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0061話 再び旅の始まり

 あぜ道をズンズン歩いていくと、海沿いの道へ出る。ここはタウポートンからゴナンクへ向かう、脇往還(わきおうかん)の一つだ。夏の季節になって気温は上がってきているが、海へ近づくと涼しい風が吹いていて、とても気持ちがいい。



「んー、やっと景色のいい場所に出られたね!」


「海がキラキラ光ってるのです」


「日差しがとても眩しいです」


「冷たい水はいつでも出してやるから、こまめに水分補給するんだぞ。それに汗をかいたあとは、俺が作った飴を舐めておけ」



 この世界は湿地が多いだけあり、夏になるとそれなりに蒸し暑くなる。しかし熱帯夜がないだけでも、日本の夏に比べるとかなりマシだ。きっと自然が多く残っているからだろう。だからといって熱中症対策を怠るわけにはいかん。


 なにせケモミミを持った種族は、どういう訳か帽子をかぶることができない。帽子をかぶると平衡感覚を失ったり、気分が悪くなってしまう。はちまきを巻くくらいなら問題ないので、耳より上をなにかで覆わなければ大丈夫なのだが……



「雨も降ってないのに傘をさすのは、不思議な感じがするです」


「熱中症にならないための対策だから、天気の良い日はできるだけ使うようにしろよ」


「わたくしたちを大切にしていただき、本当にありがとうございます」


「モフモフの健康管理は、俺の大事な役目だからな」


「そんな理由で自分を正当化して、野人(やじん)たちに手を出すんだよね、キミは」



 当たり前だろ、そんなのは。困ってる野人がいたら、できるだけ手を差し伸べてやるぞ。なにせタウポートンでも野人たちをチェックしまくったが、八ビット持ちは見つかってない。使える論理演算子が増えた以上、チャンスがあれば逃さない所存だ。



「近くに野人がいると落ち着きがなくなったり、旦那様の視線をそっと遮ろうとしたり、シトラスさんはとても一途で素敵です」


「べっ、別にこいつが誰に手を出そうが、知ったことじゃないよ。ただボクは、変態の手にかかって悲しい思いに沈む犠牲者を、増やしたくないだけさ」


「タクト様が関わられた野人で、今まで不幸になった人はいないと思うです」


「それはきっと、たまたまだって。もしかしたら別れたあとに、こいつのいやらしい手つきや粘着(ねばつ)くような視線を思い出して、震えてるかもしれないだろ」



 言われてみれば、手をワキワキさせながら近づいたことがある。始めてモフる種族はどんな手触りなのか、好奇心が抑えられないだけだ。ちょっと興奮してるだけで、欲情してるわけではない。それに目付きの悪さで、怖がらせることも多かったな。


 しかしトラウマを植え付けたりは、していないはず。



「いくらなんでも旦那様のことを悪く言いすぎですよ、シトラスさん」


「いや、いいんだ、ユーカリ。俺はこうした会話を楽しんでる」


「もー。旦那様はシトラスさんのことを、甘やかしすぎです。本来ならあのような言動は、契約解除されても文句は言えません。もう少し厳しく当たっても、よくありませんか?」



 ユーカリも自分の意見を、はっきり言えるようになってきたじゃないか。これは実に良い傾向だと言えるだろう。すっかり一番上の姉ポジションが板についてきた。



「そもそもシトラスとは、親しい友人と同じ付き合い方をしている。ユーカリとは恋人同士のように、付き合ってるだろ? そしてミントは父娘……ではなかった、兄妹のような関係だ」


「ミントのことをすぐ娘扱いするのは、やめてくださいです」


「そっ、そんな。恋人同士だなんて。幸せすぎてどうにかなってしまいそう……」



 歩きながらクネクネしだしたユーカリが可愛いので、頭を撫でてやろう。まあすっかり毒気も抜かれたみたいだし、これで落ち着いてくれるはず。



「ふんっ! 親しい友人だって言うなら、ボクのことをもっと大切にして欲しいものだね」


「今夜もお前の言ういやらしい手つきで可愛がってやるから任せておけ」


「そんなのに触られるのは、絶対に嫌だよー」



 こっちに向かってあっかんべーをしたシトラスが、街道の先へ走り去っていく。最近はユーカリばかり構っていたから、寂しい思いをさせてしまったのかもしれん。旅の間で修復できるようにするか。



◇◆◇



 野営のできそうな小さな草地に陣取り、食事とブラッシングをすませる。日が暮れて徐々に気温は下がってきたが、人をダメにするクッションとモフモフたちがいれば、安眠できること間違いなしだ。



