0074話 二つのキーワード
少し斜めに傾くように意識して、手にしたフライングディスクを放り投げる。観客席へ向かって飛んでいったディスクが、大きく弧をえがきながら高度を上げていく。
『おーっと、これは失敗か? このままでは競技エリアの外に飛んでしまいそうだ』
普通の従人なら難しいかもしれない。だが追いかけているのは誰だと思ってる、俺の可愛いシトラスだぞ。
『先ほどから華麗なパフォーマンスを魅せてくれている九番の選手、果敢にディスクを追いかけます! しかし競技エリアの端にあるロープ柵は、もう目の前だー』
事前にチェックしたが、柵に使われている杭は、かなり地中深くまで埋まっていた。あれなら十分、足場になる。
『なんと杭を踏み台にして大きくジャンプ! 空中で後方宙返りを決めながら、見事フライングディスクをキャッチしましたー!! 観客席の眼前で繰り広げられたパフォーマンスに、会場は大きく盛り上がっております』
「お前なら取れると信じてたぞ、シトラス」
さすがシトラスだ、俺の期待にきっちり答えてくれた。
「次はミント、いくぞ」
「今度は転ばないように頑張るです!」
手首のスナップを効かせて投げたディスクは、ゆっくりとしたスピードでミントの方へ飛んでいく。今度は慎重に後退しながら、両手を使ってディスクを挟み込む。
「やったーです! ちゃんと取れたのです!!」
『無事フライングディスクをキャッチした十番の選手、嬉しそうにその場で跳ねる。ぴょんぴょんジャンプする姿が実にかわいい。私の心もぴょんぴょんするぞー!!』
うさ耳がピコピコ揺れて、とても癒されるじゃないか。ディスクを持ってパタパタと走りよってきたので、受け取りながら耳をモフっておいた。
「今度はちょっと離れた場所に投げるからな」
「お任せください旦那様、必ずキャッチしてみせます」
ユーカリも気合十分だな。競技中に水着がずれてしまったショックから、すっかり立ち直れたようだ。まあ即座に魔法を発動しているので、誰にも見られていないはず。
『ディスクを追いかけて走り出す十一番の選手。運動が苦手な種族という常識を覆す動きに、観客たちが声援を送っております』
ちょっとしたファンクラブっぽいものが、出来てしまったという感じだろうか。コンテストでは時々見られる光景とはいえ、きっかけがさっきの事故という辺り気に入らん。俺の可愛い従人に邪な視線を向けてみろ、二度と使い物にならなくしてやるぞ。
「旦那様ー、見てください」
「ナイスキャッチだ、ユーカリ」
『ディスクをキャッチした十一番の選手が、夏の日差しにも負けない笑顔で微笑む。嬉しそうに契約主のもとへ走りよる姿も、実に可憐だ! このコンテストが運動会でなかったら、優勝間違いなしでしょう』
軽くジャンプした時に揺れるしっぽは、本当に素晴らしいな。ボリュームがあるので、動きをダイナミックに見せる効果がある。ディスクを受け取りながら、しっぽを軽くモフっておく。
普段の姿と違う一面を見せてくれたこのコンテスト、参加して大正解だった。
来年も必ずエントリーしよう。
◇◆◇
すべての競技が終わり、いよいよ結果発表だ。契約主と従人たちが、砂浜に置かれたお立ち台の前に集まる。
シトラスの入賞は堅いとして、ミントとユーカリに特別賞は出るだろうか。あれだけ会場をわかせていたし、何かしらもらえると思うのだが……
「いよいよ結果の発表です! 今年はこれまでで最も多い、四十八名の従人たちが参加しました。ご協力いただいた上人の皆様に、感謝申し上げます。その中で最も優秀な成績を収めたのは――」
実況者の男性が一旦言葉を切り、ステージの前に並ぶ俺たちを見渡した。
「――九番の選手です!! 狼種の類まれなる身体能力を活かし、見事に優勝を勝ち取りました」
「やった!」
よし! 小さくガッツポーズを取るシトラスと、ハイタッチを交わす。
今夜はごちそうを作ってやるからな。
「特に砂上のスピード競技で見せた八番との競り合いは、歴史に残る名勝負と言っていいでしょう。また走りだけでなく、バトルロイヤルやフライングディスクキャッチでも、会場を大いに沸かせてくれました」
どうやら二位のマトリカリアとは、点差がわずか五だったらしい。バトルロイヤルで奪い取ったアクセサリーの数次第で、順位が入れ替わっていたかもしれないのか。やはり彼女は強敵だな。来年は大差をつけられるよう、レベル上げにも励まないといかん。
