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0051話 再会

 海から吹いてくる涼しい風が気持ちいい。これなら思う存分ピクニックを楽しめるだろう。なにせ朝から気合を入れて、重箱二つ分の弁当を作った。それはセイボリーさんに紹介してもらった乾物屋で、念願の鰹節を手に入れたからだ。


 シバウオという魚を乾燥させて作るらしいのだが、見た目は鰹節というより鮭とばに近い。一部の好事家(こうずか)が酒の(さかな)にするくらいで、需要はあまり無いんだとか。少し試食させてもらったところ、薄く削るか粉末状にすれば出汁がとれると判断し、大量に仕入れてきた。その成果は今日の弁当に活かされている。



「天気が良くて気持ちいいねー」



 前を歩いていたシトラスが、体ごと振り返ってニコリと微笑む。朝から俺の作る弁当に興味津々だったから、きっとお昼が待ち遠しいんだろう。今日のしっぽも実に機嫌がいい。



「シトラスさん、後ろを向いたまま歩くと危ないのです」


「平気、平気。ミントみたいにコケたり、誰かにぶつかったりしないって」


「今日はユーカリさんと手を繋いでますから、大丈夫なのですよーだ」



 従人(じゅうじん)どうしで仲がいいのは、いつ見てもほっこりするな。ユーカリにも、こうして軽口を言い合えるようになって欲しいのだが、まだそこまで打ち解けられずにいる。目標である笑顔も、いまだに見られずじまいだ。



「そういえばさ、ユーカリのビット操作って、あとどれくらいかかる?」


「そうだな……」



 後ろを振り返ると、ユーカリはそっとお辞儀をしてきた。やはりまだ俺に対する態度が硬い。森に入るようになってもこの調子なら、怪我や事故の原因になりかねん。さて、どうしたものか。



「だいぶ魔力が馴染んできているから、あと二日ってところだな」


「久しぶりに思いっきり体を動かしてみたいから、狩りに行くのが楽しみだよ」



 そんなことを話しながら歩いていると、前から歩いてきた小柄な従人が、バランスを崩して倒れ込んできた。そしてユーカリの胸元にポスンと収まる。きれいにくるりと巻いた細くて短いしっぽ、そして真ん中で折れ曲がった三角の耳を持っているということは、豚種(ぶたしゅ)の従人か。年齢はミントと同じか少し上くらいだろう。



「ご、ごめんなさい」


「いえ、平気ですよ。それよりあなたの方に、お怪我はないですか?」


「だいじょうぶです。その……柔らかかったので」



 どうやらこの従人は少年のようだ。顔を真っ赤にしながら、胸元へ向けていた視線をそらす。身長差もあって見事に埋まっていたから、罪悪感と好奇心が激しい戦闘を繰り返していたに違いない。



「あらあら、うちの子豚ちゃんが迷惑をかけちゃって、ごめんなさいね」



 遅れて現れた女性から逃げるように、シトラスが俺の後ろに回り込んできた。これは匂いに敏感なやつなら、同じような行動を取るだろう。前世でも近所の洗濯物から漂ってくる柔軟剤の香りで、息苦しくなったことがある。それを思い起こさせる匂いだ。



「いや、お互い怪我もなかったし、問題ない」



 女性は「それはよかったわ」と言いながら、俺の後ろに視線を移す。



「よく見るとあなた、ユーカリじゃない。久しぶりね」


「ご無沙汰しております、奥様」



 こいつがユーカリの元主人か。年齢はアラフォーといったところだろう。着ているものは上等で、服のセンスも悪くない。言葉遣いも丁寧だが、内面に抱えている闇は深いはず。なにせユーカリの尊厳を、踏みにじっていたやつだ。



「新しい主人はどう?」


「旦那様には、とても良くしていただいております」


「その割にはあなたから、メスの匂いがしないわね。まだ抱かれていないのかしら」


「それは……」



 おい、こら。人様の従人となんて会話をしやがる。契約解除した従人がどう暮らそうが、お前には関係ないだろ。そもそもメスの匂いってなんだ。香害女にそれがわかるとは思えん。



「ユーカリは柔らかさとボリュームを兼ね備えた、最高の従人だ。毎晩かわいがってやっているぞ。どうして俺が手を出していないと思ったのか、教えてもらいたいな」


「ふーん。失敗したのかしら……」


「なにか言ったか?」


「いいえ、なにも。まあ女の勘みたいなものよ。男の貴方にはわからないわ」



 こいつ、なにかをごまかしたな。確実によからぬことを企んでやがる。面倒だからとっとと離れよう。



「俺たちは今から行くところがある。再会に水を差すようで悪いが、そろそろお暇するよ」


「あら、そうなの。それは残念ね。それよりユーカリ、これを落としたわよ。これは女の幸せを掴むために必要なもの、あなたはそう言ってたわね」


「はい、そうです。大切なものを拾っていただき、ありがとうございました」



 あれは確かユーカリが、肌身はなさず持っているものだな。普通の従人が持つにはふさわしくない小物。この女がユーカリに与えたとみて間違いない。



「あなたが手にした幸せ、決して離さないようにしなさい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ハイ、ワカリマシタ、奥様」



 ユーカリの黄色い瞳から光が消え、緩慢な動きで手にした棒をひねる。するとそこから出てきたのは、細い金属の針がついた千枚通しだ。あれは暗器(あんき)になっていたのか。



「ユーカリさん、そんな危ないものは捨ててくださいです」


「前にボクが言ったこと、ユーカリは忘れちゃったのかな?」


「二人とも、今のユーカリは普通じゃない。恐らく暗示によって操られている状態だ」


「あらあら、大変ね。一体どうしちゃったのかしら。そこの貴方。自分の従人にどんな仕打ちをしたのか知らないけど、逃げたほうがいいと思うわ」



 このクソ女、白々しいことを言いやがって。



「おい、ユーカリ。お前はなにをしたい」


「旦那様トワタクシガ、永遠ニ結バレル儀式デス」


「二人で心中して、永遠の愛を手に入れようってか? 実にくだらん」


「それ以上こいつに近づいたら、容赦しないよ」



 臨戦態勢を取ったシトラスが、俺とユーカリの間に割り込んでくる。だが俺はシトラスの肩を掴み、後ろへ下がらせた。



「ユーカリはかなり強いマインドコントロールの影響下にいる。きっと自分の純潔を奪った相手にも、同じことをするように刷り込まれていたんだろう。そして今のはキーワードで発動するタイプの暗示だ」


「貴方なかなか面白いことを考えるわね。でも肉壁を下がらせてしまうなんて、どうかしてるわ」



 ユーカリがまだ抱かれてないと見抜けたのは、俺たちが生きていたからに違いない。なかなかゲスいことをしやがるな。まあ証拠はなにもないし、冤罪(えんざい)だとでも騒がれたら発言力や地位の差で、こっちの立場が危うくなりかねん。



「制約も一種の暗示だから、それで縛るのは危険だ。暗示の二重がけで自己矛盾を起こし、精神が崩壊してしまう。だからユーカリには自分の力で、打ち勝ってもらわねばならん。そういうことだから二人とも、絶対に手を出すなよ」


「勝ち目はあるの?」


「そのための仕込みはしてある、心配するなシトラス」


「いちおう納得してあげるけど、危なくなったら手を出すからね」


「タクト様がそうおっしゃるなら、ミントは黙って見てるです」



 腹黒女の暗示が勝つか、それとも俺のモフモフ愛が勝つか、勝負といこうじゃないか!


果たして二人の運命は……

次回「0052話 モフモフに刺されて死ねるなら本望だ」をお楽しみに!

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