0056話 カレー
この世界ではじめて作った、自慢の逸品を食卓へ並べる。前世で俺が好きだった料理だが、この世界の住人にも受け入れられるだろうか。
「これはまた、変わった料理だの」
「野菜やお肉が塊で入っておりますね」
「見たことない色をしてるけど、匂いはすごく美味しそうだよ」
「ミント、早く食べてみたいです」
「こちらが付け合わせのサラダとスープになります。お代わりもありますので、遠慮なくお申し付けください」
ユーカリが配膳を終えたところで、全員そろって席に着く。ずっと作ってみたかった料理だし、材料にもこだわってみた。ぜひ味わってみてくれ!
「じゃあ、いただこう」
スプーンで掬って口に入れると、懐かしい味が全身を駆け巡る。やはりカレーは旨い。水麦を一段と美味しく食べられる料理であることは、確定的に明らかだ。
「こりゃたまげた! このトロッとした黄色いソースは、水麦との相性が抜群ではないか」
「スパイシーな味の中に様々な旨味が凝縮され、大変美味しゅうございます」
「お肉も柔らかくなってていいね! ブラックブルってこんなに美味しいんだ」
「お前さん、そんな食材をこれに使っておるのか!?」
「頑張って森の奥まで狩りに行ったからな」
「かなり奥の方まで行かないと、出現しない魔獣と聞いております。大変だったのではありませんか?」
「ユーカリの方向感覚が、かなり優秀でな。どれだけ歩き回っても、街のある方角は絶対に間違えない。だから正規ルートを外れたとしても、必ず戻ってこられるんだ」
なにせ地磁気センサーでも持ってるのかと思った。目隠ししてクルクル回しても、正確に東西南北を言い当てる。スイカ割りなんかしたら、優勝間違いなしだな。
「だがブラックブルは、四つ星冒険者でも手を焼く魔獣だぞ。危険すぎるだろ」
「まあミントがいれば不意打ちはくらわないし、シトラスの反射神経をもってすれば避けるのは簡単だ。だから丈夫なロープを頑丈な木にくくりつけ、ブラックブルのツノに引っ掛けてやればいい。あとは逃げ回るシトラスを追いかけているうちに、ロープが絡まって動けなくなる」
「アレに追いかけられながら森の中を逃げ回るなど、セルバチコにも無理だぞ……」
戦略や経験でセルバチコに及ばないが、身体能力だけなら完全に超えてるだろう。今のシトラスはレベル三十四、一等級換算だと二百七十二になり、カンストレベルを超えてしまった。
一心不乱にカレーを頬張る姿からは想像できないだろうが、二等級のレベル百三十六以上か三等級のレベル六十八以上でなければ、シトラスを超えることは難しい。各々に必要な経験値は七万三千九百八十四と、四十九万九千三百九十二だ。
それに幼い頃から湿地を駆け回っていたおかげで、足腰のバネとバランス感覚がかなり発達している。なにしろ森の中を動き回るあいつは、水を得た魚のようにイキイキしているからな。
「ふぉんあに、おいひいなら……また狩りに行きたいね」
「だめですよ、シトラスさん。口に物を入れたまま話すのは、行儀が悪いです」
「だってこれ、美味しいんだもん」
「コッコ鳥でもワイルドボアでも旨いから、今度はまた別の肉で作ってやる。今回はちょっと無理をしたが、ユーカリのレベル上げが先だ」
ユーカリのレベルはまだ十一なので、あまり危険なことをやりたくない。またどこかで森スライムでも分化してないだろうか。ボーナスステージで一気に経験値を稼げると、御の字なのだが……
「ミントの方はあまり辛くなくて、とても食べやすいのです」
「そっちは赤実と蜂蜜を入れて、辛さを抑えてある。名付けてバーモント式健康法カレーだな」
「ほほう。そっちも食べさせてもらってよいか?」
「私もよろしいでしょうか」
やはりカレーは異世界でも十分に通用する食べ物のようだ。なにせ盛大にしっぽを動かすシトラスだけでなく、セルバチコまで左右に揺れている。これならセイボリーさんも喜んでくれるだろう。
「そうそう。カレーのレシピはオレガノさんにも教えるよ」
「構わんのか!?」
「元々これはセイボリーさんの依頼を受けて開発したんだ。なにせ二十種類近くの香辛料を使うんで、なかなか庶民には手が出せん。そこでレシピと引き換えに、材料を提供してもらった。許可はちゃんと取ってるから、ぜひ家でも挑戦してみて欲しい」