そうと決まれば、前衛になれる八ビット持ちを探し出すことが急務だ。
「次は審査員特別賞の発表です。まず〝元気だったで賞〟に選ばれたのは、総合優勝を決めた九番の選手。そしてなんと、今年は満場一致でダブル受賞に選ばれた選手がいます。その愛らしい姿で注目され、〝可愛かったで賞〟と〝よく頑張ったで賞〟を贈られるのは、十番の選手です!!」
「ミント、二つも賞をもらえたのです」
「良かったじゃないか、ミント」
本来なら特別賞は一人に付き一つだけだが、今年は大会審査員と一般審査員の思惑が一致。特例として認められたんだとか。まあ成績もそこそこ良かったし、実況者にも気に入られてたからな。ある意味当然かもしれない。今夜はご褒美に、耳をモフりまくってやろう。
「そして〝大きかったで賞〟が十一番の選手に贈られます」
「ちょっと恥ずかしいです」
顔を赤くしたユーカリが、俺の後ろに隠れてしまった。自分の体を抱きしめるような格好をすると、胸が持ち上がって余計に目立つからな。そんなポーズを無意識にやってる辺り、なかなか恐ろしいものの片鱗を見た気分だ。
「バトルロイヤルでは謎の光に阻まれましたが、その可憐な姿は多くの観客を魅了しました。狐種の魅力を余すところなく伝えてくれた、大変素晴らしい選手だったと言えるでしょう」
そうして特別賞が次々発表されていく。〝笑えましたで賞〟とか〝残念だったで賞〟とか、プライベート開催のコンテストというのは、なかなかに面白い。
「それでは初出場で総合優勝を勝ち取り、使役している三選手すべてに賞を贈られた、契約主のタクトさんにインタビューしたいと思います」
いよいよこの時が来たか。三人のおかげで注目度が非常に高くなった。これは最高の舞台と言ってもいい。俺のやり方を、存分に宣伝してやろう。
「まずはおめでとうございます」
「ありがとう」
「今のお気持ちを、お聞かせください」
「初参加ということで色々と手探り状態だったが、結果を残せてホッとしている。最高の働きをしてくれた三人に、感謝の気持でいっぱいだ」
セイボリーさんが、ニヤニヤとした顔でこっちを見てるぞ。恐らく水着の注文でも殺到してるんだろう。いい宣伝になっただろうし、せいぜい儲けまくってくれ。
「三人とも素晴らしい成績を残されました。従人の育成で気をつけていることがあれば、教えていただけませんか?」
「俺は二つのキーワードを大切にしている」
「キーワードですか。それは一体」
「従人育成に必要なもの、それは〝衣食住〟と〝心技体〟だ」
「聞き慣れない言葉ですが、どういった意味があるのでしょう」
まあ前世で使っていた単語だしな。
「衣は衣服、食は食事、住は住まいを表す。そして心は心や気持ち、技は技術や才能、体は体や能力だ。これらはそれぞれが影響しあっている」
「ほほう、それは興味深い」
「それぞれの特性に合わせた衣装というのは、従人の美しさを増加させるだけでなく、各々が備えている技能も最大限に引き出ことができる。これが衣と技だ」
ここで少し間を置き、参加者たちを見渡す。
「栄養のバランスと味にこだわった食事は、体を丈夫にすると同時に、スタイルの維持にも影響を及ぼす。それが食と体」
よしよし、みんな興味深そうに聞いているな。
「そして楽しく穏やかに暮らせる住環境を整えると、心が健康になって魅力も増していく。最後に残った住と心の効果はこれだ。この三つが揃うと、俺が使役している従人のように、自ら結果を出そうとしてくれる」
「なかなか斬新な育成法です。しかしコンテストでは見事に結果を残しました。衣食住と心技体、これからのトレンドになるかもしれませんね」
この世界の常識から逸脱し過ぎると無視されるが、これくらいなら個人の裁量でなんとかなるだろう。ケモミミやしっぽを愛せとは言ってないのだし。
この場に集っている観客や参加者は、自分の従人を目立たせるための努力を惜しまない。同じことをしてみようと考える者は必ずいる。そんな輪が広がっていけば、何かしら変化を生むかもしれん。
とにかく肝心な部分は伝えてみた。
あとは後の歴史が証明してくれるだろう。
優勝記念のごちそうとは?
次回「0075話 焼肉パーティー」をお楽しみに!
(隠す気がないw)