0066話 意外な事実
海岸へ向かってゆっくり歩きながら、どうして目立っているのか理由を説明していく。その間も多数の視線は、俺たちにロックオンしたままだ。ここまで注目の的になると、一周回って気持ちがいいぞ。
とにかくユーカリのスタイルは、理想的な状態に変化しつつある。なにせ従人が持つステータスは、自分の体が一番パフォーマンスを発揮しやすい状態へ、近づけようと働く。ユーカリにとってのそれは、おそらく十八歳から十九歳辺りだったんだろう。
「じゃあボクが全然成長しないのは、レベルが上ったせいなの?」
「シトラスの場合は、まだ年齢的に体が出来上がっていないんだ。いわば発展途上ってことだから、これから成長する余地はいくらでもある」
「ふーん、そうなんだ」
しっぽが嬉しそうだぞ。俺がいくら気にしないといっても、本人の理想や願望があるもんな。納得のできる成長を遂げられるよう、できるだけサポートしてやらねばなるまい。可愛いシトラスのために!
「わたくしが若返ったと言われるのは、その力が働いたからですか?」
「一番の要因は表情が豊かになったことだが、体つきの変化まで含めればその影響も無視できない。なにせレベルの高い従人は、青年期の姿を長く保てる。知ってるか? ああ見えてマトリカリアは、ユーカリより歳上なんだぞ」
「えっ! そうだったの!?」
「ミント、二十歳くらいだと思ってたです」
「それはさすがに驚きました」
なにせ今回のコンテストで、最大のライバルになりそうなのがマトリカリアだ。三等級の彼女が、どこまでレベルを上げているのか。数字次第でかなりの苦戦を強いられるだろう。
「ずっと一緒に暮らしている俺たちには実感しにくいが、大幅にステータスの上がったユーカリは、劇的な変化を遂げていると言ってもいい。それがこうして興味を惹く要因になっている」
「確かに言われてみると、最初にお風呂で見た時のユーカリと、今の姿ってぜんぜん違うや。あの時は綺麗だなって思えるだけだったけど、久しぶりにこうして見ると神秘的な感じがするもん」
「ミントもユーカリさんみたいに、なりたいのです」
「お二人にまでそんなことを言われると、恥ずかしくなってしまいます」
俺たちがそんなやり取りをしていると、いつの間にか人だかりができていた。お前ら、誰に断って俺の従人を視姦してやがる。ちょっと興奮しすぎだろ。ハァハァ言いながら近づいてくるんじゃない。赤粉爆弾で攻撃するぞ。
そっとマジックバッグに手を伸ばした時、紳士然とした男性が集団から抜け出す。そして野次馬たちを下がらせてくれた。かなり影響力のある人なんだろうか、みんな素直に言うことを聞いている。
「すまなかったね。このあたりでは見かけない顔だったもので、みな興味を持ってしまったようなんだ」
「ああ、俺たちはつい最近この街に来たんだ。それに遠目で見るくらいなら問題ない。口説いたり引き抜きを仕掛けてきたら、絶対に許さんがな」
俺に話しかけてきたのは、安楽椅子に座りながらパイプをくゆらせる姿が似合うであろう、口ひげを生やしたダンディーなナイスミドルだ。連れているのはユーカリと同じ狐種だが、かなり珍しい毛色をしている。耳が黒くて髪としっぽが灰色ということは、アルビノに次いでレアな黒色化体の銀狐で間違いない。
「それは安心したまえ。このあたりに集まる者は、美しい従人を愛でたいだけだ。手を出すような真似は絶対にせんよ」
なるほど。そんな連中が一定数集まるから、従人たちに水着で運動会をさせようって企画が、成り立つわけか。もしかすると、ここにいる従人の何人かは、コンテストに参加するのかもしれないな。
「とにかく人を下がらせてくれたこと、感謝する。俺の従人たちは、まだ大勢の注目をあびることに慣れてないんだ」
「隣りにいるエレガントな狐種もさることながら、スラリと伸びた手足が実にスインギーな狼種、そしてなんとも庇護欲をそそる兎種までいるのにかね。こんな逸材を世間の目から隠しておくのは、大きな損失だよ」
「別に隠すような意図はない。ただ目に触れにくいだけだ。なにせこの三人は俺が森へ入る時に、重要な役割をこなしてくれる。単なる愛玩用として、使役しているわけではないからな」
