0062話 その正体はマンニット
今日も朝から天気がいい。まだ早朝なので日差しは柔らかいが、これから気温はどんどん上がっていくはず。まあ南へ向かって移動しているのだし、こればっかりは仕方がないな。植物油で自作した、日焼け止めの効果に期待するとしよう。
「ずっと海の近くを歩いてるのに、泳げそうな場所ってないね」
「街道の近くは岩礁地帯ばかりだから、泳げる場所はどこにもないぞ。ただ、こういった地形に出来る潮だまりは、水スライムがよく発生する。ちょうど今の時間は引き潮だし、探してみたらどうだ?」
「へー。じゃあボク、先に行って探してみる!」
「ユーカリのレベルアップでビット操作をするから、俺にひと声かけてから倒すんだぞ」
「わかったー」
まったく、朝から元気なやつだ。しかし昼間にあれだけ動き回っても、スタミナ切れしたことがない。むしろ旅をするたびに、体力をつけていってる気がする。
「あんな足場の悪い場所なのに、道を走ってる速度と変わらないのです」
「濡れた場所で滑ったりしないでしょうか」
「特殊な加工をした靴を履かせてるし、大丈夫だろ。万が一滑ったとしても、コケるようなやつじゃない」
言ってるそばから足を取られていたが、上半身のひねりとバネで難なく立て直す。あれが出来ないと、森の中で魔獣から逃げ回るなんて無理だしな。
「あっ、なんかこっちに向かって手を振ってるです」
「さっそく見つけたみたいだし、俺たちも行ってみるか」
足場のいい場所を歩いて近づくと、大きな潮だまりが見えてくる。野人の子供たちが、水スライムを追いかけて遊んでいるようだ。
「この子たちと一緒に水スライムを倒したいんだけど、いいかな」
「かなり大量に発生してるじゃないか。せっかくだし、シトラスも混ぜてもらえ」
「他にもこんな場所が、いくつもあるんだって。そこも回ってみようと思うんだけど」
「それならユーカリ、子どもたちを見てやってくれ」
「はい、かしこまりました、旦那様」
少し離れた場所にいる大人たちがこちらを伺っているので、ユーカリをつけて安心させてやろう。それよりちょっと気になることがあるから、俺はそっちに行くとするか。
「ミントは俺と一緒に行動だ。あっちにいる野人たちと話をしたい」
「わかったのです」
「よし! どっちがたくさん倒せるか競争しようぜ、にーちゃん!!」
「ふふーん。ボクに勝てると思ったら、大間違いだよ」
また男に間違われてるが、もう訂正しないんだな。そんなことが気にならないほど、目の前の光景に心を踊らせてるのか。あるいは以前言っていたように、俺さえ間違わなければいいと思って、スルーしてる可能性もある。
とにかく俺は大人たちの方だ。もしかすると、彼らの生活向上に貢献できるかもしれん。
◇◆◇
大人の野人たちに近づいていくと、手にしているものが見えてくる。やはり海岸へ打ち上げられた黒藻を、拾っているようだ。
「すまんが少し話を聞かせてもらってもいいか?」
「あっ、あの……上人のかたが、私たちになにかご用でしょうか」
「差し上げられるようなものは、なにもありませんが……」
「タクト様はお話したいだけですから、大丈夫なのです」
「子どもたちは俺の従人が二人で面倒を見てるから、安心してくれ」
男たちは湿地で水麦の世話でもしているんだろう、ここには女の野人しかいない。ミントがついているとはいえ、男の俺が近づいていけば警戒されるよな。街道から死角になった海岸付近には、上人が降りてきたりしないだろうし。
「でしたら、少しくらいなら」
「俺が聞きたいのは、皆が手にしている黒藻のことだ。それは食べるために拾っているんだよな?」
「はい、その通りです」
