0063話 昔のテレビ番組を見ている気がしてきた
第5章の最終話になります。
モフモフたちの笑顔が見られたし、三人のレベルも上がったし、今日は実に幸先の良い日だ。時間があれば俺も干した黒藻を作りたかったが、丸一日ここに留まるわけにもいかん。
「途中から数えるのを諦めるくらい、水スライムを倒してきたんだけど、ユーカリのレベルってどれだけ上がったの?」
「一気に七も上がってるぞ。どうやら二百匹ほど倒したみたいだな」
「四等級のわたくしがレベル十八ですか。なんだか信じられません」
「ブラックブルを探す時には、かなり無理をさせてしまったが、ここまで上がれば森で危険な目に遭う確率も、だいぶ減ってくる」
ミントはレベル三十二になったし、シトラスはレベル三十七まで上がった。旅の途中で地道に稼ごうと思っていたが、いい方向へ当てが外れてしまっている。
「それにしても、かなり水スライムが発生してたんだな」
「今日は海が一番遠くまで行く日だから、水スライムがよく出るんだって」
「なるほど、大潮の日だったのか。ちょうどいい時期に旅ができて良かった」
水スライムの発生数に、そんな因果関係があったとは。タウポートンでも聞いたことがないし、地理的な要因でもあるんだろうか。なんにせよ地元民に会えたのが、幸運だったということだ。
何気にシトラスって、子供と遊ぶのがうまいんだよな。精神年齢が近いのかもしれない。
「キミ、なにか失礼なことを考えてるだろ」
「子供とすぐ打ち解けられるシトラスは、凄いと思っていただけだが?」
「それってボクが子供っぽいってことじゃないか!」
「男ってのは、いつまでも少年の心を持ち続けるものなんだぞ」
「ボクは女だよ!!」
やはり俺が言うと反論してくるか。今のは無神経な発言だったし、あとでちゃんとフォローしておこう。
「旦那様のお言葉は、シトラスさんを怒らせようとしたんじゃありません。好きな子ほど意地悪したくなるという、とても複雑な男心なのですよ」
「えー? 単に性格が悪いだけだと思うけどな」
ユーカリの奴め、なんてことを吹き込んでるんだ。
やはり夜中にあれこれ語ったのは、失敗だったかもしれん……
「タクト様のお顔、ちょっと恥ずかしそうなのです」
「へー、そうなんだ。やっぱりずっと仕えてただけあって、ミントにはそんな変化がわかるんだね」
おのれミント。こんな時に幼なじみスキルみたいな能力を、発揮するんじゃない!
主人に遠慮なく物申せるというのも良し悪しだな。今みたいに足元をすくわれる。
「……………」
「どうして黙ってるのさ。言い訳や弁明なら、いくらでも聞いてあげるよ」
これ見よがしに下から覗き込みやがって。そんな仕草は可愛すぎるだろ。窒息するほど強く抱きしめて、頭を撫でくりまわしてやろうか。
「シトラス」
「ん、なに?」
「俺たちが初めて出会ったときのことを覚えているか?」
「いま思い出しても最悪な出会い方だったよね、あれは」
体育座りをしたシトラスに、思いっきり睨まれたしな。しかも開口一番、悪態をつかれている。
「あの時から俺は、お前の青くてきれいな目に心を奪われっぱなしだ」
「……とっ、突然なにを言い出すのさ」
「勝ち気な性格、スラリと伸びた美しい手足、元気に動き回る姿、時折みせる女性らしい仕草、全てが愛おしい」
「えっと……なにか悪いものでも食べた?」
さっき昆布だしを飲んだだけだ。お前だって味見してるだろ。
「ずっと心の内に秘めておくつもりだったが、もう我慢できそうもない。シトラスのことが好きだ、誰よりも愛している」
「ふぇっ!? ……あ、えっと……うぅ、ボ、ボ、ボ――」
ボ・ボーボボ?
いや、そんなことはどうでもいい。それよりワタワタするシトラスが可愛すぎる。
俺はトドメとばかりにシトラスへ近づく。そして親指と人差し指で顎をつまみ、そのままクイッと持ち上げた。
「お前を一生涯大切にしてやる、だから俺のものになれ」
「やっ、まだ心の準備が……………。だから……いやぁーーーッ!!」
――ドンッ!
思いっきり突き飛ばされた俺は、道路脇まで飛ばされて尻餅をつく。
「危ないだろ、シトラス。街道から落ちたらどうするつもりだ。レベルが上ったばかりなんだし、手加減しないか」
「キミが変なこというから悪いんだよ!」
「お前がなんでも聞くというから、本心を話してやったんじゃないか」
「またボクをからかって遊んでるだけなんでしょ?」
「そんなことはない。俺はシトラスのことを愛してるぞ!」
「大きな声で言わないでったら。恥ずかしいじゃんか」
まったく。素直に愛情表現をしてやるとこれだ。
この世界で暮らす上人は、耳やしっぽを持った者に恋愛感情を向けるという、メンタリティーを持たない。だが俺の場合は真逆だぞ?
