わないと、発症しない病気でな。市場に出回らない、ある食材が原因だ」
この子は深い海にしか生息しない貝の肝を、生食してしまったのだろう。そこに含まれる成分は、体の中で一番よく動く部分、つまり心臓付近に炎症を起こす。そして胸に網の目のような内出血を浮き上がらせる。それは徐々に大きくなっていき、心臓と同じサイズになってしまうと、もう手遅れだ。
これは獣人種しか罹患せず、小柄な猫系に発症例が多い。ずいぶん昔の話だが、面白半分に野人たちへ与えるバカが跡を絶たず、この国では流通が規制されていたはず。
「そういえば子供が亡くなる数日前、奥様が旅の行商人から珍しいものを購入したと、家令長が申しておりました。そしてわたくしたちに、触れてはいけないとも」
「他国の行商人なら規制の目をかいくぐって、高く売りつけようって輩がいるかもしれんな。病気のことを知っていた家令長は、事故がおこらないよう警告してくれたんだろう。だがその子は好奇心に負けたのか、あるいはゴミの処理中に触れてしまい、口に入ったのかもしれん」
「この子は治るのですか?」
「特効薬が存在する。ロブスター商会なら売ってくれると思う」
「カンブリ家では治療することが出来ないと聞きましたが、薬はあるのですね」
「その薬は非常に高価なんだ。恐らくカンブリ家の財務状態だと、容易に支払えなかったはず。俺はこれから金の工面に行ってくる。なるべく早く戻るから、その間のことは頼む」
「かしこまりました、旦那様」
俺はスーツに着替え、まずはタラバ商会へ向かう。関わってしまったからには、必ずあの子を助けてみせる。そのためなら、ありとあらゆるものを利用してやるからな。
奔走する主人公。
必要なお金とは一体……
次回「0078話 投資と覚悟」をお楽しみに。