「この深い味わいは、それだけ数多くの香辛料が出しているのですか」
「これは水麦用に調整しているが、セイボリーさんに渡すのはパン用のレシピだ。明日はカレーパンを作ってみるから、楽しみにしていてくれ」
カレーパンにする用は肉をミンチにして、粘度も増やさなければならない。野菜の切り方もまったく違うし、冷めても美味しく食べられるように調整も必要だ。まあ基本の配合がうまくいってるから、それほど難易度は高くないだろう。
使っている材料の関係上、どうしても高級品になってしまうのが難点だ。香辛料の数を減らせばいいのだが、それは追々考えることにしている。なにせまずは旨いものを食いたいからな。
この国には金持ちが多いし、商売人は珍しい物好き。なのでそこそこの販売数は望めるはず。売り上げに応じた金も入るので、期待しておくことにしよう。
◇◆◇
にぎやかな夕食も終わり、リビングで食休みをする。さすがに今日は食べ過ぎた。このままだとまともに動くことすらできん。
「ボク、もうお腹パンパンだよ」
「ミントも食べすぎて苦しいです」
「いつもの倍以上炊いていた水麦が、きれいに無くなってしまったからな」
今日は二人増えているとはいえ、よくあれだけ平らげたものだ。やはりカレーという食べ物は素晴らしい。しかし明日の朝はちょっと軽めにしないと、お昼のカレーパンが楽しめなくなる。夕方の買い出しで細ネギを手に入れたし、出汁のよく効いた雑炊でも作ってみるか。
「食べすぎた時に効果のあるお茶を淹れてみました」
「ユーカリさんの持つハーブティーの知識、感服いたしました」
レクチャーを受けていたセルバチコと一緒に、トレイに乗せていたカップを配ってくれる。ほんのり甘い味が、スパイスに刺激されていた口内を優しく癒やす。
「はぁ~、落ち着くのぉ」
「甘くて美味しいのです」
「こうやって旦那様や上人のオレガノ様に飲んでいただけるのは、とても嬉しいです」
「こんな美味しく淹れられるのに、上人は飲んでくれないの?」
まあ俺やオレガノさんしか知らないシトラスには、当然でてくる疑問だろう。
「ミントが昔いたお屋敷でも、従人が触ると食べ物が汚れるからって、厨房には入れてくれなかったですよ。だからタクト様にお食事を運ぶとき、最初はとても怖かったのです」
「へー、そうなんだ。それって従人の扱いがマシって言ってた、マッセリカウモでも同じってこと?」
「わたくしが生まれたお屋敷でも、上人が口にするものへ触れることは、禁止されてました。こうしてお茶を淹れる知識は、以前の契約主である奥様から、自分で作って飲むようにと、教わったものなんですよ」
「ほほう、あの女にも褒められる所があったということか。おかげでこうしてお茶の時間を、楽しめるのだからな」
「まあユーカリにハーブティーをしこたま飲ませていたのは、体臭を消すなんてくだらん理由だったらしい。自分の香水がきつすぎて、鼻がバカになってたんだろう」
毎晩添い寝していても、まったく気にならない。むしろシトラスやミントにはない、落ち着く香りがする。そもそも食べ物でなんとかしたいなら、バランスのよい食事を心がけるだけで十分だ。あとは毎日のお風呂とブラッシングで清潔を保てば、香水なんかでごまかす必要はなくなるだろう。
俺がそんなことを考えていると、なにかを思い出したようにオレガノさんがポンと手を打つ。
「そういえばユーカリの元契約主だが、タウポートンから引っ越したらしい。なんでも別の国へ行くと、周囲には告げとったそうだ。一体どこに向かったのだろうな」
「ならこの街で二度と会うことはないのか。それはありがたい」
これから俺たちが訪ねたい街には、行って欲しくないものだ。できればスタイーン国あたりに向かってくれると、助かるのだが……
とにかく街を歩いている時にばったり出くわす事故は、もう発生しないというわけか。それだけでも俺たちの精神負荷が、グッと下がる。これからは更に快適な生活を送れるぞ。
次回は「0057話 タクトの才能」です。
友人から聞いた、あるある話を盛り込んでみました。
お楽しみに!