「どうやって調理しているか、教えてくれないか?」
「えっと。細かく刻んでそのまま食べたり、水麦と一緒に煮ていますが……」
やはりそうか。生でも旨いんだが、それだけというのはもったいなすぎる。昆布が持つポテンシャルを、半分も引き出せていない。それを伝えるため、マジックバッグに入れていた乾燥昆布を取り出す。
「こんな感じに乾かして使ったりはしないんだな?」
「そんなに固くなると食べられませんし、表面が白くなるのは食べ物が傷んだ印だと教わりました」
「それは恐らくカビが生えた状態を、言っているんだろう。しかし黒藻の表面に出る白い粉はカビとは違い、旨味成分が凝縮された最高の調味料なんだ」
やはり簡単には信じられないようで、全員が不思議そうな顔をしている。最初からそのつもりだったが、実践してみるのが一番いい。
俺は固く絞った布で昆布の表面を軽く拭き、鍋に入れた水に浸しておく。三十分くらい必要なので、その間に乾いた岩の上へ昆布を並べて干す。今日は天気もいいので、このまま半日ほど天日干しすれば、十分乾くはず。
そして岩のくぼみで火をおこし、弱火でゆっくり水を温める。
「急いで沸騰させると、黒藻の旨味が出ない。そしてこのままグツグツ煮ると、味や香りが悪くなるので、沸騰直前に取り出す」
海の近くならいくらでも手に入る塩で味を整え、小皿に入れて少しだけ飲んでみた。濃厚な昆布の旨味が出ているので、これだけでも十分いけるな。
「白くなった黒藻を食べて、本当に平気なんですか?」
「全く問題ないし、味も最高だぞ」
人数分の小皿を取り出し、近くにいる野人たちに振る舞う。なかなか口にしようとしなかったが、一人の野人が勢いよく飲み干す。
「……あっ!? 美味しい!」
それが呼び水となり、皆がいっせいに口をつけた。
「ホントだ。私たちが作ってるのと、ぜんぜん違う」
「生臭い匂いもしないし、粘りもないよ」
「乾いた黒藻って、こんなに美味しいんだ」
なにせ保存も効くし栄養も豊富だ。この世界にある黒藻は、育ちきると海底から離れて海を漂う。ただしそれは夏の間だけだから、今の時期しか収穫できない。しかし乾かして保存しておけば、年中食べられるようになる。海の近くに住む野人たちの食事事情が、これで大きく変わっていくはず。
「あー! 自分たちだけなにか食べて、ずるいじゃないか」
「かーちゃん、それなに?」
「そこにいる上人のかたが作ってくれたスープよ」
「うまいの?」
「同じ材料を使ってるはずなのに、信じられないくらい美味しいの」
「オレも飲んでみたい!」
「みんなにも分けてやる、ちょっと待ってろ」
小鉢をいくつか取り出し、昆布だしをシトラスや子どもたちに配っていく。かなり汗をかいてるから、ちょうどいい塩分補給になるだろう。後で全員まとめてミスト洗浄もしてやるか。
「うおー、なんだこれ。こんなの飲んだこと無いぞ!」
「どうやって作ったの、これ」
「家でもできるのか?」
「そこにいる大人たちに作り方は教えている。暑い今の時期にしっかり準備をすれば、一年中これを飲めるようになるぞ」
「「「「「ほんとか!? やったー!!」」」」」
水麦を炊く時のだし汁にしてもよし、薄藻や野草と一緒にスープにするもよし。湿地に迷い込んだ動物を捕まえられれば、美味しい鍋だって作ることが出来る。
野人たちでも調理可能なレシピをいくつか伝授し、俺たちは海岸から街道へ戻ってきた。もちろん子どもたちをミスト洗浄したあと、耳としっぽをモフらせてもらったがな!
次回は野盗と出会う主人公たち。
そしてキレるユーカリ。
死語のオンパレードでお送りする「0063話 昔のテレビ番組を見ている気がしてきた」をお楽しみに!