0059話 世界のバランス
タラバ商会の専属料理人という男性を紹介され、奥にある厨房を使わせてもらう。さすがに設備が充実していて、とても使いやすい。ここにある什器の数々、家にも欲しいぞ。
料理人にレクチャーしながら仕込みをやり、生地の発酵時間を使って食堂へ戻る。
「なあタクト。お前、俺の商会で働かんか? 報酬は言い値でもかまわん」
「彼に来てもらえると非常に助かりますね。どうでしょう、前向きに検討してみませんか?」
「まだ見ぬモフモフたちが俺を待ってるんだ。そいつらと出会えるまで、冒険者をやめるつもりはない」
「また病気が始まったよ。これ以上犠牲者を増やすのは、どうかと思うんだけど……」
うるさい、シトラス。レベル四十になって、排他的否定論理和を覚えたんだ。もう一人従人を増やさんで、どうする。
「三人も連れてるのに、まだ増やすつもりなのか。税金だって馬鹿にならんだろ」
「ミントたちがいると、お金がかかるのですか?」
「確か、そこそこ大きな金額だと聞いていますが……」
「ユーカリはオークションの主催者側が、今年の分を納税済みだった。シトラスとミントの分は、入場手続きをやった時に払ってきたぞ」
たとえ幾らかかろうが、モフモフと過ごすための出費だから、全く痛くも痒くもない。
「あのさ。ジマハーリではどうだったの?」
「ジマハーリのあるスタイーン国では、街の入場で金を取るんだ。外から来た者は高いが、街に住んでいる者は安価に設定されている」
「入場門でタクト様が支払いをしてる姿、見たことないですよ」
「俺は冒険者ギルドの口座から、自動引き落としする契約をしていた。割引制度もあったりするんだぞ」
なにせ冒険者は森で狩りをしてもらわないと、ギルドとしては困ってしまう。その辺りの優遇措置は、しっかり整備されている。
「儂の店があるヨロズヤーオ国は登録制になっておる。最初に登録料さえ払えば、自由に出入りできるようになるぞ」
「その代わり、従人が問題を起こした時の罰金が巨額だ。お前たちなら大丈夫だと思うが、十分気をつけておけよ」
「ふーん。国によって色々違いがあるんだね」
「昨日、マッセリカウモ国になった西部地域は、貴族が支配してたと言っただろ。そうした身分の連中が使役していた従人は、資産として扱われていた。税金がかかるのは、その名残だな」
「わたくしも遺産として、親族の方へ相続されましたので」
「確かお前はカンブリ家にいたんだよな」
さすがこの街で商売をしてるセイボリーさんだ。ユーカリの素性についても知っていたのか。家の当主だった老夫婦について教えてくれたが、元貴族とはいえあまり裕福ではなかったそうだ。街外れの屋敷も、すでに売却されてしまったのだとか……
「まあそういった経緯があって、マッセリカウモ国では従人に金銭的な価値が認められている。他の国に比べて扱いがマシなのは、建物や家具を大事にするといった感覚に近い」
「結局モノ扱いじゃんか!」
「オレガノさんや俺、それにセイボリーさんのような人は、レアな存在だからな。従人や野人の地位を向上させてやりたいが、俺一人の力ではなんともならん」
そこでチラッと、セイボリーさんの方を見てみた。タウポートンで一・二を争う商会のトップなら、何かいいアイデアが出てくるかもしれない。
「おい、タクト。俺は他国と揉める気も、この街を滅ぼす気もないぞ」
「やっぱりそうだよな……」
「あの……タクト様。どうして他の国と揉めたり、街が滅んでしまうのです?」
「例えば従人や野人も、俺たちと同じ暮らしができる特別な場所を、どこかに作ったとしよう――」
そんな理想郷があると知れ渡れば、世界中から野人が集まってくる。そもそも従人の扱いが他国に比べて良いマッセリカウモは、街の外で暮らす野人の数も多い。しかしそこに立ちはだかるのが税金制度。これのおかげで無闇矢鱈と従人を増やせず、他国から流入する野人を減らす抑止力になっている。
