0075話 焼肉パーティー
別荘の二階にあるルーフバルコニーへテーブルを運び、その上にエチゼン工房で作ってもらった魔道具を置く。魔力をチャージして起動させ、表面に油を薄く塗る。波型のプレートが熱を持ち始めたら準備完了だ。決して凝った料理ではないが、今日みたいな日にはぴったりだろう。
トングを使って肉や野菜を並べていくと、食欲をそそる音が聞こえてくる。やはり魔法を使った調理とは、ひと味もふた味も違うな。プレートが大きいので、一気に調理できる点もいい。
「肉は焼きすぎると固くなるから、そろそろ食べられるぞ」
「やったー! いただきます!!」
しっぽをブンブン揺らすシトラスが、取り皿へ肉を山盛り乗せていく。まあ優勝記念のパーティーだ、今日は好きなだけ肉を食え。
「お肉の食べ比べが出来るなんて、夢みたいなのです」
「どんどん焼いていくから、遠慮せず食えよ」
ブル系の肉が三種、ボア系の肉が二種、そしてコッコ鳥の肉も揃えてみた。しかもそれぞれ部位によるバリエーションもある。三十種類近くの肉を食べ比べるなんて、上人でもめったにできない体験だろう。
「海で食べたときのと違いますが、こちらのソースも美味しいです」
「これは焼肉のタレといってな、鉄板で調理する料理専用のものだ」
「ご飯ともよく合うよー」
「青菜の上にタレ付きの肉を置いて、細く切った生野菜を巻いて食べても美味しいぞ」
「ミント、それやってみるです」
やはり副賞で肉を選んだのは正解だったな。なにせ三人で四つの特別賞をもらえたから、欲しい物がすべて手に入っている。肉ばっかり選んでどうするんだと、セイボリーさんに呆れられたが……
こうして焼肉パーティーでもすれば、景品でもらったぶんくらいなら、あっという間になくなってしまう。
「黄玉や赤根も焼けてまいりましたね」
「次は丸菜と丸ネギを乗せておくか」
「自分で焼きながら食べるというのは、とても楽しいです」
大人から子供まで、どんな世代でも楽しめるのが焼肉だ。この手軽さに肩を並べる料理は、そんなに多くないだろう。なにせ材料を切るだけで準備が完了するし、乗せるだけで調理も終了する。
まあ瓶入りのタレなど売ってない世界だから、その点だけは面倒なんだよな。
セイボリーさんに教えて、焼肉のチェーン店でも作ってもらうか?
「運動会を頑張ってよかった! ボク幸せだよ」
「そうだシトラス、明日は二人だけで出かけないか?」
「いいけど、なにするの?」
「優勝のご褒美に、なんでも好きなものを買ってやるぞ」
「ホント!? じゃあ行く、絶対に行く!!」
ユーカリとはよく買い出しに行くし、ミントとは時々散歩をしている。コンテストの準備でバタバタしていたから、ゴナンクではまだシトラスと出かけたことがない。この機会にデートを兼ねて、二人だけでショッピングと洒落込もう。
「そういうわけなんで、すまんが二人は留守番を頼む」
「はいです。ミント頑張って留守番するです」
「今日のシトラスさんはとても頑張ってましたから、明日は旦那様と楽しんできてください」
さて、明日の予定も決まったし、俺も思う存分肉を食うぞ。なにせもう半分くらいなくなってしまったからな。のんびりしていたら、食い尽くされる。
◇◆◇
順番に風呂を終わらせ、先に上がってきたシトラスのしっぽを、ドライヤー魔法で乾かす。肉を思う存分食べられたからだろう、今日のしっぽは実にごきげんだ。
「今日は激しい運動をしたが、ダメージが出てないようで何よりだ」
「ボクたちのしっぽって、そんなにヤワじゃないから平気だって。過保護すぎるんだよ、キミは」
「なにを言ってるシトラス。こういうのは、日々の積み重ねが大事なんだぞ。痛むのはあっという間だが、回復には時間がかかる。怪我なんかと同じで、一瞬の油断が命取りになりかねん」
「だからって、競技のたびにブラッシングしなくてもいいのに……」
あのときモフっておけば、なんて後悔するのはゴメンだからな。チャンスがあればモフらせてもらう。なんのためにブラシを何本も持ち歩いてると思ってる。
「それより、なにか欲しい物があれば考えとけ」
「うーん、これといって思いつかないんだよね。まあ、キミと二人だけで出かけるのって久しぶりだし、今はそっちのほうが楽しみかな」
くそっ、なんでこいつはいちいち可愛いことを言うんだ。俺を萌え殺す才能に溢れすぎてるだろ。まったく恐ろしい奴め。
「まあ街を歩きながら決めてもいいが、できれば形の残るやつにしろよ。食べるものならそれとは別に、おごってやるからな」
「うわっ、そこまで気前がいいと、なにか裏がありそうで怖い」
「裏なんてあるか! コンテストで優勝するってのはな、それだけ意義のあることなんだ。今回のがもし国営のコンテストだったら、俺は迷いなくお前に家名を与えてたぞ」
「そんなのいらないけど、もしかしてボクって凄いことしたの?」
この世界における序列ってのは、ある意味権力と置き換えられる。しかも力関係は、トップとそれ以外だ。一番を取ることが何より重要で、二位以下じゃ価値を認められない。
だから敢闘や努力を評価される今回のコンテストは、かなり異端だったということ。主催者がローゼルさんじゃなかったら、絶対に実現しなかっただろう。
「明日になればわかる、シトラスはちょっとした有名人になったからな」
「なんか出かけるの、嫌になってきたんだけど……」
「諦めろ。遅かれ早かれ、人の目に触れることは避けられん。できるだけ早めに慣れておいたほうが、後になって楽だぞ」
「悪人っぽい顔をして、気が滅入ること言わないでよ!」
ちょっと口角を上げただけで、なんて言い草だ。もう容赦しない。明日はどれだけ嫌がっても、あちこち連れ回してやる。そして俺の可愛いシトラスを、街中に自慢しまくってやるからな。覚悟しておけ!
次回は「0076話 シトラスとデート」をお送りします。
憧れの生徒会長様?