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0057話 タクトの才能

 カレーパンの試食を終わらせ、いよいよセイボリーさんの店へ行くことになった。本店でお披露目するということもあり、スマートカジュアルな服へ着替える。現地で料理指導することになっているし、これくらいなら失礼に当たらないだろう。



「おっ? シトラスもその服で行くんだな」


「みんなが着飾ってるのに、ボクだけ普段着で行けるわけ無いじゃんか。これの他にちゃんとした服を持ってないから、しかたなく着てるんだよ」


「こんなイベントでもないと袖を通す機会がないし、ちょうどいいじゃないか。理由はどうあれ、その服を着たシトラスと一緒に歩けるのは嬉しいぞ」



 後ろを向きながら「ふんっ」とか言ってるくせに、しっぽはしっかり反応しているからな。本当にこいつはわかりやすくて可愛い。



「お待たせいたしました、旦那様」


「ユーカリさんに着替えを手伝ってもらったのです」



 ユーカリはつる模様が入った紫の浴衣テイストな上着に、前リボンが付いた焦げ茶の袴風プリーツスカート。一緒に買い出しへ行った時と同系統のものを、組み合わせたのか。そしてミントは、淡いピンクのワンピースに白のフリルをあしらった、ロリータファッションだ。手首にはシュシュをつけ、片方の耳だけ根本にリボンを結んでいる。



「ユーカリは今日もバッチリ決まってるな。それにやはりミントは甘ロリ系がよく似合う。俺の目に狂いはなかったってことだ」


「ありがとうございます」


「ミントこれを着て、早くお出かけしてみたかったのです」



 よく見るとユーカリは髪を軽く編み込んで、先端をリボンで留めてるんだな。きっとミントのファッションに合わせてみたんだろう。長い髪は色々アレンジを楽しめるのが素晴らしい。ウルフカットのシトラスや、おかっぱのミントにはできない芸当だ。



「なかなか華やかでいいではないか」


「皆様、よくお似合いです」



 スーツに着替えたオレガノさんとセルバチコが、ゲストルームから出てきた。準備が整ったみたいだし、あとは歩きながら話をしよう。



「それにしてもさぁ……」



 俺の前に回り込んできたシトラスが、くるりと反転しながら腰を折り、下から覗き込んでくる。



「どうしたんだ、シトラス。頭でも撫でて欲しいのか?」


「なにバカなこと言ってるのさ、キミは。ボクがそんなこと、お願いするわけ無いだろ」


「ユーカリやミントみたいに、お前も素直になっていいんだぞ」



 こらこら、そこで心底呆れた顔をするんじゃない。ちょっとした仕草が可愛すぎるから、ついつい構いたくなるんだよ。


 とにかく甘えたがるミント、二人っきりのときはグッと距離を縮めてくるユーカリ、こちらから近づけばスッと離れてしまうシトラス。それぞれ違った魅力があって、日々の暮らしが楽しくてたまらん。俺の理想郷は、また一歩完成に近づいた!



「ボクはいつでも自分の気持ちに素直だよ。そんなことより、みんなの着てる服なんだけど」


「全員よく似合ってるが、なにか問題でもあるのか?」


「いや、よくこんなデザインを思いつくなって。もしかして、前はそんな仕事してたの?」


「絵は趣味として描いてただけで、仕事は全く別だったぞ」



 やってたのは、主にクライアントサイドのアプリケーション開発だ。そのおかげで論理演算師というギフトを、使いこなせている。



「趣味とおっしゃる割に、とてもお上手なのです」


「どこかで学ばれたわけではないのですか?」


「練習はしたが、今も昔も独学でやってきた。そもそも絵ってのは、頭の中に思い描いた形を、どれだけ正確に出力するか、そこにかかっている。出力の部分は練習次第でなんとでもなるが、想像については才能に寄るところも大きい」



 なにせ有名な芸術家(ミケランジェロ)(のこ)した、〝絵は頭で描くものであって、手で描くものではない〟という言葉は、至言だと思う。あらゆる角度から見た時の形を頭の中に構築できれば、服の三面図をディティール付きで描く程度は造作もない。


 しかし液晶タブレットなんてない世界だから、出力の部分で苦労した。そこは練習でなんとかしたとはいえ、何度アンドゥやレイヤー機能が欲しくなったことか。わかるか? 紙の上で左手が無意識にショートカット(Ctrl+Z)を押してるんだぞ!



