0055話 マッセリカウモ国の歴史
市場で葉物野菜を買い込み、明日の朝食になりそうなものも、追加で購入しておいた。腕を組んだユーカリと一緒に家へ戻ってきたが、オレガノさんたちはもう来ているだろうか。
「いま帰ったぞ」
「ただいま戻りました」
声をかけたとたん、リビングの方からパタパタと足音が聞こえてくる。転ばないように気をつけろよ、ミント。
「お帰りなさいです、タクト様、ユーカリさん」
「キミたち二人、一段と仲が良くなってないかい?」
「おっ、帰ってきたのか」
「お邪魔しております、タクト様」
どうやら俺たちが出かけている間に、来てくれたようだ。二人に留守番を頼んでおいてよかった。
「迎え入れの時に席を外してしまって申し訳ない。少し足りない材料が出てしまったんだ」
「いま来たばかりだから、そんなことは気にせんで良いぞ。それより、お前さんの隣りにいるのは、オークションで手に入れた従人か?」
「はい。先日のオークションで旦那様に落札していただいた、ユーカリと申します。よろしくお願いいたします、オレガノ様、セルバチコさん」
オレガノさんはまじまじとユーカリを見ているが、何かあるのか?
「確かに毛色や体つきに見覚えはある。だがお嬢さん、ちょっと若返っとりゃせんか?」
「旦那様がおっしゃる通り、今の姿はシトラスさんとあまり変わらないくらいに見えます。私も驚きました」
やはり第三者の目から見ても、そう感じるということだ。
「さっき俺が言ったとおりだろ、ユーカリ」
「シトラスさんと同じくらいだなんて、わたくし困ってしまいます」
シトラスを照れさせた話術、今日も冴え渡ってるじゃないか、セルバチコ。両手を頬に当てながら、真っ赤になった顔を左右に振るユーカリは可愛い。よし、頭をなでてやろう。
「あの時の従人がこうなってしまうとは、さすがはお前さんといったところだな」
「とにかく二人とも歓迎するよ。すぐ食事の準備を再開するから、もう少しだけ待っていてくれ。ユーカリは接客の方を頼む」
「はい。かしこまりました、旦那様」
「ずっといい匂いがしてて我慢出来ないから、早くしてね」
「ミントも匂いだけでお腹が空いてきたです」
あとは煮込むだけで完成だから、任せておけ。水麦の精白を頑張ってくれた分、今夜は思う存分食べていいからな。
◇◆◇
最終的な味の調整と炊飯を終わらせてリビングに戻ると、全員がソファーに座って談笑していた。俺に気づいたユーカリがさっと立ち、備え付けの魔道具を使ってお茶を淹れてくれる。
「旦那様、どうぞ」
「ふむ、いただこう」
カップに口をつけた途端、爽やかなハーブの香りが鼻を通り抜けていく。お湯の温度といい、茶の濃さといい、全てが俺好みだ。
「今日も旨いな」
「茶の淹れ方も、お前さんが仕込んどるのか?」
「いや、俺が教えているのは、料理くらいだ。それ以外の技術は、ユーカリが元々持っていた」
買い物の途中で聞いた話をオレガノさんに伝えると、ユーカリが元いた家に心当たりがあるらしい。さすが商売人だけあって、上流階級の事情には精通してるな。
「タウポートンがマッセリカウモ国に併合される前、この街を貴族が支配していたのは知っとるか?」
「その辺りの歴史は本で読んだ」
マッセリカウモ国は、近隣諸国で作った経済連合体が、前身になっている。海運の要衝でもあるタウポートンは、その中でも大きな発言力を持っていたはず。
「ユーカリの生まれた屋敷というのは、カンブリ家で間違いないな?」
「はい、その通りです。オレガノ様」
「その老夫婦は伯爵家の末裔だな」
国として一つにまとまった時、その多くは解体されたと書いていたが、やはり血筋というのは残っているか。ジギタリスの実家であるアンキモ家も、恐らく源流は貴族だろう。そうでなければ広大な土地など、持つことができない。
「なるほど。改めて聞くと、どうしてここまで育ちが良かったのか、よくわかる」
「出品者に色々と問題はあったようだが、こうして献身的に尽くす姿を見ると、お前さんに使役されてよかったと思うよ」
「はい、全ては旦那様のおかげです」
嬉しそうな笑みを浮かべながら、見上げてくるユーカリは愛らしい。よしよしいい子だな、頭をなでてやる。なんだ、ミントもなでて欲しいのか。まったく、しょうがない奴め。ついでに耳もモフってやろう。おや? ミントの向こうに座っているシトラスまで、体を斜めに倒してきたぞ。俺の従人たちは、本当に可愛すぎだ。
しばらくなでていると満足したのか、全員が居住まいを正す。
「ところでさ、貴族って普通のお金持ちとは違うの?」
「才人とも違うのです? タクト様」
「俺たちの生まれた国にいた才人は、レアギフトが出やすい血筋を言うんだ。そしてマッセリカウモという国が成り立つ前の貴族制度は、総資産のランク付けみたいなものを指す。全部で五つに分けられていて、伯爵はちょうど真ん中の序列になる」
最初はそれでも問題なかったが、西部地区が商業で発展していくに従い、ある問題が発生してしまった。商売人たちの資産が、貴族を上回ってしまったのだ。そして貴族の発言力は落ちていき、商売人たちがイニシアチブを取った末に、経済連合体が一つの国として統合される。
「へー、そんな歴史があったんだ」
「タクト様のお話は、いつも面白いのです」
「わたくしも知りませんでした」
「ちなみに五つのランク付けは商売人にも引き継がれていて、下から幼級・初級・中級・上級・超級になる。一番上の超級は名誉称号みたいなもので、死んだ者にしか与えられない。つまり上級商人のオレガノさんは、実質最高位の商売人ってことだ」
やはり主人が褒められるというのは嬉しいのだろう、セルバチコの口元がわずかに綻ぶ。
「さすがお前さんはよく学んでおるな。もしワカイネトコに来ることがあれば、儂の店に寄るがいい。大図書館の閲覧カードが発行できるよう、口を利いてやろう」
「本当か! それはありがたい。ワカイネトコに行った時は、ぜひお願いするよ」
あそこは国立の学校関係者や、認可を受けた研究所の職員しか入れない。個人が閲覧カードを得ようとすれば、本人によほどの地位があるか、立場のある者から推挙されるかだ。
実家の書庫にもかなりの蔵書はあったが、あくまでも一般に出回っている本ばかり。しかし図書館は、古今東西ありとあらゆる書物を、蒐集している。これはテンションが上りまくるぞ。ワカイネトコは旅の目的地に必ず入れよう。
江戸時代にもあった大名貸しとか、そんな感じです。
第1章もそうでしたが、この章でも世界観の説明が、登場人物の口から何度か語られます。
そして次回は「0056話 カレー」。
今作でも作ります、カレーを!w