0071話 開幕直前
ビーチには仮設の観客席が設けられ、多くの人で賑わっている。公式のコンテストじゃないから、もっと小規模なものかと思っていた。しかしこれは地方都市のお祭りレベルじゃないか?
この時期は他国からも観戦者が来るって話だし、観光客を呼び込むイベントという側面もあるんだろう。
「よう、タクト。調子はどうだ?」
「三人とも体調は万全だ。泳ぎもしっかりマスターできたから、安心して見ていられる」
「お前らが宣伝してくれたおかげで、水着の売れ行きも順調でな。またボーナスを出すから、欲しい物があったらなにか考えとけ」
「別に宣伝したわけじゃなが、儲かってるなら何よりだ。別荘も借りてるし、別にかまわないぞ」
海から近くて設備も充実した、かなりいい家を無償で貸してもらってる。一介の冒険者が暮らすには、分不相応な物件だ。
「まったく、相変わらず欲のない奴め。なんなら、あの別荘をやろうか?」
「いやいや、待ってくれ。そりゃいくらなんでも貰いすぎだ。そもそも根無し草の俺には、持ち家なんて管理できん」
「まあ確かにその問題があるか。管理人でも雇っとけばいいが、税金を払わずに放置しておくと、差し押さえられるしな」
不動産の管理をやらせるなら、必ず上人が必要になってしまう。ケモミミやしっぽを持ってない管理人を雇う? ありえんだろ、そんな事。ただの人間に支払う給料など無い!
「やあ、タクト君。今日は参加してくれて嬉しいよ」
「こんにちは、ローゼルさん。初めての参加だから、どこまで出来るかわからないが、三人ともやる気は十分だ」
「彼女たちの活躍に期待している。それから、子どもたちにフライングディスクを贈ってくれてありがとう。お礼が遅くなって申し訳なかったね」
「あの子たちはローゼルさんの商会で暮らしていたのか。待遇が良かったのも納得できる。手紙にも書いたが、あれは俺のワガママみたいなものだ。礼なんて気にしないでくれ」
系列の販売店で取り扱っている従人は、質や健康状態が他とは全く違っていたからな。愛玩用に力を入れてる商会とはいえ、ちょっと驚いたくらいだ。
「なんだ、タクトは主催者様と知り合いだったのか」
「ビーチで野次馬たちに囲まれていた俺たちを助けてくれてな。その時に少し話をさせてもらった」
「それにしても、今日の水着は先日以上に大変素晴らしいね。腰回りに大胆なカットを取り入れ、背中側をほとんど露出させた水着は、実に動きやすそうだ。そしてフリルのついたピンク色の水着は、小柄な彼女の可愛らしさをよく引き出している。胸元をしっかりガードしつつ、交差させた布の間から覗く素肌、これもまたいい」
海水浴の時は俺の趣味を前面に押し出したが、今日は三人の魅力を引き出す方向でデザインしたからな。シトラスはオレンジ色のモノキニ、ミントはピンク色のフレアビキニ、そしてユーカリは黒のクロスホルタービキニだ。
「おいおい、ローゼルにここまで言わせるなんて、ただ事じゃないぞ」
「そうなのか?」
「この男、ダメ出しすることはあっても、褒めることはめったに無いからな」
最初にビーチで見た極彩色の水着を見れば、文句の一つも言いたくなって当然だろう。あれでは従人の魅力を一ミリも引き出せていない。しっぽという素晴らしい部位を、目立たなくしてどうする。水着はあくまで添え物、色なんてシンプルな単色で十分。重要なのはいつもより詳らかに見えるしっぽなのだ!
「とにかくタクト君、それにセイボリー様。お二人が使役する従人の対決、実に楽しみだよ。では、主催の挨拶があるので、このへんで失礼させてもらう」
そう言ってローゼルさんはビーチへ歩いて行く。出場者たちをよく見ると、彼が使役している銀狐もいた。腰につけているワッペンには、一番の数字が書かれている。やはり一風変わったコンテストということで、体格と運動能力に恵まれた虎種や熊種、そして素早い動きが得意な猫種も多い。
もちろんシトラスと同じ狼種もいるし、レア種もちらほら見えるな。体を動かすことに向いていない出場者は、特別賞狙いだろうか。しかし五十人近くいるだけでも驚きだ。
「今年はタクトのおかげで、目に優しい大会になったな。見てみろ、俺の商会で作った水着の多いこと、多いこと」
「大変だったんじゃないか?」
「休み無しで働いた職人たちが、ぶっ倒れるほど忙しかったぞ」
それはちょっと申し訳ないことをしてしまった。なぜかフライングディスクが正式競技になっていたし、今日もビーチには浮き輪で遊ぶ子供が大勢いる。よくもまあ、この短時間でこれだけ量産できたものだ。特別ボーナスと休暇が出るみたいなので、ゆっくり休んで欲しい。
「俺はローゼルさんについてよく知らないんだが、あの人はどうして従人の扱いが良心的なんだ?」
「あいつは元気に躍動する従人の姿を見るのが、三度の飯より好きでな。その趣味が高じて、こんな催しを企画しやがった」
「それで健康管理に気を配ったり、従人たちを自由に散歩させているのか」
「従人を取り扱ってる業者の中でもかなり異端で、一部の商売敵から変態紳士なんて呼ばれてるぞ」
たしかに物腰や風貌が紳士然としているが、その二つ名はあんまりすぎるだろ。そんなことを言いだしたら、俺など超ド変態だ。自分で言ってみて悲しくなるが、ここを変えるつもりはない。俺のアイデンティティーだからな。
まあプライベートのコンテストを開けるほど、商売で成功しているんだ。ローゼルさんも同じような矜持を持っているはず。それを貫いてきたから趣旨に賛同する者も増え、こうして大きな大会へ成長したんだろう。
「それでも自分のやり方を曲げないのは立派だと思う。俺もあの人とは、いい関係を続けていきたい」
「俺がこのコンテストに誘ったのは、お前とあいつを引き合わすためだったんだが、すでに知り合ってたとは驚いた。しかも、かなり気に入られてるじゃないか」
「偶然とはいえ贈り物も渡しているし、色々波長も合ったんだろう」
従人を人道的に扱う人物は、俺にとってなによりも代えがたい宝だ。旅に出てからそうした人脈が徐々に出来つつある。本当に家を出て正解だった。
そんなことを考えていると、拡声器の魔道具を持ったローゼルさんが、ビーチに設置された台の上へ登る。
『本日はお暑い中、従人だらけの大運動会にお集まりいただき、誠にありがとうございます。今年は参加者も増え、大いに盛り上がることが期待されて――』
こうしてコンテストの火蓋が切られた。
次回は「0072話 ゴナンクビーチ杯 ダート1200m」です!
馬種の従人を登場させたからには、走らせないと(使命感