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0069話 ついつい本気を出してしまった

 人の少なくなったビーチで弁当を広げる。毎日の混み具合を見て、ビーチでバーベキューは無理だろう、そう思って家で調理してきた。しかしこれだけ人が減っていれば、出来たかもしれん。今さら後悔しても詮無きことだが……


 とりあえず家で調理してきた食材にソースを塗り、魔法の火で温め直す。ガストーチの炎と違い、全体を均一に焼けるのが、魔法の便利なところだ。食材にしっかり火を通すのは、さすがに手間がかかりすぎるけどな。



「うわー、すごくいい匂いがする!」


「おっきなお肉や野菜が、たくさん刺さってるです」


「食材全体を取り囲むように、少し離れた場所に火を出すなんて、旦那様は相変わらず器用ですね」


「限定された範囲における事象改変であれば、大抵のやつに負けない自信がある」



 魔法の力場で熱を逃さないようにしているから、中は蒸し焼き状態になっているはず。ただ、魔力をかなり持っていかれるのが、欠点といえば欠点か。レベルアップの恩恵がなければ、これをやるのは難しかっただろう。


 まあ旨いものを食べるためだ、使える力を出し惜しみする必要はない。



「なんか、こういうのを見ると、ワクワクしてくるよ」


「旅の途中とは違い、凝ったものを作れるからな。それに最終工程を現地で行えば、特別感がでてくる」


「すごく美味しそうに見えるです」


「こうしてビーチで摂る食事は、不思議といつもより旨く感じるんだぞ」


「それは興味深いです。わたくしも楽しみになってきました」


「誰が作っても同じになるジャンクフードの味が、何故かずっと心の中に残っていたりする。それはビーチという場所が持つ、特別な力と言っていい」



 拡張現実技術で食品の見た目や匂いを変えると、味覚がごまかされるなんて研究結果がでていた。情緒のない言い方をすれば、味というのは舌が感じる電気信号だからな。どうしても脳の状態に左右されてしまう。


 なにせ空腹は最高の調味料、なんて言葉もある。シチュエーションや体調で、味の感じ方が変わってしまうのは必然。例え徒歩数分の場所に家があっても、ビーチで食事することにこだわった理由がこれだ。



「まだかな、まだかなー」


「香ばしい匂いがしてきたのです」


「こんな待ち遠しい感覚、生まれて初めてです」


「よし、そろそろいいだろう。火傷しないように気をつけて食べろよ」



 焼き上がったバーベキュー風の串焼きを皿に並べると、三人は競い合うように掴み取った。こらこらシトラス、二本いっぺんに食べる気か。盛大に揺れるしっぽに免じて今日は許してやるが、あまり行儀の悪い真似をするんじゃない。



「はふはふ! これ、今まで食べた串焼きの中で、一番美味しいっ!!」


「焼けたソースが絶品なのです!」


「食材にかかっているソース、いつも使ってらっしゃるものと違いますね」


「バーベキュー用に開発した、新しいソースだからな」



 一本手に取って頬張ると、甘辛いソースの味が口いっぱいに広がる。蒸し焼きにしたおかげで、食材の中まで熱が入っているし、少し焦げた部分がまた旨い。野菜と肉、両方の味を引き立てるソースは、我ながらいい出来だ。


 黒たまりの煮汁( しょうゆ )を塗ったおにぎりも焼き上がったので、皿に並べて出しておく。そうやって夢中で食べてくれると、作った甲斐があるぞ。


 お昼からはミントに泳ぎを教えて、その後なにをしよう。そんなことを考えながら、楽しい食事の時間はすぎていった。



◇◆◇



 砂山を慎重に掘り進んでいくと、指先に温かいものが当たる。相変わらずこいつの体は、どこもかしこもプニプニしていて柔らかい。



「やっと開通できたのです!」


「今度は頂上に立てた棒が倒れなかったな」



 ミントと一緒にトンネルの開通を祝っていると、小さな男の子がトコトコと近づいてきた。ダークブラウンの癖っ毛をしてるのは、かなり高級な犬種だったはず。ぺたんと寝た四角い耳がとてもラブリーな、三歳くらいの野人(やじん)だ。