「ほらシトラス。隙間を開けると寒いだろ。もっとこっちに来い」


「なんでキミは、そうやってベタベタ触りたがるのかな」


「そんなもん、お前が可愛いからに決まってるだろ」



 当たり前のことを、わざわざ聞くんじゃない。ユーカリが来てから髪の手入れに気を使ってるの、俺はちゃんと知ってるぞ。



「キミはすぐ調子のいいこと言うけど、簡単に騙されたりなんかしないからね」


「騙される必要はない。俺は真実しか言ってないからな。ほら、さっさと来ないか」


「はいはい、わかったよ」


「ハイは一回で十分だ」



 近づいてきたシトラスの頭を肩に乗せ、耳をモフりながらそっと撫でる。ブラッシングしたあとの触り心地は、とにかく素晴らしい。日傘をささずに歩いていたから、いつも使っている香油に混じって、おひさまの匂いがするぞ。



「あのさ……昼間のことなんだけど」


「ん? どうしたんだ」


「ちょっと言い過ぎたなって。だからごめんなさい」


「そのことなら気にするな。俺はシトラスと話をするのが、一番楽しい」


「それなら、まあ、いいんだけど……」



 シトラスの青い双眸(そうぼう)が、俺のことをじっと見つめる。月の光を受けたその瞳は、とても神秘的だ。目を離せなくなってしまう。



「……本当に綺麗だ」


「じっと見られると、眠れないんだけど?」


「おっと、これはすまなかった。明日も早いし、しっかり寝ておけよ」


「うん。じゃあ、お休み」



 返事の代わりに頭を撫でてやると、規則正しい寝息が聞こえてきた。



「あの、旦那様……」



 シトラスが寝入ったタイミングで、ミントを挟んだ向こう側にいるユーカリから声がかかる。



「野営にはまだ慣れないか?」


「それもあるのですが、わたくしも昼間に差し出がましいことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」


「あー、そっちも気にするな。姉が妹を叱っているようで、ちょっと頼もしかったぞ」


「姉……ですか。わたくしに兄弟姉妹はいなかったので、ちょっとこそばゆいですね」



 多数の従人(じゅうじん)が働いている家でも、あまり横のつながりはない。逆に街の外で暮らす野人たちは、コミュニティー全体で一つの家族みたいになる。その辺りは大きな違いだな。



「ユーカリが来てくれたおかげで、今まで見られなかった二人の姿を、色々知ることが出来た」


「今日のシトラスさんみたいな態度ですか?」


「シトラスにあんなことを言わせた原因は、俺にもあるんだ」


「そんな……旦那様はなにも悪くないと思いますが」



 俺が昼間に感じたことをユーカリに伝え、女性目線での意見を聞いてみた。こんな時に相談できる人物がいるのは、とてもありがたいことだ。



「シトラスさんって、とても不器用で可愛らしいですね」


「そうだろ。だからこいつと交わす言葉の応酬は楽しい」



 興が乗ってしまったあまり、つい(あお)りすぎてしまうのは難点だが……

 きっと俺たちの相性が良いおかげだろう。初めて出会ったときから、一緒にいるのが苦にならなかったしな。



「なんだかちょっと羨ましいです」


「まあ三人にはそれぞれ違った魅力がある。他人を羨んだり真似をしたりする必要はない」


「そうですね。旦那様のおっしゃるとおりです」


「シトラスには背中を任せられるし、ユーカリは優秀な補佐役だ。そしてミントは俺に癒やしを与えてくれる。誰ひとり欠けること無く、これからも暮らしていきたい」



 月明かりのせいだろうか、ちょっと語りすぎてしまったぞ。まあ相手はユーカリだし、からかわれたりはしないはず。



「うにゅぅ……タクトさまぁー」



 俺に名前を呼ばれたからだろうか。腕の中で眠っていたミントが、抱きつくように身を寄せてきた。幸せそうな顔をしているが、どんな夢を見てるのだろう。



「ミントを起こしてしまう前に、ユーカリも休め。腕を半分貸してやるから、もっとこっちに来い」


「はい、それでは失礼します」



 ミントが近づいてきた時に出来た隙間を詰め、俺の腕にそっと頭を乗せる。大きなキツネ耳をふにふにモフっていると、静かな寝息が聞こえてきた。


 俺はミントのうさ耳を頬で堪能し、左右の手でシトラスとユーカリの耳をモフりながら、夢の中へと旅立っていく。ここが野外だと忘れてしまいそうなほど幸せだ。本当に俺の従人たちは、家族以上に素晴らしい。


次回は地元民に出会う主人公たち一行。

その様子を見て、あることを教えよう決意する。

「0062話 その正体はマンニット」をお楽しみに!

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