0073話 午後の競技
感想で頂いたご意見を反映しメインキャラのみ、○番の選手という部分にルビをふることにしました。
前話も変更しておりますので、よろしければ戻ってみてください。
お昼の休憩をはさみ、午後の競技が進んでいく。シトラスとマトリカリアの総合得点は拮抗しており、結果が発表されるたびに盛り上がっている。
『十番の選手が大きくバランスを崩し、転落してしまった! すかさず浮き輪が投げ入れられたが、どうやら必要なかったようです。ちっちゃいのに泳げるなんて凄いぞー! 巨乳は浮きやすいという噂を、見事証明してみせました!!』
「ミントは子供じゃないから、ちゃんと泳げるのです! お胸は関係ないのですよ」
あの実況者、ミントからツッコミが返ってくるのを、楽しんでないか?
競技のたびにいじって遊んでる気がする。すっかり定番のやり取りになったせいで、観客たちも喜んでるな。セクハラ発言や誹謗中傷がひどいようなら、虫歯の痛みを味わわせてやるところだが、まあ好きにさせておこう。
『次は参加者の中でも最高クラスの戦闘力を持つ、十一番の選手です。果たして目隠しをしたまま、橋を渡り切ることが出来るのか。ここまで誰一人として成功していない、今大会でも屈指の難易度を誇る競技に、笑顔で挑みます』
なにせ浮桟橋だから、足場がかなり不安定だ。中央をゆっくり歩く程度なら揺れないが、この競技は目隠しした状態で走る必要がある。端に寄りすぎてバランスを崩したり、まっすぐ走れず海へ落ちる選手が続出し、誰一人として成功してない。
進んだ距離に応じた点数をもらえるが、シトラスは三分の二ほどで、ミントも半分くらいだった。しかしユーカリには目隠しなど、なんの障害にもならん。あの笑顔は俺にいいところを見せられる、気持ちの現われだろう。
「なんだ、変な顔しやがって」
「ユーカリが手を振ってきたから、微笑み返しただけだぞ」
「お前の表情は本当に読みにくいな。ミントのやつがどうやって正確に判別してるのか、不思議でならん」
「目付きの悪さは自分でもわかってるから、ほっといてくれ」
自分だってかなり強面のくせに、なに言ってるんだこの人は。ここは契約主だけが入れる特別な場所だが、俺たち二人に近づいてくるやつはいない。おかげで、この周囲だけポッカリ空白ができている。
「それより、ユーカリが海に落ちるのを、心配しなくていいのか?」
「ん? そういえばセイボリーさんには、ユーカリの特技を言ってなかった気がするな……」
「旨い茶を淹れられるのは知ってるが、他にもあるとは聞いてないぞ」
「ちょうど今からスタートだ、まあ見てるといい」
ヘッドバンド型のアイマスクを付けたユーカリが、係員の手を借りずにスタート地点へ立つ。競技のたびに手入れをしているしっぽは、他の誰よりもフサフサだ。
「頑張れ、ユーカリー」
「頑張ってくださいですー」
『十一番の選手がスタートを切りました! 慎重に第一歩を踏み出すかと思いきや、そのまま走り出すー!!』
浮桟橋といってもジョイント型でなく、完全な一体構造。直進する方向にさえ気をつけておけば、ユーカリにとって少し揺れる程度の一本道でしかない。
『なっ、なぜそんな事ができるのか不思議でなりません。まさか足に目でもついているのか? まるで見えているかのように、中央のラインを一歩も踏み外さず、進んでいくーっ!!』
俺の可愛いユーカリをクリーチャーにするのは、やめてもらいたい。
「凄いな、ありゃ」
「ユーカリの方向感覚は特別製だ。波で変化する浮桟橋の方角さえ補正すれば、視覚情報に頼らなくてもあれくらい出来る」
『これは素晴らしい! 十一番の選手、全く危なげなく橋を渡り切りましたぁーっ!! こちらへ向かってとてもいい笑顔で手を振る姿に、観客たちの視線は釘付けだー』
おい実況、ちょっと待て。あれは俺に向かって手を振ってるんだ。お前らに愛想を振りまいてるわけじゃない。なに鼻の下を伸ばしてやがる。全員尿路結石の痛みを味わいたいのか、こら。
◇◆◇
小型のボートで運ばれてきたのは、海に浮かぶ巨大なステージ。さっきの浮桟橋もそうだが、よくもまあこれだけ大きなセットを組んだものだ。ここに参加者全員が移動し、勝ち抜き戦をやるらしい。
『今年もやってまいりました。従人たちが覇を競う、海上のバトルロイヤル!』
大きな造花の付いたアクセサリーを頭につけ、それを奪い合う騎馬戦のような競技だ。とはいっても、馬役のいない個人戦だけどな。耳やしっぽを引っ張る、あるいはステージから落ちると失格。奪ったアクセサリーの数でポイントが入り、最後まで勝ち残った者にはボーナスがつく。
『ここまでの総合得点は八番の選手がトップ、僅差で九番の選手が二位につけています。この競技で順位の変動があるか、注目しましょう!』
この後にあるフライングディスクキャッチは、パフォーマンス競技になる。点数を競うというより、審査員特別賞の選考会みたいなものらしい。つまり、実質これで総合優勝が決まるわけだ。
『さあ、いよいよ戦いの火蓋が切られます! 今年の従人たちは、どんな戦いを見せてくれるのか。全員準備は整ったなぁー?』
三位以下を大きく引き離しているので、シトラスとマトリカリアの入賞は確定したも同然。そしてトップスリーに入った従人の契約者である俺は、勝利者インタビューを受けられる。しかし、ここまで来たら総合優勝を狙いたいと、シトラスは意気込んでいた。
なんだかんだで俺の発言が注目されるように、トップを取りたいんだろう。シトラスはそういうやつだからな。とにかく悔いの無いよう頑張れ!