「なにしてるの?」


「これはな、砂で作った山に穴を掘ってるんだ。両方から掘り進んで、上に立てた棒が倒れなかったら成功、倒れたら山を崩してもう一度やり直す。お前もやってみるか?」


「いいの?」


「そこにいる俺の従人(じゅうじん)に遊んでもらえ」


「ミントと一緒に、頑張ってトンネル工事をするです」


「うん!」



 お姉さんぽく振る舞ってるミントは、なかなか可愛いぞ。なにせ周りには年上しかいないから、めったに見られないシーンだ。こんな機会はあまりないし、いい経験になるだろう。


 俺がほほえましい光景に頬を緩めていた時、同じ毛色をした女性が走り寄ってきた。



「もっ、申し訳ございません。ハァハァ……ッ。少し目を話したスキに、私のそばを離れてしまって。上人(じょうじん)のかたに……ケホッケホ……ッ、なにかご迷惑はおかけしなかったでしょうか」


「心配するな、まずは息を整えて落ち着け。この子は俺が遊びに誘ったんだ。好奇心旺盛で物怖じしない、いい子じゃないか」


「ママ。このおねーちゃんと遊んでもいい?」


「……あの、本当によろしいのですか?」


「せっかくビーチまで来たんだから、子供のしたいようにさせてやればいい。向こうにいる連中も知り合いなら、全員連れてきて構わないぞ。砂遊びで良ければ、俺が教えてやろう」



 遠くの方にいる十組近い親子が、心配そうにこちらを見ている。女性の方には従印(じゅういん)が刻まれているから、おそらくどこかのブリーダーが育てているのだろう。こうして従人たちだけで散歩をさせるあたり、優良な業者とみて間違いない。



「で、では、少し話をしてきます」



 集団に戻っていった母親が、こちらの様子をチラチラ伺いながら、他の従人たちと話を始めた。どうやら方針が決まったらしく、全員でこちらの方へ歩いてくる。二十人以上の従人に囲まれるとか、とんだモフモフパラダイスじゃないか!


 そして集まってきた野人の子どもたちに、色々な遊び方をレクチャーしていく。



「あー、また他の従人に手を出してる。本当にキミの病気は深刻だね」


「子供に砂遊びを教えてるだけだ、なにもやましいことなんてしてない。それより、もう満足できたのか?」


「ちょっと体が冷えてきたから戻ってきたんだよ。ユーカリも目を回しそう、なんて言ってるしね」


「想像以上にシトラスさんが速すぎました」



 確かに二人とも唇の色が少し悪くなっている。それにユーカリは、かなりお疲れ気味だ。これは体を温めつつ、ゆっくり横になってもらうしかあるまい。



「それなら砂風呂に入れてやろう。冷えた体にはちょうどいいぞ」


「へー、それってどんなふうに入るの?」


「砂の上に寝転んでいるだけでいい。あとは俺と子どもたちがやってやる」



 二人を仰向けに寝かせ、周りの砂をミストで湿らせておく。そして子どもたちを呼び寄せたら、作業開始だ。



「この二人は体が冷えて、危険な状態になっている。彼女たちを救うためには、砂をかけて温めてやらねばならん。みんな協力してくれるか?」


「「「「「うん、協力するー!!」」」」」


「よし! では、周りにある湿った砂で、首から下を覆ってやるんだ。体の線に沿って、きれいに砂をかけてやれよ」



 素直な子供というのは、本当に可愛い。全員にケモミミとしっぽが付いてるので、なおさらそう感じる。


 しかし仰向けになっても型くずれしないユーカリの胸は、いつもながら本当に凄いな。周りにいる女性たちが、羨ましそうな目で見ているじゃないか。



「こっちのおねーちゃんと、あっちのおねーちゃん、ぜんぜん形が違うね」


「一緒にしてみる?」


「うん、やろー!」


「ちょっ、そんな所に砂を置いたら重いってば」



 あまりに違いすぎる胸部装甲の差を見た子どもたちが、シトラスの胸に砂を盛り始めた。



「動くんじゃないぞ、シトラス。せっかくだから、お前もユーカリの苦労を体験してみろ」


「形はこうしたほうが、より本物っぽく見えるですよ」



 しれっとミントも参加してやがる。周りの子供に溶け込みすぎていて、今の今まで気づかなかったじゃないか!



