0065話 海水浴へ出発
簡単な依頼をこなしつつ色々な準備を進めているうち、やっとゴナンクでの生活にも慣れてきた。セイボリーさんの店に頼んでいた水着が完成したので、いよいよ海水浴へ行ける。俺は朝からウキウキと弁当を作り、カレーレシピの報酬でもらったクーラーボックスへ詰め込む。
「そろそろ出発するぞー」
「ねぇ、わざわざお弁当を作らなくても、良かったんじゃないの?」
「なにを言ってる、シトラス。今から海水浴へ行くって時に、弁当を持参せんでどうする。ゴナンクの海岸には海の家なんて無いんだぞ」
「〝ウミノイエ〟とかよくわからないけどさ、道を挟んだ向こうが海なんだよ。お昼に帰ってくればいいじゃん」
うるさい。今日は一日海で遊ぶと決めていたんだぞ。途中で帰ってきたりすると、特別感がなくなってしまうではないか。それに浜辺で食べる弁当は、いつもより旨く感じるんだ。
「ミントはタクト様のお弁当、すごく楽しみなのです」
「ミントは素直で良い子だな。よし、耳をモフってやろう」
「あうー、くすぐったいのです」
うさ耳をフニフニ弄んでいると、水着に着替えたユーカリが現れる。いつもは外で晒さない部分を露出させているせいか、両腕で胸を挟むようにしながら内股で歩いてきた。狙ってやってるわけではないのだろうが、実にあざとい!
「ミントの水着と形はよく似てるのに、ユーカリさんのは凄くセクシーなのです!」
「なんかこれでもかってくらい、谷間が見えてるもんね」
「言わないでください、シトラスさん。胸元が心もとなくて、なんだか落ち着かないんです」
家では全裸で過ごすよう躾けられていたユーカリだが、歪められていた羞恥心もすっかり元に戻ったな。
「似合いすぎていて怖いくらいだから、恥じる部分なんてこれっぽっちもない。俺の見立てどおり、ユーカリの魅力を余すところなく引き出している」
「わたくしには、ちょっと派手すぎる気もするのですが……」
「なに寝ぼけたことを言っている。その水着はユーカリのように、大人の女性にしか着こなせないデザインなんだぞ。つまりお前は最適な水着を、身につけているということだ!」
「申し訳ございません旦那様、わたくしが浅慮すぎました」
わかってもらえたようで嬉しい。なにせ胸元に大きくスリットの入るプラウジング型は、スタイルさえ良ければ似合うというものではない。重要な要素は程よい色気と、下品に見えない立ち居振る舞い方だ。それを持ち合わせていない者が着たところで、単に目立ちたいだけの薄っぺらい人物に見えてしまう。
「ユーカリも、どんどんあいつに洗脳されてるなぁ……」
「でも似合っているのは確かなのです」
本当にシトラスの地頭が良すぎる。この世界では一般的でない洗脳なんて言葉、ユーカリの暗示を解いた時に、一度だけしか説明してないんだが。それなのにもう使いこなしてるとは……
「シトラスに作ったレースアップのビキニも、ミントのスク水も二人のイメージにマッチしていて、実に素晴らしい」
「ちょっと窮屈だけど、体にフィットしてるのは確かだね。でもこれって、より平坦に見えちゃうんじゃないかな」
「それは違うぞシトラス。細い紐で幾重にも締め付けることで、お前のフェミニンな部分が強調されている。つまり水着によって、メリハリが生まれているということだ」
この姿を見て、男と間違うやつは一人もおるまい。それくらい今のシトラスは、女性らしさが全面に現れている。そもそもこの水着は、寄せて上げる効果があるからな。
「ミントの水着は、お胸の部分だけ色が違うです」
「そこにはミントが溺れないようにと、俺の願いを込めてみた。胸に縫い付けた白い布は、いわばお守りといっていい」
「そんな水着を作ってくれたなんて、ミントすごく嬉しいのです」
すまんなミント、それは真っ赤なウソだ。胸につけた白い布にも、平仮名で〝みんと〟と書いているだけだ。しかし似合ってるんだから、しょうがないじゃないか!
コンテスト用には別のデザインを発注しているし、今日は俺の趣味を前面に出した水着で、初の海水浴を楽しんでもらおう。
「よし、みんな揃ったし出発するか」
家の門をくぐって道路を横断し、階段状になった小さな防波堤を超えると、目に飛び込んでくるのは白い砂浜。さすがに夏本番だけあり、大勢の上人が海水浴を楽しんでいる。そんな彼ら彼女らのお供をしている従人の数も多い。
富裕層たちが滞在する別荘が、いくつも建ち並ぶ区域だけあり、連れている従人は愛玩用ばかりだ。自分の従人を目立たせたい一心なんだろう、派手な水着に傾倒しすぎて目がチカチカするぞ。眼の前に広がる光景は、極彩色のサイケデリックアートという表現が、ぴったりかもしれない。
それにしても、スケイルアーマーみたいなのは、さすがにやりすぎだろ。陽の光を反射して、ミラーボールになってやがる。お前の従人は鳥よけなのか?
「んー! やっと海で泳げる。水着が完成するまで我慢しろとか言うから、ボクつらかったよ」
「下着で海へ入らせるわけにはいかんから当然だ」
「下着と水着って、あまり違いがないと思うんだけどなぁ……」
濡れても透けないよう、素材からして違う。そして水の抵抗を受けても、脱げにくい工夫をしているのが水着だ。下着と一緒にされては困る。
「あの……旦那様」
「どうしたんだ、ユーカリ」
隣りにいたユーカリが、そっと俺の腕につかまってきた。ふむ、いつもと違う感触が新鮮でいいな。かなり高級な布を使ってくれたので、絹のような肌触りだ。セイボリーさんの店は、相変わらずいい仕事をしてくれる。
「やはりわたくしの格好は、おかしいのでしょうか。すごく見られている気がします」
「確かに注目を浴びているが、決してネガティブな視線じゃない。こうして人目を集めているのは、別の理由があるからだ」
「どういうことなのでしょうか?」
コンテストに出場する以上、こうした状況には慣れておかなければいけない。その理由を説明して、自信が持てるようになってもらおう。
野人にはない、従人の持つ秘密が明らかに!
次回「0066話 意外な事実」をお楽しみに。
海水浴編は全5話です。
いよいよ主人公の持つ異世界知識が、人々に影響を及ぼし始める……