表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/286

0056話 カレー

 この世界ではじめて作った、自慢の逸品を食卓へ並べる。前世で俺が好きだった料理だが、この世界の住人にも受け入れられるだろうか。



「これはまた、変わった料理だの」


「野菜やお肉が塊で入っておりますね」


「見たことない色をしてるけど、匂いはすごく美味しそうだよ」


「ミント、早く食べてみたいです」


「こちらが付け合わせのサラダとスープになります。お代わりもありますので、遠慮なくお申し付けください」



 ユーカリが配膳を終えたところで、全員そろって席に着く。ずっと作ってみたかった料理だし、材料にもこだわってみた。ぜひ味わってみてくれ!



「じゃあ、いただこう」



 スプーンで掬って口に入れると、懐かしい味が全身を駆け巡る。やはりカレーは旨い。水麦(みずむぎ)を一段と美味しく食べられる料理であることは、確定的に明らかだ。



「こりゃたまげた! このトロッとした黄色いソースは、水麦との相性が抜群ではないか」


「スパイシーな味の中に様々な旨味が凝縮され、大変美味しゅうございます」


「お肉も柔らかくなってていいね! ブラックブルってこんなに美味しいんだ」


「お前さん、そんな食材をこれに使っておるのか!?」


「頑張って森の奥まで狩りに行ったからな」


「かなり奥の方まで行かないと、出現しない魔獣と聞いております。大変だったのではありませんか?」


「ユーカリの方向感覚が、かなり優秀でな。どれだけ歩き回っても、街のある方角は絶対に間違えない。だから正規ルートを外れたとしても、必ず戻ってこられるんだ」



 なにせ地磁気センサーでも持ってるのかと思った。目隠ししてクルクル回しても、正確に東西南北を言い当てる。スイカ割りなんかしたら、優勝間違いなしだな。



「だがブラックブルは、四つ星冒険者でも手を焼く魔獣だぞ。危険すぎるだろ」


「まあミントがいれば不意打ちはくらわないし、シトラスの反射神経をもってすれば避けるのは簡単だ。だから丈夫なロープを頑丈な木にくくりつけ、ブラックブルのツノに引っ掛けてやればいい。あとは逃げ回るシトラスを追いかけているうちに、ロープが絡まって動けなくなる」


「アレに追いかけられながら森の中を逃げ回るなど、セルバチコにも無理だぞ……」



 戦略や経験でセルバチコに及ばないが、身体能力だけなら完全に超えてるだろう。今のシトラスはレベル三十四(34)、一等級換算だと二百七十二(272)になり、カンストレベル(  255  )を超えてしまった。


 一心不乱にカレーを頬張る姿からは想像できないだろうが、二等級のレベル百三十六(136)以上か三等級のレベル六十八(68)以上でなければ、シトラスを超えることは難しい。各々に必要な経験値は七万三千九百八十四( 73,984 )と、四十九万九千( 499,)三百九十二(392  )だ。


 それに幼い頃から湿地を駆け回っていたおかげで、足腰のバネとバランス感覚がかなり発達している。なにしろ森の中を動き回るあいつは、水を得た魚のようにイキイキしているからな。



「ふぉんあに、おいひいなら……また狩りに行きたいね」


「だめですよ、シトラスさん。口に物を入れたまま話すのは、行儀が悪いです」


「だってこれ、美味しいんだもん」


「コッコ(ちょう)でもワイルドボアでも旨いから、今度はまた別の肉で作ってやる。今回はちょっと無理をしたが、ユーカリのレベル上げが先だ」



 ユーカリのレベルはまだ十一(11)なので、あまり危険なことをやりたくない。またどこかで森スライムでも分化してないだろうか。ボーナスステージで一気に経験値を稼げると、御の字なのだが……



「ミントの方はあまり辛くなくて、とても食べやすいのです」


「そっちは赤実(りんご)と蜂蜜を入れて、辛さを抑えてある。名付けてバーモント式健康法カレーだな」


「ほほう。そっちも食べさせてもらってよいか?」


(わたくし)もよろしいでしょうか」



 やはりカレーは異世界でも十分に通用する食べ物のようだ。なにせ盛大にしっぽを動かすシトラスだけでなく、セルバチコまで左右に揺れている。これならセイボリーさんも喜んでくれるだろう。



