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0070話 ロブスター商会とタラバ商会

 ローゼル・ロブスターは重厚な執務机の上に書類を並べ、内容を確認したあとサインしていく。そうした日常業務をこなしながら思い返すのは、今日の朝に遭遇した出来事だ。


 コンテストの競技会場になるビーチを視察に行った際、異様な人だかりを見つけた。何事かと思い中へ割って入ると、そこにいたのは若い男に連れられた三人の従人(じゅうじん)


 毛色そしてスタイルともに、愛玩用としては最も需要がない種族である、鈍色(にびいろ)灰狼(はいろう)。一部のマニアに人気はあるものの、敬遠されがちな長春色(ちょうしゅんいろ)の毛が残念な穴兎(あなうさぎ)。そして毛色による評価が全てで、その中でも主流から外れている朽葉色(くちばいろ)をした野狐(やこ)


 三人の従人を使役するだけの財力を持っているなら、まず選ばないような者たちばかり連れている。にも関わらず、これだけ多くの者から注目を浴びるのは、いかなる理由なのか。自分も仲介業の端くれ、一目見るだけでその従人がどう扱われているのか、判別する程度は容易い。ローゼルは己の経験を信じ、三人を評価していく。


 陽の光を浴びて輝くみずみずしい肌は、毎日入浴をして清潔さを保っている証。おそらく風呂上がりに、保湿効果のあるクリームも使っているであろう。痩せすぎず、かと言って太ってもいない理想的な体つきは、完璧な栄養管理をされていると考えて間違いない。


 丁寧に整えられたしっぽや耳を見ると、どれほど愛情を込めて手入れをしているのか、よくわかる。単にブラシを通すだけで、このボリュームと艶を出すことは不可能。香油を使っていることは間違いないが、他にも必ず秘密があるはず。


 そして感情が素直に出ている表情。彼女たちからは、愛玩用としての使命に押しつぶされそうな悲壮感や、契約主の期待に応えようという意気込みが感じられない。あくまでも自然体なのだ。それでいて、決して埋もれない輝きを放っている。


 これほどの従人を使役している青年は只者じゃない、ローゼルの心はそう告げていた。


 なによりローゼル自身が、三人から目を離せないのだ。凛とした(たたず)まいが、スレンダーな体型の魅力を何倍にも高めているのは間違いない。種族的に気弱で庇護欲をそそる姿をしているのに、今の状況でも怯えず堂々と立っていられるのは、正直なところ驚いた。そしてこれまで見てきた狐種の中でも、トップクラスの魅力を放つ彼女はいったい何者なのか。


 三人が躍動する姿を見てみたい。そんな衝動に駆られたローゼルは、エントリー期間が終了しているにも関わらず、コンテスト出場を打診してしまう。主催者権限で出場枠にねじ込もうと考えながら……



◇◆◇



「なるほど、セイボリー様経由でコンテストに応募していたのか」



 机上に最後の書類を置いたローゼルは、ほっと一息つく。そして今年のコンテストに思いを馳せる。


 ここ数年、セイボリーの使役するマトリカリアが、圧倒的な強さを見せていた。容姿や立ち居振る舞い、そして彼女の持つ身体能力は、他の追随を許さない。どんな競技もそつなくこなし、必ず上位に食い込んでくる。毎年総合優勝をもぎ取っていく彼女に土をつけるのは、不可能だと思えるほど……


 様々な工夫をこらしながらコンテストを開催していたが、彼女の成績を脅かすことはなかった。今年もあきらめムードが漂う中、出会ったのがタクトたちである。ビーチにはコンテスト出場者や観客が大勢いたため、期待の星として盛り上がったわけだ。



「私の見立が正しければ、狼種の従人はかなり強い。何よりセイボリー様がエントリーさせたくらいだ。他の従人が備えていない何かを、間違いなく持っている」



 今日の様子を見る限り、兎種の少女も可憐な姿を見せてくれるはず。そして狐種の従人は、会場を大いに盛り上げてくれること間違いなし。期待に胸を膨らませながら、処理の終わった書類を整理していく。


 そんな時、執務室の扉が控えめにノックされた。



「入って構わないよ」


「……失礼します」



 入室してきたのは商会の繁殖(ブリード)部門で飼育している、ダークブラウンの癖毛が特徴的な犬種(いぬしゅ)の従人。そう、タクトたちに遊んでもらった子供の母親だ。



「なにかトラブルでもあったのかね?」



 今日は商会で管理している従人たちが、自由に屋外で過ごすことを許可された日。よほどのことがない限り、会長である自分の執務室へは来ない。私兵や警備隊から事件の報告も聞いていなかったローゼルは、いったい何があったのかと報告をうながす。



「今日は子どもたちを連れてビーチへ行ったのですが、そこで不思議な上人(じょうじん)の男性にお会いしました」



 その時点でピンときたローゼルだったが、黙って話を聞いていく。砂を使った全く新しい遊び方を教わったこと。子どもたちがその上人や、連れている従人たちにべったり懐き、別れ際に泣き出す者までいたこと。指圧という、肩が張ったり腰が痛いときに効く治療法を、教えてもらったこと。



「それから、代表者の方へ許可を取ってから使うようにと、このようなものを頂いてしまいました」



 女性が持っていた手提げ袋から取り出したのは、三枚のフライングディスク。そこには手紙が添えられており、時候の挨拶や無礼を詫びる文章に加え、遊び方が図解入りで描かれていた。