「うわっ、こんなに視界が悪くなるんだ。これでよく森を歩いたり出来るよね」


「肩も凝りますし、大変なのですよ」


「ミントもずっと違和感があったですが、タクト様にマッサージしていただける今は、すっかり良くなったです。それまでは、なにかの病気だと思ってたのです」



 まあ肩がこるという概念を持ってないと、体の不調をうまく言語化出来ないからな。前世の知識頼みでやっている指圧だが、ちゃんと効果があるようで何よりだ。押せば命の泉湧くという言葉は、伊達じゃないってことか。


 そこの母親たち、俺の方を見ても指圧はやらんぞ。街の外で暮らす野人ならともかく、ブリーダーの管理下にある従人へ余計な施術(せじゅつ)をすると、後々問題になってしまう。



◇◆◇



 子どもたちが満足して帰っていったあと、四人で撤収準備を始める。今日は途中で色々なこともあったが、本当に楽しかった。特に最後はモフモフたちに囲まれ、至福の時間を過ごすことが出来たからな。



「本当にキミって、野人や従人に囲まれてる時が、一番イキイキしてるよね」


「耳やしっぽを見てるだけで元気になれるし、触れば疲れなんか吹っ飛ぶぞ」


「死んでも治らない病気って、こんな症状を言うんだろうな……」



 それは違うぞ、シトラス。俺の場合は死んで悪化したんだ!



「治す気も自重する気も、まったくない。それより、こいつも崩してしまうからな」


「これを壊してしまうのは、もったいないのです」


「旦那様って、本当になんでも出来ますよね」


「子どもたちに、いい格好したかっただけでしょ?」



 よくわかってるじゃないか、シトラス。あまりにもキラキラとした目で見るから、ついついヨーロッパ風の城を作ってしまった。前世で砂像(さぞう)など作ったこと無いが、なぜか目の前にはノイシュヴァンシュタイン城もどきが。きっと魔法を併用したおかげだろう。想像次第で様々なことができるこの世界の魔法は、本当に便利だ。



「ビーチのど真ん中に、こんなものを残しておくわけにはいかん。不審物とでも思われたら、ここの管理者に迷惑がかかる」


「今度はまた別のものを、作って欲しいですよ」


「任せておけ。動物でも建物でも、できるだけリクエストには応えてやろう」


「今度の海水浴、楽しみにしておくです!」



 コンテストが終わったら、また海に来て休暇を過ごすことにしよう。その時までに八ビット持ちの従人が、見つかるといいのだが。今度は別の従人販売店にでも行ってみるか。



「こうして終わってしまうと、なんだか寂しくなってしまいます」


「それだけ今日が楽しかったってことだろ。そんな時に一人だったら、気持ちはどんどん沈んでいく。だがお前には俺やシトラス、それにミントもいる。我慢できなくなったら、いつでも甘えにきていい」


「ふふふ、そうでしたね。わたくしには素敵な旦那様や仲間がいました。一瞬で晴れやかな気持ちになれるなんて、とても幸せです」



 祭りのあとに寂しくなるのは、誰にでもあることだ。今夜はそんな気持ちを忘れてしまうほど、存分にモフってやろうではないか。固く決意をしながら後片付けを終わらせ、俺たちは家へ帰ることにした。


次回は第三者視点でお送りします。

ビーチで出会った主人公たちのことを回想するローゼル・ロブスター。

馬種の従人マトリカリアと過ごすセイボリー・タラバ。

以上の2場面でお送りします。


「0070話 ロブスター商会とタラバ商会」をお楽しみに!

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