「そうそう。カレーのレシピはオレガノさんにも教えるよ」


「構わんのか!?」


「元々これはセイボリーさんの依頼を受けて開発したんだ。なにせ二十種類近くの香辛料を使うんで、なかなか庶民には手が出せん。そこでレシピと引き換えに、材料を提供してもらった。許可はちゃんと取ってるから、ぜひ家でも挑戦してみて欲しい」


「この深い味わいは、それだけ数多くの香辛料が出しているのですか」


「これは水麦用に調整しているが、セイボリーさんに渡すのはパン用のレシピだ。明日はカレーパンを作ってみるから、楽しみにしていてくれ」



 カレーパンにする用は肉をミンチにして、粘度も増やさなければならない。野菜の切り方もまったく違うし、冷めても美味しく食べられるように調整も必要だ。まあ基本の配合がうまくいってるから、それほど難易度は高くないだろう。


 使っている材料の関係上、どうしても高級品になってしまうのが難点だ。香辛料の数を減らせばいいのだが、それは追々考えることにしている。なにせまずは旨いものを食いたいからな。


 この国には金持ちが多いし、商売人は珍しい物好き。なのでそこそこの販売数は望めるはず。売り上げに応じた金も入るので、期待しておくことにしよう。



◇◆◇



 にぎやかな夕食も終わり、リビングで食休みをする。さすがに今日は食べ過ぎた。このままだとまともに動くことすらできん。



「ボク、もうお腹パンパンだよ」


「ミントも食べすぎて苦しいです」


「いつもの倍以上炊いていた水麦が、きれいに無くなってしまったからな」



 今日は二人増えているとはいえ、よくあれだけ平らげたものだ。やはりカレーという食べ物は素晴らしい。しかし明日の朝はちょっと軽めにしないと、お昼のカレーパンが楽しめなくなる。夕方の買い出しで細ネギを手に入れたし、出汁のよく効いた雑炊でも作ってみるか。



「食べすぎた時に効果のあるお茶を()れてみました」


「ユーカリさんの持つハーブティーの知識、感服いたしました」



 レクチャーを受けていたセルバチコと一緒に、トレイに乗せていたカップを配ってくれる。ほんのり甘い味が、スパイスに刺激されていた口内を優しく癒やす。



「はぁ~、落ち着くのぉ」


「甘くて美味しいのです」


「こうやって旦那様や上人(じょうじん)のオレガノ様に飲んでいただけるのは、とても嬉しいです」


「こんな美味しく淹れられるのに、上人は飲んでくれないの?」



 まあ俺やオレガノさんしか知らないシトラスには、当然でてくる疑問だろう。



「ミントが昔いたお屋敷でも、従人が触ると食べ物が汚れるからって、厨房には入れてくれなかったですよ。だからタクト様にお食事を運ぶとき、最初はとても怖かったのです」


「へー、そうなんだ。それって従人の扱いがマシって言ってた、マッセリカウモでも同じってこと?」


「わたくしが生まれたお屋敷でも、上人が口にするものへ触れることは、禁止されてました。こうしてお茶を淹れる知識は、以前の契約主である奥様から、自分で作って飲むようにと、教わったものなんですよ」


「ほほう、あの女にも褒められる所があったということか。おかげでこうしてお茶の時間を、楽しめるのだからな」


「まあユーカリにハーブティーをしこたま飲ませていたのは、体臭を消すなんてくだらん理由だったらしい。自分の香水がきつすぎて、鼻がバカになってたんだろう」



 毎晩添い寝していても、まったく気にならない。むしろシトラスやミントにはない、落ち着く香りがする。そもそも食べ物でなんとかしたいなら、バランスのよい食事を心がけるだけで十分だ。あとは毎日のお風呂とブラッシングで清潔を保てば、香水なんかでごまかす必要はなくなるだろう。


 俺がそんなことを考えていると、なにかを思い出したようにオレガノさんがポンと手を打つ。



「そういえばユーカリの元契約主だが、タウポートンから引っ越したらしい。なんでも別の国へ行くと、周囲には告げとったそうだ。一体どこに向かったのだろうな」


「ならこの街で二度と会うことはないのか。それはありがたい」



 これから俺たちが訪ねたい街には、行って欲しくないものだ。できればスタイーン国あたりに向かってくれると、助かるのだが……


 とにかく街を歩いている時にばったり出くわす事故は、もう発生しないというわけか。それだけでも俺たちの精神負荷が、グッと下がる。これからは更に快適な生活を送れるぞ。


次回は「0057話 タクトの才能」です。

友人から聞いた、あるある話を盛り込んでみました。

お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