「やはりタクト君だったのか」


「お知り合いのかただったのですか?」


「今日初めて会って、少し話をしただけだがね。彼が渡したものなら問題ないだろう。飼育担当の職員に話して、子どもたちを遊ばせてあげなさい」


「はい。ありがとうございます」



 どうして会ったばかりの人物をそこまで信用できるのか、女性は不思議に思いつつ部屋をあとにする。一人残されたローゼルは、バンッと両手で机を叩きながら立ち上がった。



「飼育員ですら、子どもたちから距離を置かれているというのに、さすがタクト君だ。彼がどういった育成法を行っているのか、是非その口から語ってほしい。それにフライングディスクという遊具は使える。今年の競技へ取り入れることにしよう!」



 こうして急きょ競技内容が変更され、フライングディスクを使ったパフォーマンス審査の追加が、参加者たちへ告知されることに。こうしてゴナンクでは、ビーチで出来る新しい遊び方が、一気に浸透するのであった。




―――――・―――――・―――――




 ベッドの端に腰掛けたセイボリー・タラバは、サイドテーブに置いたコップの水を一気に飲み干す。



「どうだ、マトリカリア。シトラスには勝てそうか?」


「セルバチコさんとは、いい勝負が出来るようになったと思います。ですが先日お会いしたシトラスさんは、さらに強さが増していました。正直に申しますと、どこまで拮抗できるか計りかねます」



 セイボリーのギフトで経験値の譲渡を受けていたマトリカリアは、申し訳なさそうな声で答えを告げる。



「俺がタクトほど若ければ、お前をもっと強く出来たかもしれんのにな」


「そんな! 三等級のレベルをこれだけ上げられるのは、ご主人さま以外には存在しません」


「シトラスはおろか、ミントや四等級のユーカリまで、タクトがどうやって強くしているのか俺は知らん。だがマトリカリアを成長させられるのは、きっとあいつだけだろう。もし俺に何かあったら、お前はタクトの所に行け。あいつなら必ずお前を幸せにしてくれる」


「冗談でもそんなことを言うのは、やめてください。私はご主人さま以外に仕えるつもりはありません。だから……だから、私を捨てないでください、ご主人さま」



 涙をポロポロと流しながら、マトリカリアはセイボリーの背中へ縋りつく。



「……あー、いかんな。年を取ると、つい気弱になっちまう。すまんな、マトリカリア。頑張って長生きしてやるから、もう泣きやめ」


「ぐすっ……はい。その強気な態度こそ、私のご主人さまです」



 マトリカリアの頭を軽く撫でたあと、お姫様抱っこをしてベッドの中央まで運ぶ。今年で六十八になったセイボリーだが、彼のレベルは二百二十と高い。自分より背の大きな女性従人を運ぶ程度は、軽々と出来るのであった。



「そうそう。タクトのやつ、さっそく色々とやらかしやがったぞ」


「そういえばローゼル様から競技内容の変更について、連絡が来ていましたね。その件に関係しているのですか?」



 二人並んでベッドへ横たわると、しんみりしてしまった雰囲気を払拭するような明るい声で、セイボリーが語りだす。腕枕をしてもらっているマトリカリアは、セイボリーの胸元にそっと手を当てながら、話に耳を傾ける。ピンと立ったケモミミにセイボリーの吐息が当たり、マトリカリアの表情は恍惚としたものへ変わっていく。



「あいつがマツバ雑貨店に発注した、フライングディスクとかいう遊具。今日になって大量注文が来やがった。そのうちの一件に、ロブスター商会の名前があったぞ」


「なるほど。こんど説明会があるという競技に使うのが、そのフライングディスクというものなのですね」


「しかもそれだけじゃない。ズワイ衣料品店には水着の注文が殺到してるし、エチゼン工房は浮き輪の生産に追われている。まったく、儲かりすぎて笑いが止まらん」


「この街に来てまだ日が浅いですのに、タクト様の影響力はすごいと思います」


「今日はビーチに行くとか言ってたが、たった一日でなにをしやがったんだか。本当にあいつは面白いやつだ」



 愉快そうにカラカラと笑うセイボリーを見て、いつもの豪快で気風(きっぷ)が良いご主人さまに戻ったと、マトリカリアはホッと息をついた。



「確か円盤状の遊具だったと思いますが、どんな事ができるのか楽しみです」


「まあ勝ち負けは気にせず思いっきりやれ。ここ数年のお前は強すぎたが、今年はシトラスがいる。余計なことを考えず全力でぶつかったほうが、コンテストも盛り上がるだろう」


「はい。自分がどこまで出来るのか、挑戦してみたいと思います」


「なら、もう少し経験値を渡しておくか」



 熱い眼差しで見つめるマトリカリアをそっと抱きしめ、セイボリーは自分のギフトを発動する。こうして二人の時間は過ぎていくのであった。


実はセイボリーも、主人公に匹敵する激レアギフト持ちです。

(色々制約のあるギフトという設定)

若い頃に冒険者として財を成したのですが、使役していた従人の死をきっかけに商売人へ転向した……

なんて過去があったり無かったり。

そしてオレガノと出会い、影響を受けていきます。


彼の支配値は224なので、マトリカリアの他に三人の男従人を使役し、経験値を稼いでいます。

(16x3+176=224)

内訳は品質1番(0001)が3人、マトリカリアが品質11番(1011)の三等級。


◇◆◇


次回から、いよいよ運動会(コンテスト)編。

まずは「0071話 開幕直前」をお送りします。

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