『それでは、従人ファイト! レディィィィィー・ゴォー!!』
乱戦になると思わぬ反撃を食らったりするので、まずは様子見といった感じか?
いや、あそこに固まっている虎種や熊種の従人たち、なにか企んでやがる。事前に申し合わせでもしていたのかもしれん。
『中央付近にいた選手が、一斉に動きだしたぞ。狙っているのは十番の選手か?』
「はわわっ! 来ないでくださいですー」
『ステージの端に立つ十番の選手、怖がってしまったのか一歩も動けません。子供を集団で狙うとは何たる卑劣! 恥ずかしくないのかーっ!!』
「ミントは十二歳なのです、子供じゃないですよー」
バカだな、お前たち。それは想定ずみだ。なんでミントをあの位置に立たせたと思っている。
『襲われる十番、牙をむく野獣の集団。小兎はこのまま食べられてしまうのかー!』
いまだミント、いけ!
『えっ、十番の選手が消えた!? いや、違います。襲われる直前、自ら丸くなって転がったようだぁーーー! 襲いかかった選手たちが足を取られ、次々海へ落ちていくー!!』
見たか。これぞボーリング作戦だ!
『凄い、凄いぞ! 小柄な体型を生かした見事な戦略!! しかし、あれ? 十番の選手はどこまで転がっていくんだー?』
「目が回るですぅぅぅぅー」
しまった。練習で使った砂浜とは違い、ここは平坦なステージ上。今のミントが全力を出せば、勢いが付きすぎるのは道理。停止方法を教え忘れるとは、俺としたことがなんたる不覚!!
『進路上の選手を次々なぎ倒しながら、十番の選手も海へと転がり落ちてしまったーーーッ!』
すまん、ミント。だがステージ上の選手はかなり減った。お前の犠牲は決して無駄にしないからな!
『一気に少なくなった選手の間を縫い、三十二番が十一番に襲いかかる』
「申し訳ありません、あなたの動きは丸見えでした」
『狼種の素早い動きを難なくかわし、振り向きざまにアクセサリーを奪い取る。凄いぞ十一番、あれは狐種にできる動きじゃない!!』
まあユーカリもレベル二十だからな。一等級換算だとレベル百六十相当だ。ステータスだけなら、上位冒険者が連れている従人並みにある。
『次に動いたのは四十八番の選手だ! 猫種の特技を活かし、十一番の周りを高速で動き回る。どうする十一番の選手、このままなすすべなくアクセサリーを奪われてしまうのか?』
「――あっ!?」
浅慮すぎるな四十八番。そこは海の上にあるステージなんだぞ。そんなに動き回ったら、濡れた場所で足を取られてしまうだろ。
「危ない!」
『体勢を崩した四十八番の選手が、十一番ともつれ合うように倒れてしまったーっ』
避けようと思えば避けられたはず。しかし頭から突っ込んできたので、つい庇ってしまったようだ。そんなところは優しいユーカリらしい。
『あぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ! 十一番の水着が、水着がぁ!!』
「いやー、見ないでくださーい!!」
ちっ、やっぱりあったか、このお約束。
俺は準備していた魔法を即座に発動する。
くらえ深夜アニメ光線。
『なっ、何だあれは! 光の帯が十一番のボリューム満点な部分を覆い隠しているぞ!? 会場はブーイングの嵐だぁー!!』
あれは俺だけのものだ、お前らに見せられるか!
安心しろ、ユーカリ。落ち着いて、ずれた水着を直せ。
『十一番の痴態に目を奪われていましたが、いつの間にかステージ上に立っているのは、二人の選手だけになってしまっている』
もつれ合った勢いで、二人ともアクセサリーが外れてしまったから、その時点で退場か。まあ、こればっかりは仕方ない。
『総合優勝をかけ、にらみ合う両者。先に動くのはどっちだ』
ミントが生み出した混乱に乗じて、同時にアクセサリーを集めていたからな。あの二人、かなり気が合うのかもしれん。
『先に動いたのは九番! 遅れて八番も飛び出す! 交差する二人の動きが速すぎて、私の目では追いきれませんでした。はたして最後まで立っているのは、どちらなのかーっ!!』
マトリカリアが右腕を伸ばした状態で止まり、シトラスは片膝をついてうなだれる。
『九番の選手がゆっくりと右腕を上げた。そこに握られているのは、花飾りの付いたアクセサリー! バトルロイヤルの優勝は九番の選手!! スピード競技の雪辱を見事果たしましたぁぁぁーッ!!』
やったなシトラス。さすが俺の従人だ!!
この実況、黒襟の赤スーツを着て眼帯をつけてるかもしれませんね(笑)
次回は最後の種目と結果発表。
そこで主人公から語られる言葉とは?
「0074話 二つのキーワード」をお楽しみに!