0060話 最後の詰め
専属料理人と相談しながら、配合のアレンジや量産しやすい調理法などを詰めていく。商会で働く従業員のまかないにしたいと言われていたので、豆と野菜のクリーム煮やオープンオムレツも作っておいた。試食する人数が増えれば、売るためのいいアイデアも出やすいだろう。
「彼のこと、ますます欲しくなってきましたよ」
「やたら器用に魔法を使うからな。俺もちょっと驚いた」
「それはさっき断っただろ。料理は趣味でやるくらいが性に合ってる。しかも俺にとって最も作業しやすいパートナーはユーカリだ。二人でやらないと本調子が出せん。さすがにこの条件は飲めないだろ?」
少々盛っているが、一緒だと色々はかどるのは事実だ。別の人間と作業してみて、改めてそれを感じた。
もっとも、お互いに慣れてくれば、差も縮まってくるだろう。しかしユーカリは初めて一緒に料理したときから、的確に俺のサポートをしてくれている。そんな彼女の代わりになれる人材は、まず間違いなく存在しない。
「わはははは。見事にフラれたな。残念だがタクトのことは諦めろ」
「そうですね、仕方ありません」
前世でいうところの大企業からオファーが来たのは、正直いって光栄に思う。だが俺の年齢はまだ十五歳、急いで将来を決める必要もない。自由気ままに生きて行くと決めたのだからな。
「旦那様にそこまで頼りにされていたなんて、わたくしとても幸せです」
俺の隣でユーカリが、クネクネと体を動かし始めた。ちょっと可愛いからしっぽをモフってやろう。
「しかしまあ、すっかりタクトにべた惚れだし、見た目も若返ってやがる。変われば変わるもんだな」
「もしコンテストで入賞できたら、俺のやり方を宣伝してやるさ」
イベントで好成績を収めた従人は、契約者とともに表彰される。その時にインタビューがあり、そこで語られる内容は従人育成法として参考にされるんだとか。確かにセイボリーさんが言ったとおり、これがきっかけになるかもしれない。三人には入賞目指して、頑張ってもらわねば。
「うーん、水着かぁ……ボクに似合うのかな」
「心配するなシトラス。その服と同じで、お前の魅力を引き出す水着は存在する」
競泳用の水着をベースにすれば、どんな体型にだって似合うはず。大胆めのカットやスリットを入れることで、セクシーさだって出せるだろう。
「ミントは溺れないか心配です」
「人の体は浮くようにできているから大丈夫だ。海水浴にも行く予定だし、そこで泳ぎ方を教えてやるぞ」
ミントには白いネームプレートの付いた、スク水を用意してみるか。なにせ日本で暮らしていたら、こいつは小学六年生だからな。スク水を着ることに、なんの問題もない。
「旦那様以外の殿方に素肌を見られるのは、なんだか恥ずかしいです」
「ユーカリの魅力があれば、男の目を引くだろう。視線に耐えられないようなら腰にパレオを巻いたり、薄手のショールを羽織ればいい。まあ俺がついているから、露払いは任せておけ」
俺の従人に色目なんか使いやがったら、目の前で閃光魔法を発動してやろう。赤粉を使った催涙爆弾も作っておくか。
あれこれ対人兵器を考えていたら、従業員の一人が部屋に入ってきた。どうやらアンケートが集まったらしい。一体どんなアイデアが出てくるのか楽しみだ。
「味に関しては概ね好評だ。辛口と甘口でパンの形状を変えたらどうだとか、耐油紙の色で見分けられる方がいいという意見があるな」
「確かに間違って売ったり、混ざってしまった場合に問題になるか」
商会の扱う商材に耐油紙があったので、それに包んで売ることにした。コンビニのチキンや、肉屋のコロッケみたいな感じだ。袋に入れてしまうとパンの形がわからないし、色分けと併用して判別できるようにしようと、最終的に決まる。
「他には出来たてを食べたいという意見もある」
「それには一つアイデアがあるんだ。揚げたてが店頭に並ぶ時間を告知してやればいい。ハンドベルを鳴らして注目をあつめるのもありだろう。毎日数回、決まった時間にパンを揚げれば、それ目当てのリピーター獲得に繋がる」
「数量を絞ればプレミア感も出るな。よし、そのアイデアを採用だ」
こんな感じで次々施策が決まっていく。商会への就職は断ったが、こういった話し合いはとても面白い。その過程でカレーとナンのことも教え、そっちもレストランのメニューに決まる。他には期間限定商品や、違う肉を使ったバリエーションなど考え、その日の打ち合わせは終わった。
カレーがこの世界の食文化にどんな影響を与えるか、ちょっと楽しみだ。
◇◆◇
日もすっかり暮れてしまったし、そろそろ帰らなければならない。明日から旅の準備を開始しないと、ゴナンクで海水浴を楽しむ時間がなくなる。
「俺たちは商隊を組んで移動するが、お前らも便乗するか?」
「せっかくの申し出だが、ユーカリのレベル上げをしながら移動したいんだ。ついでに色々なことも体験させてやりたいしな」
「最近ゴナンク方面に野盗が増えてるって話だから気をつけろよ。まあ滅多なことじゃ負けんと思うが」
「わざわざ経験値が来てくれるなんて、最高じゃないか。せいぜい利用してやるさ」
「野盗を経験値扱いか、襲った連中にはご愁傷さまとしか言えん」
ミントのレベルも二十八になっているし、安全面での不安はない。道中で水スライムを潰していけば、ユーカリもどんどん強くなれる。海沿いは群生地が発生しやすい環境だし。
俺への経験値が入りづらい分は、野盗で稼がせてもらおうじゃないか。
「お前さんたちの活躍を見たいところだが、儂はワカイネトコへ戻るよ。店を閉めっぱなしにもできんのでな」
「そうなのか。オレガノさんとセルバチコも気をつけてくれ。ワカイネトコを訪ねることがあれば、必ず店に行かせてもらう」
「オレガノ様やセルバチコさんとお別れするのは、寂しいのです」
「しばらく旅に出る予定はありませんので、お店に来ていただければいつでも会えます」
「ボクも必ず会いに行くから、二人とも元気でね」
シトラスとミントは、すっかり二人に懐いてしまったな。ゴナンクから北上していけば、ワカイネトコへ行ける。秋の季節になったら訪ねてみよう。あの国は乾地の規模が大きく、風光明媚な場所も多い。確か高原で紅葉が見られるはず。
「よし、じゃあ今日はここまでだ。旅に必要なものがあったら、なんでも言ってこい。大抵のものは揃えてやる」
「保存食を大量に作りたいから、またよろしく頼む」
こうしてカレーレシピの引き渡しも終わり、俺たちはタラバ商会をあとにする。さあ明日から忙しくなるぞ!
次回からまた旅に出ます。
少し深まる絆、野人たちとのふれあい、そしてお約束。
3話に色々詰め込みましたので、お楽しみに!