どうやら野次馬の何人かが、ユーカリのことに気づいたらしい。波音に紛れて「あの時の」とか「見切り枠」なんて言葉が耳に届く。おいおい、悔しそうな顔をしたって無駄だぞ。もうユーカリは俺のものだ、絶対誰にも渡さん。
そもそもお前らじゃ、ユーカリの暗示を解くことは無理だっただろ。大人しく諦めておけ。
「ほほう。それはなかなか興味深いね。もし君さえ良ければ、一つ提案があるのだが」
「無茶な要求さえしてこないなら、話は聞かせてもらうぞ」
「おっと、自己紹介がまだだったね。これはとんだ失礼をしてしまった。私の名前はローゼル・ロブスター。この街で仲介業をやらせてもらっている」
「俺は四つ星冒険者のタクトだ。よろしく頼む、ローゼルさん」
四つ星冒険者と聞いて野次馬たちがざわついているが、俺はそれを無視して差し出されたローゼルさんの手を握る。仲介業ということは、従人取引に関わってるのか。まだ八ビット持ちは見つかっていないし、もしかするとこのさき世話になるかもしれない。
「提案というのは他でもない。数日後にこの砂浜を貸し切って、従人たちのコンテストを執り行うんだよ。もしよければ君も参加してみないかね」
「それは水着でやる運動会のことか?」
「知っているのなら話は早い。従人たちが躍動する姿を存分に堪能できる、とても素晴らしい催しなんだ。そちらにいる狼種ならば、優勝を狙えるかもしれないよ。ぜひ一考してくれないかね」
俺がコンテストを知っていると聞いた途端、グイグイ迫ってきたぞ、この人。それに野次馬たちの圧力も一気に増した。そんなに出場して欲しいのか……
「実はもうエントリーを済ませている。ここにいる三人とも出場予定だ。今日ビーチに来たのは、コンテストに備えて、泳ぎの練習をするためだしな」
「それは素晴らしい! 今年のコンテストは盛り上がること、間違いなしだよ」
野次馬たちが拍手喝采を始めたのだが……
ちょっと盛り上がり過ぎじゃないか?
たしかに俺は、単なる愛玩用ではないと言った。しかし三人の身体能力を誰も知らないだろ。なのにどうしてそこまで期待値を上げてるんだ。俺の可愛い従人たちに、いかがわしいことをさせるつもりじゃないだろうな。本当に違法なコンテストじゃないのか、なんだか心配になってしまう。
俺がそんな懸念にとらわれていた時、野次馬の一人が妙な動きをしていることに気づく。なんかハンドサインぽいぞ。手と口パクでなにかを伝えようとする姿を見て、ローゼルさんは咳払いをしながら表情を引き締める。
「失礼した。あのコンテストはここ数年マンネリ化していてね。今年は新しい風が吹きそうなので、少し興奮してしまったよ」
「そうだったのか。なら少しでも盛り上げるため、三人には頑張ってもらうことにする」
「それは大いに期待させてもらおう。長々と足止めしてしまい、申し訳なかったね」
「借りている家から近いし、全く問題ない」
道路を挟んだ向かい側だしな。
「それなら最後に一つだけ、教えてもらえないだろうか」
「ああ、構わないぞ」
「狐種の従人がまとっている、シックな色使いながらとても目を惹く水着。それに紐を使って編み上げた、赤い水着も大変素晴らしい。まさかこのような魅せ方があったとは驚いたよ。兎種の従人が着ているものもそうだ。小柄で胸が大きいというアンバランスな体型を、白い布地が見事に打ち消している。これらのベリースペシャルな水着は、一体どこで買えるのだろう?」
「商業区にあるズワイ衣料品店でオーダーすれば、体型に合わせたものを作ってくれる」
俺の答えを聞いた途端、野次馬たちがサムズ・アップして走り去っていく。あいつら全員、水着を買いに行ったのか? おかげでビーチの人口密度が一気に下がった。服飾職人たちは大変だと思うが、この機会に大儲けしてくれ。
「ありがとうタクト君、感謝するよ。ぜひゴナンクのビーチを堪能してほしい」
そう言い残し、ローゼルさんも自分の従人を連れて、街の方角へ歩き去る。人も少なくなったし、思う存分海水浴を楽しめそうだ。
次回は「0067話 百三十モフの素晴らしさ」をお送りします。
やっと海へ入ることの出来た主人公たち、しかしユーカリの様子がおかしい……
そして主人公が世界に与える影響は止まらない!