「ちなみに魔法の事象改変も、ある意味想像力だ。そこが適当だと、制御が甘くなってしまう」


「なるほどの。お前さんの魔法は、それが優れているというわけか」


「小細工が得意だもんね」



 間違ってはないが、言い方に気をつけろシトラス。なんかバカにされてる気になってしまう。いつか恥ずかしい目に合わせてやるから、覚悟しておけ。



「皆さんに見られるのは緊張しますけど、可愛い服を着られるのは嬉しいのです」


「みんなミントとユーカリの胸に見とれてるんだよ」


「シトラスさんも注目を浴びていますよ」


「えー、そうかな。ユーカリの見間違いじゃない?」


「シトラスさんは歩く姿がとても美しいので、目を引くのだと思います」



 チャイナドレスは体にフィットするし、背筋をピンと伸ばした姿がよくわかるんだよな。それにスカートのスリットからチラチラ覗く足が、実にいい仕事をしている。



「とても凛としたお姿ですよ、シトラスさん」


「セルバチコさんまで、そんなこと言っちゃって……」


「シトラスは深層筋(インナーマッスル)が発達してるから、とてもきれいな姿勢に見えるんだ。体のバランスがいいのも、そのおかげだぞ」


「やっぱりキミって、変なことばっかり知ってるよね」



 在宅ワークは運動不足になりがちなので、ちょっとトレーニングした時に知った知識だ。インナーマッスルを鍛えると、内臓も健康になるんだぞ。


 まあ俺は本格的にやっていたわけでなく、手に持ったリング型のコントローラーで、エクササイズするようなソフトを使っていたが。



「ミントはそれがダメダメだったから、よく転んだのですか?」


「お前は体幹のコントロールが下手だから、体だけ鍛えてなんとかなるものじゃない」


「うぐぅー」



 あとは注意力が散漫なところもな。


 俺のダメ出しで、ミントは変な鳴き声をあげる。ガックリうなだれた頭を、ユーカリが優しく撫で始めた。種は違えども、本当の姉妹みたいだ。



「最近はめったに転ばなくなったし、ミントもちゃんと成長してるよ」


「ありがとうです、シトラスさん」


「前にシトラスから柔軟体操を習っておけと言っただろ。おかげでミントの姿勢も、かなり良くなってきている。あとは根気よく続けていれば大丈夫だ」



 屋敷にいた頃のミントは、いつもビクビクしていて、姿勢もかなり猫背だった。


 兎種(うさぎしゅ)のくせに。


 それは置いておくとして。そんな恰好じゃ、ただでさえ不安定なバランスがますます崩れ、視界だって悪くなってしまう。真下は見えにくいだろうし。


 とにかく転ぶ原因の大部分はそこにある。

 今はレベルアップと柔軟体操のおかげで、姿勢もすっかり良くなった。俺たちと暮らし始めてからは自信もつき、やっと人並みになったというところか。力は人外の域に近づいているが……



「やっぱりタクト様は、ミントたちのことちゃんと考えてくれてるです。ミントこれからも頑張るです」


「わたくしも体が固いので、ミントさんと一緒に頑張ります」


「体の柔軟性が上がると、怪我をしにくくなる。健康で暮らしていくためにも、励むんだぞ」


「お前さんたちと一緒に行動すると、本当に退屈せんな。もっと話をしていたいところだが、目的地に到着した」



 大通りの突き当りにひときわ大きな建物があって、壁に【タラバ商会】と看板が掲げられている。あれがセイボリーさんと待ち合わせしている商会の本店か。シトラスが正装してきたのは正解だ。こんな立派な建物に普段着では入りづらい。


 とにかくカレーパンも全員に好評だった。このレシピを渡して、一儲けしてもらおう。


紙の上でショートカットキーを押すというのは、友人から聞いたエピソードです(笑)


次回、試される主人公。

「0058話 タラバ商会本店」をお楽しみに。

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