もしそんな制御装置がなければどうなるか。
野人の数は際限なく膨れ上がっていくだろう。そうなると食料や土地が足りなくなり、理想郷と思われた場所は滅びを迎える。終末を回避するには版図を広げるしかない。つまり周辺国の領土を侵略する戦争だ。
もっとも野人が一極集中していくのを、他国が指を咥えて見てることはありえん。必ずその段階で邪魔が入る。
「わたくしたちに税金が必要なのは、そうした理由もあったのですね」
「この大陸にある三国と、海を隔てた北方にあるアインパエ帝国は、かなり絶妙な状態でバランスを保ってるんだ。それが崩れると世界大戦に突入してしまう恐れすらある」
「まあやるなら時間をかけて、じっくり浸透させるしか無いってことだ。そんなタクトに耳寄りな情報をやろう」
俺を見たセイボリーさんがニヤリと笑う。なにを企んでるんだ、この人は。
「従人の地位向上に繋がる話なのか?」
「場合によっては、きっかけになるかもしれん。ただし、お前の使役する従人が、コンテストで入賞できればな」
「ユーカリは規定年齢を超えてしまっているし、シトラスはコンテストに向いていない。ミントを出したとしても、一部のマニアにしか通用しないと思うんだが」
「ゴナンクで毎年開かれる、一風変わったコンテストがある。女従人なら年齢や種族を問わず、誰でも参加可能だ」
「そんなコンテストがあったのか。知らなかったよ」
「国がやってる公式のものでなくプライベート開催だから、知らないのも無理はない」
つまりあれか、金持ちの道楽でやるイベントってことだな。影響力のある富裕層がなにを競うのか、これは興味深い。
「違法なイベントじゃないんだよな?」
「そんなわけあるか。ゴナンクのビーチを貸し切って、従人たちで運動会をやるだけだ」
「あっ! なんか面白そう」
運動会と聞いてシトラスが飛びついた。確かにおあつらえ向きのコンテストかもしれない。しかし、きっと……まあ、とりあえず続きを聞くか。
「とにかく変わった大会でな。競うのは容姿やスタイルだけじゃない。身体能力やパフォーマンス、そしてハプニングまでもが審査対象だ。大会ごとに審査員の独断で特別賞が作られるから、お前たちでも入賞の可能性が大いにある。俺は今年もマトリカリアを参加させるしな」
「それはなかなか面白そうだ。どうだ、お前たち。ゴナンクは旅の目的地にしているし、折角の機会だから行ってみないか?」
「ボク、その大会に出てみたい!」
「ミントもちょっと興味があるです」
「もし旦那様が望まれるのなら、わたくしも参加いたします」
「なら、全員で参加してみるとしよう」
「じゃあ俺の紹介ってことで、三人分のエントリーをすませておくぞ。取り消しはきかんから、絶対に出場しろよ」
俺たちに念を押し、呼び出した従業員に指示を飛ばす。その顔はいたずらが成功した子供のように、生き生きとしている。オレガノさんより三歳年上の六十八なのに、本当にこの人は精神的に若い。恐らくレベルも相当高いんだろう。
「大会規定で水着での参加が必須だ。ちゃんと用意しておけ。ゴナンクにはお前らの服を作った店が支店を出してるから、必要なものがあればそこへ行くといい」
やはり商売に結びつけてきた。しかも思った通り水着大会だ。元の世界でアイドルがやっていたのと同じ感覚なんだろう。世界が変わっても、人の思考ってのは似通うってことか。それなのになぜ、ケモミミやしっぽに魅力を感じないのか、不思議でならん。
ともかく三人に似合う水着を考えてやらねばな。ここが腕の見せ所だ。
主人公がどんな水着をデザインしたのか。
その答えは65話で判明します。
次回は「0060話 最後の詰め」です。