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0053話 グロリオサ・トラフグ

 タクトたちがお弁当を広げていた頃、少し離れた場所に女の姿があった。彼女の名前はグロリオサ・トラフグ。ユーカリの元主人である。自分の従人(じゅうじん)を先に帰らせ、こっそりタクトたちのあとを尾行していた。


 本人はバレていないつもりだが、ミントの耳は追跡者の音を捉え、シトラスは匂いに気づいている。関わると面倒しか起きないので、無視しているだけだ。



 (あの男、いったい何者なの)



 ユーカリは長い時間をかけて作り上げた、自分でも満足のできる〝作品〟だった。彼女の価値観を歪め、必ず男に抱かれるよう仕向ける。そして手を出したら最後、肌身はなさず持つよう言い含めていた暗器(あんき)で、相手と自身を刺し殺す。


 そもそも彼女が想定していたターゲットはジギタリスだ。この街でも有名な放蕩息子は、手に入れた従人を全てやり捨てにするクズ男。そんな卑しい者に飼われたら、すぐ作品の仕上がりが確認できるだろう。


 真っ先にジギタリスが入札したのを見て、罠にかかったと歓喜した。しかし即座に別の入札者が現れ、最終的にジギタリスは落札に失敗する。コネを使って調べてみると、別の落札者も男だと判明。ならば近いうちに、従人が引き起こした陰惨な事件として報じられるはず。



 (メス従人ばかり囲ってるのに、誰にも手を出してないとか、考えられない)



 上人(じょうじん)の男なんて腰を振るだけしか脳のない、動物以下の生き物だ。これまで男女関係に縁のなかったグロリオサは、そう思いこんでいる。なので作品の仕上がりが、いつまで経っても確認できないことに、苛立っていた。そしてとうとう我慢できなくなり、直接暗示を発動することにしたのだ。



 (あの男は、私のやったことを正確に見抜いていた。しかも制約で縛り付けると、精神崩壊を起こすことまで。もしそうなれば無差別に人を襲うよう仕込んでいたのに、それも台無しじゃない。世界に一冊しかない禁書で得た知識を、なぜあいつは知っていたの?)



 それは昔、ワカイネトコの大図書館にある禁書庫から持ち出した、そういう触れ込みで流れてきた一冊の本。大枚をはたいて購入して以降、グロリオサは従人相手の精神支配にのめり込んでいく。時には薬物を使い、そして精神的に追い詰め、相手の心を壊していった。


 この知識を持っているのは自分だけ、それが彼女の矜持でもある。それをタクトは打ち砕いてみせたのだ。



 (操り人形にしてやったメスギツネが、だらしない笑顔を浮かべるなんて、ありえない。絶対にありえない。くそっ! くそっ!! いまに見てなさい、今度こそもっと完璧な作品を作ってみせる)



 鬼の形相を浮かべながら、グロリオサは何度も地面を蹴りつけた。そんな彼女の背後から、小柄な人物が近づいてくる。



「よお。こんな所でなにコソコソ覗き見してるんだ?」


「……っ!?」



 思わず上げそうになった声をなんとか抑え、必死に表情を取り繕いながら後ろを向く。そこに立っていたのは、馬種(うましゅ)の従人マトリカリアを連れたセイボリーだ。



「こっ、これはセイボリー様。こんな場所で会うとは奇遇ですね」


「俺はただの散歩だ。それよりお前はなにをしていた、自分の作品に未練でも出たのか?」


「いえいえそんな。ただ私の元を巣立っていった従人が、幸せに暮らしているか気になっただけです」



 相変わらず口だけはよく回る、そう思いながらセイボリーは目を細めた。その眼光をまともに受けたグロリオサの頬を、一筋の汗が流れ落ちる。



「さっきあれだけ絡んでおきながら、まだ確かめることでもあったのか?」


「あれを見ていて声をかけてくださらなかったなんて、セイボリー様もお人が悪い。新しい主人の待遇に問題があったのか、従人が暴走をして大変だったのですよ。そちらにいる馬種の子、お強いのでしょ?」


「まあタクトならなんとかすると思ってたし、実際なにも起こらなかったからな。だが、あんな笑顔を浮かべているやつに、不満があったとは思えんなぁ……」


「女の気持ちというのは変わりやすいものです。きっと自分がメスとして主人に仕えることを、受け入れたのでしょう」



 いけしゃあしゃあと出任せばかり、次から次へよく思いつくものだと、セイボリーは小さくため息をつく。先程だってそうだった、即座に二人が芝居を打ったと言い張り、自分は無関係なのだとアピールを始めた。タクトがそれに乗ったのは、自分の地位や立場を考えてのことだろう。それを見ていたセイボリーの中で、タクトの評価はますます高くなっている。



「それより、彼の名前を知っているということは、お知り合いなのですか?」


「あいつはオレガノの友人で、うちの上得意様だ。変にちょっかいかけるんじゃないぞ」


「もっ、もちろんそのようなこと、するはずありません。私はただ、あの子が幸せならそれで良いのです」



 セイボリーの眼光に押され、グロリオサはジリジリと後ずさった。なにせ商会のトップである彼が、一個人を上得意と名指しするのは、よっぽどのことだ。しかも最強の従人を連れた、オレガノと繋がりもある。そんな危険人物に手を出すほど、グロリオサは愚か者じゃない。



「それからな、お前の行動は目に余る。俺のシマであんまり()()()するんじゃないぞ」


「はっ、はひっ!」



 顔を真っ青にしたグロリオサが、その場から脱兎のように逃げ出す。セイボリーはその後姿を目で追いながら、いい酒の肴ができたとほくそ笑む。タクトのことを心配していたオレガノに、今日のことを聞かせてやるつもりなのだ。


 振り返って岬の方を見ると、ユーカリから卵焼きを食べさせてもらう、タクトの姿が目に映る。



「タクト・コーサカか、本当に面白いやつだ。行くぞ、マトリカリア」


「はい、ご主人さま」



 二人は風とともに、その場を去っていく。ちょうど逆風だったため、ミントの耳にはここで繰り広げられていた会話が、届いていないのであった。


これにて第4章が終了です。

次章はセイボリーからの依頼や、お誘いを受ける主人公。

そしてまた旅に出ます。

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