街で暮らす女性たちには、なんの感情も沸き起こらん。俺にとってはモブキャラに等しいからな。それに比べてシトラスやミント、そしてユーカリはどうだ。陽の光を受けた耳やしっぽが、燦然と光り輝いているではないか!
「さっきのシトラスさん、すごく可愛かったのです」
「旦那様のほうが一枚上手だった、ということでしょうか」
「ミントもタクト様に、あんなこと言ってもらいたいです」
「きっとミントさんが成人する頃には、聞かせてくれると思いますよ」
ミントの場合は成人したとしても、犯罪臭が漂いそうなんだよなぁ……
「あんなこと言われて嬉しいだなんて、絶対にどうかしてるよ」
「シトラスは嬉しくなかったのか?」
「キミに対して、怒りが湧いてきたくらいさ!」
顔を真っ赤にしてモジモジしていたし、しっぽの動きも今まで見たことのない、感情表現をしていたのだが?
まあ野暮な指摘はやめておこう。シトラスの乙女な部分を見ることが出来て、俺としては大満足だったのだし。
そんなことを考えていた時、ミントが耳に手を当てて周りを警戒しだす。
「なんか大勢の足音が近づいてくるです」
「この街道は商隊で利用しないとセイボリーさんが言っていたし、野盗たちかもしれないな。気づかないふりをして、慎重に進んでいくぞ」
「いま無性に暴れたい気分だから、ちょうどいいや。全員ボクが叩きのめしてあげる」
仮に野盗だったとすれば、最悪のタイミングで近づいてきたってことだ。ご愁傷さまとしか言いようがない。
◇◆◇
しばらく街道を進んでいくと、あからさまにコソコソしている連中がいた。あれでごまかしているつもりなんだろうか。どう見ても挙動不審すぎる。なんで出来もしない口笛を吹いたり、エアギターみたいな動きをしてるんだよ。
「うひょー、マブイちゃんねーだぜ!」
「そっちの彼氏なんかほっといて、ナウい俺たちとお茶しない?」
「隣りにいるちびっ子も、けっこーイケてるじゃん」
コイツラの言葉遣い、痛すぎるぞ。昔のテレビ番組を見ている気がしてきた。
「なぁなぁ。シカトなんかされたらオレ、寂しくて泣いちゃうよ」
「そっちの目付きが悪い兄ちゃんより、優しくしてやるからさ」
「どうせ毎晩いじめられてるんだろ? 俺たちならそんなことしねーから、一晩中ハッスルしようぜ!」
「旦那様は、そのようなことをする人ではありません。訂正してください」
「「「「「「うひょー! 旦那様呼びキター!!」」」」」」
バカだな、お前ら。滅多に怒らないやつは、一度キレると怖いんだ。どうなっても俺は知らないからな。
「訂正してくださいと言ったはずですが?」
「そんな怖い顔してたら、せっかくの美貌が台無しじゃん」
「キレイなナオンは笑顔が一番だっちゅーの」
「そっちの二人は、身ぐるみ置いてから帰っていーよ。男には用がねーし」
「メス二匹と違って金になんねぇ――ブバァー!!」
「シトラスさん。そちらの二人は残しておいてくださいね」
「愛玩用なのに俺たちとやろうなんて、わけわかめ」
「向こうに野人の巣があるから、俺たちとシケこもーぜ」
隣でバッタバッタと仲間が倒されてるのに、お前らなんでそんなに余裕がある?
「野人の集落を襲おうなんて、ますます許せません」
ユーカリは懐から黒い扇を取り出し、男たちの方へ真っ直ぐ向ける。
「それで扇いでくれるなんて、やっぱ優しーじゃん」
「ちょうど汗が出てきたところだから、めちゃんこ助かるー」
それは冷や汗じゃないか?
「覚悟はいいですね?」
「「ひぃっ!?」」
ユーカリに持たせているのは鉄扇だから、当たると痛いぞ。
「――がちょーん」
「――そんなバナナー」
かくして、男たちはあっさり地面に沈むのだった。ユーカリのステータスは、一等級換算だとレベル百四十四だからな。まあたいして強くもなさそうな連中だったし、仕方あるまい。
お前たちの経験値は俺が有効活用してやるから、安心してあの世へ行け。
野盗たちの言葉、誤字じゃありません!w
どうして死語が多かったのか、次回で判明します。
次話からはゴナンク編。
海水浴やコンテスト、そして新しい仲間。
特盛でお送りしますので、お楽しみに!